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81~水面下で動く魔女同盟過激派、黒魔術師との接触

 

 ~ノーラが黒魔術師クリオの最後の知らせを聞いた3日前のこと~


 夜の山道を、黒魔術師クリオを乗せた鉄格子付きの馬車がきしませながら進んでいた。目的地はグラマニア方面を抜けた先にある異典執行局の本部だ。


 両側を、異典執行局の断章隊士たちが固める。前後には騎馬、左右には灰色の外套を羽織った灰吏はいりが並走し、護送隊はひとかたまりの影となって闇を進んでいた。



 先頭と最後尾には局員たちが騎乗し、中央の覆い馬車の中に、手枷と首輪を付けられた黒魔術師クリオが座っていた。




「……外の匂いだ」




 鉄格子越しに入ってくる湿った風を、クリオはゆっくりと吸い込んだ。


 茫洋とした表情。だが、その瞳の奥では絶えず何かが燃える光景を求めていた。




「村が燃える匂いでも、畑が焦げる匂いでもない。……つまらぬ」




「黙ってろ」




 向かいに座る局員が、警棒で床を軽く叩く。




「お前のやった村の件、俺は現場にいた。子供が泣き叫んで、犬まで焼けて、あれをつまらないなんて言える神経が理解できん」




「私の思考を理解する必要はない」




 クリオはわずかに笑った。




「君たちは秩序に酔っている。私は崩壊に酔っている。人はみな何かに酔っている、ただそれだけの違いだろう?」




「……」



「ところで」




 クリオはわざとらしく首を傾げた。



「例の再生魔石、どうなった? 噂だけは私も聞いてる。確か私を捕えた銀刻の魔女が持っているという話だ。病を治し、壊れたものを直し戦場の兵を何度でも立たせる――まるで神の玩具のようだ」




「教える義理はない」




「それでも――」




 彼はにたりと笑う。




「神の玩具が壊れる瞬間。それを一度くらい、この目で見ておきたいものだと思わないか?」




 局員は返事をしなかった。ただ、窓の外に目をやり曇天と遠くの森の影を睨む。




(……つまらぬ景色だ)


 湿った森、崩れかけた石垣、夜露の匂い。


 どれもまだ焼けていない。

 彼は首を傾げ、くっくっくと喉の奥で笑う。


(未練だな……まだまだ壊し足りない)


 鎖に魔力を吸われ、転移式は封じられている。それでも、彼の思考だけは自由だった。


 ――その少し離れた崖上から、二つの影が護送隊を見下ろしていた。


 ひとりは、漆黒のフードを深く被った女。片目だけが覗く仮面から覗く瞳は、淡く銀色に光っている。


 魔女同盟過激派のセスティナ=コール。

 写眼のセスティナ。


 もうひとりは、黒鉛色のコートを羽織った長身の男。背中には、鉄板と魔術布を組み合わせた大盾。腰には黒鈍りした杖槌――するどい目つきをした若者。黒鉛の炎使いヴィリオ



「……処理対象アンチターゲット22番を目視で確認」


 セスティナが写眼を細める。

 夜目を補う幻視が、鉄格子の中の男の表情まで鮮明に捉えていた。


 ヴィリオが短くうなずく。


「……事前情報では野良の黒魔術師だが、魔術研究よりも魔物を召喚して、人に家畜に家を焼いて破壊するのが大好きな中年の狂人ジジイって話だが……そんなのが仲間になるとは思えねえがな」



