29 花畑
景色を存分に楽しんで戻ったら、橋の向こうに小さな影が群がっていた。
ノックノックだ。
「……出てくんの、はや」
3日間、影も形も見なかったのに。
橋を挟んで向かい合う。
視界を邪魔する草などがないせいで、ノックノック達がよく見えた。数人ずつのグループで集まっているのは見かけていたが、今は勢揃いしているようだ。
なんとなく、ザッと数えてみた。
「……………30匹くらいいる?」
ピロン
『正確には27匹だ。栄養が足りているようで何よりだな。と監視者がカウンターをカチカチしながら言っています』
ノックノックは数え終えているのに、何を数えているんだ。と突っ込みは心の中で、それより引っ掛かる言葉があった。
「栄養が足りてる?」
『ああ、ノックノックは栄養満点になると分裂して増えるのだ。お前の手伝いをする事で安定した食事を取れているから、増えたのだろう。と監視者が目を揉みながら言っています』
「分裂して増えんの?え?まだ増えるって事?」
『これからも食事を与えるなら増えるだろう。小さく力もないと思っていたが、畑仕事をする姿を見るに役に立つ。増えれば仕事も早くなるだろう。と監視者は妖精図鑑(著者:知の神)を開きました』
「………さっきから突っ込みたくなる事ばっかやってんなよ」
眼精疲労起こしていたり、自分の著書を開いたり、気が逸れる。
それについての返答はなく、再度橋の方へと顔を向けた。
ノックノック達は手すりの根元に掴まって下を見たり、そっと橋の床板を足先で突いてみたりしている奴らから、じっと動かず周りを窺っている奴らもいる。
分裂してるとは言え、性格はそれぞれ違う気がする。
「………増え過ぎて畑が埋め尽くされる事はねぇの」
『あり得るかもな。是非見てみたい光景だ。と監視者は面白がっています』
「………ハチミツそんなにあげてねぇんだけど。あんなにいると思わなかったし」
考えつつ橋へと足を踏み出した。
俺が橋に乗ると、ノックノック達も一斉に渡り出す。安全を俺で確認したな。
『1匹の食事量など大した事はあるまい。朝露で生きていける連中だ。だからそうだな……早く増えて欲しければ食事をたくさん与え、増えて欲しくないなら与えない事だ。と監視者が図鑑にメモしています』
「手伝って貰ってんのに与えないのはちょっと……」
足元にわらわらと集まり、踏まれない位置で上手い事ちょろちょろする。
彼らは鳴いていないし、足音もないのに、視界にいるだけでなんだか賑やかだ。
「………まあ、良いか。増えても」
牧場を埋め尽くすほどの数になるのは、流石にまだまだ先のことだろうと、俺は呑気に構える事にした。
引っこ抜いてついてくるゲームみたいに、俺の後ろに引っ付いてくる奴から、橋を渡り切って果樹林の方へ走っていく奴。橋の向かいで待っている奴と、様々だ。
と思ったら、橋を渡り切る直前に、靴に飛びついてきた奴がいて、慌てて止まる。
「危な、なに?」
「コンコン!!」
靴に乗ったノックノックが鳴くと、その場にいたノックノック達が顔を見合わせた。
「コンコン!」
「コンコンコン!」
急に鳴き出し、一斉に小さく短い手で俺が来た道を指差す。
「え?なに?戻れってこと?」
数匹が懸命に足を押そうとしてくるので、「わかったわかった」と踵を返した。
わっと駆け出すノックノック達の後ろをついて行く。
これは始めてだ。
橋を渡り、右に曲がり、果樹林に入っていく。
後で見るつもりだったが、ついでに何が生っているのかを確認しておこうと、実のなっている木に近付く。
ピンクと黄色のグラデーションの菱形の果実。レモンだそうだ。
