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46 到来

数日後、ブローンが薪棚を運んで来てくれた。

マローがデザインしたと言う薪棚は、屋根付き二段重ねのシンプルながらオシャレな物だった。


「すごい。想像以上だ…」


ウッドデッキの横に置いて貰い、試しに溜まっていた木材を何の変哲もなさそうな板の上に置いた。

サイズが変わり、更に二本目、三本目、と差し込むと、一本目に吸い込まれるように消えていく。


入れる度、微かに両端を支える柱上部に焼き付けられた模様が光る。


ブローンの説明では、ここに魔法陣が組み込まれているらしい。

感動と共に面白がって木材を入れる俺の横で、ブローンは養蜂箱についても色々と教えてくれた。


が、デザインやら何やらはブローンにお任せして、一先ず一台作って貰うようにお願いした。


「初心者や小さい奴でも簡単にハチミツが取れるような養蜂箱か」


小さい奴(ノックノック)が、きっと彼が思っている以上に小さい筈だが大丈夫だろうか。

ブローンの前では姿を見せないから、話して良いのか分からない。


『実は妖精が手伝ってくれてて〜』は、魔界でどの程度通用するのだろうか。監視者曰く、ノックノックの存在を知る者は多いが見ることは愚か、仕事を手伝うなどと言う話は聞かないらしい。

別の働く妖精の話はちょくちょくあるとか何とか言っていたが、不安だ。


「蛇口を捻ればハチミツが出てくる、くらい手軽だと嬉しいんですが」


ノックノックだけでもハチミツを回収出来るようにしておけば、彼らの好きな時にハチミツが食べられるだろう。


「あー…ねぇことはないが、結構値が張るぞ」


「えっ………因みに、どのくらいですか?」


ブローンが耳打ちしてきた。顔を寄せ、小声の彼の声を聞いた俺は前髪の下で目をカッ開く。


先程、普通の養蜂箱なら1万円あればお釣りが来ると言っていたのに。5倍の値段になっていた。


ぼったくりか?いや、ブローンに限ってそれはないか。彼は正規の値段を言っているのだ。そう信じてる。

それにしても高い。本来ならば使う必要のない金だからか、余計にそう思う。


しかし────木の根元に転がる空き瓶。薄らと底を濡らすハチミツ。ひとつひとつ覗き込むノックノック達が脳裏を過る。


暫くぶるぶると震えた後、俺は頭を下げた。


「お願いします………」


ピロンと、目の端にウィンドウが浮かぶ。


『お人よしめ……と監視者が皮肉げに笑っています』


今までの監視者なら、養蜂箱への出費にもっと文句を言っていただろう。

最近では俺のやる事にあまり口出して来なくなった。


新しく収穫した作物による収益が良かったからな。


特にキャベツとジュエルフルーツはかなり良い金になった。

ジュエルフルーツなど品質は低かった(あの美味さで)が、それでも他の作物を凌ぐ金額を叩き出してくれた。


だがフルーツは一ヶ月に一度の収穫しか出来ない。(人間界に比べれば信じられない早さだが)

俺は収穫が遅かったので、春のフルーツはもう来年まで成らないらしい。


「フルーツだけでこんなに纏まった額が入ってくるんだ」と俺が何とはなしに呟いたら、『主力の収入源にするには果樹農園に転職するしかないぞ。オススメしない。オススメしないぞ!!』と監視者が喚き出した。


『あのジュエルフルーツは特別だ!既に完璧とも言える品種改良種だ!しかしあれの種を植えたところで同じような果樹がなるとは限らない!』との事だ。


すごく必死だったが、俺は別に転職は考えていない。

ただ、反応が面白いので神妙に頷いておいた。

あ、それもあって優しいのかもしれないな。

まあ、養蜂箱に関しては、ノックノックのおかげで牧場が回っているのだから、文句を言う必要がなかっただけかもしれない。


ブローンが帰ってから、パッドとノックノック達と合流していつも通りの畑作業に入った。

収穫が多かったが、今は種の購入を制限しているので畑がスカスカだ。余っているふかふかの土の上は、ノックノックの良い昼寝場所になっていた。


桜色の花弁が風に舞い上がり、土をさらさらと撫でていく。俺は空を見上げた。

あまり変化を感じないが、もうすぐ、春が終わる。




.

