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34 欲しい物

朝────と言っても、8時過ぎ。

目が覚めたら隣にいた筈のスクイッドの姿は消えていた。ヘルメットもだ。


残っていたのは、彼の手を繋いでいた手錠のみ。


『起きてすぐ飛び出して行ったぞ。と監視者が玄関を指差しています』


ウィンドウを読み、飛び出た手のアイコンが示す先を見た。寝室の中からでは玄関は見えないが、開け放たれた扉がスクイッドの慌てぶりを彷彿とさせる。

散らかった部屋を監視者に指摘され、気まずい気持ちで口答えをしたら、監視者のウィンドウが赤く刺々しくなってしまった。

いつもとは若干違う赤。煙のエフェクトまでついていた。

流石に謝罪を口にしたのだが、その時、魔界のとんでもない事実を俺は知る事になった。



『男同士でも避妊は必要だ。女同士でもな。人間とは違うのだ。気をつけろよ。と監視者がやれやれと呆れています』



二、三度ウィンドウを読み込み、口を開く。


「………言うの遅くないですか?」


『言う暇があったか!?突然だったぞ!!と監視者は昨日の事を怒っています』


「それはそう。俺もびっくりするくらい突然だった」


『そうだろう!いくらなんでも知人の息子の……んんん!……まあ、言わずとも大丈夫そうに思えたから、とりあえず引っ込んだのだ。と監視者が腕を組んでかたく目を閉じています』


「だったらそのまま信じててくれりゃ良かったのに」


『魔人は妊娠への危機感は高いのだが、直前になって面倒臭がる奴が多いんだ。そのせいで望まぬ結果に…。と監視者が首を左右に振っています』


「それは危機感高いとは言えないんじゃ……」


『冷静な時はリスクを考えられる。だが事が始まるとな……魔人の享楽的で快感に弱い部分が出てしまうのだ。と監視者が悩ましげに言っています』


「………また、独特な」


言いながらクローゼットを開いた。

数着の上下に靴下だけで、殆ど空っぽだ。


スカスカのクローゼットを見て、一気に現実がのしかかる。


「……考えた事なかった、子供の事は。気をつけます」


雨が少なく乾きの良い魔界の春だから、少ない服でも何とか回せている現状だ。

こんな生活では子供や相手を養う事など無理だ。


服を引っ張り出し、空のクローゼットを閉めた。


そこでふと、ジャウルとパッドの顔が浮かんだ。

目の前で新たなウィンドウが出て、文字が流れていくが、俺の頭の中は2人の事でいっぱいになっていく。


────今までずっと、母親がいないのだろうと思い込んでいた。もしかしたら、いないのは父親なのか?


わざわざ彼らの事情を掘り起こす気はさらさらなかったが、ほんのりと、ほんの少しだけ、興味が湧いた。


良くない方面への興味だとすぐに自覚して頭を振り、気を逸らすように寝巻きを脱ぎ捨てた。




.

.

.





