第四十四話 クラリスの灯が選ぶ道/ヴィクターが置いた石
クラリス様は、王太子妃になる道を選ばなかった。
その知らせは、宮廷に小さくない波を立てた。王太子殿下の隣にいる可憐な娘。誰もがそう見ていた人が、自分の足で別の道へ進むと言ったのだから当然だ。
彼女は灰鴎城の灯室で、私にその話をした。
「殿下とは、きちんと話しました」
「殿下は?」
「驚いていました。でも、引き止めませんでした」
クラリス様は灯室の小さな光を調整している。
以前より光の扱いが細やかになった。暗い部屋でも、眩しくない。泣いている顔を暴かず、足元だけを助ける光。
「殿下は、私を好きだったのかもしれません。でも、私を好きだと言う前に、私を安全な飾りにしていたことに気づいたそうです」
「クラリス様は、殿下を?」
彼女は少し考えた。
「嫌いではありません。けれど、隣に立つことを想像すると、また笑っていなければならない気がしました」
それは、とても正直な答えだった。
「私は、灯室を増やしたいです。灰鴎城だけでなく、王都にも、潮見町にも、古砦にも。夜にひとりで泣かなくていい部屋を」
「長卓で必要とされます」
「はい」
クラリス様は嬉しそうに笑った。
「初めて、誰かの隣ではなく、私自身の役目として必要とされる気がします」
その日の夕方、ユリウス殿下が灰鴎城へ来た。
彼は灯室の前で立ち止まり、中へ入る前に尋ねた。
「入ってもいいか」
クラリス様は微笑んだ。
「はい」
殿下は中へ入り、私とカイル様へも礼をした。
「クラリスの道を、王家として支援する」
「殿下として?」
クラリス様が聞く。
殿下は少しだけ苦笑した。
「友人として、と言いたいところだが、まだその資格があるかは分からない。まずは、邪魔をしない者として」
クラリス様の光が、少し揺れた。
「では、邪魔をしないでください」
「ああ」
「困ったときは、手を貸してください」
「もちろん」
「私が断ったら、引いてください」
「覚える」
二人は、以前のように王太子と未来の妃ではなかった。
けれど、以前よりずっと対等に見えた。
灯室の壁が、穏やかに温まる。
クラリス様は、自分の光で道を選んだ。
その光は、誰かを飾るためではなく、誰かが自分で歩く足元を照らすためにある。
◇
空殿跡地の休み場に、最後の敷石が置かれる日が来た。
その石は、中央の火の近くではなく、いちばん外側の道に置かれる。出ていく人が最後に踏む場所。戻ってくる人が最初に踏む場所。
ヴィクターはその石を運ぶ役を願い出た。
許すかどうかを決めるのは、私一人ではない。長卓で話し合い、王城にも、休み場の火にも聞いた。誰も彼を許したわけではない。だが、その石を置くことは認められた。
当日、ヴィクターは静かだった。
監視の近衛が少し離れて立つ。石工たちは黙って場所を示す。クラリス様の灯が、足元を照らす。
ヴィクターは石を抱え、ゆっくり歩いた。
以前の彼なら、石を支配しようとしただろう。今は違う。石の重さに逆らわず、土の柔らかさを確かめながら進む。
指定された場所で、彼は膝をついた。
石を置く。
白髪の石工が角度を直すよう指示する。
ヴィクターは従った。
何度も、少しずつ。
最後に石が落ち着いたとき、休み場の火が小さく揺れた。
ヴィクターはその火を見つめ、掠れた声で言った。
「私は、帰る場所を守ると言いながら、帰ることを奪った」
誰も返事をしなかった。
「すまなかった」
短い言葉だった。
けれど、初めて彼が誰かへ向けて言った謝罪だった。
火は大きくならない。
拍手もない。
許しの合図もない。
ただ、風が通り、敷石の上の砂を払った。
私はヴィクターの前に立った。
「謝ったから終わりではありません」
「分かっている」
「あなたが置いた石を、これから多くの人が踏みます。帰る人も、帰らない人もいます。そのたびに、あなたは思い出してください」
「忘れない」
彼の声は低い。
だが、空殿の石守長の声ではなかった。
休み場の外側で、一人の旅人が新しい敷石を踏んだ。
彼は森の道へ向かう。誰も引き止めない。
続いて、別の女性が同じ石を踏んで休み場へ入ってきた。誰も理由を聞かない。
一つの石が、出る人と入る人の両方を支える。
ヴィクターはそれを見ていた。
裁きは続く。
けれど、その中に、直すための時間が生まれていた。