.

.





夜は少し冷えるので、窓はいつも閉めていた。

その晩も窓を閉め、布団を被って寝ていたのだが─────



「あっつ……!」



午前7時、汗だくで目を覚ました。

布団は壁際に押しやられていて、寝間着はじっとりと湿っている。


ピロン

『夏が来たな!!と、監視者がアロハシャツを着て喜んでいます』


ウィンドウの四隅にひまわりのアイコンまで浮かんでいる。


「こんな一瞬で暑くなる??」


昨晩まで何ともなかったのに。

室内が暑い。窓から差し込む太陽光の眩しさが昨日の三倍に感じる。

いよいよ、カーテンの購入を考えなければ。


寝ぼけと暑さで暫く呆然としていたが、俺はハッとして外に飛び出した。

玄関を開けたら風が入り込んでくる。暑いは暑いが、風が通ると気持ちのいい暑さだ。

繁みや木々の青い葉は、一層青みを増して煌めいて見える。

透き通るような青空、空から降り注ぐ花弁もまた、桜色から青色へと変わっていた。


しかし畑は、全体的に茶色い。

春の作物が枯れてしまっている。


「マジでゲームじゃん……」


昨日まではまだ緑を茂らせていた作物たちの萎びた葉が悲しい。

そんな中、サァッと水の音が耳に届く。


散水柱の霧雨を浴びながら、コーヒーが青々とした葉を濡らしていた。


季節を跨ぐと言われてはいたが、枯れた畑を目の当たりにした後に見ると、生きた作物の存在は胸を軽くしてくれる。

心に余裕が出来たからか、改めて畑を見渡すとじゃがいもと玉ねぎも生きている事に気付いた。


ピロン

『夏は継続収穫出来る作物が多い。畑の区画の見直しが必要だ。と監視者が腕を組み、サングラスを光らせています』


アロハにサングラスとか滅茶苦茶夏を楽しむ気満々の監視者だが、言ってる事は現実を見据えている。


「………そうですね、その前に、枯れた作物をどうにかしないと。アレって……刈るだけで良いんですか?それとも、耕し直すんですか?」


刈れた作物の茶色の葉を指差す。ウィンドウが現れるまで、暫しドキドキした。

ノックノックは刈る作業は苦手なのだ。耕しも手伝ってくれるが、かなり時間がかかるので当てにできない。


『枯れた作物は刈ってしまえば耕す必要はない。草はそのまま肥料になる。しかし作物がなかった場所は耕し直しだ。と監視者が頑張れと書かれた旗を振っています』


俺は畑をじっくりと見直した。

種がもったいないとキャベツやにんじんを植えていた場所は、植え直しはしなかったので、7割くらい耕し直しだ。


「……今度から、安い種を植えておくか……?意味ねぇかな…」


次の季節を跨ぐ時の事を考えながら、着替えに戻った。

クローゼットの中身も少しだけ増えているが、全部長袖だ。昔の俺ならば、葉や虫のかぶれに怯えて、暑くとも長袖を着ただろう。

しかし虫は殆ど見ない。蜂や蝶はいるのに、蟻も見ない。

存在しているらしいが、監視者曰く、虫も取りたいなら取れる場所に行くしかないらしい。どういう生態系だ。

などと魔界に突っ込むのは野暮というものだ。


おかげで俺は、魔界に来てから一度もかぶれていないのだから。


「半袖にするか。怪我もそうそうしねぇし……」


偶に擦り傷やら切り傷やらはどうしても出来る。勝手にぶつけて出来た青痣もある。

そんな怪我は最早、怪我とは呼ばなくて良いレベルにまで成長出来たのだ。


太くなった己の腕を見下ろし、密やかに北叟笑む。


ぺらぺらだった肩も、水が溜まるほどに浮いていた鎖骨も、嫌な意味で折れそうだった足腰も、程良く脂肪と筋肉がついている。

漸く身長に見合った肉体に近付いてきた。

こうなると服を選ぶのも楽しくなってくる。


寝間着のまま、作り置きしていたポトフを出し、バカ高い食パンを薄く切り、バカ高い卵を焼いて朝食にする。

バカ高いのに人間界で食べていたパンや卵の方が美味いの、どうにかして欲しい。

そんな事を考えつつ、カタログから服を選ぶ。


明るい色のくすみカラーが好みなのだと、最近自覚した。

夏だし、腰袋に合わせた向日葵色と、単なる好みの青灰色のTシャツを二枚購入しておく。


買った向日葵色のTシャツを早速着て、畑に出た。

いつもよりも早く起きたので、畑には誰もいない。


腰袋からカマを取り出し、枯れた作物たちを刈っていく。

相変わらずカマは気持ちが良い。サッと振るだけで周辺数マス分が一気に刈れる。

調子に乗って────というか、無心で振りまくっていた時、事件は起こった。


ザシュッ…!


