82~アルメリア商会の実力行使
銀刻交易連合は月に3回の定休日を設けており、今日がその定休日にあたる日だ。
フレアリスは手料理をもってアナグラへと向かう。
バスケットランチには、フレアリスが異国のレシピ本を見て作った味噌にぎり、しょうゆの焼きにぎり、アボガドのサラダ、ブリの煮つけなどが入っていた。
時刻は夕刻で、アナグラへと続く静かな森の中を通っていくフレアリス。
森の中に入った瞬間だった。
そこへ、黒の布切れで顔や頭部を覆った連中が、無言でフレアリスを取り囲むように包囲する。
相手は5人で、手元には木の重量感ある棒状のこん棒や、メイス、杖などが握られている。
殺傷を目的とした武器ではない、拉致、又は脅迫が目的かと瞬時にフレアリスは判断し、ランチバスケットをそっと足元に置いた。
「デートのお誘いかしら? にしては手元の武器が物騒ですわね」
いつもの高飛車で強気な態度で出る。
「大人しく着いてこい」
「そうすれば痛い思いはせずに済む。その綺麗な顔に傷がつくのは嫌だろお嬢さん」
フレアリスは小さくため息をつく。
「大方、再生魔石に関する件でしょうけど、招待状を出した覚えはないのだけど?」
「あまり利口ではないようだな」
一人がこん棒をぎゅっと握り一歩踏み出す。
「もう少し高貴なる者への配慮と礼節を身につけてほしいですわ。頭が高い――ですわ」
低く吐き捨てるようにフレアリスがつぶやくと、同時にこん棒を持った男がフレアリスの頭部をめがけて振り下ろす。 それをしゃがんで避け、綺麗に回し蹴りを頭部にヒットさせる。 男はグラリと糸が切れたように地面に倒れる。
「――なっ!?」 「魔女は魔法しか使えない。とでもお思い?」
杖持ちが鋭く杖を振り下ろす。 フレアリスは正面の木に足をかけ空中で反転し躱す。 そのまま相手の背後に回り顔面を勢いよく木に押し付け、金的への一撃。
「わたくし、幼い頃より武術の修練してましたわ。嘆きの暦を生き抜いた家系ですもの」
杖持ちが崩れ落ち、鼻血を飛ばして呻く。
残り三人が、ようやく目の前のお嬢様の危険度を理解した。
「お、おい……こいつ、ただの魔女じゃねえぞ……!」
「ビビるな! 取り囲んじまえば――」
言い終わる前に、フレアリスがすっと一歩、輪の内側へ踏み込んだ。
「――そういうのを、考えなしと申しますのよ」
右側からメイスが薙ぎ払われる。
フレアリスは腰を落として紙一重でくぐり抜け、その勢いのままメイス男の脛へ踵を叩き込んだ。
「ぐあッ!?」
膝が折れ、体重が流れる。
そこへ肘鉄が顎を打ち上げ、男は白目を剥いて倒れた。
残り二人が同時に飛びかかってくる。一本はこん棒、もう一本は短い棍棒で脇から狙う、素人ではない連携だ。
「数で押せば何とかなる――と、まだそう思っていらっしゃる?」
フレアリスは一瞬だけバスケットの位置を確認し、左手で軽く持ち上げるように体を捻る。
こん棒の一撃をバスケットごとひらりと避け、空いた右足で棍棒の男の膝を横から蹴り抜いた。
「がっ……!」
二人の動きが一瞬乱れた、その隙。
フレアリスはこん棒男の手首を掴み、体を軸にして、そのまま地面に叩きつけるように投げ飛ばした。
土煙が上がり、男の手からこん棒が転がり落ちる。
(……殺しは不要。目的は情報と抑止ですわ)
最後に残った一人が起き上がり、舌打ちして後ずさる。
「ちっ、やってられるかよ! あとは――」
「逃がすと思いまして?」
フレアリスの扇子がぱちん、と開いた。
次の瞬間、彼女の足元に小さな魔法陣が浮かぶ。
「〈試しの魔火」
ぱしゅっ、と乾いた音と共に、男の足元で火花が弾ける。
草むらが少し焦げ、熱に驚いた男が思わず立ち止まった。
「森を燃やす気はありませんの。これは、ただの警告ですわ」
フレアリスはすっとバスケットを地面に置き、倒れている男の一人――さきほど木に顔を押しつけられた杖持ちの腕を掴んだ。
「では始めるとしましょうか」
細い指が、男の右手の小指をつまむ。
「な、何を――」
「質問は三つだけ。所属、依頼主、目的。この質問にはそれぞれ、指一本分の価値がありますの」
フレアリスは笑った。目だけが、冷たい。
「ひ、一体何を――ぎゃあああああっ!!?」
ぱきん、と嫌な音が森に響いた。
小指が、不自然な方向へ折れ曲がる。
「所属は?」
「い、言えるかよこんな――ぎゃあああっ!? く、薬指、薬指がぁっ!」
「残り三本ですわ。――庶民が高貴なるわたくしに逆らった罰としては、まだ軽い方ですのよ?」
援護として合流しようとした者が3人いた。
だが、フレアリスの行動を見て顔を青ざめさせて一歩、二歩と後ずさる。
「お、おい、本気だぞこいつ……!」
男は歯を食いしばり、額から脂汗を滴らせる。
中指にかかった力が、じわりと増していく。
