42 萬屋
町長の家はすぐ分かった。
白くもこもこした彼らしい、真っ白く優しい雰囲気の家だ。
ただ、その隣に建つ、家より大きな建物は何だろうか。家と似たような雰囲気ではあるが、町長の小ささにはあまりにも大き過ぎる。
挨拶をしようかと思ったが、どちらも人の気配はなかったので通り過ぎ、右に曲がった。
診療所は門から奥まった場所で、更に緑(青いが)に囲まれていて、一瞬見つけ切れなかった。
マップの表示と看板があったので分かったが、見た目は古めかしい教会のようだった。
魔人の医者と言うのも気にはなる。しかし用はないのでこちらも左に曲がってスルー。
暫く道沿いに歩くと、萬屋らしき店が見えた。
青緑の屋根に小さな庇。窓には植物が吊るされていて、足元には花壇が店の前を彩っている。
ピンクやオレンジと言った小さな花が綺麗に咲いていた。
軒先にはテラスが一席設けられていて、カフェにも見える。しかしぶら下がる看板には、『ゴールドリーフの何でも屋』と書いてある。
何でも屋、なのだから、萬屋で良いのだろう。
屋根と同じ色のドアを開く。チリリンと軽やかなドアベルが鳴った。
棚が視界を遮るので店内を一瞥する事は出来ず、人がいるかも分からない。
「……お邪魔します」
一応声を掛けておく。
足元にはドライフラワーや生花が詰められた籠が並び、棚には様々な物が飾られている。
少し狭い通路を奥に進むと、調理器具などの生活用品から、種や肥料、シャベルやバケツ、またペットや家畜の餌だろう袋が床に積み上がっている。
本当に萬屋、と言った感じで雑多なものだ。
しかし不思議と楽しい気持ちになる。
ぎっしりと詰め込まれてはいるが、商品は綺麗に陳列されていて、見る物全てが目新しく面白い。
ぬいぐるみなどの玩具に、衣類まである。
ハンガーに掛けられたシャツを捲っていく。
「……どれか買ってこうかな」
よく見ると縫い目はやや粗いが手触りは良い。
しかし、どうにもサイズがない。
どれもこれも小さめだ。
カタログでは初めからサイズで検索していたので気にしてなかったが、日本でも服や靴のサイズには苦心していた事を思い出す。
「………もしかして、魔界でも俺ってデカい方なのか」
ぼやきが零れ落ちる。ピロン、とウィンドウが開く。
『そうだな、飛び抜けてデカい奴も稀にいるが、平均的な身長は人間とそう変わらんのではないかな。と監視者がダンベルを上げながら言っています』
「……飛び抜けて小さいのもいるみたいだしな」
町長とダタラの姿が思い浮かんだ。
アビスにビルド夫妻、そしてジャウルが180超えているようなので勝手に背が高い奴が多いイメージだったが、挨拶を交わした町民達は、高くても160くらいしかなかった。
『この町の平均身長は偏っているな。元は小柄な魔人達が寄り集まって作った集落なのだろう。と監視者が光る汗を散らしながら言っています』
「ああ、そういう成り立ちはありそうですね」
監視者の変な実況に慣れてしまって突っ込む気持ちも起きない。
服を諦めて視線を逸らした時、目玉商品と書かれたプレートと共に、テーブルの上に飾られたひとつの腰袋が目に入った。
くすんだ黄色の革を茶色のパイピングが縁取っている。
「………これって俺が欲しかった奴の色違いじゃ」
カタログで見ていた物によく似ていた。
手に取って裏側を見てみる。ブランド名が刻まれており、やっぱりと1人頷く。
「それは昔のデザインだからね。今じゃ手に入らないカラーだよ」
突然声を掛けられ、心臓が胸から飛び出るんじゃないかと思うほどに驚いた。
声の方へと顔を向けると、これまた小さな老婆が立っていた。頭の三角頭巾が何故か三角帽子に見えて、魔女かと思った。違うのならば、───誰?
