45 宝
午後もまた楽しげなパッドの声と共に作業が進む。
見慣れたじゃがいもと玉ねぎに混ざる、ニンジン。
久々に見たニンジンに胸が躍る。
形の良さそうな物は出荷し、残りは保管庫へ回した。
また食卓が彩ってしまうな───保管庫の前で1人北叟笑む。ここにフルーツでもあれば、栄養バランスが良くなりそうなものだけど────
そこまで考えて、俺はハッとした。
「………わ、忘れてた…」
自分に呆れる数秒を経て、弾かれたように家を飛び出した。
ピロン、と耳を打つ音。
『わざと放置しているのかと思っていた!忘れていたのか!あの宝の山を!!』
そんな文字が見えたが無視だ。
ウッドデッキ前に積んでいたコンテナを掴み、ジャウルに向かって叫んだ。
「悪い!ちょっと離れる!」
パッドと数匹のノックノック達と休憩していたジャウルが、勢いに呆気に取られている内に走り出す。
橋を渡り、たわわに実る果樹の園に。
息切れはしたものの、しゃがみ込むような事はなかった。以前の自分なら橋を渡り切る前に足が止まっていただろう。
それに気付く事もなく、果樹の真ん中でコンテナを下ろし、着けていた軍手を外して腰袋に入れ、新たな軍手を引っ張り出す。
土汚れのない新品の軍手。
更に外側のツール用ベルトにぶら下がっているハサミを引き抜く。ハサミはベルトから抜けた瞬間、その大きさを変えた。
ツール用ベルトは縮小機能が付いており、ベルトに差し込むだけでツールを小さく収納してくれるのだ。
ハサミの他に、オノとクワ、ジョウロまでぶら下がっている。全て小さくなっており、重みも殆ど感じない。
どうして人間界にはないんだ、と憤りを感じた程だ。
「………結構放置してたけど、あんま変わんない…?」
木々の状態も果実の実り方も、最初にここを訪れた日と変わらない気がする。
熟して落ちた実が根元に点々と転がってはいるが、枝葉が伸び放題に茂る事も、実が大きくなりすぎているような事もなかった。
「作物を放置すると、無駄にデカくなるって聞いたけど……」
実際、町の畑の中には異様な大きさのキャベツなんかがあった。ああなると、味や舌触りが悪くなるらしい。
だから収穫日を徹底しているのだが。
ピロン
『果樹は枝が折れる前に実を落とすと言われている。ジュエルフルーツは特に細やかな調整がされている筈だ。……ふむ、この乱雑な植え方。規定数の実がならぬように配置されているのかもしれんな。と監視者が果樹林を見渡しています』
言われて(正確には読んで)辺りを見渡す。
色味は人間界と違うが、オレンジとレモン、そしてさくらんぼが実る木と、何も実っていない木々が不規則に並んでいる。
監視者がそう言うならそうなのかもしれないと思えるが、単に思いつくままに植えたと言われたら、それはそれで納得出来る乱雑さだ。
「……まあ、何にしても、先代様には感謝しかないですよ。こんな立派な果物を残してくれて…ありがたく頂きます、すみません!」
木々に向かって手を合わせる。
顔も名前も知らない前の牧場主を思い浮かべては、心から祈った。
数分黙祷してから顔を上げると、ピロンとウィンドウがが現れた。
『監視者があなたの祈る姿をスケッチしています』
「どういうこと?」
奇行にも程がある。
『監視者が深く感心しています』
「そんな言葉もなく……?」
実況ログばかり流れてくると言うことは、監視者は無言なのだろう。何に感銘を受けているのか───予想できない事もないが、する必要もない。
俺は半笑いを見せるだけにして、フルーツの収穫に取り掛かった。黄色とピンクの可愛らしい色味のレモンと、オレンジと赤のグラデーションカラーのオレンジ。
この2種類はまあまあ簡単に取れた。
俺の掌でちょうど良く握り込めるサイズなので、やはり人間界の物よりは少し大きめだろう。
問題はさくらんぼだ。
まさに宝石のような艶やかな赤色の実。こちらも大きめで張りがあるとは言え、握って取るには心許ない。
「監視者様、さくらんぼの収穫ってのは……」
ピロン、とすぐに音が鳴った。
こう言う時の監視者は本当に頼りになる。
と思ったが、いつもの横長のウィンドウではなく、縦長のウィンドウに白黒の絵が表示されていた。
「下手では」
思わず突っ込んでしまった。
それほどまでに酷い絵だった。
鉛筆なのかボールペンなのか、細い線が何重にも重なっていて妙に劇画調でありながら、顔のパーツはとっ散らかっている。
何故だろう、古き良き美術品の修繕後、似ても似つかないものへと化したニュースを思い出す。
そもそも長い前髪のせいで目は見えてないはずなのに、まさに目の位置に眼光のような白い光がふたつ見えている。
それはなんだ?
