第三十九話 空殿跡地の休み場/閉じてよい扉
空殿の跡地に、最初の屋根ができた。
城ではない。
壁も高くない。
中央に火を囲む場所があり、雨を避ける低い屋根がいくつかあり、森へ出る道が四方に開いている。扉はあるが、どれも鍵をかけるためではなく、風を避けるためのものだった。
呼び名はまだ決まっていない。
王都の者は「帰火の休み場」と呼び、潮見町の人は「森の屋根」と呼ぶ。私は、どちらでもいいと思っている。場所が自分の呼び名を選ぶまで、急がなくていい。
ヴィクターは、石を運んでいた。
拘束具は軽いものに変わっているが、監視はついている。彼は手を出す前に必ず石工へ確認し、置く場所を聞く。以前の彼なら耐えられなかっただろう。
今も、楽ではないはずだ。
白髪の石工が言う。
「そこは違う。水が逃げん」
ヴィクターは石を持ったまま止まった。
「こちらか」
「半歩右だ。石は正しければいいわけじゃない。雨の日に人が滑らんように置け」
ヴィクターは何も言わず、半歩右へずらした。
私はその様子を見ていた。
罰として働かせるだけなら、もっと厳しい方法はいくらでもある。だが、彼が奪ったものは、誰かの帰る感覚だ。なら、彼は人が休める感覚を学ばなければならない。
クラリス様は、中央の火のそばで灯りを調整していた。
「ここは、夜に明るすぎても怖いですね」
「森が全部見えると、逃げ場がないように感じる人もいます」
「では、足元だけ」
彼女の光が低く広がる。
屋根の下に座っていた旅人の女性が、ほっと息をついた。
「それなら眠れそうです」
この休み場に来る人々は、理由を詳しく話さなくていいことになっている。
家を失った人もいる。
家に帰る途中で足が止まった人もいる。
家はあるが、今夜だけ帰りたくない人もいる。
誰も、なぜ帰らないのかと責めない。
それが長卓で決めた最初の決まりだった。
夕方、ヴィクターが最後の敷石を置いた。
白髪の石工が杖で叩き、頷く。
「よし。今日はここまでだ」
ヴィクターは手を下ろした。
彼の指先は擦り切れている。
中央の火が、少しだけ彼の方へ揺れた。
彼は身を硬くしたが、逃げなかった。
「この火は、私を責めないのか」
私に向けた問いではないようだった。
それでも私は答えた。
「火は、責めるために燃えているわけではありません」
「では、何のために」
「寒い人が、手を出せるように」
ヴィクターは中央の火を見つめた。
長い沈黙のあと、彼は膝をついた。
謝罪の言葉はまだない。
でも、石の上に置かれた彼の手は、以前よりずっと人の手に見えた。
空殿の跡地は、城にはならない。
誰かを閉じ込める場所にもならない。
今日、初めての夜を、休み場として迎える。
◇
長卓が始まってから、最も難しかったのは「帰らない」という選択を守ることだった。
帰火という名は、どうしても帰ることを連想させる。
家に火が戻った。扉が開く。ならば、元の場所へ戻るのが幸せなのだと考える人は多い。
けれど、すべての家が優しいわけではない。
その日、灰鴎城の灯室に来た女性は、王都の南区に家を持っていた。空殿から記憶が戻り、家の扉も開くようになった。夫も親族も、彼女に戻るよう求めているという。
彼女は膝の上で手を握り、俯いたまま言った。
「家は、悪くないのです」
クラリス様の灯が、弱く揺れる。
「壁も、台所も、庭も、好きでした。でも、あの家に戻ると、また私が全部我慢することになる」
私は彼女の隣に座った。
「扉は、どう感じましたか」
「開きました。すぐに。だから、戻らなければならないのかと」
「開く扉は、命令ではありません」
女性は顔を上げた。
「開いているのに、入らなくてもいいのですか」
「はい」
私は静かに答えた。
「扉は、あなたを責めるために開いたのではありません。入れるようにしただけです。入るかどうかは、あなたが決めていい」
彼女の目に涙が浮かぶ。
カイル様は少し離れた場所で、王都から来た親族の男と話していた。男は声を荒げていたが、カイル様は動じない。
「妻が家に戻るのは当然だろう!」
「当然ではない」
「辺境伯が他家の内に口を出すのか」
「今ここは、彼女が助けを求めた場所だ。私はその扉を守る」
灰鴎城の玄関扉が、重く閉まった。
親族の男は顔を赤くしたが、入れない。
灯室の女性は、その音にびくりと肩を震わせた。
「怒っているのですか」
「いいえ」
クラリス様が答える。
「灰鴎城は、あなたの代わりに閉じただけです」
女性は両手で顔を覆った。
泣き声は小さかった。
私は彼女が落ち着くまで待った。
泣き止んだあと、彼女は言った。
「今夜は、ここにいたいです」
「はい」
「明日も、決められないかもしれません」
「決められない日も、ここにいていいです」
灯室の光が、少しだけ広がる。
後で聞いたところ、王都のその家の扉は、彼女が戻らないと決めた夜、しばらく閉じたという。夫が無理に開けようとしても、動かなかった。
家は彼女を閉じ込めたかったのではない。
自分もまた、我慢を当然にされていたことに気づいたのかもしれない。
帰火は、帰るためだけの火ではない。
帰らないと決める夜にも、手元を照らす火でなければならない。




