41 鍛冶屋
「歩けない事もないが、好き好んであの山歩く奴は珍しいな」
そんな事を言われつつ、ブローンに連れられて町中に戻った。
道中でも彼は気さくだ。
話す度にわざわざ見上げてくれるし、通りすがりの町民に挨拶をすると共に、俺の事を「山の上の牧場主だ」と紹介までしてくれた。
気の利かない俺はと言うと、精々会釈をする程度だ。
元々町長やビルド夫妻から聞いていたらしく、町民の反応は概ね歓迎ムードだった。
しかし、時折俺を見る目から不穏な気配を感じた。
警戒などではない。邪な好奇心とでも言うべきか。
何というか、カモを探す詐欺師に見られているような。値踏みされている気持ちになる。
流石に疑り過ぎだろうか。
そんな俺の様子も、町民の反応も、一切気にせずブローンは朗らかに話しかけては、1人でガハガハと笑った。いっそ気持ちのいい無神経さと明るさが気持ちを晴らしてくれる。
「着いたぜ、ここが鍛冶屋だ」
煉瓦道はいつの間にか石畳の道に変わっていた。小さな雑草が石の隙間から生えている。
手入れがされてない石畳の先には石の塀があり、その奥に石造りの平屋がある。
屋根から煙突が伸びている。煙はない。
ドスドスと石畳の上を歩くブローンの後を追う。
平屋も横幅がある。
どうやら作業場と隣り合わせに住居があるようだった。
近付くに連れ、俺は懐かしい気持ちになっていく。
黒い石壁、扉は引戸。屋根は黒い瓦。格子窓の形もどことなく和風に見える。
作業場は開け放たれていて、だだっ広い空間が見えていた。照明はついてないようだったが、大きな窓が全て開けられていて、中はよく見えた。
ブローンは迷いなく作業場に入って行った。
一瞬躊躇ったが、彼について中に入った。
漂う空気に熱を感じる。煤のような、何かを焼いた後のような、なんとも不思議な匂いが染み付いていた。
「ダタラ!客だ!」
建物を揺らすような大声。ビリビリと空気が震えるが、俺も慣れたものだ。ただ大人しく震える空気に身を任す。
暫くすると、作業場の奥の引き戸が開いた。
思わず目を瞠る。
小さい。俺の半分ほどしかない男だ。
子供と言うなら分かる。パッドもそのくらいだ。
しかし、男は40〜50に見える大人だ。
灰色の頭を後ろでひとつに括っている。
片目を閉じているが、顔立ちは彫りが深くダンディで、顎の髭がよく似合う。
にしても、小さい。そして、黒い。褐色とはまた違う黒さ。肌も服も。
石炭の擬人化という感じだ。
「ブローン、大声はやめろといつも言ってるだろ。おれの家を壊す気か」
しゃがれた声だ。
なんだか色々とチグハグで固まっている俺の前に、石炭の擬人化が近付いて来る。
迫力のある眼力だ。
口端で棒が揺れてる。
煙草かと思ったのだが、黒いし光沢があるし、何より煙がないので違う。
ブローンは俺達の横に立ち、片手を広げる。
「牧場主様、鍛冶屋のダタラ・コールマンだ」
ピロンと名前がウィンドウに表示された。ずっと黙っていたが、監視者はちゃんと見てくれているらしい。
「ダタラ、こっちはこないだ話した、山の上の牧場に来た………そういや名前はなんてぇんだ?」
きょとんとブローンが首を傾げた。
今名を聞かれた意味が分からず、同じく見詰め返してしまう。
そして、名乗っていなかったのかと思い至り、密やかに焦った。
「あ、ライガです。ライガ・カムイ」
意味もなく姿勢を正した。
「ライガだ!」
ほぼ食い気味にブローンが被せてきた。
牧場主には様がついていたのに、名前は呼び捨てなのか。
「こんな若い奴だったのか。それじゃあ坊主」
こっちは呼んでもくれない。
「金はあんのか」
「金はある!」
口を開く前にブローンが元気よく答えた。
ダタラの呆れた目がブローンを睨め上げるが、すぐ視線は俺に戻って来た。
「……そうか、何して欲しいんだ。農具の作成か?それとも強化か?」
「いや客は俺だ」
またブローンが横から答える。
俺は口を開く間もない。
「この牧場主様から散水機の注文を貰ってな。オーブの依頼に来たんだ」
ガハハと豪快に笑うブローン。
そうなのか。じゃあ、本当にただ紹介する為に連れてきてくれたのか。
良い魔人じゃないか。
と感激する俺とは違い、ダタラの顔はなんだそりゃと言いたげだ。
「琥珀のオーブが4つ欲しいんだ」
「んじゃ琥珀を持って来い」
「なにケチ言ってんだ!どうせ余ってんだろ!」
「高くつくぜ、良いんだな」
ダタラは言いながら背を向けてどこかへと歩いて行く。
作業場の端の、様々な物が積み上がっている方向に。
改めて作業場を眺めると、映画やゲームで見る鍛冶屋そのままだと遅れて胸を打つ。
ドンッと言う重たげな音に意識を引き戻された。
ダタラが台の上に宝箱のような大きな木箱を置いていた。
中を開けると、様々なサイズの琥珀色のオーブが詰まっていた。
ブローンが嬉々として向かいに立ち、2人でオーブを手に取りつつ、何か話し始めた。
散水機のサイズや魔法陣についての話のようで、口を挟むことも出来ず黙って聞いておく。
「ぼったくるなよダタラ!家の修繕費用もツケてやってんだ!」
「そのツケを払う為にぼったくってんだ。払えよ」
値段でぎゃいぎゃいと言い合っている。
仲は良さそうだ。俺は親についてきた子供のように、ブローンの少し後ろで空気と化していた。
意味もなく金床などを眺め見たりと時間を潰す。
その内、ブローンは無事にオーブを購入出来たようだ。腰に引っ提げている鞄にスイスイとオーブが収納されていく。
マジックバッグだ。羨ましく眺めていると、ダタラが声を掛けて来た。
「坊主、これを持ってけ」
差し出された紙を受け取る。どうやら、この鍛冶屋で請け負う作業の一覧だ。
武器や刃物、金物、金具、宝飾品、蹄などの製造、加工、メンテナンス。
宝飾品は少し意外だが、概ねイメージ通りの内容だ。
「農具の強化には、強化用の鉱物がいるんですね」
俺自身に関係しそうな一文を見つけた。
「いる」
「それって、……どうやって手に入れるんですか?」
また常識はずれな事を聞いていたらどうしようかと思ったが、口にしてしまったので最後まで素直に聞いた。
ダタラとブローンは一瞬だけ止まったが、特に変な顔はしなかった。
「自分で取ってくるか、買うかだな」
ダタラが簡潔に教えてくれた。
「取ってくる、と言うと、どこに?」
「こっから一番近いのは雪山の洞窟だな。もしくは西の荒野奥に火山がある、質はあっちのが良い」
木箱を戻しながら、小さな背中が答えてくれる。
しかし、雪山など見た事ない。そもそも今の時期に雪がある山が近くにあるのか?