「と、通りの連中から気をつけろとは聞いてたが……こんなイカれた魔女が……!」
「光栄ですわ。三本目、いきますわよ?」
「ま、待て待て待てッ!! 言う! 言うから、やめろ!!」
フレアリスの指が止まる。
「ふふ。最初からそうなさるべきでしたのに」
「お、俺たちは……アルメリア商会の、使いだ……! 銀刻の魔女をさらえって命令されただけだ! 詳しいことは何も――」
フレアリスは眉をひそめる。
「ノーラを、ですのね」
「ち、違う! 銀刻交易連合の魔女ってだけで、名前までは――ぎゃっ!?」
中指が、関節の手前でぐきりと鳴る。完全に折ったわけではないが、悲鳴が上がった。
「余計な言い訳はいりませんわ。質問に必要な分だけ答えればよろしいの」
男は涙目で首を振る。
「い、依頼主は……アルメリアの第支部長、ラドゥ・グレイだ……!目的は、再生魔石の在り処を吐かせること……そ、それだけだ、本当だ……!」
フレアリスは男の顔をじっと見つめる。
しばし沈黙――小さく鼻を鳴らし、手を離した。
「……まあ、よろしいでしょう。この場で殺す趣味はありませんし、血で服が汚れるのも嫌ですもの」
男はその場に崩れ落ち、指を抱えて転がった。
「き、貴様、覚えてろよ……!」
「覚えていますわよ? アルメリア商会のラドゥ・グレイ――でしたわね」
フレアリスは淡々と告げる。
「次にお会いした際は、指では済まないかもしれませんわ。腕か足か、あるいは――舌、あたりが妥当ですわね」
残りの四人は、顔を引きつらせながら互いに目を合わせ、とっさに背を向けた。
「ひ、引け! もう無理だ、やってられるか!」
「くそっ、覚えてろ――!」
わめき散らしながら、森の奥へと蜘蛛の子を散らすように走り去っていく。
フレアリスはその背を見送り、扇子で口元を隠した。
「……野蛮な物言い。高貴さの欠片もありませんわね」
そうぼやきつつ、そっとバスケットを確認する。
布をめくると――
「ふぅ。食べ物は無事ですわね」
さきほどの乱戦の最中、足運びで常にバスケットから身体をずらし、決して一撃も当てさせなかった。
騒ぎの中でも、昼食を守ることだけは忘れないあたりが、フレアリスらしいと言えた。
「――では、報告とランチタイムですわね」
襟元を整え、何事もなかったかのように、フレアリスはノーラのアナグラへ向かって歩き出した。
ノーラのアナグラは、森の土手の斜面に隠れるように口を開けている。
簡易の目印である木札をくぐり抜けると、土の匂いと、ほのかなランプの光が出迎えた。
「ノーラ、いますわね? 高貴なるランチ持参で――」
「いるけど、その前に一つ聞かせて」
帳簿を広げていたノーラが、顔を上げずに言った。
ルチェアとピョコマルが、その横でハーブを仕分けしている。
「……さっき、辺りから殺気を感じたんだけど。もしかして、道中で何かした?」
「自己防衛ですわ。こちらから仕掛けた覚えはありませんの」
フレアリスはバスケットをテーブルに置き、さらりと告げる。
「アルメリア商会の連中ですわよ。銀刻の魔女をさらえとの命令で、ノーラを狙っていたそうですわ。依頼を出したのは、ラドゥ・グレイとかいう支部長」
ノーラの目が、すっと細くなる。
「……アルメリアが、とうとう直接手を出してきたってわけね」
彼女は椅子にもたれ、指を組んだ。
「再生魔石の大義名分は、表向きにはもう使いづらい。でも、銀刻交易連合の頭を抑えたいって本音は、隠しもしないってことか」
ルチェアが不安そうにフレアリスを見る。
「フレアリスさん……怪我は?」
「この高貴なるわたくしに、そんな心配は無用ですわ。逆に相手の指の方が心配ですわね。もう二度と、楽器は弾けないでしょうし」
ルチェアは小さく肩をすくめた。
「……こわ……」
「こわい? 当然ですわ。ノーラの首を取りに来る者には、それなりの覚悟を味わってもらわないと」
フレアリスは涼しい顔で言う。
「ノーラ。アルメリアの名は、ギルドかクレオールに報告なさいます?」
「もちろん。ギルド経由で異典執行局にも回してもらう。再生魔石の件で、とうとう武力拉致に踏み切った商会がいるってね」
ノーラは立ち上がり、バスケットの布をめくった。
香ばしいにぎりと、彩り豊かなサラダが顔を覗かせる。
「でもその前に――」
ノーラはにやりと笑う。
「事情聴取と作戦会議は、お腹が満たされてから。知恵も空腹だと回らないの」
「当然ですわ! 高貴なるランチは、世界秩序よりも優先されるものです!」
フレアリスが胸を張る。
ルチェアとピョコマルの腹が、同時に小さく鳴った。
こうして、アルメリア商会による最初の実力行使は、一人の高貴な魔女にあっさりと退けられ、その名だけが銀刻交易連合の敵リストに刻まれることになったのだった。