「今日の収穫分は全部出荷します」


昼過ぎ、ウッドデッキ前でパッドとノックノック達(集まった分だけ)に宣言した。

昼食に出したなんちゃってポテトサラダを挟んだだけのサンドイッチを片手に、パッドが目をパチパチさせる。

ノックノックは無反応だ。


俺は家の端の出荷箱を指差す。


「今日取れた野菜は、全部あの箱に入れる。なので、取り終わったら運ぶのを手伝って欲しい」


順調に育ってくれた野菜達は、ノックノック達用に買った小さな籠に積まれて並んでいる。

ウッドデッキの上と、地面に、ずらりと。

重ねられる分は重ねているが、それでも結構な広さを占拠されている。


いつもは保管庫に運ぶのだが、持ちにくい為に何往復もしていた。

今回は出荷箱までなのでいつもより楽だろう。


何往復もするのは変わらないが。


ピロン

『ノックノック達に買う籠の金を、鞄かコンテナに回せば良かったものを……と監視者があなたの非合理性を責めています』


小さなウィンドウに監視者のボヤキが表示される。


「……籠なかったら、一個ずつしか運べないんですよ」


ぼそりと言い返す。

ノックノック達の魔法は大変に便利だ。複数人集まれば、大きな物でも運べる。川を渡る細い丸太など良い例だ。

しかし、小さな物を一気に持つことは不可能だった。どうしてもバラける。

ちまちまと一匹一個を運ぶ事になるので、往復の回数は倍以上かかっていたのだ。

今は籠のおかげでかなり省略出来ている。


パッドとノックノック達は指の先にある出荷箱を見ている。まだ監視者と喋っても大丈夫だろうと、口を開く。


「それに……」


言いかけた所で、パッドが顔を向けてきたので言葉は飲み込んだ。


「ライガ、あのね」


「うん」


何やら言いにくそうに、もごついている。

首を傾げつつ、パッドの発言を待った。


「………おれ、頑張るから、もう少し大きいカゴが欲しい…」


「小さかったか、あの籠」


「え、えっと……ちょっとだけ」


「そっか、良いよ。パッド用の籠を買おう、大きい奴」


「い、いいの?」


「うん、パッドだけの籠、いつか用意しようと思ってたし」


「………おれのカゴ…」


頬をふくふくさせて呟くパッドの目に、滲むような喜びを感じた。


ピロン

『またお前は!』

「それに!」


ウィンドウに被せて声を強めた。

パッドが顔を上げる。


「自分専用の物って嬉しいもんな」


先程言おうとして中断した言葉を続けた。

ウィンドウには『………』と表示されたが、パッドは嬉しそうに「うん!」と力強く頷いて、残りのサンドイッチを頬張っている。



俺にも覚えがある。

小さい頃は自分専用の道具が妙に嬉しかった。

ひとりっ子だったから子供用の物は必然的に俺の物だったが、そういうことではなく、大人が使っている道具と同じ物に特別感を覚えていたのだ。


軍手、エプロン、ハサミ、包丁───


今思えば、妙な物を欲しがる子供だったのかもしれない。いや、恐竜のおもちゃや戦隊モノのアイテムなんかも欲しがってたか。


でも記憶に強く残ってるのは、祖母と母のエプロンの隣に並ぶ小さな黄色いエプロンや、祖父とのサイズ違いの軍手が重ねられている光景だ。


『ライガ、これはお前のだよ』


マジックで名前を書いて貰うと、それだけで俺はワクワクした。

みんなと同じ事を出来る事が嬉しかったのかもしれない。




パッドはあの頃の俺と少し感覚が近い気がする。

何も出来ないと思ってて、だから大人に頼って貰えると嬉しくて────祖父母も母も、こんな風に気持ちを汲んでくれていたのだろう。


ピロン

『ノックノック達は自分専用と理解しているのか。と監視者が疑っています』


「………喜んでたとは、思いますよ、多分…」


出荷について理解したのかしてないのか分からないが、既に離れたり寝転がったりと好きに動き出しているノックノック達を横目に眺める。


最初に籠を買った時、一瞬取り合いになったし、気に入ってくれている筈だ。多分。




.

.

.