凝視していたが、ウィンドウが切り替わってしまった。
ピロン、といつもの横長のウィンドウが出る。
『ふむ、矢張りそうか。と監視者が描いた絵を見ながら頷いています』
「………懸命に描いてくださった事は伝わります」
『知識はあるのだがな、やはり創造の類は私には無理なようだ。管轄が違うのだから致し方あるまい。と監視者がやれやれと首を振っています』
「……神様にも不得意とかあるんですね」
『不得意なのではない、不可能なのだ。梟は空を飛び、鯨は海を泳ぐ。逆は出来ん。ただそれだけの事だ。お前の絵についてはお前の父に託す事にしよう。と監視者がメッセージを打っています』
「託すってなに?どう言う事?」
突然、父親の表示が出て戸惑ってしまう。
『奴に描いて貰おう。創造に関して奴の右に出る者はいない。いては創造の魔神とは言えんからな!はっはっは!と監視者が愉快そうに笑っています』
「そうではなく何で絵を描く流れになってんの…?俺、さくらんぼの収穫方法が知りたいんですけど……」
さくらんぼの木を指差す俺の目に、新たなウィンドウが出た。
『監視者があなたの写真付きメッセージを創造主宛てに軽やかに送信しました』
何故かターンッ!とエンターキーが押された音が聞こえた気がする。アビスの元に意味不明なメッセージと共に写真が送られたと考えると、自分のせいではないのに罪悪感と同時に気恥ずかしさが湧いた。
なんとも言えずに虚空を眺めている横に、ピロンとウィンドウが開かれた。
『さくらんぼは軸の付け根を持ち、軸ごと取るのだ。一粒ずつ丁寧にな!と監視者が果樹図鑑を開きながら言っています』
話題が既に変わっていた。
俺はまた半笑いして、言われた通りにさくらんぼを収穫する。気持ちを切り替えたく、一粒だけ摘み食いをしてやった。
パリッとした皮に弾力のある甘い実。溢れるほどの果汁が口の中に広がる。
爽やかな甘酸っぱさが疲れた身体に染み渡る。
「これはあまりにも宝……」
気持ちの切り替えは瞬時に出来た。
うきうきとさくらんぼを収穫し、潰れないようにコンテナの中をフルーツで満たす。
ある程度終えたら、ぐっと伸びをした。
果樹の木に高さはない。これもジュエルフルーツの特徴らしい。
しかし低い位置から高い位置まで、選定しつつ綺麗に収穫するのは中々骨に来た。
ひとつ苦労をする度に、人間界の農家の凄さを実感する。
彼らはもっと過酷で難しい事を、日々絶えず行っているのだ。
今はもう戻れないが、この地からでも感謝したい。
そんなセンチメンタルに浸っていたが、ピロン、と言う音に引き戻される。
空を見ていた顔を下ろすと、ウィンドウから飛び出たアイコンが森の方を指差していた。
見ると、ノックノック達が数匹連なって森の中へと歩いていく。
「……ん?もう帰る時間……にしては早いか」
何となく気になって彼らの後をついて行った。
いつもは彼らが俺についてくるので、逆の立場になるのも悪くない。
最後尾のノックノックが俺に気付いた。
嫌がられるかと思ったが、踵を返して俺の足を登ってくる。
前を行く奴らは気付いているのか、いないのか、そのまま突き進む。
肩に乗ったノックノックが、進行方向を指差した。
「あっち?」
許可も得たことだ、堂々とついて行く。
徐々に木々の間に花畑が見えてきた。やはり帰宅していたのだろうか?と思った時、妙な物を見つけた。
木の根元に瓶が置いてある。
以前も大きな瓶を置いていたが、それとは別だ。
それもひとつやふたつではない、様々な形の空き瓶が置かれていた。
「……なんか、見覚えが…」
一番近くにあった瓶を拾い上げた。
白いラベルが貼ったままの瓶。
「………俺があげた、ミルクジャム?」
その横に置いてあった瓶も、以前あげたフルーツジュースの瓶だ。
他の木の根元に置いてある瓶を見渡す。
先に行っていたノックノック達が、いつの間にかバラけて瓶の中を覗き込んでいた。
何をしているのだろうか、と悩んでいる耳に響く音。
ピロン
『ライガ、蜂だ。と監視者が指差しています』
ウィンドウの端にご丁寧に蜂のアイコンを出している。
俺はアイコンの先に目を向ける。足元ばかり見ていたから気付かなかった。木の幹に擬態するような大きな瘤───蜂の巣が、真正面に位置する場所にぶら下がっている。
息を飲み込み、そのままそっと後ずさる。
巣穴から小さな頭や脚が少し見えるのだ。警戒されている。
「コンコン!」
間近で聞こえたノック音に心臓が跳ね上がる。
鳴いたノックノックを見ると、「コンコン!」と懸命に木の下を指差していた。
戻れと言っているのか?いや、だったら根本を指差すのは変だ。
「………あ、……瓶を戻せって言ってんのか?」
「コン!」
正解のようだ。
俺は蜂の巣を警戒しつつ、身を低く屈めてから根元に近付いた。
