第四十五話 婚礼の準備は扉から/王城の贈り物
婚礼の準備で最初に揉めたのは、衣装でも料理でも客の数でもなかった。
扉だった。
王城は、王城で式を挙げればよいと言った。
灰鴎城は、当然こちらだと言った。
アルクは、巡る門として両方に立てば解決だと主張した。
私は暖炉の前で頭を抱えた。
「式の前に、城同士の話し合いが必要になるとは思いませんでした」
カイル様は真面目に頷いた。
「私もだ」
王城には、私が辱められた大広間がある。けれど同時に、王妃の揺りかごを守った部屋も、通用口で殿下が待つことを覚えた場所もある。
灰鴎城には、私が帰ると決めた暖炉がある。壊れた床を直した子ども部屋も、クラリス様の灯室もある。
どちらかを選ぶことは、どちらかを捨てることではない。
それでも、城たちは少し敏感になっていた。
「では、扉を分けましょう」
私は言った。
「式は灰鴎城の前庭で。王城の通用口から帰火の橋を通じて、祝福だけを届けてもらいます。アルクは入口ではなく、帰り道に立ってください」
アルクの鉄飾りが不満そうに揺れた。
「主役にならない」
揺れが止まる。
「大事な役です。帰る道を守るのですから」
アルクは少し考え、誇らしげに鳴った。
王城も納得したように、帰火を柔らかく送ってきた。
灰鴎城の暖炉は、すでに張り切りすぎて火を大きくしそうになっている。
「火加減は料理長に任せましょう」
暖炉が少し落ち着いた。
準備は忙しかったが、不思議と苦しくなかった。
ニルは前庭の危ない石を見つけ、印をつけた。クラリス様は夜の灯りを調整した。料理長は「温かい料理は温かいうちに出します」と宣言した。ユリウス殿下は王城側の祝福を整え、余計な宮廷作法を減らすことに尽力してくれた。
私は、婚礼のために扉を飾る布を選んだ。
豪華なものではない。
灰鴎城の古い布と、王城の白い端布と、潮見町の青い布を合わせたものだ。
カイル様がそれを見て言った。
「あなたらしい」
「継ぎ合わせですか」
「違う場所を、一つに押し込めずにつなぐところが」
私は布を撫でた。
婚礼は、終着点ではない。
新しい扉を開く日だ。
その扉は、閉じたいときに閉じられ、出たいときに出られ、帰りたいときに帰れるものであってほしい。
婚礼の席順も、少しだけ問題になった。
王家を上座にするか、ローデン家を中心にするか、長卓の仲間をどこに置くか。宮廷の人々は気にしていたが、灰鴎城は別のところを気にしていた。
足の悪い老女が暖炉から遠すぎないか。
夜に灯室が必要な人が、人目を避けて移動できるか。
子どもたちが走って危ない石の近くに席を置いていないか。
私はその反応を感じ取り、思わず笑った。
「灰鴎城は、礼儀より足元を気にしています」
カイル様は当然のように答えた。
「良い城だ」
王城から来た式係は最初戸惑っていたが、ニルが危ない石を説明し、料理長が温かい皿の届く順番を語り、クラリス様が灯室への道を示すと、だんだん納得していった。
「王城では、見栄えを先に考えすぎていたのかもしれません」
式係の一人がぽつりと言った。
「見栄えも大事です」
私は答えた。
「でも、誰かが寒かったり、怖かったり、帰り道を見失ったりするなら、式はその人にとって祝福ではなくなります」
式係は深く頷いた。
婚礼の準備まで、長卓の学びになるとは思わなかった。
けれど、帰る場所を作るということは、祝いの日の椅子をどう置くかにも表れるのだと、私はそのとき知った。
◇
婚礼の前日、王城から小さな箱が届いた。
運んできたのはユリウス殿下だった。
彼は灰鴎城の玄関で、きちんと入ってよいかを尋ねた。灰鴎城は少し間を置いてから扉を開けた。以前の殿下なら、その間を不機嫌に感じたかもしれない。今は黙って待つ。
灯室で箱を開けると、中には二つの指輪が入っていた。
ただの指輪ではない。
王妃がくれた扉の留め具を元にした、細い銀の輪だった。輪の一部に小さな取っ手の形があり、指から外すときに微かな音が鳴るようになっている。
怖い音ではなかった。
扉を閉じる音でもない。
小さく、ただいまと言うような音。
私は指輪を手に取り、胸の奥が震えるのを感じた。
「王城の古い銀を使った」
ユリウス殿下が説明する。
「ただし、王家の所有を示すものではない。王城が、あなたに持っていってほしいと言った」
王城からの帰火が、箱の中で柔らかく光る。
私はしばらく言葉が出なかった。
祝宴の夜、私は王家の指輪を外した。
あのときの音は、今でも覚えている。硬く、冷たく、居場所を失う音だった。
でも、この指輪は違う。
外しても、終わりではない。
また付けられる。
閉じても、開けられる。
「ありがとうございます」
私が言うと、殿下は首を横に振った。
「礼を受けるのは王城だ。私は運んだだけだ」
灰鴎城の壁が、少しだけ王城に対抗するように温まった。
カイル様が指輪を一つ取り、静かに見つめる。
「良い音だ」
「怖くありませんか」
「怖くない。だが、大事な音だ」
彼は私へ向き直った。
「明日、この音を聞くとき、過去の音が消えるわけではない」
「はい」
「それでも、新しい音を重ねよう」
私は頷いた。
ユリウス殿下は、少しだけ目を伏せた。
「君が幸せになることを、祝わせてほしい」
「はい」
私は答えた。
「ありがとうございます、殿下」
許しとは違う。
でも、祝福を受け取ることはできた。
王城の指輪は、過去をなかったことにしない。
それでも、私の手の中で、新しい扉の音を鳴らしていた。
箱の底には、もう一つ小さなものが入っていた。
白い石の欠片だった。
王城の古い階段から外れた石だという。すり減って、中央が少し丸くなっている。多くの人が踏み、急ぎ、立ち止まり、ときには泣きながら上った場所の石。
「王城が、灰鴎城へ持っていってほしいと」
ユリウス殿下は少し困った顔で言った。
「贈り物というより、挨拶らしい」
灰鴎城の壁が、すぐに反応した。
張り合うのではなく、受け取るかどうかを考えている。城同士の礼儀は、人間の礼儀より複雑だ。
私は石を両手で持ち、灰鴎城の玄関へ向かった。
「灰鴎城。王城からです」
玄関の敷石が温かくなる。
すぐには答えない。
しばらくして、玄関の端に小さな隙間が開いた。そこへ置け、ということらしい。
カイル様が石を受け取り、丁寧に置いた。
王城の石と灰鴎城の石が触れた瞬間、帰火が細く光った。
競うのではなく、隣り合う。
二つの城は、婚礼の前日にようやくその形を選んだ。
私は指輪の箱を胸に抱き、玄関の石へ礼をした。
「明日、よろしくお願いします」
灰鴎城は、少し緊張した温度で返事をした。