「そうね。でもリーダーの勘はけっこう当たるから」


 セスティナは深めの帽子を被りなおし、ポニテールの後ろ髪のゴムを締めなおしながら返す。


「まーな。俺たちがこうして水面下で活動できてるのは、あの人の突飛な気まぐれとも言える勘による部分も大きい」


 彼は低く呟き、フードの内側から小さな金属板を取り出した。そこには焼き印のような数字が刻まれている。


処理対象アンチターゲット22番――保留。

 勧誘の優先度:高

 アマリエ直達、拒絶する場合のみ処分を許可』


 セスティナは肩をすくめた。


「アンチターゲットを味方につけるなら、今しかない……でしたっけ。あの方の考えることは、いつも一歩先どころか三歩先ですわね」


「俺としては、今すぐ灰にしたい人種だ。ヤツのような制御の効かない思想の手合いは、いずれこちらに牙を向く」


 ヴィリオは遠くの馬車を見据え、低く吐き捨てる。


「……だがアマリエさんの命令だ。」


「では、仕事を始めましょうか――派手にね」


 セスティナの片目が楽しげに細められた。


 彼女の足元に、薄い魔法陣が静かに広がっていく。




 護送隊の先頭を進んでいた騎馬の灰吏が、ふと眉をひそめた。


「……霧、か?」


 さっきまで無風だった山道に、いつの間にか薄い霧が立ち込めている。松明の光がぼやけ、前の隊士の背中が霞んで見えた。


 虚嗅師が馬上で鼻をひくつかせる。


「魔力反応……微弱だが、何かが混じっている。警戒を――」


 言い終える前に、前方の崖がぐにゃりと揺れた。


 視界の中で、岩肌がひび割れ、巨大な岩が崩れ落ちてくる光景が“見えた”。


「落石――!? 前衛、退避!」


 隊長の怒声が響く。前列の騎馬が慌てて後ろへ下がり、後列が混乱してぶつかり合う。


 ――だが、岩は落ちてこない。


 セスティナの幻視陣が、彼らの視覚と平衡感覚をねじ曲げていた。


(本物は、こっちですけれど)


 崖上。ヴィリオが無言で杖槌を振り上げる。


 短い詠唱と共に、杖の先端が黒く輝いた。


「いくぜ! 炎帝よ砕いて焼いて薙ぎ払え! 焦土黒鉛爆グラファイト・バースト


 鈍い爆音が夜を裂いた。崖の一部が、本当に崩れ落ちる。黒鉛化した岩が砕け、火花と煙を上げながら、護送隊の後方に降り注いだ。


「っ――!?」


 現実と幻が、ごちゃ混ぜになる。


 真正面には幻の落石、背後からは本物の爆煙と衝撃。


 馬が嘶き、隊列が乱れた。


 その一瞬の混乱の隙を、セスティナは見逃さない。


「写し、すり替え――《双景反転ミラー・スイッチ》」


 彼女の写眼が淡く光り、護送馬車と、崖下に用意してあった別のボロ馬車が重なる。


 次の瞬間。


 異典執行局の隊士たちの目には、護送馬車が崖下に転げ落ち、爆煙に包まれていく光景が焼き付いていた。


 実際には――鎖で縛られたクリオは、馬車ごと闇の中へと滑り込んでいた。


 セスティナが前もって刻んでおいた、結界の空隙へ。




 煙と悲鳴の中、隊長は必死で声を張り上げた。


「各員、冷静に! 幻と現実を見分けろ――虚嗅師!」


「っ、霧の魔力はまだ……ぐっ!」


 虚嗅師が呻き、地面に膝をついた。その頭上を、黒い火花がかすめる。


 ヴィリオの黒鉛炎が、地面を走った。


 木製の荷車が一瞬で炭化し、近くにいた断章隊士が悲鳴を上げて転がる。衣服は燃えず、皮膚だけがじわじわと焼け焦げる、いやらしい火だ。


 隊長が盾を構え、ヴィリオに向き直る。


「身元不明の魔術師! 我々が何者か分かっているのか!?」


「さあな。ただ、くだらない条文ばかり集めた野郎どもがいる組織、ってことだけは知ってる」


 ヴィリオは淡々と答えた。


 その足元で、崖から落ちたはずの護送馬車が、炎に包まれているように見える。黒焦げになった死体が、鉄格子の隙間からのぞいていた。


(……見事に、騙されているわね)


