36 続・強化週間
息子の褒め言葉に満足したらしいジャウルは、クワとオノを持ってウッドデッキへと戻っていった。
パッドもオレンジの籠を抱え直して、収穫途中のアスパラガスの畑へと向かう。
俺はのろのろと疲労を引き摺りつつ、地面に落ちている木材を拾い上げ、脇に抱えられるだけ抱え、往復するノックノック達と共にウッドデッキ前へと木材を集めた。
畑にはまだ木材が散らばっているが、堪らずウッドデッキの階段に腰を下ろした。
ノックノック達は木材を放るように地面に転がし、せっせと戻っていく。
小さなハサミを使ってアスパラガスを収穫してくれているパッドの頭が、じゃがいもの葉の向こうに見えた。座り込んでやっているのだろう。
パッドから少し離れた位置で、クワを振るジャウルも見える。
ジャウルは一振りで2マス分耕せる。それを知った時、なんとも複雑な気持ちになった。
すごい、助かる、悔しい、情けない────ぐるぐるする感情で黙り込んでいた俺に気付かず、ジャウルは「前も思ったが使い難いクワだな。性能が低いから全然進まねぇ」とぼやいた。
グレードアップを一度もしていない農具では、ジャウルの本領を存分に発揮出来ないそうだ。
ますます心がざわついた。
しかし、ザクザクと進むジャウルの整地は気持ちよくもある。
彼には継続収穫用の畑を別区画に作って貰っているのだ。
あのペースなら今日中に出来上がりそうだが、問題もある。
耕した土は2日放置すると、再び耕さないと種が蒔けない状態に戻る。
木を一日一本切り倒し、整地の終わった畑に種を蒔き、水も撒く。
種蒔きも水やりもパッドとノックノックが手伝ってくれるだろうが、収穫にも人手はいる。
収穫後の土にも同じく種蒔きと水やりがいる。
更に収穫した野菜を仕分けて、出荷箱に運ぶ作業もある。
ボーッと動かないまま、頭の中だけで今後をシミュレーションしていた。
そして自分の愚かさ、浅はかさに打ちのめされている。
朝の俺は欲張り過ぎた。
あんなにも種を買わなければ、監視者もここまで張り切って畑の拡張を急かさなかっただろうに。
改めて買った俺用の水筒を掴み、大きく呷った。
考えても仕方ない。今は言われるままにやろう。
ぶっ倒れれば監視者の脳筋タイムも終わるかもしれない。
重い腰を上げる。
ピロン
『お、もう良いのか?前より回復が早くなったようだな。と監視者が喜んでいます』
俺は微笑んで見せる。ただの強がりだ。
引き摺るように足を動かし、ノックノック達が適当に転がした木材を綺麗に集め直す。一度形を整えれば、彼らは学習して次から真似てくれる。
今し方足元にやってきたノックノックが答え合わせしてくれるように、重なる木材の上に、角度を合わせて積んでくれた。
木材は彼らに任せ、俺も戻ろう。
コンテナに敷き詰められているじゃがいもと玉ねぎ。それぞれ仕分けし、握力が仕事しないので、泣く泣くコンテナの中を軽くして出荷箱に往復した。
籠に入ったままのアスパラガスは、ノックノックが順番に運んでくれるので任せよう。
苗箱を持ち、無心で作業する内に、時間はあっという間に流れ、鼓膜に空気を裂くエンジン音が聞こえてきた。
コーヒーの苗を植えていた俺はハッとする。もう17時なのか。
顔を上げた先、ジャウルが音の方を睨み付けていた。
継続収穫用の区画を拡張し終えたジャウルには、以前”暴れる巨体”によって薙ぎ倒され、放置していた倒木の処理をお願いした。
オノを握り締めた状態のジャウルはかなり怖い。
「ジャウルさん、農業ギルドの人。畑までは来ねぇと思うけど、念のためパッド連れて家に入ってて」
俺の声にジャウルはオノを地面に突き立て、しゃがみ込んでアスパラガスの種を植えていたパッドを抱き上げた。
無言のまま、家の方へと歩き、大人しく抱かれていたパッドを家の中に入れると、ドアを閉めた。
ドアの外に立ったままのジャウルの背中を見て、俺は「?」と訝しむ。一緒に隠れるのかと思っていたのだ。
ジャウルは戻って来る。
その間にもバイクのエンジン音は近付いて来ている。
放り投げたオノを掴み、俺を一瞥すると元の作業へと戻っていく。
「………ジャウルさんは良いの、隠れなくて」
「ア?……パッドに会わせたくねぇだけなんだから、俺が隠れる理由はねぇだろ。それに───」
ついに橋を渡るタイヤの音がした。
ノックノック達が草をかき分けて隠れる音もする。
俺はジャウルの言葉の続きを待つ。音の方向を眼光鋭く睨みつける、ジャウルの言葉を。
「拝んどこうと思ってよ。奴さんの面ァ」
まだ面識もない相手に、よくそんな怖い顔が出来るものだと感心してしまう。戦闘民族過ぎるな、この男。
そんな事を考えていると、しゃがんだままの俺の背中に数匹のノックノックがよじ登ってくる。
こいつらもジャウルと同じく、スクイッドを拝むつもりなのだろう。
俺は立ち上がる。
エンジンを停めたのに、スクイッドは数秒跨ったまま動かない。俺以外の存在に気付いて、微かに動揺しているように見える。
手を軽く上げた。「よお」と気安く感じるように。
我に返ったらしいスクイッドは、俺を無視してバイクから降り、出荷箱にリュックを置き、終わるとこちらを見向きもせずにさっさと帰って行った。
怪訝そうにしているジャウルへと顔を向け、俺は聞いた。
「面、拝めました?」
皮肉と受け取ったジャウルが睨み付けて来る。
さっきスクイッドを食い殺す勢いで睨んでいた顔よりは、全然怖くない。
俺はほんのりと笑うと、苗を植える作業に戻った。
小さな舌打ちをして、ジャウルは顔を背けた。
「パッド!もう良いぞ!」
よく通る声が畑を駆け抜け、家の中からパッドが飛び出して来る。
「アレがバイク?かっこいいね!」
体重を感じさせない駆け足。窓から覗いていたのだろう。
微かにジャウルがムッとしたが、叱りつける事はしなかった。
見付かるような事をして欲しくはない、が、見つからないようにこっそり覗き見ていただけ、と理解しているのだ。成長を感じる。
「ぱぱもいつか買う?」
アスパラガスの畑にしゃがみ込みつつも、興奮冷めやらぬ様子でパッドが大きな声で聞いて来る。
「俺が買うなら車だ。バイクでも2人乗り出来るが、車の方が色々と便利だからな」
ジャウルの返答にパッドは興味津々に「どんな車!?」と返している。
他愛のない親子の会話を聞きつつ、俺は只管、黙々とコーヒーの苗を植えていく。
いつも以上に重い体、しゃがみっぱなしで痛む腰、それでも出来るだけ多くの苗を植えておかねば。
気付けば畑はまた静かに、それぞれの作業音だけが聞こえる状態になった。
.
