43 会いたくなかったもの
西門へと向かう途中、少し遠くから騒めきが聞こえて来た。今立っている場所は脇道のような細い路地で、騒めきは突き当たりの大通りから流れてきているようだ。
この先に何があるのか、とナビに意識を向けていたから、突然現れた人影に気付くのが遅れた。
相手も急いでいたのか、ぶつかりそうになってから互いに止まった。
殆ど同じくらいの長身の男だ。僅かに俺の方が高いが、体格は似ても似つかない。
男は肩が広く、胸元がパツパツした青いシャツを着ていた。思わずその胸元に目が向く。
豊満とも言える胸────を強調するような黒いガンホルダーに、グリップしか見えないが、明らかな銃がひとつぶら下がっていたから。
「おっと、前見て歩きな。危ないぜ」
男は目の前でサングラスを軽く外し、鮮やかなブルーの目をくしゃりと微笑ませて背を向けた。
短く整えられた髪もブルーだ。毛先は黒いが。
その尻に、髪色と同じ色の尾が揺れている。
膝裏を超える長さの長い尾は、手入れされた馬の尾ように艶めいている。本物、なのだろうな。魔人だし。
俺から離れると少し足早に再び角を曲がり、その姿を消した。
「…………良い男って感じだったな」
色々と気になることはあったのに、口からこぼれ落ちたのはコレだ。
町に来て、初めて見た若い魔人。
少し俺より年上な気もするが、それでも若い方だろう。
ジャウルと同じ歳くらいか。
ふと男が出てきた方向へと顔を向けた。空き地があり、壊れ掛けの煉瓦の塀の隙間から男は出てきたようだ。
どう見ても通路ではないが、近道に勝手に使われているのだろう。地面が踏みしめられている。
その道を横目に通り過ぎ、いよいよ大通りへと差し掛かった。大勢の声が近い。
子供達が目の前を騒ぎの方へと走って行く。
無意識に目で追った。
人集りが出来ていた。小さめの住民の中、先程の青い髪の男と、その男の前に立つ人影がやたらと目立っている。単純にデカい。特に青髪の男が。
中心の人影達は、どれも派手目な格好をしていた。一際華やかな中心人物が、長い金髪を靡かせる。
額から鹿のような角が左右に伸びていて、細いチェーンでも巻いているのか、靡きと共にそれらもキラキラと光を散らした。
「"陽の当たる幽玄"を見に来たんだけど、まさかこんな陳腐な場所にあるなんて。宝の持ち腐れだな」
長髪は男だった。
顔を上げ、空を見る。町から離れた草原に生える大樹"陽の当たる幽玄"の、桜色の花弁は町にも降り注いでいる。
花弁の中、男は様になる。遠くから見ても、その整った派手な顔が分かる。
しかし、俺の目を捉えて離さないのは、見た目ではない。
ウィンドウだ。
青色のウィンドウが男の前に浮かんでいる。
いつもの監視者のウィンドウではないのははっきりしていた。こんなに遠いのに、内容が読み取れてしまったから。
男が振り向こうと動いた瞬間、咄嗟に壁に隠れた。
「………監視者様、あれは…」
ピロン
『魔貴族だな。ルーメン・トローヴ。ヴォルの息子だ。と監視者が覗いています』
「ヴォル?」
『愛と美を司る女神、ヴォルプタス・ヴェヌスタ。ウィンドウ表示だと何だったか……、ああ、そうだ”均衡者”だ。と監視者が指を立てています』
「均衡者……見た事ありますね。……あの、あいつの前に出てるウィンドウ……『序列』って表示されてますけど、何ですかあれは」
壁からそっと覗き込む。ルーメンとやらは長髪を払い、偉そうに胸を張っている。毛先がウィンドウと重なっても表示されたままの『序列14位』の文字。
『そのままだ。魔貴族には序列がある。魔神の血を濃く引き継ぎ、強い力を持った者が上にいる。14位ならば、下の方だな。と監視者が肩を竦めています』
「序列って俺にもあるんですか?序列は何に関係してくるんですか?相手に勝手に見えるもんなんですか?ずっとあんな風に見えてるもんなんですか?」
『そんな一気に聞くな!と監視者が腕を振り回して怒っています』
「じゃあ勝手に見えるかどうか教えてください。監視者様のウィンドウも、魔貴族には見えてたりするんですか?」
『見える。と監視者が簡潔に答えています』
「そうですか。監視者様、なるべく小さく見えないようにしてください」