 セスティナは霧の中で足を止めると、そっと写眼の焦点を変える。


 彼女が見えている光景はまるで別物だった。


 崖下に落ちているのは、事前に用意しておいた空馬車と、それに縛り付けられた無名の死体。そして、それをクリオ本人に見せかけるための、軽い幻影。


 肝心のクリオの姿は、すでにこの場から消えている。


「隊長! 馬車が――!」


「……っ、クソッ!」


 隊長の顔が蒼白になる。


(護送中の事故、か。最悪の報告だな)


 彼がそう思った瞬間。


 ヴィリオの黒炎が、盾を叩いた。


 鉄板を通じて、骨の芯まで重い熱が貫く。


「くっ――!」


「安心しろ。お前らは事故死ってことで報告してやる」


 ヴィリオの目に、悪意はなかった。ただ静かな怒りと、仕事に対する冷たい割り切りだけがある。


「魔術禁令で家族を焼かれた身としてはな。少しはお前らも同じ痛みを味わえ」


 黒炎が一気に広がった。


「くっ……ここはひとまず……撤退する!」


 虚嗅師の一人は、すばやく身をひるがえすと煙の奥へと消えていった。本部へと報告するために逃げの一手を即座に選択する。



「一人は伝令役として生かせ。リーダーの命令どおりですね」


「ああ。あとはこの狂人との交渉だけ」





 その夜、山道には爆発と崩落の痕跡だけが残り、護送隊の一部は瓦礫の下で冷たくなって見つかることになる。報告書には、落石と魔法暴発による事故と記されるだろう。




 魔女同盟過激派の強襲からどれくの時間が経過しただろうか。

 クリオはまったく時間の感覚がない闇の中で、意識を戻していく。


 湿った石の匂いと、苔むした冷気。

 クリオはゆっくりと瞼を開けた。

 さっきまで感じていた鎖の締め付けは、驚くほど軽くなっている。封呪の印章も、ほとんど機能していない。


「……ふむ。ここはどこか?」



 自問自答するようにつぶやく。


「ご心配なく、異典執行局の目が届かない場所とでも言っておきましょうか」


 柔らかい声が、闇の奥から響いた。

 声が返ってくるとは思っていなかったので、クリオは「ほう……」と静かに答えた。異典の連中は仕事以外ではしゃべらないような無口なタイプで、退屈な護送の旅により飽き飽きしていたところだった。だから唐突な話し相手が現れたのは、喜ばしいことであった。それが神でも悪魔でもだ。



 光がひとつ、灯る。青白い幻灯が空中に浮かび、薄暗い洞窟の一角を照らした。


 セスティナが壁にもたれ、写眼でクリオを見つめている。その隣に、ヴィリオが腕を組んで立っていた。


 奥には、簡素な祭壇のような岩――そこには、焼けた異典局員の徽章が、いくつも転がっている。


 クリオは鎖に繋がれたまま、口元を歪めて笑った。


「まさか私を救出にでも来たというのか? それともここは、処刑台の楽屋裏かな」


「どちらも、半分ずつですわね」


 セスティナは肩をすくめた。


「――初めまして、私は魔女同盟過激派セスティナ。黒魔術師クリオ。あなたは我々の組織で、処理対象アンチターゲット22番として登録されていました」



処理対象アンチターゲットか、聞き及んでいるぞ。魔女同盟過激派で用いるナンバーだろう。Sランク級の魔物から禁術使いに貴族など対象は様々。私もそのリストに入っているとは、それはそれで光栄なことだ。私の悪名も方々に知れ渡っているということだろう……クククク」