オレンジと赤の果実はオレンジ。
赤すぎるくらい赤いさくらんぼ。
綺麗に区画を分けられている訳ではなく、好き勝手に点在していて、実のない木々もまだまだある。
「……普通、果樹って同じのがまとまって植えられてない?なんかバラバラだけど、自然に生えたもんじゃねぇよな?」
ピロン
『うーむ。そうだな、規則性があるとは思えない。前の牧場主の性格が出てるだけだろう。と監視者が腕を組んでいます』
「………適当に植えたって事ね」
それにしてもそれぞれ人間界にある名前ではあるが、見た目と言うか、色がかなり違う。
さくらんぼの木など、葉がピンク色だ。畑から見ていた時は花だと思っていた。
これは見抜けない。
「………植物図鑑がいるな、これ」
『ほお、勉強熱心で良いな。一緒に選んでやろう!と監視者が張り切っています』
「その辺りは信用出来そう」
知の神なので本には詳そうだ。
さくらんぼをひとつ毟って見た。
日本で見ていた物より一回り以上大きく、かなり張りがある。
まあ、じゃがいもなども人間界の物に比べて大体大きいので、魔界の土地で育つと大きくなるのだろう。
服で軽く磨くと艶々と輝きが増した。
様々な角度から見た後、俺はそっと尋ねた。
「………監視者様、これは生で食っても大丈夫ですか」
ピロン
『フルーツは生で食うものだろ。と監視者が呆れています』
「皮剥かなきゃ虫がいるとか、海外のフルーツだとザラにあるって聞いてたんで……」
『虫如き一緒に食っても問題ないだろ。悪さする程の力もない。と監視者が頭を振っています』
「嘘だろ……悪さするだろ……?」
脳裏を駆け巡るのは、モザイクが掛かった様々な虫。主に腹を痛めたり、寄生したりするグロテスクな奴らだ。
『?』
「………なんで疑問符…」
魔界と人間界が違うように、魔人と人間もまた違う。主に強さが。更に魔神の1人である監視者が虫で苦労するとは思えない。本当に虫如き食べるのかもしれないし、腹痛など経験した事もないのかもしれない。
そういえば、畑の土にいる筈だろう虫についても監視者は何も言わない。虫がいない訳ではない筈だ。
何度か蝶や蜂らしき虫を見たから。
しかし作物を食われた事はない、と今更に気付いた。
変わらないウィンドウから、手元のさくらんぼへと視線を戻す。
さくらんぼは真っ赤で、艶々していて、宝石みたいだ。
「………ええい、ままよ」
意を決して口に入れた。アシッドキウイのように、謎の単語はついていない。さくらんぼは、さくらんぼだろう。
弾力のある皮をブツッと噛み千切る。果汁が滲み、口の中に香りが広がった。
「……さくらんぼだ」
非常に甘く濃厚な感じがする。
「ええ……うま…」
『なに?美味かったか?おかしいな。手入れされていないフルーツなど美味くない筈なのだが。いや、待てよ。過剰成長していないのは、もしや……と、監視者が果樹を観察しています』
「不味いと思ってて食うの見てたのか」
さくらんぼの木のすぐ近くに現れたウィンドウを、じとりと眺める。しかし監視者は気にしない。
ウィンドウは大きく膨らみ、とっとと次の話へと変わった。
『おお!よく見たらどの果樹も品種改良済みのジュエルフルーツではないか!と監視者が驚いています』
「ジュエル?なに?宝石?1人で喋らないで、理解させてくれ」
ピッ、とウィンドウから指差し棒のアイコンが伸びて、木に下がるさくらんぼを指し示す。
