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30 新情報

橋が出来た次の日、ノックノック達と一緒に作業していると、彼らがピタリと動きを止めた。


「ん?」


一斉に橋の方角を見詰めているので、振り返る。

静まり返った畑の中、遠くから不思議な音が近付いてくる事に気付いた。


トコトコトコトコ────


足音ではない。一定の間隔を保ったリズム。おもちゃのような軽い音だが、エンジン音に近い。

立ち上がると、ノックノック達も我に返ったように跳ね、各々隠れた。


橋の方へと向かうと、謎の音の正体が今まさに橋を渡ろうとしていた。赤い三輪のスクーター。トコトコと言う音がピッタリの丸っこいフォルム。


乗っているのは町長だ。


「おお!牧場主さんこんにちは!無事に橋が出来たようなので、改めてご挨拶に参りました!」


ノーヘル町長は、羊のようなもこもこの頭を風に揺らしつつ、橋を渡り切ると停車した。


「こんにちは、トリ……」


町長の名前は何だったか。

迷っていると町長の横に『シプシーパー・クリンプ』と名前のウィンドウが出た。助かる。


「クリンプ町長」


「はい!シプシーパー・クリンプでございます」


60センチほどしかない小さな小さな老人は、スクーターから降りるとにこにこと頭を下げた。同じく頭を下げ返した後、あまりにも背丈に差があるので、そっと跪くようにしゃがんだ。失礼じゃないと良いが。


町長はピョンと跳ねた。


「お気遣いを!ビルド夫妻の仰った通り、お優しい方のようですね!牧場主さんのお名前はなんでしょうか?」


良かった、失礼じゃなかったようだ。


「いえ、そんな。ライガ・カムイです。橋の件、ありがとうございました。どこに頼めば良いのか分からなくて、途方に暮れてまして」


「いえいえそんな!この辺りでは町にしか工務店がありませんから、……ところでお名前は名字でお呼びした方が?カムイ殿と。私ども田舎者は、名前で呼ぶのが通例でして……」


「えっ?あ、ああ、いえ。ライガと呼んでください」


「そうですか!では私のことも是非、シプシーパーとお呼び下さい」


「はい、ではシプシーパー町長。改めてよろしくお願いします」


再び頭を下げる。

町長はまたピョンと跳ねた。


「ご丁寧に!こちらこそよろしくお願いしますね!何かお困り事がありましたら、町の方までお越し下さい」


丁寧に頭を下げ返してくれる町長。

聞いていた魔人の特徴とは一致していない。

親切で愛想も良く、品もあるし誠実そうだ。


………まあ、これを言うと魔人を何だと思ってるんだと言われそうだから黙っておこう。


「あの、早速で悪いんですが…」


「はい!何でしょうか!」


「農業ギルドについてお尋ねしたくて。……とりあえず、うちに来ますか?立ち話も何ですし」


「えっっ!?ライガさんはおうちに初めて会った他人をいれるのですか!?」


「え?」


「信用して下さっているのは嬉しいですが……は!もしや、ライガさんお優しく見せておうちに引き込んで……」


「え?」


「い、いえいえいえ!!立ち話で大丈夫で、───」


町長の慌てように段々怪訝な気持ちになってきた。

魔界では人を家に招く事は何か特別な事なのだろうか。そう言えば、ジャウルも始めて家に招いた時に警戒していたような。彼はずっと警戒していたから、区別などつかなかったが。


「ライガ!!」


屈んでいる背中にドスッと抱き付かれた。

声でパッドだと分かったが、抱き付かれたのは始めてなので驚いてしまう。


振り返ると、にこにこのパッドの顔があった。


近い。ジャウルに見られるとまずいのでは。

首に回っているパッドの手を掴んで立ち上がり、さりげなく周囲を見渡した。

ジャウルは居ない。


「パッドひとりで」

「ノックノックが昨日きたよ。はし、できた?」


テンション高めのパッドと言葉が被る。

離そうとした手を、パッドがギュッと握り締めてくる。

寂しかったのだろうか。

懐かれるのは悪い気しないが、君の父親が俺は怖い。


「ああ、うん、出来たよ。今ちょっと町長さんと話してるから、後でゆっくり見ようか。とりあえず家で待っててくれ。な?」


「ちょうちょ?」


手を離してくれない。

いきなり抱えて隠しに行くのも不自然だろう。


「いや蝶々じゃなくてな───……どうしました、町長」


困りつつ、ふと町長を見ると目をまん丸にし、全身で驚きを表現していた。

その視線の先はパッドだ。

パッドもやっと町長に気付いたのか、俺の右足にしがみついて隠れた。


「その子、その歳で発情してるんですか……?」


「はい?はつじょう?」


町長は右目のモノクルを挙動不審に何度も整えつつ、パッドに向かって眉を顰めていた。


「はい、……発情。ライガさんの周りには、発情するタイプの人は、あんまり居なかったのですか?わわ!フェロモンがこっちに来る……!すみません、少し離れます!」


町長が鼻を押さえて下がった。

意味がわからないでいると、ピロンと耳元で鳴った。


『魔人の中には発情期がある者もいる。匂いまでは届かないから分からなかったな。そうか、父親のあの警戒は……。と監視者が考え込んでいます』


「あ、ああ!発情って言ったんですか、すみません。別の言葉に聞こえまして……そうですね、俺の周りにはあまり居なくて……え?パッドは発情してんの?」


町長の不審そうな声に、咄嗟に知ったかぶりをしてしまった。

慌てて足の後ろに隠れるパッドを見下ろす。


発情?

