40 工房
目当ての店は、入って来た門とは逆側の外れにあった。
緩やかな丘の上に建つ、横幅がある白煉瓦と木造の二階建て。
一階部分が全て作業場なのだろうか。
開け放たれた大きな入り口から中が丸見えだ。
「……なんか、ガレージみたいだな」
町を見た後だと、随分と近代的な気がする。
店先に置いてある修理待ちの小さなバイクや荷車が並んでいて、軒下にはレンチなどのツールがぶら下がっていた。
一部の床や壁は鉄板のように見える。黒い棚はスチールラックだろうか。
手前まで来たが、入って良いものか。
マスクを顎に引っ掛け、首を伸ばして奥を窺い見る。
端の方に、見覚えのある赤く丸っこいスクーターがあった。
後ろ向きに数歩戻り、上を見上げた。
木の大きな看板に、歯車と『Mr & Mrsビルドのボーン工房』の文字が焼き入れられている。
「おや」
背後から人の声がして、心臓が大きく跳ねた。息を静かに止め、一拍遅れて振り返る。
ガッチリとした筋肉で大きな両手足。その片手に大きな紙袋を抱いている、タンクトップにベスト姿の女性。
ビルド夫妻の奥方、マローだ。
「なんだ牧場主様じゃねぇか。うちになんか用かい?」
相変わらずニカリと笑う愛想の良さに、胸を撫で下ろす。
「実は、スプリンクラーを買いたくて。こちらなら、相談に乗ってくれるんじゃないかって…」
「ああ!スプリンクラーね!そりゃ大事な品だ。ここで待ってな」
マローはガレージ(と呼ぶことにする)の入口近くに置いていたテーブルを片手で引っ張り、上に乗せていた椅子を引っ繰り返して俺に勧めてきた。
返事をするより早く、奥に向かうマローが大声を出したので、びっくりして声が引っ込む。
「アンタァ!客だよ!!スプリンクラーが欲しいんだってさ!!サンプル表持ってきておくんな!!」
びりびりと空気が震えるほどの大声。振り返ったマローはにこやかに、毛羽立ったように肩を竦めて固まる俺に笑みを見せる。
「取って食ったりしねぇから座ってな。アタシらはこれでもマトモだよ」
「………はい」
マトモだよ、とわざわざ宣言する事に違和感を覚えつつ、背負っていたリュックを胸に抱き、静かに椅子に腰を下ろした。
数分後、ドタバタと奥から音がして、マローが消えて行った扉から今度はガチムチの男が飛び出して来た。
片手に紙束を持った主人、ブローンだ。額の2本角のせいで、やっぱり鬼に見える。
「おお、よう牧場主様。久しぶりだなァ!いやァ、待たせて悪かった」
「いえ、こちらこそ急にお邪魔してすみません…」
物凄く愛想の良い闊達とした鬼───ブローンは部品らしき物が大量に詰まった木箱を掴み、軽々と持ってくると、それを椅子代わりに腰を下ろした。
どすん、と微かに地面が揺れる。座っただけでこの衝撃。
既に圧倒されている俺の前に、ブローンは紙束を置いた。
「スプリンクラーを作るんだな。どういう形状が良いんだ?」
言いながら、紙束を一枚ずつ差し出してくる。
様々なスプリンクラーが描かれている。写真ではなく、手書きの絵だ。
中の構造まで分かりやすい絵に、簡潔かつ丁寧な説明が書き足されている。
「……イメージとしては、地面に張るタイプだったんですけど……」
「お?そうか、珍しいモンを知ってるな。アレァ、水を引いて来なきゃならねぇから、色々と手間がいるぞ」
「あ、いや、まだ決めてなくて…………これは、どういった仕組みですか?」
ブローンは紙束の後ろ側を捲っていたが、俺が差し出した一枚の紙を見ると目を輝かせた。
「コイツは魔導式散水柱だ。でけぇ農場じゃコイツが主流になってるよ」
うんうん、と頷くが、説明はしてくれないブローン。紙を引き戻して、目を落とす。
四角い柱のような土台に、丸い玉が乗せられている。
隣には柱の天板なのか、四角いマスに魔法陣らしき模様が描かれている。
「アンタァ、ちゃんと説明してやんなよ。この牧場主様は、どうもどっか抜けてるみたいだからさ」
ブローンの後ろからお盆を持ってきたマローの言葉が、ぐさりと胸に刺さった。
いや、妙な疑いを掛けられるくらいなら『どっか抜けてる』と思われてた方が何かと楽か。
そうでなくとも言い返す言葉などなく、頬を掻いた。マスクのゴムが微かに弾ける。
「おお!そうかそうか!まあ、説明たってな、単に水撒く道具だ。柱部分を畑の隅にぶっ刺しておくだろ、時間になったら上に置いてる散水用オーブから水が出る。ミストみたいな優しい散水が基本だ。やわこい作物も傷付かねぇぞ。オススメだ」
分かりやすいが、全く持って想像が出来ない。
知っているスプリンクラーと違い過ぎる。
しかし、かなりそそられるのも確かだ。
考え込んでいると、黒い液体が入ったグラスを目の前に置かれた。
突然の黒い液体に気が逸れる。なんだ、コーラか?コーヒー?