.
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「…………おい」
暫くして、ジャウルが上から声を掛けてきた。
「終わったぞ」
見上げたジャウルの背後、空は群青に変わっていた。
気付かない内に陽が沈んでいたらしい。
思えば既に薄暗い。
「……あれ、木材処理終わったんですか」
同じ姿勢で固まった腰をゆっくりと伸ばしつつ、立ち上がる。肩から背中、腰に足と全てが痛む。
軍手の土を叩き落とし、畑を見渡す。
確かにこれまで放置していた倒木は消えていた。切り株も。
「……木材になったヤツは」
「運んでおいた。それも終わったから、声掛けたんだよ」
「あ、ごめん。ありがとうございます」
「別に。……それで、まだ働くのか」
首を左右に軽く曲げながら、ジャウルが横目に視線を向けて来た。
その目は呆れているが、ほんのりと気遣いも感じられる優しいものだった。
ふっと力が抜け、周囲を見渡す。
アスパラガスを出荷箱にせっせと入れているパッドの姿。
俺が植えた苗を追いかけ、水をやってくれている数匹のノックノック達は、既にその数を減らしていた。
「………いや、今日は終わりにしよう」
足元で、最後のコーヒーの苗に、綿あめのような小さな雲がかかる。隣に立ち、小さな両手を突き出しているノックノックを見下ろした。
「お疲れ、今日は長かったから疲れただろ」
足元のノックノックが顔を上げた。暫く見詰め合った後、すっと手を下ろす。白い雲が散るように消えた。
苗は土ごとしっとりと濡れている。
ノックノックはパッと踵を返して走り出す。数匹がついて行き、寝転がっていた他の連中も釣られたように走り出す。
「なんだありゃ」
「仕事が終わったから帰ってるんですよ。……ジャウルさん、飯食って帰りません?良かったら」
振り返った数匹が手を振ってみせたので振り返し、その影が薄暗がりに消えるのを見送り、泥まみれの軍手を剥いだ。手はむくみ、掌は真っ赤だ。
「飯ね」
「あ、報酬は別に用意しますよ。労働にはちゃんと対価がねぇとね」
終わり、と思うとドッと疲れが込み上げてくる。空になった苗箱を掴み、のろのろと家の方へと歩き出す。
「………そりゃ同感だ。くれるってんなら貰う。それとは別に、テメェに相談があるんだが」
「うん?何でしょう」
少し後ろからついて来るジャウルの声に頷く。
パッドは籠を大きく振って、土を払っていた。自分用の籠に小さなハサミを乗せ、大事そうにウッドデッキの隅に置いている。
「出荷箱を使わせてくれ」
「出荷箱?」
「狩猟した魔物の素材や肉を出荷したい。手間賃取るってんなら好きにしろ」
俺は思わず振り返った。ジャウルが面食らい、片頬を引き攣らせて「なんだよ」と呟いた。
「いや、その手があったかと思って」
実の所、ジャウル親子にもどうにか稼ぎを与える事は出来ないかと考えていたのだ。
互いに金がなかったから、野菜と肉は物々交換、パッドの給料はごはんや野菜をあげる事で賄っていたが、これからは肉を買い取り、パッドにも金を払う気でいた。
だが、それだけで彼らの生活が豊かになるとは到底思えなかった。
スクイッドは出荷箱に何を入れてもいいと言っていた。つまり肉や毛皮だって良いのだろう。
俺が仲介役になり、ジャウルが狩って来た物を出荷すれば良いのか。
「ジャウルさんにもついに収入が……パッドが喜びますね」
「………うるせぇな」
「手数料は良いよ。これからも色々助けて貰う事があるだろうし」
「……そうかよ」
「それより、山小屋修繕した方が良いですよ」
「余計な世話だ」
ぶっきらぼうな声ではあるが、もう慣れたので何も引っ掛からない。
パッドが駆け寄って来る。
「パッド、今日はうちでごはんだ。先にパパとお風呂入っておいで」
俺が言うと、パッドは嬉しそうに俺とジャウルの真ん中に入って片手ずつ握った。
正直、この状態はやはり照れ臭い。
しかし離すことも出来ない。
俺とジャウルは目を合わせず、三人で家に入った。




