28 差し入れ
家の外から聞こえる音にビビっていると、馴染みのある音が近くで鳴った。
ピロン
『どうやら夜通し作業しているようだな。豪快な夫妻だ。結構結構。と監視者が大きく手を叩いています』
「夜通し?マジで言ってんの?死ぬんじゃね?」
『魔人は人間とは違う。頑強な肉体を持つ者は、三日三晩戦い続けるだけの力がある!惜しむらくは、殆どの魔人が怠惰な性質を持ち合わせている事か……と監視者が遠くを見詰めてぼやいています』
「…………あの夫妻は、怠惰っぽくねぇけど」
『好きな事には愚直になれるものだ。特に夫妻は仕事が楽しく、こだわりも強いのだろう。ああいうタイプは仕事に全力を尽くす。良き職人だ。と監視者がウンウンと頷いています』
「………さいですか」
魔人は自由奔放なバケモンと思って差し支えない気がしてきた。
そんな失礼なことを考えながら、俺は着替えて畑へと向かう。
今日も1人なんだ。
頑張らないと。
昨日と同じ順序で畑作業をし、昼過ぎにキッチンで昼食をとる。
響いていた橋づくりの音が止んだ。昼休憩はしっかりと取っているようで、何故かホッとしてしまう。
パンを毟りつつ、まだ保管庫に入れてなかったシンクのじゃがいもを見て、ふと思いつく。
油も高額だからあまり使いたくないが、魔界の油はそうそう汚れないので贅沢に使っても大丈夫だろう。
じゃがいも5個を皮付きのままクシ形に8等分し、もう5個は皮を剥いて薄くスライスする。
ピロン
『どうした?オヤツでも作るのか。珍しいな。と監視者が興味を示しています』
「まあ、そんな所です。いつか作りたいと思ってて」
温まった油に切ったじゃがいもを入れていく。
こんがりとキツネ色になって浮いて来たじゃがいもを、いつかの為に買っていた小さな油切り用のザルで掬って、キッチンペーパーを置いた銀のバットの上へ乗せていく。
皿が小さく山盛りに見える。下の方は味がつかないかもしれないが、とりあえず塩を振りかけた。
手作りポテトチップスとフライドポテトだ。
『おお!!美味そうだな!!と監視者がわくわくしています』
あつあつのフライドポテトを箸でひとつ摘まみ、息を吹きかけて口に入れる。思った以上に良い出来だ。
「……じゃがいもが新鮮だからかな。人間界で作ってた時より美味い気がする」
『そりゃ魔界の食べ物の方が体に合っているのだから、そうだろうとも。と監視者が揚げたてのポテトを羨ましそうに見ながら言っています』
「……でも、魔界産の食べ物は美味いと思わないんだが」
安いので何度か頼んだ魔界産の食べ物。パンもそうなのだが、どれもイマイチからマズイのふり幅の中をうろうろしているだけだ。
監視者と喋りつつ、テーブルの上に置いていたカタログを開いた。
『それとこれとは別の話だ。それよりもライガ、1人で食べるには少々多いのではないか?と監視者が物欲しそうにあなたを見ています』
「ああ、これは……あ、運ぶもんがねぇや。いいや、頼も…」
監視者の問いに碌に答えず、カタログを捲った。
すぐに届いた大きなトレイに、皿をふたつ、小皿にケチャップと塩、ペットボトルのお茶を2本乗せて外へと出た。
その時には理解したのか、監視者がガッカリしているのが『………』表記のウィンドウから伝わってくる。
「お疲れ様です。良かったらこれどうぞ」
まだ休憩中だったビルド夫妻の元へトレイを持って行く。
そう、2人への差し入れだ。
地べたに座っていた2人は目を丸くして、俺を見上げる。
「え?何だい?」
不思議そうにしつつも、マローがトレイを受け取ってくれた。手袋を外しても、その手は体に見合わない大きさだ。
「おお!美味そうだな!食って良いのか!?」
ブローンが2種のポテトを見て興奮気味に尋ねてきた。
「ええ、俺が作った物なんですが……食べれないようなら置いておいて下さい」
「そんな!こんな量ペロリだよ、ねえアンタ。嬉しいねぇ」
「くう~!!こんな風に食い物を貰える事があるんだなァ。ああ!嬉しいな!!」
2人は本当に嬉しそうに笑った。屈強な2人ではあるが、よく見ると笑顔からは愛嬌が溢れている。
悪い人達ではないと、まあ、分かってはいた。あまりに豪快でついていけなかっただけで。