『ジュエルフルーツだ。魔界で自生する果樹は多いのだが、例に漏れず大味だったり酸味が強過ぎたりと、あまり好ましい味をしていない。だから品種改良をする。だが中々難しい技術でな。特にこのジュエルフルーツは時間が掛かる。石が宝石になるように、長い長い時間を掛けて徐々に改良していかねばならんのだ。と監視者は果樹図鑑を片手に言っています』
「へえ……あのレモンとかオレンジも?」
『そのようだ。まさに宝の山だな。普通のフルーツならば、既に大きな果樹園が市場を牛耳っているが、ジュエルフルーツは人間界産の作物と同じく、最高級品の扱いだ。良い収入源になるだろう。と監視者が頷いています』
「………俺、果樹の世話はした事ねぇよ?いや、何もした事はねぇけど。今まで通り放置してて良いってこと?」
『大丈夫ではないか。もう何十年と世話をされずに育っている木だ。まあ、伸び過ぎている枝を剪定したり、実がなり過ぎていたら間引いたりすると、より良い実が取れるようになるようだが。と監視者が図鑑を読みながら言っています』
「なるほど……」
通りがかりの木に触れてみた。何が生る木なのかも分からないが、前の牧場主が育てた物には違いない。
長い時間が必要な品種改良。
適当に植えたのにも理由があったんだろうか。
何にせよ、大事にされていたのは確かだ。
これからは俺が見に来よう。
勝手にとは言え、牧場を譲り受けたのだから。
「果樹の勉強もしないとな」
『監視者が満足そうにあなたを見詰めています』
「やめろ、見るな、恥ずかしい」
ウィンドウを手で払うが、ひょいと避けられてしまった。だから何なんだよ、そのシステムは。
俺が果樹の近くでモタモタしていても、ノックノック達は待っていてくれた。歩みを進めると、スイッチが入ったように走り出す。
果樹林の終わりが見えてきた頃、ノックノック達が先で集まりだした。
何だろうかと近付くと、道を開けるように左右に分かれる。
「……ん?なに…」
ノックノック達の間を突っ切り、足元に向けていた顔を上げた。
木々の間から、花畑が見える。
青い花が多いが、白や桃色、黄色もある。名前は分からないが、多種多様な花でひしめき合っている。
草も青いから、全て花に見える。
「………すげぇ、こんなザ・花畑は見たことねぇ」
木々の隙間からでも、花畑の華やかさが伝わってくる。
ここまで見事に咲いていると中に入るのは躊躇われた。
立ち止まった俺の足元を数匹のノックノック達が駆け抜けていき、花畑へと突っ込んでいく。
彼らは植物を潰さないから、好き放題に駆け回っている。
ノックノック達の動きで花が揺れる。
誘われるように数歩進んだ時、足先に何かが当たった。
一瞬、ノックノックを蹴ったかと思って焦って下を見たが、そこには思いもよらない物があった。
「………ハチミツの瓶?」
見覚えのある金魚鉢のような丸い瓶が、木の根元に置かれている。
ピロン
『ライガ、上を見ろ。と監視者が木を指差しています』
「上?」
ウィンドウから伸びた手のアイコンが示す方に顔を向けた。
木の瘤があった。いや、違う。どうやら木の幹にあいた空洞から何かが飛び出しているようだ。よく分からず、触ろうと手を伸ばすと、それは勢いよく蠢き、飛び出してきた。
蜂だ。
「────!!?」
無言で体が後ろに跳ねた。
小さいが、間違いなく蜂だ。彼らのトレードマークである黄色と黒のボディが、人間界と同じだから。
ふわふわとした胸の綿毛?は、かなりボリュームアップしている。
『ミツバチだ。と監視者が言っています』
「………そっち先に言ってくれ…」
警戒モードのミツバチの群れ。
いやどうすりゃ良いのこれ。
ミツバチも刺すよな?一気に刺されたらアナフィラキシーショック起こったりするか?