刈れた草とは違う音。


まだ生きていたじゃがいもの一部を一緒に刈ってしまった。

暫く無言で地面に散った緑の葉を見下ろし、己の愚かさと命の儚さについて考え込んだ。


ジリジリとうなじを焼かれるだけの時間。

ピロン、と音が鳴り、『どうした…?』と狼狽している監視者の様子を見て我に返った。


「何でもないです」


と首を振り、気を取り直し、近くに作物がなっている場所では丁寧に刈るようにしていたら、いつの間にか時間が過ぎていた。


遠くからノックノックの群れが歩いてくる。

畑の様子には何の反応も見せず、いそいそと収穫出来る玉ねぎやじゃがいもの方へと集まっていく。

種を取りに行ったノックノック達は、いつもなら置いてある場所に何もないので一斉に首を傾げていた。


「種はちょっと待ってくれ」


畑から声を掛けると一斉に振り返り、その後バラけて各々好きに過ごし始めた。

切り替えの早さがすごく良い。


「ライガー!!………えッ…!」


その後やってきたパッドは、畑の様子を見て立ち止まった。

愕然としているのが分かる。きょろきょろと辺りを見渡した後、ゆっくりと俺の方へと寄って来る。


「……ライガ、いちごないよ」


収穫するのも食べるのも、いちごがお気に入りになっていたパッドは思ったよりショックを受けている。


「夏になったから春しか出来ない作物は刈れちゃうんだ」


「………そうなんだ」


いちご畑だった場所を振り返り、悲しそうに眉を下げた小さな子供を前に、俺は少し戸惑う。

俺よりショックを受けていないか。


「まあ、自然の摂理ってのはこんなもんだ。仕方ない。その代わり、今度は夏の野菜が出来るようになる」


「なつのやさい?」


良かった、興味を持ってくれた。


「そう、夏の野菜だ。パッドはとうもろこし好きだったよな。あれも夏の野菜だ」


「とうもろこし?黄色いやつ?あれが作れるの?」


パッドの目がキラキラしてきた。畑作業にこんなに目を輝かせてくれると、農家擬き(まだまだヒヨっ子だからな)の俺も嬉しくなる。


「作れる。ああ、そうだ、パッド用の畑を作るか?とうもろこしと、他に育ててみたい野菜があれば、それも一緒に植えてみれば良い」


「いいの!?作る!!おれの畑!」


先程のショックなど飛んで行ったようだ。


「じゃ、まずは整地だ。枯れた草を刈ってくれるか?緑の葉っぱはまだ枯れてない草だから、それは刈らないように。茶色の葉っぱをじゃんじゃん刈っていってくれ」


「うん!!」


喜ぶパッドにカマの柄を差し出す。五歳児に刃物など───と言う感覚は既に失っていた。

パッドは刃物の扱いが上手なのだ。最近ではジャウルがナイフの扱いなどを教えているらしい。何故かは知らない。

口出したくなりそうなので聞かないようにしている。


そもそも最初からカマの扱い方は上手かった訳だが。


パッドが草刈りに精を出している間に、俺はクワで硬くなってしまった土を耕し直す。

作業自体は本当に楽になっている。ジャウル程ではないが、ザクザクと次々にマス目を増やしていった。

しかし、暑さが邪魔をする。


ボタボタと汗が顎を滴り落ちていき、Tシャツはすぐに汗で濡れた。


これはいよいよ、その時が来たか。



「麦わら帽子、買うか……」



日陰も何もない畑の中では、直射日光からの逃げ場がない。