「お口に合えば何よりです……、それじゃ残りもお願いします」
頭を軽く下げて俺は家に戻った。ちょっと緊張した。
ピロン
『魔界ではあまり差し入れと言う文化は浸透していない。嬉しかったろう、あの夫妻。と監視者が羨ましそうに呟いています』
「え、そうなの。……あげない方が良かったか?たかられたりすんのは………あのご夫婦はしねぇか」
うっすらとした記憶だが、祖父母が生きていた頃、牧場の設備を修復して貰いに業者を呼んだ事があった。
祖父母も母も、彼らに労いと感謝を込めて色々と差し入れしていた事を思い出したのだ。
幼い自分にペットボトルを持たせ、「おじちゃんにどうぞってして来てくれる?」と母に言われて一緒に差し入れした事もあった。
鮮明には覚えていないが、嬉しそうに受け取ってくれるおじさん達の雰囲気は今でも思い出せる。
だから引越しの時なんかも、業者にお茶を渡したりしていたので、夫妻にもどこかのタイミングで差し入れをしようと思っていた。
差し入れする物を何にするか悩んでいただけで。
『まあ、あまりポンポン施すのはやめておいた方が良い。舐められてたかられる場合もあるだろう。しかし、お前の予想通り、夫妻は純粋に喜んでいる。気にする事はなかろう。と監視者が優しく告げています』
「………そうですね、じゃあ、監視者様に貢ぎ物として渡すのもやめておいた方が良さそうですね。もっかい作ろうと思ってたんですが」
『な、なに……!!!と監視者が震えています』
「つか、施されんのが嫌って言ってましたね。俺の分だけ作ろ」
『ぐぬぬ………!!監視者が歯軋りしています』
台所へと戻り、じゃがいもを切り始める。ここ最近はじゃがいも料理ばかり作っているから、手慣れたものだ。
さっと新たに作り終え、大きな皿と別に、小さな皿に盛る。
『監視者が期待しています』
この実況ウィンドウは監視者の意思なのだろうか、システムが分からないので分からない。
小さな皿を持ち、俺は暖炉の方へと向かった。
上に置いている仏壇の前へと供える為に。
『……もう3人とも成仏して、今頃新しい生を楽しんでいる筈と言っていたのは誰だったか。と監視者が不満そうに言っています』
「それは俺だね。………供え物は俺の気持ちだから。あげたい時にはあげるんだよ」
手を合わせる。もしまだ俺の周りをうろうろしているのなら食ってくれ、そう祈りを込めた。
キッチンに戻り、また別の皿に2種のポテトを盛り合わせる。
「これは誰とは言わないけど神様への供え物。これが食えるのもその神様のおかげだし、感謝を示さないとな」
言いながらテーブルに乗せた。
皿が足りないので、バットに乗せたままの物が俺の分。
テーブルに背を向けて、片付けをしながらつまみ食いをする。
背後からチカリと銀の光が弾けた。
肩越しに振り返ると、神様の分が消えていた。
ピロン
『監視者が非常に満足しています』
ウィンドウの文字に小さく笑った。
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「橋が上がったよ。確認してくれ」
ブローンがそう言って呼びに来た。
ビルド夫妻は本当に三日三晩寝ずに作業を続け、施工4日目の朝には立派な橋が川を渡っていた。
「いや、はや……」
俺は唖然とする。
「なァに、川の距離は町長から聞いていたからなァ。殆ど加工してたのさ。こっちでは組み立てしかやってないよ」
マローが闊達に笑う。
緩やかな虹型を描き、均等に並ぶ手すり、隙間のない敷板。
素人ながら、こんな短期に出来るような橋じゃないと分かる。
軽トラックでも余裕で通れそうな橋だ。実際通れるかは分からんが、そのくらい立派に見える。
「いや、だとしても、すごいです……理想以上です。ありがとうございます」
思わず手摺へと手を伸ばす。滑らかな手触りだ。
「そんなに喜んで貰えるなんてな。嬉しいね、アンタ」
「おうよオッカァ。いい仕事だったなァ」
夫妻もニコニコしている。
橋に目を奪われていたが、我に返り、2人を振り返る。
「すみません、それでいくらでしょうか」
「ああ、手間賃は180万だ」
「……………ん?安くないですか?」
ブローンの勘定に眉を顰めた。