「買うつもりがないなら触るんじゃないよ、それとも何だい、強盗でもしようってかい」
「……えっ!?いや!違いますよ!」
慌てて腰袋を元の場所に戻した。わざとらしい程、綺麗に。埃なんかも払ったりして。
魔女の気迫に飲み込まれそうで恐ろしかった。
「買わないのかい」
舌打ちが聞こえてきそうな怪訝な声だ。
「まだ検討中で……」
頭を掻きつつ、何気なく腰袋の値札を見た。
そこで俺は息を止めた。動きも。
異変に気付いた魔女が首を傾げるのが、視界の端に映った気がする。
「これ、8万ですか?本気で?」
バッと魔女を見ると、彼女は更に不機嫌そうに口を歪ませた。
「本気だよ。高いだろ、1人くらいとち狂って買うんじゃないかと思ったんだけどね。全く余計な出費をしちまった」
「買います」
「まあ農具工具ポーチなんてのは普通はいら……は?」
やれやれと肩を竦めていた魔女は、暫く動きを止めた後、信じられないものを見る目で俺を見上げてくる。
「買います、買わせて下さい」
重ねる俺に、魔女の目付きが更に鋭くなった。
「おにいちゃん、金はあるんだろね。うちはツケはしないよ。分割もな。一括で払えないなら────」
「払います。払わせて下さい」
詰め寄る俺に魔女の目が見開いた。
魔女は耳がエルフのように長かった。しわくちゃの首元には模様が覗いていた。
そんな風に観察できるだけの時間を経て、やっと魔女が動いた。
「そうかいそうかい、ちゃんと払うんだね。だったら好きなだけ見て行っておくれ」
にっこにこになって、嬉しそうに俺の腕を叩いた。
突然の大歓迎ぶりに今度は俺が目を見開く。
魔女には見えていないからか、それとも気にしてないのか、「あれはレジで預かっとこうかね」といそいそと腰袋を持って歩いていく。
ピロン
『良いのか?結構古い型のようだぞ。と監視者がひそひそと耳打ちしています』
見られないように密かにこくりと頷く。
カタログで見た同ブランドの品は、最低グレードの物で15万したのだ。それに比べたら破格じゃないか。
他にも何か良い物はないかと店内を見渡した。
商品ばかり見ていたから気付いてなかったが、目玉商品が置いてあるテーブルは店の中央に近く、入口付近よりも広い。
棚の間に埋もれるようにレジも見えた。
カウンターの向こうの魔女の頭も。座っているのか、首から下は見えない。
目が合った。
魔女はご機嫌のようだが気まずい。俺は軽く会釈し、目を逸らす。
その先で、レジ近くの壁に掛かっているある物を見つけた。
電話機だ。
古い映画に出てきそうな円形のダイヤル、ぐるぐると螺旋を描くコードに、横に引っ掛けられた受話器。
金属と木で出来ており、色が赤・青・茶色と3種類ある。
「……かっこいいな」
アンティークの電話機に見えるが、恐らく新品なのだろう。
触れた事のない形に胸が躍る。
「置くタイプもあるよ」
魔女が下の方を指差した。
見ると同じ色をしているが、受話器が上に乗った電話機がある。
「同じメーカーですか?」
形は違うが壁掛けと色も雰囲気も同じだ。
俺の問い掛けに魔女は肩を竦めた。
「そうも言えるね。作ってんのはブローンとマローの工房だ」
「えっ!?あの人ら電話も作れるんですか??」
「そら作れるから作ってんだろ。流石に冷蔵庫なんかは作れないみたいだけどね、修理や取り付けはやってくれるよ」
「何でも屋じゃん……」
「電話は取り付けなしで動くし、あると便利だよ。どうだい一台」
魔女はヒッヒッヒと悪い笑みを浮かべて指を揺らした。
「電話……」
そう言えば、ビルド夫妻も橋を作ってくれた日に言ってなかったか。
『電話での依頼』とか何とか。
「うちも電話での注文受け付けているよ。取り寄せの相談も受けてる。服や雑貨なんかは、工房の子らでも取り扱ってないからねぇ」
買え~買え~と魔女から強い圧(念?)を感じる。
「確かに便利そうですけど……番号、聞いて回らないといけないですよね」
「売ってるよ」
「はい?」
「だから番号も売ってんだ。ひとつ500円だ」
魔女はカウンターに薄い冊子を出した。細く皺の刻まれた指の先に誘われるまま覗きに行く。
名前と数字が並んでいる。
「……町長の電話番号って、これは役所って事ですか?」
知っている名前は少ない。シプシーパーの名を見つけて指で押さえた。
「この町に役所ってのはないよ。まあ、役所の仕事みたいな事は町長がやってくれてるから、何か相談事があるなら番号は買っておいて損はないね」
「………て、事は、普通に家の電話って事ですか?」
「うん?うちも店も家も同じ電話だよ」
「…………電話番号って売って良いんですか?」
「はあ?売って良いから売ってんだよ。売りたくない奴は売らないよ」