俺の目には普通の子供にしか見えない。

発情とは言え、動物のように興奮したりはしないのか?


パッドは首を傾げた。

不安げな顔をして、俺の足をギュッと抱きしめる。


その時、空気を震わせる音が鳴り響いた。




────ズガァンッ!!




見えなかったが、確実に俺と町長の横を弾が通った。

町長はひっくり返り、俺は振り返る。


「パッド!!」


怒号のような声を上げて、猟銃を片手にジャウルが走ってくる。


「ぱ、ぱぱ…」


あまりの剣幕にパッドまで怯んでいる。

怒り狂り、青筋が顔に浮いているジャウルの人相は確かに恐ろしい。


「テメェ……ここに来て俺の息子を売るつもりか!!」


何その怖い発想。


砂煙を上げて足を止め、ジャウルは迷いなくボルトを引き、押した。地面に薬莢が落ちるより早く、銃口を向けられた。

俺は唖然としていた。次々と与えられる新たな情報を処理出来ずにいる。


「ひぃ!いえ、私は!」

「違う。この人は、───」


怯える町長の声に我に返り、背中に庇い、前に立った。

腰を抜かしたのか、町長は立ち上がる事もせず、尻餅をついたまま腕を交差して身を縮めている。

下手に逃げたら撃たれそうだから、正しい対処かもしれない。


パッドは俺の足から手を離したが、父親に駆け寄ることも出来ずにおろおろしている。


「ふざけやがって!!俺の息子に近付くんじゃねぇ!!パッドこっちに来い!!」


怒りでジャウルは震えていた。それでも銃口は、俺の頭をぴたりと狙ったままだ。


「ぱ、ぱぱやめて!!ライガをうたないで!!」


泣きそうな声でパッドが叫んだ。


「お前は黙ってろ!!何にもわかんねぇ振りしてタイミング測ってたのか…このクソ野郎…!俺らに金を惜しまなかったのも、どうせ取り戻せると思ってたからだろ!!」


「……………」


ピクと片頬が引き攣った。



─────いい加減、頭に来る。



向けられた銃口に向かって歩いた。

一瞬ジャウルが怯んだが、すぐに気を張り直し、トリガーにかけた指に力を込めた。


パッドの横を過ぎる時、一瞬手を掴まれたが止まらなかった。


ジャウルは引かなかった。

俺も引かなかった。


向けられた銃口に、自ら額を押し当てた。




「俺がガキを売るような奴に見えるなら、撃てよ」




更に一歩踏み込む。冷たく硬い感触が、ゴリッと額の薄い皮膚にめり込む。


睨み付けてくるジャウルの目。

俺は黙って見詰め返す。


暫く、重い沈黙が流れた。


微かにゴールドの目が揺れたと思ったら、目線が逸れると共に銃口が下がった。

心なしかジャウルの顔が苦痛に歪んだように見えた。


苦しくて今にも吐きそうな顔だ。


パッドが俺の足にぶつかるようにしがみつき、小さな手を震わせながら、ジャウルを見上げた。

見詰め返していたジャウルだったが、逸らすように片手で顔を拭う。


「…………パッドは、先天的な過剰フェロモン分泌症なんだ」


噛み締めた低い声で、ジャウルはそっと打ち明けた。


「え?」


「あ、ああ…それで…」


町長は理解したようだが、俺はさっぱり分からん。


ピロン

『過剰フェロモン分泌症。発情期でもないのにフェロモンが分泌されてしまう病気だ。効果的な治療法はまだ見つかっていない。発症率は低く、1億人に1人いるかいないか。……子供の発症例となると、さらに稀だ。と監視者が悲しげに子供を見つめています』