パッドも時々汗を拭っているので、魔人だから暑さに強いとかもないようだ。

彼にも買ってあげたいが、一応はジャウルに許可を貰わなければ。


最近は肉を出荷しているのでジャウルもそれなりに収入がある。

比例して、俺が勝手にパッドに物を買い与える事に文句を言い始めたのだ。


俺としては、パッドへの報酬のつもりなのだが、どうやら昼飯や飲み水、偶にあげる野菜で十分だとジャウルは思っているらしい。


意外と誠実じゃないか?と感心した。

素知らぬ顔で貰えば良いのに。


ふっと過ったジャウルの顔。


……あれは誠実なのではなく、父親としてのプライドなのかもしれない────と思い直し、俺は小さく鼻で笑ってしまった。


もしそうなら、可愛い所があるもんだ。


1人で笑ってしまった事を誤魔化すように、襟首を持ち上げて顎の汗を拭ってパッドに向かって叫んだ。


「パッド、少し休憩にしよう」


「はーい!」


声を掛けると明るく手を振り返して答えてくれる。

ウッドデッキに戻ると、収穫も終えてやる事がなくなったノックノック達も集まっていた。


「あれー?いつもより少ないね」


パッドでも気付くほど、今日のノックノック達の人数は少ない。


「やる事ないから、散らばってんだと思う。多分」


ウッドデッキの日陰にパッドを座らせて水を飲ませた。

ノックノック達も水は飲めるので、少ない食器や調理器具の中から水を汲めるものを集めて水を入れ、ウッドデッキに並べた。

気付いたノックノック達が集まってくる。

一番心配だった、暑い中、土の上に転がっていた奴らも水を飲みに来たので胸を撫で下ろす。


日陰に入ると風が汗を冷やしてくれるので心地が良かった。

何というか、良い夏だ。


人間界では年々暑さが増していて、暑さによる疲労、脱水症状、頭痛、はては日焼けによる肌の痛みに毎年苦しめられていた。


祖父母と過ごしていた幼い頃の夏は、こんな感じだったと思い出す。もちろん、美化している可能性もあるが。


暑いが、この暑さが心地良い。


ゆっくり息を吐き、水筒を握りしめたパッドの横に座り、カタログを開く。夏の作物の種を2人で見つつ、時折視界に入ってくる監視者の注釈を聞きながら選んでいった。

夏は本当に連作物が多く、区画分けをどうするかで悩む俺を尻目に、パッドはすぐに選んだ。


とうもろこしとトマト、そしてスイカだ。


俺は秋まで収穫出来る作物、なす、ピーマン、トマト(夏しか出来ないと思っていたが説明には秋までいけると書いてあった)に、とうもろこしときゅうり、スイカとメロンを少しだけ頼んだ。

金額だけで見るなら、高額収入が見込めるスイカとメロンを中心にするのも悪くないと思ったが、俺は自分が食いたい物で選んだ。

なすの煮浸し、焼きなす、なす味噌炒め。ピーマンの肉詰め、青椒肉絲────夢は広がるばかり。

まあ、青椒肉絲の調味料が手に入るのか分からないが。

冷やし中華なども食べたい、だが麺類もどうなっているのだろうか。


数量を計算しつつ(殆ど監視者が)種を購入していると、山間にエンジン音が響いた。


スクイッドではない。時間ではないし、エンジン音が違う。

これは────ブローンのビッグスクーターだろう。


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