『そんなに警戒するとは……と監視者が仕方なく縮こまっています』
ウィンドウがみるみる小さくなった。
「魔神の子だと言うことも、人間のハーフだってことも、秘密にするって決めたんで。もしも万が一にでも魔貴族に絡まれたら困る。……序列のウィンドウってのは、どうしたら良いんですか?俺にもあるんですか?」
『お前はそうだったな。序列ウィンドウは勝手に現れるから隠しようがない────が、お前は平気だ。序列に入っていないから、ウィンドウも出ていない。と監視者が首を振っています』
「……入ってない?」
『入っていない。ハーフだからか、力が弱いせいかは分からんが、圏外だ。と監視者が憐れんでいます』
「………な、んだ…じゃあ大丈夫じゃん。良かった……」
一気に全身から力が抜けた。
『本当に珍しい奴だな。そんなに魔貴族が嫌か。と監視者が面白がっています』
「いやって言うか……貴族って単語、馴染み無さ過ぎるんですよ。言うて、感覚は日本の庶民ですからね俺。いきなりあなたはエンペラーの血縁者ですって言われても、俺は困る。責任が怖い」
シンデレラストーリーには憧れない。母にも夢がないと言われた事がある。
『貴族と言っても魔貴族なんぞぬるいものだ。大変なのは上位5名くらいだろ。だが下位貴族であろうとも手に入る金は今と比べ物にならんぞ。と監視者の眼光があなたの様子を窺っています』
「それって対価でしょ。大いなる力には大いなる責任が伴うってやつの。力もないのに責任だけ負わされちゃ堪ったもんじゃありません。それに────」
監視者は何が言いたいのか、まるで唆すような言葉だ。
俺には貴族の自分なんて想像もつかない。
「俺は今の生活、かなり気に入ってるんで」
ひいひい言いながら汗だくになり、土に汚れる毎日。夢すら見れなかった日々が一転して、牧場で生きている。
照れ臭くて言わないが、畑仕事をしていると、祖父母や母の存在を近くに感じる時があった。
父親の血に甘えて金持ちになれたとしても、あの感覚は手に入らないだろう。
ピロン
『それでこそ私の教え子だ!!地位も金も己の力で手に入れてこそだ!!と監視者が力強く拳を握り締めました』
「でも宝くじで大金当たったら大喜びで受け取りますよ」
『ぐぬぬ……!監視者が何とも言えない顔であなたを睨んでいます』
「金は欲しい。責任のない金が」
『ぬがーー!!監視者がクッションを引き裂きました』
俺の戯言に振り回される監視者を楽しんでいたが、「ようこそいらっしゃいました!」と知った声が聞こえたことで意識は人集りへと引き戻される。
小さい人垣の隙間から、更に小さな影がぴょんぴょんと跳ねているのが見えた。
「わたくし、町長のシプシーパー・クリンプと申します!」
町長の声だけ聞こえてくる。
ルーメンはチラリと足元を見下ろし、クッと嫌味な笑みを浮かべた。
「……これはこれはご丁寧に。どうぞお構いなく。私は美しい物にしか興味がないのでね」
「ええ!ええ!わたくし共の自慢の"陽の当たる幽玄"の観光にいらしたのでしょう!本当に美しい大樹ですから!」
あしらわれているにも関わらず、町長は健気に跳ねていた。そんな町長を、長い足で遮るように青髪の男が前に出た。
庇うのだろうか、と思った。
「とは言え、田舎の木ですから。都市にお住まいで、目の肥えた魔貴族様のお眼鏡に適うかどうか……」
全然違った。
サングラスを胸元に引っ掛けた青髪は、整った甘い顔立ちを皮肉に歪めて笑っていた。
横目に青髪を見たルーメンも、鼻で笑う。
「まるで子供のガラクタ入れのような町だと思っていたけど、少しはマシなのもいるんだな」
明らかな嫌味に住民達の騒めきは強まり、青髪だけは嬉しそうに口端を片方吊り上げた。
「なあ君、この町には宿がここしかないと聞いた。随分と野暮ったい連中が占拠しているようだ。どう思う?私は彼らと夜を過ごすべきかな?」
「いいえ、俺が今すぐに追い出してみせます」
あからさまに青髪が魔貴族に媚びている。そんなタイプには見えなかったが。
青髪は颯爽と宿の中に消え、数分もせずに怒号が外まで響いた。
次々に屈強な男達が扉から転がり出されていく。胸当てや腰巻きなど、俺の目には見慣れない装備品を身に付け、顔や体に傷がある面々。