無事に出荷箱に今日の収穫物を全て入れ終わった夕方。

パッドはジャウルの言い付けを守って、17時になる前に帰って行った。

ノックノック達はまだ水やりや種蒔きを手伝ってくれている。


道具を片付けながら、ふと、スクイッドが来るのか少し不安になった。

辞めたくないと言っていたのだから、仕事を放棄するとは思えないが、もしかすると担当が変わったりするんじゃないかと。



不安は、山間に響くエンジン音で払拭された。



ノックノックが素早く身を隠した後、相変わらず山乗りには向いてなさそうな低いバイクが家の脇から滑り込んできた。

バイクは確かに見覚えがある。だが一瞬だけ躊躇った。

乗っている男がスクイッドかどうか判別がつかない。


シールド部分まで真っ黒なフルフェイスヘルメットのせいで。


顔が見えないフルフェイスはバイクを停め、歩きながら背中から下ろしたリュックを出荷箱の上にドンッと置いた。

足早に近付き、後ろから声を掛ける。


「スクイッド」


フルフェイスは予想以上に驚いて肩を跳ねさせたが、振り向く気配はなかった。

だが背後に近付いて確信した。


反応はないが、スクイッドに間違いない。


「もしカタログ見たかったら声かけてくれ」


そう言うと、フルフェイスが少しだけ後ろを見た。

真っ黒で何も見えないが、訝しんでいるような気配だけ感じる。


「俺がいる時に、家の中でなら好きなだけ見て良いから」


「…………家の中?」


フルフェイスの下から、くぐもった声がする。


「うん。流石に渡す訳にはいかないから」


「…………」


フルフェイスは無言で前に向き直した。

俺は気にせず続ける。


「代行するなら前払いで」


「…………」


反応はない。完全に意思のある無視をしている。


「それだけ。集荷よろしく」


ほんのりと光っていたリュックに描かれた農業ギルドのマークが、丁度光り終わった。

恐らく回収が終わったのだろう。

俺も畑に戻ろうと踵を返す。何気なくノックノックの姿を探してみるが、やはり居ない。




「おい」




少し離れた所で、後ろからぶっきらぼうに呼び止められた。

顔だけで振り返ると、グローブした手を硬く握りしめ、仁王立つフルフェイスがこっちを見ていた。



「昨日のこと、農業ギルドにチクんなよ」



思わず眉を上げた。

また弱みを見せ付けてきた。彼は反省するタイプじゃないのだろうな。同じ轍を踏み抜いて、どうされたいのだろうか。


とは言え、彼が強盗に入った事は、昨夜しっかりと償って貰ったと思ってる。

これ以上掘り返すつもりも、ましてや脅すような真似をするつもりはない。────今の所は。


「うん、そんなビビんなくても言わないって」


フルフェイスは一瞬だけ固まった。心の中で、1、2と数えていると3秒目でぼそりと声が聞こえた。


「………ビビってねぇよ」


少しカチンと来たのだろう事が、ヘルメット越しの声からも伝わってくる。

俺は自分の頬が緩むのを感じた。


「そうなの。じゃあ良いけど」


「……じゃあ良いけど、ってなんだよ」


含む言い方にフルフェイスがますますイライラしている。

込み上げて来る良くないくすぐったさに、口角まで上がってしまう。


「何でもないよ」


「………」


すぐに顔を反らしたが、多分気付かれた。

フルフェイスは盛大な溜息をメットの中で吐いて、怠そうにリュックを掴んでバイクに向かう。

見送られたくないだろうか。

見送られたくないだろうな。


だから、俺は全身で振り向いて


「お疲れ、明日もよろしく」


と、わざと言ってやった。


バイクに跨ろうとしていた動きが止まり、暫く静止した後、腹を立てたようにシートに座り込んだ。バイクが揺れるほどキックペダルを強く踏み込み、大きくエンジンを吹かして去って行く。

結構なスピードだったが、山道は大丈夫なんだろうか。


木霊していたエンジン音が聞こえなくなってから畑を振り返ると、数匹のノックノックが出て来ており、真ん中の一匹が大きく股を開いて小さな手でハンドルを回す動きをしていた。