「まあ、考え込むよな。ちいっと値が張るのは確かだ。工賃だけなら安く済むんだがな。最低二本あれば機能するが、それだと直線上しか撒けねぇんだ」
飲み物に気を取られて黙っていた俺に勘違いしたのか、ブローンがガシガシと短い頭を掻きながら言い訳のように呟いた。
「初期投資は確かにそれなりにするよ。でもなァ、後々の便利さは他のやつより断トツに良いからな」
お盆を脇に挟み、マローも加勢してくる。
そういえば、値段が書いていない。
正直、収穫物の収入はかなり良く、ここ数日で人間界での最高貯蓄額を優に超えた程だ。
しかし魔界の物価も馬鹿には出来ない。ピンキリの差が大き過ぎるから。
「いくらなんです?」
俺はそっと尋ねた。
「一本15万だが、二本いるだろ。それと設置工賃に1万貰うから、最低31万だ」
「ああ、なんだ」
安堵の吐息と共に声まで出てしまった。
2人がハタと止まった。
しまった。まるで余裕があるような態度を取ってしまった。
俺を見る2人の目に値踏みするような光が走る。
「それなら予算内で─────」
「試してけよ!!サンプルあんだ!オッカァ、準備してくれや!」
慌てて振った片手の、肘から上を掴まれた。
厚手の手袋の下、がっしりとした掌の力が伝わってきて、ひやりと汗が流れる。
ブローンはにこにこと笑顔を撒き散らすだけで、悪意も害意もないのは分かるが、圧倒的な力の差を前に硬直することしか出来ない。
「うんうん、是非満足いくまで試してってくれよ!」
マローもまた旦那と同じようににこにこし、お盆を投げ捨てて(どうして)ガレージの隅へと走って行く。
俺の方が背丈はあるのに、まるでぶら下がる心地で表へと引き摺られていった。
試すのは構わないが、2人の熱量が怖い。
ガレージの前は更地だったが、少し離れた位置は短い雑草が好き勝手に生えたままだ。
ブローンはようやく手を離して、「この辺でいいな」とでかい独り言を喋った。
その横顔が随分と楽しげで、腕が少し痛むけど文句なんて言えなかった。
「オッカァ!こっちだ!」
腕に大きな木箱を抱えたマローがガレージから出て来ると、ブローンが手を振る。走ると地面が揺れた。
そんなマローの顔も、やはり旦那と同じく楽しげだ。
足元に木箱を置き、蓋を開けながらマローが言う。
「見てごらんな、散水機って一言で言っても色々あんだ。素材は石が良いかい?牧場なら木の方が合うかな」
大きな手で散水機を次々と地面に並べていくマロー。柱の長さはマチマチ、地面に刺す側は尖っている。側面には彫刻が施されているのか、様々な模様や飾りがしてあった。
ブローンは横から箱に手をいれ、袋を取り出した。中に水晶玉がいくつも入ってるようだ。
「……これがオーブですか?」
「おうよ、オーブも素材によって少し違うんだ。俺のオススメは琥珀のオーブだ!」
琥珀色の玉を掴むと、柱のひとつを手に取った。
全て出し終わったマローも、旦那と同じ色の柱と玉を掴んで立ち上がる。
2人は向かい合うと地面にザクリと刺した。豆腐に爪楊枝でも刺すような軽さだった。
「ここの窪みにオーブをセットして、魔力を流す」
ブローンが指差す天板を覗き込む。魔法陣の中心部が確かに窪んでいた。
オーブがきっちりと嵌る滑らかな窪み。
2人はオーブに魔力を流し込む。琥珀が淡く灯ると手を離し、オーブを軽く叩いた。
すると、ふたつのオーブから光が昇り、上空で繋がると霧雨が降り出した。
霧雨は美しい虹を描き、柱に挟まれた草を優しく濡らしていく。
直線上と言うのはこういう意味か。
「オーブが魔法を展開して繋がる事で完成する水魔法だ。柱を増やせば増やすだけ、水を撒ける範囲が広がる。魔力はチャージしとけば良いだけだから、水を引いてくる手間もねぇし、増減や移動も楽にすむ。どうだ?便利だろ!!」
「めちゃくちゃ便利です……」
腰の高さを走る淡い光に手を伸ばす。