現代日本の個人情報保護の観点を引き摺る俺には、すぐには理解出来ない。
頭の上に「?」を飛ばし、固まっている俺相手に、魔女が目を眇めた。剣呑に。
ピロン
『魔界では電話番号の売買は当たり前に行われている。金が惜しいなら直接尋ねる方法もあるが、殆どの場合店を介すようにと断られるだろう。電話番号の主にもマージンが入るからな。と監視者がこそこそと耳打ちしています』
500円のマージンなんて大した事ないだろうに────関係ないところに思考が走った所で、我に返った。
「ソウデスネ、ウリタクナイヒトハウッテナイ」
無理やり納得しようとして変なイントネーションになってしまう。
「それで?買うのかい?」
「………カイマス」
魔女はにーーーぃっこりと笑った。
実際便利に違いはない。魔女はいそいそとカウンターから出て、電話の前に行った。
「どれが良いんだい」と聞かれて、俺は壁掛けの茶色い電話機を指差した。
ひょいと取り外される電話機、コードも何もないつるりとした裏側。
取り付けはいらないと言っていたが、どういう仕組みなのだろう。
でももう何も聞けない。後で監視者に嫌という程聞きまくろう。
「電話だけあってもね。番号もなくっちゃ」
電話機片手に戻ってきた魔女がズイッと番号が書かれた紙を押し出してきた。
前髪の奥から名前の欄を凝視する。
「……じゃあ、工房と鍛冶屋。あと、このお店と、町長さん。………駐在所の番号も、下さい」
駐在所。つまり、スクイッドが怯え散らかしていた警察。
また何かあった時は相談させて貰おう。
はいはい、と頷いていた魔女が、駐在所の言葉を聞くや微かに嘲笑った。
「無駄金にならないといいねぇ」
なんて、不安になる呟きまで漏らす。
何かあるのか。怖くて聞けない。後でブローンにでも尋ねてみよう。
「他に何かいる物はあるかい?」
「いえ、とりあえず大丈夫です」
魔女は財布を取り出す俺をにこにこと見ていた。
紙幣を数える時の幸せそうな顔と来たら。
笑っていたら可愛い婆さんなのに。
そんな事を思ったりもした。
「ありがとな、これからもご贔屓に」
釣銭と言って差し出されたのも、紙幣だ。小銭と言うものが存在しないのだろう。
不思議な気持ちになりつつ財布に入れていると、腰袋を磨いてくれていた魔女が尋ねて来た。
「こいつに入れて帰るかい?」
電話を?と思ったが、そうだ、これはマジックバッグだ。俺は深く、何度も頷いた。
腰袋を受け取り、一番広い口の部分に電話機を近付けてみる。
ある距離まで近付けた時、ふっと消えてしまった。残るのは腰袋の重みだけ。
お、おおぉ……と震えるほどに感動するが、マジックバッグが当たり前の魔界では変人扱いになるだろうから、表に出ないように耐える。
「ありがとうございます」
などと、何でもないように返しつつ腰にベルトを回す。した事もない小躍りをしそうだ。
調整していないのにピッタリと腰に巻き付く。
じんわりと込み上げる喜びを噛み締めていたが、ふと視線に気付いて顔を上げる。
魔女がじっと見上げて来ていて、気恥ずかしさと同時に聞くべき事を思い出す。
「……あの、店主さんで良いんですよね?お名前は?」
「……アンタ、今まで何だと思って話してたんだ。そう、萬屋の店主、ローレル・ゴールドリーフだ」
「ローレル・ゴールドリーフ……強そうな名前…」
ローレルとは、日本語で月桂樹か何かじゃなかったか。魔界にもあるんだろうか。
そんな事を考える俺を見て魔女改め、店主のローレルは笑う。
「そういうアンタはぼんやりした子だね。そんなんで牧場をやっていけんのかい」
「………俺のこと、ご存じで」
「町長から話だけは聞いてたからな。どう見てもハンターや旅行客じゃァないだろ。町への新参者ならすぐ分かる。残るは牧場主だけだ」
「…………それは、どうも」
なんて返せば良いのか。
曖昧な返答にローレルが呆れたように笑う。
「これ持って行きな。お近づきの印だ」
魔女がカウンターの上に小さな包みを置いた。
紙の包みをタグで縛っている。
「これは」
「クッキーだよ。うちで売ってる」
手に取ると軽い。鼻に近付けるとほんのりと甘い匂いがする。
確かにクッキーのようだ。
クッキーなんていつぶりだろう。
思わず頬が綻ぶ。
「……ありがとうございます」
ローレルも目を細めた。
その笑みは、いつかの祖母を彷彿とさせてくれる。
俺は改めて礼を言って店を出た。
満足感に息を吸いこむ。
空気が少しひんやりとしている。夕暮れが近い。
ブローンはもう西門で待っているかもしれない。
「監視者様、西門までの案内良いですか」
ピロン、とマップが表示された。