バイクに乗る真似だろうか。口からは「コココココン!!」と連打するようなノック音しか出ていないが。


みんなで残りを終えて、18時には解散となった。

ノックノック達は静かに数を減らしていくので、いつもは気付くと居なくなっているのだが、今日は最後の数匹が走って行くのが見えた。


「またな」と声を掛けると足を止めて振り返ったので、手を振った。

彼らは顔を見合わせた後、一斉に小さな手を振り返してくれた。


意味も分からないまま真似している様子に、何とも言い難い愛らしさを感じてしまう。


1人になると、ピロンとウィンドウが開く音が早速聞こえた。

労働への労いと共に、アレコレと口出してくる監視者を連れて、風呂に向かう。

監視者はプライベートを尊重すると言いつつ、風呂中でも容赦なく声を掛けてくるので、よくよく思えば昨夜途中で消えたのはかなり珍しい事だった。


余程嫌だったのだな。


だったら、風呂の時とかも放置して欲しいと思ったりもした。


「そう言えば、入金は翌朝までって言ってたけどいつ頃入るんですかね」


一緒に(概念)夕飯を作りつつ、監視者に尋ねる。


『その時々でまちまちだ。朝4時までには確実に入る。夜勤の退勤時間が4時だからな。と監視者が昨夜煮込んでいた鍋を火にかけながら言っています』


「成程。じゃあ待ってても良い事ないな…入る瞬間をちょっと見てみたかったけど」


『夜更かしなど言語道断!お前はしっかり寝ろ!!と監視者が木べらを突き付けています』


「待たないって言ってるじゃないですか。怖いなぁ」


音も光景も見えない文章だけなので、そんなに怖くはないが、いきなりヒートアップする監視者は怖い。

『わ、私はお前のことを思ってだな!!』と焦った文章がつらつらと言い訳のように流れていく。

監視者が悪い奴ではないのは分かっている。

なので特に気にしていない。


そんな事よりも、初めて作ってみたじゃがいもと玉ねぎ、そして豚肉に似た謎の肉(ジャウルがブロックにしてくれているので、何の肉か分からない)の薄切りを煮込んだ”なんちゃって肉じゃが”の出来の方が気になっていた。


魔界には人間界と変わらない調味料がたくさんあった。

しかし、以前買った醤油はやはり癖が強かったので、新しく買う時に監視者おすすめのバカ高い高級醤油を取り寄せた所、俺好みの醤油で大当たりだった。


落とし蓋代わりのキッチンペーパーから透けて見えるじゃがいも達を眺める。鍋の端から立ち上る湯気。匂いはかなり美味そうな感じだ。

ダシとか入ってないけど。


『……わ、悪かった!言い方が強過ぎたことは謝る!と監視者が無視されて動揺しています』


「え?あっ、はい」


目の前に突如大きなウィンドウが現れ、反射で返事した。

遅れて内容を読み、ちょっと笑った。


「すみません、鍋に気を取られてただけです。俺は体力がないから、寝て回復しないといけませんもんね。お金は起きてからの楽しみにします」


『………分かっているのならば良い!!と監視者が気恥ずかしそうに鍋を掻き回しています』


「はい。分かってます。ところで、監視者様は何を作ったんです?」


スルーしていたが”昨夜”と言う文字があったような。

わざわざ一晩置いた料理か。気になる。

丁度煮込み終わったので、俺もキッチンペーパーを捨て、肉じゃがを器に移す。


ピロン、と音が鳴る。


『ビーフシチューだ、と監視者が鼻を鳴らしています』


「………肉じゃがの上位互換みたいなん持ってくんなよ……」


むしろ、肉じゃがの起源だったか?


更にピロンと鳴り、ウィンドウには真っ白な皿に盛られたビーフシチューの写真が現れた。

ごろごろとした肉に玉ねぎとじゃがいも、更にブロッコリーと人参まで入っており、白い液(恐らく生クリーム)が円を描いて掛かっている。


流石は知の神、関係あるかは知らんが、凝り性の気配がぷんぷんする。


おまけに端っこには赤ワインまで写り込んでおり、水道水しかない自分の落差にガッカリしてしまう。


「……食べましょう」


比べてもどうしようもない。


食べた肉じゃがは何か物足りなさはあれど、まあまあ美味かった。素材が良い。

だが、なんだか悔しかったので、食べ終わってからカタログでブロッコリーと人参を探した。


春と秋に収穫出来るらしいので、明日、まとまった金が入ったら買ってみようかなと、夢を描きつつ眠りに就いた。


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