84~さらなる一手
ノーラのアナグラに、暖かなシチューとサンドイッチの匂いが満ちた頃――
報告と作戦会議は、いつものように食後から始まった。
「……というわけで、アルメリアの名は、きっちりいただきましたわ」
フレアリスが紅茶を一口飲み、何でもないことのように言う。
ルチェアはパンの耳をちぎりつつ、青ざめた顔でフレアリスの手元を見た。
「フレアリスさん……ほんとに、指、折ったんですか……?」
「3本ほど折りましたけど全部折る前に白状しましたし、ノーカウントですわね」
「ノーカウントって概念おかしいでしょ……」
ノーラは額を押さえた。
「まあ、過度に同情する必要はないけど……拉致目的で森まで来てた以上、やりすぎってほどでもないわね」
「ですわ! そりゃそうですわ!」とフレアリスがドヤ顔をする。
「ただし、ギルドと異典執行局に報告するときは、指を折りかけたら白状したので、深追いしませんでしたくらいのマイルドな表現にしておきましょうね。印象って大事だから」
「……了解しましたわ」
フレアリスがちょっとだけ肩をすくめる。
ルチェアは不安そうにノーラを見る。
「ノーラさん……これから、どうするんですか?」
「決まってる。――ギルドへ行く。アルメリア商会がここまで踏み込んできたなら、次の一手を早めないと」
ノーラは立ち上がり、いつもの灰のローブの裾を払った。
「ルチェアとピョコマルは、今日はここで留守番。銀刻交易連合の看板出しておいて。留守中・用件は投函って札をひっくり返すだけでいいから」
「は、はい……」
「フレアリスは同行ね。被害者本人の証言は重要だし」
「ええ、構いませんわ。高貴なる被害者の証言、しっかりと聞かせて差し上げます!」
ノーラは小さく笑みを浮かべた。
「その調子。――じゃ、行きましょ」
ジルコール冒険者ギルド・応接室。
ギルドマスターのバルロは、報告を聞いてから重い溜息をついた。
「……お前さん、よくもまあ次から次へと厄介事を抱えてきてくれるな」
「私が呼び寄せてるみたいに言わないでよ。今回は向こうから高貴な餌を嗅ぎつけてきただけ。別に頭痛薬が必要ってほどでもないでしょ?」
「……このペースだと、毎月1ダースはいるな」
ノーラが肩をすくめる。対面には灰色の外套をまとった異典執行局員――リチアが座っていた。
無表情に見えるが、その指先は机の端を静かに叩いている。
「アルメリア商会所属の実力行使部隊、ね……」
「名乗りはしませんでしたが、アルメリア支部長ラドゥ・グレイの命令だと吐きましたわ」
フレアリスがきっぱりと言う。
「顔は? 特徴は控えているか?」
「もちろんですわ。わたくし、見た目の記憶力には自信がございますの」
ノーラが横から口を挟む。
「あと、ひとりの指がちょっと変な方向に曲がってるから、医師や教会経由で足がつくと思うわ。指を折りかけたって記録も残るでしょうし」
「お前、やりすぎじゃねえか……」
バルロは眉根をへの字に曲げるが、ノーラは逆に淡々とうなずいた。
「いい。指二本なら、まだ武力拉致に対する正当防衛の範疇と報告できる。問題は――」
彼女は視線をノーラに向けた。
「これで、三商会すべてが動いたことになる。
ドフォール、バルサルト、アルメリア。
表向きはそれぞれ別々の理屈を並べているが、根っこは一つだ」
「銀刻の魔女が、再生魔石を持っているって、噂ね」
ノーラが言葉を継ぐ。
「ええ。こちらがどれだけまだ保留だの公的管理も検討中だと説明しても、商人たちにとっては、動くなら今のうちってことなんでしょうね」
ガルドが机を指でとん、と叩く。
「聖印院の保護下に置いたが、それでもまだ火種は消えそうにないか?」
「ええ、それだけだとまだ不完全」
ノーラは軽く息を吐いた。
「じゃあ、こちらから提案。――持ってもない再生魔石を移動させるフリをするのよ」
ガルドが身を乗り出す。
「おい、本気か?」
「ええ。ただし表向きの話」
ノーラの目が、悪戯っぽく光る。
「再生魔石は、教会・異典執行局・冒険者ギルドの三者管理で保管されている。それとは別に王都の聖遺物庫ってことにして、移送の行列も派手にやる」
「その上で、銀刻交易連合は再生魔石の第一次発見者兼、経済顧問として、使用や貸し出しに関する条件整理と監査だけを請け負うの」
「わたくしも、その件には意見がありますわ!」
「なに?」とノーラ。
「再生魔石の移送行列、警護はもちろんこのルクレール家の炎にお任せあれですわ! ドフォールだろうがバルサルトだろうが、近づく者は灰も残さず――」
「そういう物騒な宣伝は、やめなさい」
ノーラが即座に制した。
「今回は、戦争を防ぐための儀式なの。過激な演出は、エスタスたちの思う壺よ。銀刻と異典執行局は、再生魔石を独占し、力で他をねじ伏せるつもりだって世論を作りたいんだから」
フレアリスは不満げに頬を膨らませた。
「……せっかく出番だと思いましたのに」
「出番ならいくらでもあるわよ」
ノーラがニヤリと笑う。
「アルメリア商会へのお礼参りとか、ね」
「まあっ、それでしたら喜んで!」
ガルドが慌てて口を挟む。
「お、おい、物騒な計画立てる前に、まずは段取りだ!再生魔石移送行列の件は、ギルドから王都と本部に打診する。ノーラ、お前は銀刻の立場から案の骨子を書面でまとめてくれ」
「了解。高く売れない提案書ってやつね」
「……表現を変えろ」
同じ頃――ジルコールのとある高級宿の一室。
ドフォール商会のエスタスは、窓辺で街を見下ろしながら、静かにワインを揺らしていた。
「……やってくれましたね、アルメリア商会」
テーブルの向こうで、バルサルト商会の使者が顔をしかめる。
「勝手に動きやがって……ギルドと異典執行局を、本気で怒らせたぞ。これで正面からの交渉はますますやりづらくなった」
「だからこそ、ですわよ」
エスタスは淡々と言う。
「銀刻交易連合は、恐らく手放すフリをするはずです。王子、教会、異典執行局――三者の名を借りて。
ですが――」
彼女の眼鏡の奥の瞳が、静かに光る。
「現物を動かす瞬間は、必ず生じます。行列の途中か、保管庫の扉か、あるいは――ノーラ・リッチポンドの手の中か」
使者が眉をひそめた。
「……お前、本気でまだ狙うつもりか?」
「再生魔石は、時代そのものを変える商品ですから」
エスタスは柔らかく微笑んだ。
「大義名分が失われた? それは、正面から奪う理由がなくなった、というだけですわ。裏から手を回す理由は、いくらでも作れます」
窓の外、ジルコールの街の灯りが瞬く。
銀刻交易連合の小さな看板の下で、ノーラたちがこれから描く戦略を、彼女はまだ知らない。
「――さあ。銀刻の値踏み姫が、宝を手放すフリをどう演じるか。同じ舞台で、私たちも別の脚本を用意しておきませんとね」
グラスが小さく鳴り、赤い液面に灯りが揺れた。
再生魔石を巡る攻防は、表の交渉から儀式と偽装とが入り混じる次の段階へと進もうとしていた。




