第三十四話 王太子の門番修行/家守の長卓
ユリウス殿下が門番修行を始めたと聞いたとき、私は思わず聞き返した。
「門番、ですか」
王都から来た近衛は、真面目な顔で頷いた。
「はい。殿下ご自身が、王城の通用口の前に立っておられます」
「護衛ではなく?」
「扉が開くまで待つ役だそうです」
カイル様はしばらく黙っていた。
「それは修行なのか」
「殿下にとっては、かなり」
私たちは翌日、王城へ向かった。
アルクはまだ休暇中のため、灰鴎城に残った。本人は不満げだったが、カイル様が「休暇を破る門は連れていけない」と言うと、渋々暖炉の横へ戻った。
王城の通用口には、本当にユリウス殿下が立っていた。
豪華な上着ではなく、衛兵に近い簡素な服を着ている。腰には剣を帯びているが、飾りではない。足元には水桶と布があり、扉の周りを拭いた跡があった。
私を見つけると、殿下は背筋を伸ばした。
「リネア」
呼び方はまだ慣れないのか、少し硬い。
「何をされているのですか」
「待っている」
「誰をですか」
「王城を」
殿下は通用口へ視線を向けた。
「この扉は、私の前で一日に一度だけ開く。昨日は夕方だった。今日はまだ開いていない」
「急いで開けさせようとは?」
「すると閉じる」
彼は淡々と言った。
王城の壁が、ほんの少し得意げに冷えた。
私は扉に近づいた。通用口は私にはすぐ開きそうだったが、私は触れなかった。
「殿下は、なぜこれを?」
ユリウス殿下は、すぐには答えなかった。
近くにいた衛兵たちも、聞こえないふりをしている。
「私は、開く扉しか見ていなかった」
殿下は言った。
「王太子である私が進めば、扉は開く。人も道を空ける。それを当然だと思っていた。閉じた扉には理由があると考えなかった」
通用口の古い金具が、かすかに鳴った。
「君のことも同じだった。君が黙っていたから、傷ついていないと思った。君が礼を崩さなかったから、何を言っても壊れないと思った」
「壊れました」
私は静かに言った。
殿下の顔が強張る。
「はい。私は壊れたところを直している途中です。だから、今すぐ許すとは言えません」
「分かっている」
彼は頭を下げた。
祝宴の中央で私を辱めた王太子が、通用口の前で頭を下げる。
周りの空気が大きく揺れた。
「すまなかった。君を笑わせた者たちの前で、私が君を守らなかった。むしろ、私が最初に笑いの口を開いた。十年分を、一言で壊した」
私は息を吸った。
謝罪を聞くのは、想像していたより苦しい。
怒りが薄れるわけではない。悲しみが消えるわけでもない。ただ、傷口がそこにあると互いに認めるので、隠していた痛みが戻る。
王城の通用口が、少しだけ開いた。
殿下は振り向いたが、すぐに入ろうとはしなかった。
「開いたな」
カイル様が言う。
「はい」
殿下は扉へ頭を下げた。
「ありがとう」
通用口は、もう少し開いた。
私はその光景を見て、胸の中の固いものが一つだけ動くのを感じた。
許すかどうかは、まだ先だ。
でも、謝罪を受け取ることはできる。
「殿下」
「何だ」
「門番は、門の前に立つだけではありません。通りたい人と、閉じたい扉の両方を見ます」
殿下は真剣に頷いた。
「覚える」
王城の壁が、静かに温かくなった。
殿下はその日、通用口が完全に開くまで、中へ入らなかった。
時間はかかった。
けれど、彼は待った。
◇
王城、灰鴎城、潮見町、旧王領の森。
空殿の影響を受けた場所が多かった分、助ける手も多く必要になった。
けれど、家守の力を持つ者は少ない。私のように城や家の具合を強く感じ取れる者は、王国全体でも数えるほどしかいないらしい。しかも、多くは自分の力を隠して暮らしている。
壁の機嫌が分かる娘。
雨の前に屋根へ謝る少年。
扉の夢を見る老人。
そんな風に言われれば、笑われるか、気味悪がられるか、都合よく使われる。
だから私は、王城の大広間ではなく、灰鴎城の食堂に長い卓を置いた。
貴族の会議に見えない場所がよかった。
厨房の匂いが届き、窓から海が見え、寒ければ暖炉に近づける場所。そこに、家守の力を持つ者だけでなく、大工、石工、料理人、港の人、子どもの世話をする者、旅人の道を知る者を招いた。
「家を守るのは、力のある者だけではありません」
私は卓の端でそう言った。
集まった人々は、少し緊張している。
王城から来た者もいる。潮見町から来た者もいる。灰鴎城の使用人たちは、見慣れない客に茶を配っている。
「壁の声が聞こえる人は、痛い場所を見つけられます。でも、床を直すには手が必要です。冷えた部屋を温めるには火の扱いを知る人が必要です。帰りたくない人を責めない場所には、黙って隣に座れる人が必要です」
卓の中ほどで、白髪の石工が頷いた。
「つまり、家守は職名ではなく、役目の輪ということですな」
「はい」
「なら、わしにも少しは務まる」
隣の若い女性が笑った。
彼女は潮見町の宿で働いている。空殿の崩壊後、宿の扉が帰火を受け止めたという。
「うちの宿は、寝台が足りません。でも、夜中に泣く人へ湯を出すことならできます」
「十分です」
クラリス様が、灯室から持ってきた小さな光を卓の中央に置いた。
「暗い話をするとき、強い灯りは要りません。これくらいでいい夜もあります」
ニルは、端の席で背筋を伸ばしている。
「ぼくは、危ない床を見たら大人を呼びます」
「とても大事です」
皆が笑ったが、からかう笑いではなかった。
ニルは誇らしそうに頷いた。
カイル様は卓の反対側で腕を組み、全体を見ていた。彼は私に進行を任せてくれている。王城の代表として来たユリウス殿下も、今日は上座に座らなかった。通用口の前で待つ練習が少し効いているのかもしれない。
私は小さな木片を卓に置いた。
灰鴎城の古い床から外したものだ。捨てられる予定だったが、まだ温かかったので持ってきた。
「これを、最初の印にします」
木片には、豪華な飾りはない。
「困った場所を見つけたら、まず聞く。急いで直す前に、なぜ壊れたのかを見る。人が帰りたがらない場所を、無理に帰る場所と呼ばない。扉が閉じたいときは、その理由を探す。力を持つ人を、一人で礎にしない」
私は皆を見る。
「この五つを、長卓の約束にしたいです」
沈黙が落ちた。
最初に手を伸ばしたのは、白髪の石工だった。彼は木片に指を置く。
「聞く。見る。急がん。覚えた」
次に、宿の女性が指を置いた。
「帰りたくない人を責めない」
クラリス様、ニル、料理長、港の男、王城の侍女、ユリウス殿下、カイル様。
次々に手が重なる。
灰鴎城の食堂が、ゆっくり温かくなった。
それは祝福というより、安心に近い温度だった。
この長卓は、王国を一度に変えない。
でも、誰かが一人で城の痛みを抱え込まないための場所になる。
私は最後に、木片へ手を置いた。
「家守の長卓を、ここから始めます」
暖炉の火が、静かに高くなった。