「コンコン!」
足元からノックノックの声で、ぐるぐる回っていた思考が止まる。
今は下を見る余裕もないし、危ないから離れててくれ。と、思っていたが、ノックノックの声にミツバチ達が反応をした───ように見えた。
よじよじと登ってくる気配がする。
太もものところまで上がってきたノックノックを掴み、胸に押し付けるように持ち上げた。
警戒する俺と違い、ノックノックはミツバチに向かって「コンコン!」と両手を動かしていた。
空中で止まったミツバチ達。
真っ黒な瞳はどこを見ているのか分からない。何を考えているのかも。
羽音だけが響き渡る。
ノックノックが「コン!」と俺の手を叩くと、ミツバチ達はスッと巣に戻っていき、また一塊になった。
再び木の瘤のようになった塊を暫く眺めたが、もう動く様子はなかった。
安堵と共に、疑問を噴き出る。
「………え?意思疎通が出来んの?蜂と」
握っているノックノックに思わず尋ねる。
「コンコン!」
手の中でノックノックは片手を上げる。
俺の言葉を理解している節はあるが、正確な所、分からない。
しかし自信満々に見えるノックノックに、俺は思わず笑みが漏れた。
「ありがとう。マジで助かった」
ノックノックは頭を揺らした。ぷるぷると動く頭からは嬉しそうな空気を感じる。
そっとノックノックを地面に戻し、蜂の巣からもそっと離れた。
心配してくれたのか、足元にはノックノック達が集まっていた。しゃがみ込み、それでも遠い彼らの顔を見渡す。
「花畑を見せたかったのか?」
ノックノック達は顔を見合わせ、その後、首を傾げた。
「………全然わかんねー」
連れて来た奴と、今ここにいる奴が別なのかもしれない。見た目が変わらないので全く分からない。
俺は諦めて立ち上がり、花畑の端へと出た。
川辺から奥の森まで続く一面の花畑だ。
思った以上に広い。
「……連れてきてくれて、ありがとな。キレイなもんが見れた」
ここにも花弁が降り注いでいる。花畑なので舞い上がっているようにも見える。
幻想的で、妖精の棲家と言われれば納得もする。
ノックノック達は花畑に入り、葉っぱを持ったり、花を摘んだりして遊んでいる。
眺めているだけでも飽きない光景だ。
だが、いつまでもここにいる訳にはいかない。
「……俺はそろそろ帰らねぇと」
ノックノック達はまだ遊んでいて良い、と言うより早く、彼らは駆け寄ってきた。
無意識に頬が緩む。
蜂の巣に近付きたくなく、川沿いへと出る俺について来るノックノック。
数匹は川に掛けられていた細い丸太橋から、ひと足先に畑へと向かっていった。
「………いつかお前らの橋も大きくして貰おうな」
川の流れが一定とは言え、雨の後に増水などしたら丸太は流されてしまうだろう。そんなことがなかったから、今も普通に架かっているのかもしれないが。
「そしたら俺も通れるし」
花畑に用が出来るかは分からないが、果樹林へは近くなる。道はいくらあっても良いだろう。
ノックノック達から返事はない。
ちょろちょろとついて回るだけだ。
なのに、肯定されたような気がするのは何故だろうか。
畑に戻ると、ウッドデッキに用意していた籠や種袋がなくなっていた。先に来ていたノックノック達が既に作業を始めている。
足元にいたノックノック達も畑へと駆け出していく。
久々に見る、白い雲が作物達に雨を降らしている光景。
「……今日は報酬奮発してやるか」
3日間怖い思いをしただろうに、いつも通りに働いてくれる彼らに感謝しかない。
じゃがいもを引っ張っていた数匹の内、1匹が弾みで転がってきた。
「あ、なあ。パッドに橋が完成した事を伝えて来て欲しいんだけど」
そこまで言って、手紙でも渡せば持っていけるか?と言葉を切った。
何気なく家を振り返ってから顔を戻すと、話していたノックノックは西の森に向かって走り出していた。
「え?はや」
茂みに入ってしまい、もう見えなくなった。
「………どうやって伝えんのかな…」
ノック音しか話せない彼らが、パッドにどう伝えるのか想像もつかない。身振り手振りで頑張るのだろうか。引っ張ってくる?
伝わらず、数日経ってもパッドが来なかったら直接言いに行くとして、今日は久々に、ノックノック達との作業に勤しむとしよう。