 とクリオは愉快そうに笑う。


 ヴィリオは赤い髪をくしゃくしゃと手でかく。



「ちっ……おしゃべりなヤツだな。事前情報にはなかった項目だぜ……いいかオッサン。そうアンタは本来ならここで殺す対象だった。しかし――」


 ヴィリオはクリオを鋭く指差す。


「アマリエさんの命令が変わった。この男はまだ使える。世界を揺らす道具として――だそうだ」


 その名を聞き、クリオは片眉を上げた。


「アマリエ……噂には聞いたことがある。魔女同盟の中心人物だろう? 魔女狩りの報いを世界に返してやる方針だとか」


「借りは返すべきですわ。特に、血で支払わせたものは」


 セスティナの視線が、一瞬だけ自分の掌を見る。そこには薄い焼き印の痕――魔女として育てられた孤児の証。


「冗談はともかくとして」


 彼女はすぐに表情を戻した。


「条件は単純明確。クリオ、あなたの破壊の趣味を続けてもいい、だが今度からは我々の指示に従って破壊活動をしてもらいます」


「拒否すれば?」


 ヴィリオの黒い炎が、指先でぱちり、と灯る。


「この場で、処理対象アンチターゲットとして22番を抹消する」


 洞窟の空気が、一瞬だけ重くなった。


 クリオは鎖の音を立てずに、静かに息を吐いた。


「……脅しは嫌いじゃないが、趣味が悪いね」


「趣味の問題ではありませんわ。これは選別です」


 セスティナが一歩前に出る。写眼が、クリオの目を覗き込んだ。


「あなたは、人が焼ける音が好き。家が崩れる瞬間が好き。畑が燃え、家畜が倒れるのを見るのが好き。それは幻視越しでもよく分かりましたわ」


「光栄だね。そんなに丁寧に観察してくれたとは」


「貴方のその嗜好は、はっきり言って我々の中でも嫌われます。私も個人的には、あなたを好きにはなれません」


 セスティナの言葉は淡々としていた。


「ですが――そういう壊すことしか知らない者も、時として必要ですの」


 ヴィリオが短く補足するように言う。


「俺たちは、国同士をぶつける。国家に王、街も教会も歴史も一度全部ブッ壊してやる。そうすりゃ、嘆きの暦で焼かれたうちの家族も、少しは浮かばれる」


「その過程で多くの者が燃え多くの者が叫ぶ」


 セスティナが静かに結ぶ。


「――それを、あなたの餌にしてあげると言っているのですわ」


 洞窟の中に、しばし沈黙が落ちた。


 やがてクリオは、かすかに肩を揺らして笑った。


「……なるほど。いい取引だ」


「条件を、まだ全部言ってませんわよ?」


「どうせ、逃げないように首輪を付けるんだろう?」


 クリオは自分の喉元を顎で示した。


 セスティナは小さな金属輪――黒鉄の首輪を取り出す。内側には、過激派の処理番号と呪印が刻まれていた。


「これは監視用ですわ。あなたがこちらに刃を向ければ、これだけで灰になります」


 カシン、と音を立てて首輪がはめられる。


 クリオは、不意に首を傾けた。


「悪くない。焼ける音を楽しめるなら私にとってはただのアクセサリーさ」


「やはり、救いようのない変人ですわね」


 セスティナは溜息をつき、ヴィリオに視線を向ける。


「では、処理対象アンチターゲット22番――今日付で、協力対象22番へ変更。出自は秘匿、表向きは護送中に事故死。この筋書きでよろしいですわね?」


「ああ」


 ヴィリオは短くうなずいた。


「こいつの死体役も、もう用意してある。異典の連中には、きっちり燃え残りを拝んでもらった」


「……あの燃え残った何かか。あれは、なかなかそれっぽかった」


 クリオは肩を上下させくっくっと笑う。


「じゃあ、私は今日から死んだ人間だ。死人は、何をやっても驚かれない……それもまた一興」


「いいえ。死人だからこそ、いつどこに現れるか分からない恐怖になるのですわ」


 セスティナの写眼が、ほの暗く光った。


「あなたの次の出番は、アマリエ様が決めます。しばらくは、影の中で牙を研いでいてくださいな」


「その時までに、もう少し面白い燃やし方を考えておこう」


 クリオの笑みは、相変わらず歪で、不気味で――どこか子供じみて無邪気だった。




再生魔石争奪編もそろそろラスト



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