光が遮られても水が止まることはないらしく、柔らかく手を濡らすだけだ。
ブローンが嬉しそうに「だろ!?だろ!!」と声を弾ませた。
「水の量ってのは一定なんですか?」
「いや!今は基本設定のミスト状だが、豪雨くらいにもなるぞ。調整するならここだ」
ブローンがしゃがみ込み、柱の側面にあったつまみをスライドさせた。雨音がザアザアと強まる。ただの飾りだと思っていたのだが、ちゃんと意味があったのか。
「おお……」
「こっちのつまみで起動時間を決められる。朝と夜を切り替えるなら、ここな」
ブローンが柱側面のつまみを全部説明してくれる。
他にも様々な機能をつけられるらしい。
石にしか見えない柱なのに、どうやってこんな仕掛けが組み込まれているのだろうか。
気にはなるが、当たり前のように話す夫婦を見て、魔界の常識とやらにまた引っかかりそうなので聞くことを諦めた。
そもそも聞いたからと理解出来るかもあやしい。
説明にはうんうんと頷いて、一番気になる事を尋ねることにした。
「これ、範囲はどのくらいまでいけるんですか?」
「今うちにあるオーブだと、最大で半径5メートルだ。二本なら10メートル、三本なら15メートルって感じで増えてく」
「それって直線だけですか?」
「置き方で変わる。直線に並べれば直線になるし、三本で三角を作りゃその中、四本で四角を作りゃその中が範囲になる。今はオーブが二個しかねぇから、見せてやれねぇが……分かるか?」
別の柱を掴んでガリガリと地面に図を描いてくれる。俺は頷く。
「5メートルおきに増やしていけて、オーブで囲んだ範囲内に水が撒かれるんですね」
「おう、もし範囲を増やしたい場合はオーブを変えると良い。オーブは鍛冶屋の仕事だから、詳しい値段とかは答えられねぇんだが」
「鍛冶屋、ですか」
ゲームや本では馴染みの店だが、実際に耳にすることはほぼなかった言葉なので新鮮だ。
しかし鍛冶屋がオーブを作るのか。何となく刃物のイメージしかない。
「そうだ、鍛冶屋。まだ行ったことねぇのか?」
「あ、はい。山を降りて来たのが初めてなんで……」
「そうなのかい?牧場だけじゃ何かと不便だったろうに」
マローも物珍しそうに顔を見上げてくる。
「え、あ、まあ、何とかなってました」
マスクを軽く弄ってはぐらかす。
カタログがあるから、とは口が裂けても言えない。という事を学んでいるのだ、これでも。
2人の目に興味と疑念が見えて、密やかに胸がざわつく。俺は慌てて絶えず水を撒く柱を指差した。
「買います、とりあえず四本頂けますか?」
わざとらしいかと思ったが、2人は目をキラキラさせ「毎度あり!」と嬉しそうに声をハモらせた。地面が揺れた気がした。気だよな?ちょっと自信がない。
何にせよ、2人の頭から俺への疑念は消えたようだ。
地面に散っていた柱を掴み、どれが良いかと物凄い圧で尋ねてくるので、俺はとりあえず今の畑の状態を伝えて、夫婦のおすすめを買うことにした。
柱はサンプルからではなく、四本とも新しく作ってくれるそうだ。難しいものでもなく、材料もあるので、明日には出来上がるだろうと。
また徹夜でもする気なのだろうか。
急いでないと伝えたが、今は仕事も溜まってないから良いと言いながらウキウキと片付ける彼らの姿は、やはり怠惰で享楽的な魔人のイメージは掠りもしない。
「よし!そんじゃ、オッカァ先に作ってて貰って良いか。俺ァ鍛冶屋に行ってくる。牧場主様も来るだろ?」
立ち上がったブローンがこちらを見る。
「そうですね。行きたいです」
「ほんじゃついて来な。────そういや、山からどうやって来たんだ?バイクか?馬か?」
「え?いや、歩いて来ました」
俺の返答にブローンは目を開いて固まり、ガレージに戻っていたマローまで振り返った。
ああ、俺はまた、監視者に騙されたんだろうか。
異質なものを見る視線に汗が流れ落ちる。