なるほど、ハンターという奴か。
口々に文句を言うハンター達の前に、片手に拳銃、片手に男の髪を掴んで引きずってくる青髪が出て来た。
「ん?文句があるなら全員しょっぴいてやろうか?魔貴族様の邪魔をした罪で」
男をぶん投げて爽やかに笑ってみせるが、片手の拳銃が怖過ぎる。
あれだけざわついていた住民達も黙り込み、ハンター達は心底馬鹿馬鹿しくなった様子で捨て台詞だけを置いて各々去って行った。
「どうぞ、魔貴族様」
静かになった宿屋の扉を押さえ、恭しく青髪が手で促す。
満更でもなさそうに魔貴族は入っていく。ぞろぞろと付き人達を引き連れて。
慌てた町長が後を追いかけて中に入ると、宿屋のドアはバタンと閉められた。
解散解散、と住民達も散り散りになっていく。
勢いに動けなかった俺の前を、ぶつぶつと言いながら通り過ぎていく人々。
「あんのクソおまわり、普段全然仕事しねぇ癖にこんな時ばっか張り切りやがって」
「元いた都市に戻りたくて仕方ないんだろう。それにしても酷いがね」
青髪への不平不満に、萬屋の店主ローレルが言っていた『無駄金にならないといいね』が実感として伝わってきた。
ブローンに聞くまでもない。
あの警察は当てにならないのだろう。
「まきぞくさまってあんな感じかー!」
「小遣いくらいくれるかなーって思ったんだけどな!」
子供達はケラケラと笑っている。
大人達の暴れっぷりを目の当たりにしただろうに、なんともあっけらかんとしたものだ。
大通りが静かになってから、俺は唖然とした気持ちを引きずるまま、ゆっくりと立ち上がった。
「何と言うか………なんて言うんだ」
あまりの衝撃に言葉にならない。
ピロン
『この程度の小競り合いは都市では日常茶飯事だ。と監視者がやれやれと頭を振っています』
「治安死んでる……っと、それより急がねぇと!」
思わぬ事に時間を取られてしまった。
警察が当てにならないのは残念ではあるが、町にあまり降りて来る事もないだろうから、先程のトラブルも他人事でしかない。
今恐ろしいのは、善人に見えるブローンの心象を悪くする事だ。
西門まで走る道すがら、先程集まっていた住民達の横を駆け抜ける時もあった。不思議そうに見られていたのは気付いたが、挨拶も出来ないまま兎に角走った。
既に陽が傾いて、空はオレンジ色になっている。
西門の向こう、大きなスクーターに跨った大きな影が見えた。疲れが出始めた足を叱咤し、門を潜り抜け、滑るように影の前に飛び出す。
「は、はあ…はあ!す、すみません!遅くなって!」
膝に手をつきながら項垂れる。
止まった瞬間に汗が噴き出す。
ブローンは目をパチクリさせた後、朗らかに笑った。
「気にすんな。良いもんは見つかったか?」
スクーターは、俺の知ってるビッグスクーターより更に大きい気がする。
「おかげさまで、見つかりました」
「そいつは良かったな!」
「はい、ありがとうございます。……ところで、俺はどこにどう乗れば……」
スクーターの二人乗りもした事がない。
タンデムシートと言うのだろうか、ブローンの後ろにしっかりと人が乗れるスペースはあるが、乗り方が分からない。
ブローンは大笑いし、後ろを指差す。
「バイクの乗り方も知らねぇのか!本当に変わった奴だな。ほら、足元にステップがあんだろ、それ踏んで後ろに跨ってくれ。シート脇にバーがあっから、乗ったら掴んでろよ。落っこちねぇようにな」
「あ、はい」
言われるまま跨る。
跨る瞬間だけブローンの背中を支えにさせて貰った。岩のように硬いのかと思っていたが、柔らかな弾力で、少し感動してしまった。
良い筋肉とはそう言うもんだと聞いている。
「んじゃ、行くぜ」
アクセルを回し、スクーターが走り出す。
俺はギュッとバーを握り込み、背中を丸めた。
聞きたくても聞けなかった。
多分、これが普通だろうから。
─────ヘルメットは、使わないのかと。
ノーヘルで走る山道に戦々恐々とし、景色はあまり覚えていない。
行きとは違い、あっという間だったせいでもある。
おかげで今日の記憶が帰り道だけに上書きされ、家で待っていたパッドとジャウルに碌な思い出を話せなかった。