「3歳でフェロモンが出始めて…それからずっとクソ連中に狙われて…………悪かった、もう何度も誘拐されかけたんだ。目の前で襲われた事もある。だから、……」


監視者の文字とジャウルの説明が重なる。

俺は慌ててパッドの耳を手で塞いだ。

ビクリと強張ったが、顔を見上げて更に足に強くしがみついた。


「発情した子供は高額で売れると聞きますものね……」


それは魔界だとしてもどうかしてるぞ。と、町長の声に眉を顰める。


「ジャウルさん、事情は分かった。もうそれ以上は言わなくていい」


きっとパッドにとってもトラウマだ。

初対面の時に顔に触れようとすると警戒した。あの時の意味も、今理解した。


だが今のパッドは俺の手を怖がらない。

それがどれほどの意味を持つか、分からない俺じゃない。


「心配もしなくて良い。俺はパッドが発情してるかどうかも分からない。俺には普通の子供にしか見えないし、子供をそんな目で見ない」


地面を睨み付けていたジャウルの目が、そっと俺を見た。悲しそうに、不安そうにも見えるゴールドの目。

パッドは父親に似ているのだと、今更ながらはっきり分かった。


ジャウルはゆっくりしゃがみ込んだ。猟銃を地面に置く。


「…………パッド」


ジャウルの優しい声かけに、俺は耳から手を離す。

その手をパッドが慌てて握りしめて来た。

片手は握らせたまま、ジャウルの前に出した。


「……ライガは好きか」


優しい声のまま、ジャウルがパッドに尋ねる。


「うん、すき」


即答するパッド。

むず痒い。言ってる場合ではないが。


「安心できるか」


「うん、できる」


「…………そうだよな。お前に何かするつもりなら、いつだって出来たんだ。でもしなかった。……悪いライガ。息子のことになると、全部が敵に見えちまうんだ。悪かった…」


「………パッドの為だと言うのは理解してる。許すかどうかは、ちょっと今答えられないんですが」


ジャウルは硬く目を閉じたが、いつものように怒鳴ったりはしなかった。反省している。

パッドが慌てて俺を振り向いた。


「ライガ、ぱぱをおこらないで!おれのせいなんでしょ!おれがわるいんでしょ!」


小さな口が懸命に紡ぐ言葉に、胸が軋むように痛んだ。


パッドはいつも、何かあると自分を責めていたんだろう。聞き分けの良過ぎる、頭の良い子だから。

俺はパッドと向かい合い、しゃがんで目を合わせた。


「……パッドは悪くない。お前は何も悪くない」


頭を大きく振って、言い聞かせるように、ゆっくりと、はっきりと、口にする。

パッドの目から、耐えていた涙が一粒零れ落ちた。

俺は拳を握り込む。彼を抱きしめる代わりに。


「でもパパは話も聞かずに人に銃を向けたんだ。例え誰かのためだとしても、しちゃいけない事はあるんだよ」


「………で、でも!」


嘘でも許すと言うべきだったか。

だが後で意見を変える方が不信感に繋がるだろう。

それに大事なことだ。


パッドには、ちゃんと伝えたい。


「パッド、やめろ。俺が悪い」


ジャウルのその声が、俺と同じ気持ちなのかもしれないと思わせた。

だけど幼いパッドには、大人の気持ちなど分からない。

わなわなと顔を震わせ、ついに大粒の涙をボタボタと落としてしまった。


「う、……うわあぁん!ぱぱとライガけんかやだ!ぱぱをきらいにならないで!」


乱暴に涙を拭うパッド。

褐色の肌なのに、顔が赤くなっているのが分かる。

擦り過ぎないように、そっとパッドの手を掴んだ。


「喧嘩じゃないし、怒ってたとしても嫌いになんかなってないよ」


意外そうな視線が飛んできた。ジャウルと、視界の端に映り込んでいる背後の町長から。

パッドはしゃくり上げながら、「ほんとう?」と小さく聞いてくる。


「本当。パパだってお前を怒る時はあるけど、お前のこと大好きだろ。嫌いだから怒るんじゃないんだよ」


「じゃあ、ぱぱのこと、すき?」


「好きだよ、パッドの事も、パパの事も。大好きだ」


「…………ふへ、へへへ、おれもライガだいすき」


ギュッと首に小さな手を回してきた。

でも俺はパッドを抱き締め返せない。怖がらせるかもしれないから。パッドもジャウルも。


だから頭をコツンとぶつけて、軽く擦り合わせた。


パッドは嬉しそうに腕の力を込めて、笑った。


離れそうにないから、俺は仕方なくそのままの状態で口を開いた。


「シプシーパー町長、この子の事は内密にして貰って良いですか。って言わなくても、町長さんなら大丈夫そうですけど」


「! もちろんですとも!誰にも言いませんとも!」


こくこくと羊頭を前後に激しく揺らす。


「……それで、農業ギルドの話なんですけど」


「続けるんですか!?この状況で!?」


町長がおったまげた。

やっぱりダメかな。俺としては早く話を纏めておきたいのだけど。


「────は、ははっ」


笑う声に全員の視線が向いた。

ジャウルが愉快そうに笑っていた。


「変な奴」


俺を見てそう言ったジャウルの笑顔は、これまで見た事ないものだった。

つい数分前に銃口を向けてきた相手だと言うのに、だいぶ可愛く見えた俺は、確かに変なのかもしれない。


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