持っていた瓶を戻そうとして、初めて底の方に何か溜まっている事に気付く。
「…………なんだこれ」
雨ではないだろう。俺が魔界に来てから、心配になるほど降っていないから。
それに軽く回すと艶があり、水より粘度のあるものだと分かる。匂いもそんなにない。
「コンコン」
中身を訝しむ俺の頬を、肩乗りノックノックが突いた。
そして空を指差す。
見上げた先にあるのは、蜂の巣だ。
「…………まさか……これで、ハチミツ集めてんのか…?」
わななきながら肩乗りノックノックを見る。
彼は黒く小さな胸を張った。真っ白な頭巾に真っ黒な二つ穴があいているだけの顔なのに、ドヤっていると分かる。
「気ィ長すぎだろ」
蜂と意思疎通が出来るらしいが、それにしたって瓶でハチミツを集めるのはほぼ不可能なのではないだろうか。
可愛いような、可哀想なような。
この小さく健気な妖精たちをどうしてくれようか。
とりあえず瓶を元に戻し、彼らと共に畑へと戻ってきた。
コンテナにフルーツを携えた俺にジャウルとパッドが驚いている。橋の向こうも自分の領地なのだと伝えておいた。監視者から公言しておけ、と言われたからだ。
何だか身勝手な気がしたが、ジャウルもすんなりと納得してくれたので、言っておく方が良いのだろう。
目を爛々とさせてコンテナの中を覗き込むパッドに、さくらんぼをひとつ手渡す。
「すげー……ピカピカだぁ…ぱぱ、ピカピカだよ!」
赤くつるりとした大きな実を太陽に翳し、パッドの目は更に爛々と輝いた。
ジャウルにも差し出す。訝しそうに眺めていたが、口に入れた途端、親子は目を見開いた。
ジャウルは無言で震えているだけだったが、パッドは「はーーー!」と大きく息を吐き出して、齧りかけのさくらんぼを掲げて走り出してしまった。
半狂乱になるほどに美味しかったか。
「また後でみんなで食べようか」
夕食の誘いだ。ジャウルは口元を手で拭った。なんだ、ヨダレでも出たのか。パッドは半狂乱のまま、ジャウルに飛びつく。
魔人にだけ作用する変な成分が入っているとかじゃないよな?
そんな不安が過ぎたが、落ち着いた後はパッドもいつも通りに残りの作業に向かってくれた。いや、いつもより張り切っているか。
心なしかジャウルもいつもよりやる気があるように見える。
フルーツの出荷分を箱に入れ、俺は一旦家に戻った。
靴を脱がずに使えるよう、玄関脇の壁に取り付けた電話機の受話器を取る。
アナログっぽい雰囲気なのに、ダイヤルの真ん中は液晶のように光り、押した番号がちゃんと表示される。
ダイヤルも昔の黒電話のように回すタイプに見せかけておいて、タッチ方式だった。
見た目と機能が合ってない。
いやまあ、使いやすいから良いのだが。
トゥルル、とコール音が数回。
『こちらビルド工房。どちら様で』
ブローンの声だ。
「あ、ども。カム…じゃない、ライガです」
『おう!なんだ!さっき振りだな!』
「はい、朝はありがとうございました。すみません、実はもうひとつ頼みたい事が出来て」
『何だ?』
「あの、ハチミツを取りたいんです。何かいい方法ありませんかね」
一瞬、受話器の向こうが静かになった。
沈黙に不安が募る。
『それは───養蜂箱の事か?なんだ、ハチミツ屋までやろうってか?手広いな!』
「ま、まあ、そんなところです。近くに花畑があって、蜂の巣もあるので……急ぎではないので、棚が終わった後にでも」
『オッカァと分担すりゃそんな手間でもねぇが、素材持ち込みの方が安く済むぜ?持って来れるか?』
「…………ちょっと、今は難しいですね…」
あの山道を再び徒歩で下りる気にはなれない。
ブローンは笑って、棚を持ってくる時に素材を受け取ってくれると言ってくれた。
本当に良い魔人だ。
『ま、今は町にゃ来ねぇ方が良いかもしれねぇしな』
「え?なんかあったんですか?」
警官による宿屋での大立ち回りですら、町民達は大して気にしてなかったのに。
『魔貴族様が観光に来てんだが、"陽の当たる幽玄"を持って帰るとか言い出してな、町長達と揉めてんだ。ハンター連中は野宿キメこまされて苛立ってるしよ、町の空気が悪いったらありゃしねぇ』
ブローンの声を聞きながら、脳裏に鹿のような角を生やした男の姿が浮かぶ。言いそうな顔をしていた、と偏見も浮かんだ。
『あれはこの町の貴重な観光資源だからなァ』
「それは、譲る訳にはいかないですね…。町長は大丈夫なんですか?」
あんな小さな体とふわふわした性格で権力に立ち向かえるのだろうか。
『ああ見えて長く町長やってんだ。意外と図太ぇんだよ』
からりと笑うブローンに胸を撫で下ろす。
その後、二、三雑談を交わして切った。
暫くは町に行かない方が良さそうだ。
まあ、行く気力もないのだが。




