第四十話 王城と灰鴎城の橋/アルクの条件
王城と灰鴎城の間に、帰火の橋を作る話は、何度も慎重に確かめられた。
橋といっても、石でできた道ではない。
帰火を通じて、二つの城が互いの状態を知らせ合うための細い線だ。王城が痛むと灰鴎城が気づく。灰鴎城が助けを求めると王城が返事をする。
便利なものは、危険でもある。
王城が灰鴎城を支配する線になってはいけない。
灰鴎城が王城の痛みを肩代わりする線になってもいけない。
だから私は、二つの城に条件を出した。
「片方が閉じたら、橋も閉じます」
王城の地下で、私は火皿を持って立っていた。カイル様、ユリウス殿下、クラリス様、数人の家守が見守っている。遠く灰鴎城では、料理長とニルが暖炉の前にいるはずだ。
「助けを求めることと、勝手に入り込むことは違います。橋は、声を届けるためのものです。命令を通す道ではありません」
王城の石が、落ち着いて温まる。
灰鴎城から届く火も、同じように揺れた。
ユリウス殿下が言う。
「王城が閉じたいと言った場合、王太子の命令でも開かないのだな」
「はい」
「覚えた」
彼は最近、その言葉をよく使う。
以前なら、覚える前に命じていたかもしれない。
クラリス様が小さな光を火皿の横に置いた。
「暗くなったとき、橋の線が見えるようにします。でも、眩しすぎないように」
光が帰火に重なる。
火は王城の石床を這い、細い線になって伸びた。目に見えるのは、ほんの短い間だけだ。やがて線は床の下へ潜り、遠く灰鴎城へ向かう。
同時に、灰鴎城から返事が届いた。
暖炉の匂い。
海の風。
厨房の笑い声。
ニルが「届きました!」と叫ぶ声まで、かすかに混じっている。
王城の地下が、少し驚いたように震えた。
王城は、長く一人で大きすぎた。
灰鴎城は、長く一人で冷たすぎた。
二つの城が、互いの火を知る。
それは支配ではなく、隣にいるという知らせだった。
カイル様が私の横に立つ。
「これで、あなたが王城にいるときも、灰鴎城は少し安心するな」
「カイル様も?」
「私は城ほど大げさではない」
王城と灰鴎城の火が同時に揺れた。
嘘だ、と言っている。
カイル様は無言で火を見た。
私は笑った。
橋は完成した。
けれどそれは、行き来を簡単にするためだけのものではない。
離れていても、帰る場所が消えたわけではないと知るための線だった。
◇
アルクの正式な修理は、王城と灰鴎城の鍛冶師が一緒に行った。
鉄の門扉を直すだけなら、王城の鍛冶師だけで足りたかもしれない。だが、アルクはもう王城だけの門ではない。灰鴎城で休暇を覚え、空殿で道を開き、帰火の中でいくつもの場所を通した。
本人も、その自覚があるらしい。
修理が終わると、アルクは王城へ戻ることを拒んだ。
拒むといっても、動かない。
王城の正門前に置かれたまま、鉄飾りをきっぱり閉じて、王城側にも灰鴎城側にも返事をしない。
「アルク」
私が呼ぶと、蝶番が少し鳴った。
「何が不満ですか」
鉄飾りが、王城の正門を示す。
次に、帰火の橋の向こうを示す。
それから、自分の蝶番を鳴らした。
カイル様が腕を組む。
「王城だけに戻るのは嫌だ、と言っているのか」
アルクは堂々と鳴った。
王城の正門が、少し困ったように影を落とす。
灰鴎城からも、暖炉の火がそわそわした返事を送ってきた。
ユリウス殿下は真面目に考えている。
「しかし、王城の正門の片扉が常に辺境にいるのは、防衛上どうなのだ」
「今さらです」
私が言うと、殿下は黙った。
祝宴の夜に家出した時点で、普通の防衛の話はだいぶ崩れている。
アルクはもう一度、蝶番を鳴らした。
今度は、はっきり分かった。
行き来したい。
王城も、灰鴎城も、潮見町も、休み場も。
必要な場所へ、門として立ちたい。
「働きすぎになります」
アルクの鉄飾りが弱く揺れた。
「休暇の約束を忘れていませんか」
揺れが止まる。
カイル様が言う。
「条件をつければいい」
「例えば?」
「一月のうち、動く日は決める。無理な開門は禁止。二つ以上の城が反対したら休む。リネアが怒ったら即休む」
最後の条件で、アルクが明らかに緊張した。
王城の正門まで、同情するように鳴った。
「私はそんなに怖くありません」
全員が沈黙した。
カイル様も、ユリウス殿下も、王城も、灰鴎城からの火も、アルクも。
「……分かりました。少し怖いのですね」
アルクが、安心したように鳴った。
話し合いの結果、アルクは「巡る門」として扱われることになった。
普段は王城の正門の隣で休む。
月に数日は灰鴎城へ行く。
長卓が必要と判断したときだけ、潮見町や休み場にも立つ。
そして、どこにいても一日に一度は完全に閉じて休む。
アルクはその条件を受け入れた。
受け入れたというより、誇らしげに鉄飾りを鳴らした。
門にとって、必要とされることと休むことが両立するのは、新しい学びだったのだろう。
王城の正門は、戻ってきた片扉を静かに迎えた。
灰鴎城からは、また来る日を待っているという火が届く。
私はアルクに触れた。
「旅を覚えた門は、休むことも覚えましょう」
アルクは少し不満げに、それでも温かく鳴った。
これで、王城の家出は終わった。
けれど、アルクの旅はまだ終わらない。