「買っても良いが、値段は上がるぞ。最近はハンター達の数も減ったから、在庫がない」
「ハンター?」
「モンスター狩りのオマケで鉱石を取ってくる奴らがいるんだよ。俺や萬屋が買い取ってたんだが……まあ、ダンジョンってのはここじゃなくても山ほどあるからな。他所で良いダンジョンが見つかったんだろ」
「”陽の当たる幽玄”の観光客も年々減ってるってよ、宿屋のオヤジが嘆いてたぜ」
ブローンが会話に入ってきた。
聞き馴染みのない話は一先ず無視して、俺は紙を眺めながら呟いた。
「人を介するから値段が上がるんですね。そりゃそうか……」
「そうだ、だから自分で取ってくる方が良い。…………戦えるんならな」
ダタラの目が俺の全身を舐め回し、最後には嘲るように言った。
「武器が必要なら見繕ってやる。御贔屓にな」
その後はブローンから受け取った紙幣を数えながら、こちらを見もせずに言って、挨拶もそこそこに出て来た戸へと戻っていった。
作業場から2人で外に出る時、俺は思わず尋ねた。
「……ブローンさんは、ご自分で取りに行く事あるんですか」
「最近はご無沙汰だが、行く時もあるな」
「モンスターと戦うんですね」
その身形なら何も不思議ではない。
ブローンは笑った。
「まあ、あんま深く潜らなきゃ強いモンスターには当たらねぇよ。牧場主様も前見た時より随分逞しくなったじゃねぇか。鍛えりゃ1人でも潜れるようになるさ」
「逞しく、なりましたか?」
胸がそわつく言葉だ。
「なったなった。山を歩いて下りて来るくらい体力もあんなら、そうビビる必要はねぇさ。………そういや、帰りも歩いて帰んのか?」
うんうんと頷くブローン。体力の話は、エナジードリンクと言う最強の回復薬に頼ったので何とも言い難い。
虚無顔に薄らと笑顔を滲ませていたが、問い掛けにハッとする。
時計は持っていないので空を見上げる。夕方になる手前の空色。
「そのつもり、……です」
と言うか、それしか手段がない。
「なので、そろそろ帰らないと」
山の中で暗くなるのは御免被りたい。急に慌て出す俺をジッと見ていたブローンが口を開いた。
「送って行ってやろうか?」
「えっ!?…………い、良い人過ぎじゃ…」
「お?まあ、牧場主様はお得意様になるだろうからな。礼ならまた注文に来てくれ!家具も増築も他に頼むなよ!!」
ガハハ!と笑う声が心地いい。
「もちろんです」と強く返すと、ブローンは満足そうに頷いた。
「そんじゃ一旦俺ァ家に戻って、バイク取ってくらァ。進捗も見てくっから、牧場主様は少し町を見て回ったらどうだ。初めて町に来たんだろ。この道を真っすぐ行くと突き当りに町長の家があんだ。白い家だ。そこから右に行って、診療所を左に曲がると萬屋がある。色々売ってる店だ。何か良いもんが見つかるかもしれねぇぞ」
「ありがとうございます、行ってみます」
「おう、俺は西門で待ってっから。山下りて来たなら通って来たろ?」
「………はい、わかります」
本当は分からないが、監視者の全知全能マップを使えば問題ない。
「じゃあまた後でな」
手を振るブローンと別れると、俺は一気に肩から力が抜けた。
最大の目的であるスプリンクラーは難なくゲット出来た(まだ手元にはないが)し、今後世話になるだろう鍛冶屋との挨拶もスムーズに終えた上、帰り道の憂鬱も吹っ飛んだ。
遠去かる広く逞しい背中を見送りつつ、心の中で強く拝み倒す。
ピロン
『今時珍しい善良な魔人だな。あの拳ならばお前如き一撃で仕留められるだろうに、脅しもせんとは。と監視者が感心しています』
「確かに。脅されてたら屈した自信ありますよ」
人通りはあまりないが、マスクを付け直し、ぼそぼそと返す。
『そんな自信は捨ててしまえ!と監視者が怒っています』
「監視者様、萬屋に行きたいんですが道教えて下さい」
情けない事を言うと怒る監視者には慣れたものだ。
ブローンに教えて貰った道へと歩き出す。
何やらぶうぶうと言いながらも、監視者はマップウィンドウを開いてくれた。