監視者から、この川に橋を架けるなら250~300は見ておけと言われていたのだ。
「良いんだよ。見た所、この牧場は色々と手ェ入れなきゃいけない場所がありそうだ。その時はまた、Mr & Mrsビルドのボーン工房を呼んでくれ」
マローが朗らかに言い切った。
「町の工務店は俺らしかいねぇ。長い付き合いになるだろ?うめぇモンも貰ったし、俺らもそりゃ勉強させて貰うさ」
ブローンも豪快に笑う。
慣れて来ると彼らの人柄の良さが伝わってくる。
「ありがたいです」
尻ポケットに捻じ込んでいた財布を取り出す。アビスから貰った財布だ。使うのは初めてになる。
頭の中で180万と念じる。財布を開けばぎっちりと札が入っていた。
全て掴み、ブローンへと差し出す。
ブローンも財布を出していた。大きながま口の財布で、何となく似合っている。
札の枚数は数えずにがま口に突っ込む、隣にいたマローが手に魂結登録台帳を出した。銅色だ。
「うん、確かに。毎度あり」
成程、魂結登録台帳で金額を確認出来るから、わざわざ数えなくて良いのか。便利だな。本当に。
だけど疑問も湧いた。ブローンが財布に入れた金を、マローが確認していた事が不思議なのだ。
魂結登録台帳は本人しか触れず、紐付けた財布も同じく他人には使えない。
だからブローンの財布に入った金は、ブローンの魂結登録台帳にしか記載されない────と言う認識だったのだが。
聞こうにも、人前では監視者に声を掛けられない。
「それじゃ俺らはこれで」
「あ、そうだ。材料をそっちが用意してくれたら、手間賃はもっと安くなるよ。どの施設にどのくらいの材料が必要か分からなかったら、工房においで。電話でも良いよ。じゃあな、若い牧場主様。また御贔屓に!」
マローが言い終わると2人は手を大きく振り、のしのしと橋を渡って帰っていった。
ほぼ同時に、ピロンと音が鳴る。
先程の魂結登録台帳について聞こうとしたが、ウィンドウが跳ねていたので思わず黙った。
『ついに山の東側が解放されたな!!ライガ!渡ってみろ!と監視者がはしゃいでいます』
文字まで跳ねているような喜びようだ。
言われるままに俺は橋を渡った。
今まで聞いていた川の音が、足下から聞こえて来るのが新鮮に感じられた。
軋みも揺れもない橋。
何気なく振り返った。家の端から少しだけ畑が見える。
そんなに遠くない距離だが、妙な感慨深さを感じつつ、足を進める。
橋の境を超え、いつも対岸から眺めるだけだった東の土を踏んだ。
右手側に広がる果樹林、牧場に比べて足元には花も多い。
そよぐ風が心なしか甘い気がする。
ビルド夫妻が消えて行った方角へと歩く。随分と放置されていたようだが、うっすらと舗装されていた形跡が残っていた。
町へと向かう道だろう。
そこには向かわず、真っすぐと進んだ。
木々の間を抜けた時、目の前が開けた。
風が強く吹き抜けていき、桜色の花弁が降り注ぐ。
足元には町が見えた。色とりどりの煉瓦っぽい屋根が連なり、白い屋根は陽光を反射して光っていた。
小さな町だが、確かに人の営みを感じられる。
町を見たら、自分がどう思うのか。そんな想像をしていた事もある。
他の住人の気配を嬉しく思ったり、早く行きたいと気持ちが急いたりするのかと。
結果は、「思ったより遠いな」だった。
監視者が町に行くのにも体力がいると言っていた意味を、今痛感している。
そんな考えも爽やかな風に攫われていき、景色へと意識は引き戻される。
町へと続く細い道も見え隠れし、更に向こう側には、広い草原が地平線まで広がっていた。
その奥に大きな木が見える。
桜色に光る花をたっぷりと冠する大樹。
美しい光景だ。
日本では見た事がない程の自然。空の広がり、澄んだ空気。
ここで生きて行くのか。
この美しい場所で。
がらにもなく、決意のような、自信のような、妙な熱が胸を満たしてくる。
少しばかり悔しいのは、母と祖父母には見せられない事だ。
この景色も、今の自分も。
「……考えても仕方ない」
呟いて、初めて会った時にアビスが同じ言葉を言っていた事を思い出した。
母の世界で生まれ育ち、残りを父の世界で生きるのか。
微かに口端を吊り上げ、景色を眺める。
ゆっくりと肺を空気で満たした。




