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79~薬草売りの少女シム販売契約をする

 

 昼下がりのジルコール市場は、今日も人と声と匂いでむん、としていた。

 焼き串の煙、香辛料の香り、呼び込みの声。舗装の甘い石畳を、ノーラとルチェアとピョコマルが並んで歩いていく。


「ノーラさん、今日は魔石の仕入れですか?」

「それは午後。今は市場の顔色を見に来ただけよ。物の値段は、数字だけ見てると見誤るからね」


 ノーラがそう言っている間に、ピョコマルはすでに干し肉の露店へ鼻を突っ込もうとしていた。


「ぴょっ」


「ダメ。今日は見るだけ。……ルチェア、手綱しっかり持ってて」


「は、はいっ」


 ルチェアが慌ててピョコマルの首元の紐をつまむ。そんなやりとりをしながら、ノーラはふと視線の先に見覚えのある横顔を見つけた。


「――あれ、シムじゃない?」


 簡素な木箱を積み上げた薬草スタンド。

 日よけ布の下で、青い頭巾をかぶった少女が、客と笑顔でやり取りしていた。ノーラが知る粗末だった昔の荷車とは違い、棚も札も整っている。


「本日おすすめ! 喉と咳に効く乾燥リーフのスッキリ草2束で9コル! ――あ、ありがとうございます!」 


 代金を受け取り、ぺこぺこと頭を下げるその姿に、ノーラは口元をゆるめた。


「声も出てるし表情もいい。感触はよさそうね」


 近づいていくと、ルチェアも「あっ」と目を輝かせた。


「シムさん!」


「えっ? ……あ、えっ、ノーラさん! それにルチェアちゃん!?」


 シムが慌てて布切れで手を拭き、屋台の前に出てきた。

 以前のやつれた印象は薄れ、頬も少しふっくらとしている。


「久しぶり。売れ行きは順調?」


「はい、おかげさまで……! ノーラさんから商売のイロハを教わってから、村でも薬草の取り扱いを増やし畑もだいぶ持ち直して、仕入れも安定してきて……」


 シムは少し照れくさそうに笑う。


「借金も半分くらいは返済できました。まだ全部とは言えませんけど……前みたいに、利子ばかり払う日々じゃなくなりました」


「ふふ。良かったじゃない。利子払いだけしてる状態は、経済的にはゆっくり死んでるのと同じだからね」


「ひどいけど、その通りです……」


 ルチェアが、棚に並んだ束をじっと見つめている。


「色んな種類の種薬草があるんですね」


「ええ。村の人たちも“銀刻さんとの取引なら”って、少しずつ協力してくれて。乾燥設備も一つ増やせましたし……」


 嬉しそうに語るシムを見て、ノーラは(投資の回収、順調ね)と心の中で計算する。


「今日は、何か用事?」

「じ、実は……」


 シムは周囲をちらりと見回し、声を少し落とした。


「ノーラさんに、相談したくて。――希少な薬草を手に入れたんですけど、相場が分からなくて。値段をつけかねてるというか……」


「ほう?」


 ノーラの目が、獲物を見つけた猫のように細くなる。


「珍品の匂い。いいわ、見せて」


「こ、こちらです」


 シムは屋台の裏に回り、小さな木箱を引っ張り出した。蓋を開けると、ふわりと冷たい香りが立ちのぼる。


 中には、銀青色の細い葉を持つ草が束ねられていた。

 葉脈に沿って、淡く光を帯びているようにさえ見える。


「きれい……」

 ルチェアが思わず呟く。

 ピョコマルも「ぴゃ?」と首を突き出し、くんくんと匂いを嗅いだ。


「齧らないの。高そうだから」


 ノーラは一歩近づき、一本を指先で摘む。

 裏表、葉の厚み、切り口、香り、萎れ具合――手早く、しかし丁寧にチェックしていく。


「水分量は抑えめ。乾燥は上手いわね。……香りは、普通の冷却草より一段階強い。舌に少し乗せて――」

「えっ、それ舐めて大丈夫なんですか?」

「死にはしないわよ。品質確認のうち」


 ノーラはごく少量を舌に触れさせ、目を閉じる。


(冷感は持続……苦味は弱い。薬効を邪魔してない。魔力の揺らぎもある――)


「……うん。これ、“氷露草ひょうろそう”ね。冷却薬の上物。傷や熱の治療薬の基材に使われるやつ」


「やっぱり……本物ですよね?」


 シムの声がわずかに震える。


「どこで手に入れたの?」


「山向こうの高地で、知り合いの猟師が見つけてくれて。山の上の方でしか採れないって……。僕、現物見たの初めてで……」


「採取量は?」


「束で十、軽く選別してこの箱分。損傷が少ないのはこれだけです」


 ノーラは箱の中身をざっと数え、指で弾く。


「傷んでるのを除けば、良品が……二十束弱ね。

 ――で、今いくらで売ろうとしてるの?」


「そ、それが……。普通の冷却草の三倍くらい、って考えたんですけど……高すぎる気もするし、安すぎる気もして」


「典型的な初めての希少品の悩みね」


 ノーラは小さく笑い、ルチェアの方を見る。


「ルチェア、問題。こういう場合の値付け、どこから考えると思う?」

「え、えっと……仕入れ値と、他の薬草との、比べ……?」

「半分正解」


 ノーラは指を一本立てた。


「こういう希少品の場合、

 ①コスト(仕入れ・運搬・保存の手間)、

 ②代替品の価格(普通の冷却草、氷魔石の薬液とか)、

 ③買い手の懐具合と用途――

 この三つをまず見るの」


「……懐具合?」


「そう。氷露草を欲しがるのはたぶん上級の薬師か教会の治療院、あるいは裕福な貴族の家庭医。そういう連中は、コル単位でケチらない。その代わり、品質保証がないと買わない」


 ノーラは箱をそっと閉じた。


「私の感覚だと、ジルコール相場で――普通の冷却草一束がコル4だとして、これは一束コル20〜25くらいは固いわね。ただし、それで本当に売れるようにしてあげないと意味がない」


「売れるように、ですか?」


「ええ」


 ノーラは顎に指を当て、少しだけ考える。


「――シム。この氷露草、全部うちに委託しない?」


「えっ?」


「銀刻交易連合名義で品質保証を付けて、上客向けの特別薬草として売る。私の方で得意先の薬師や治療院に声をかけるから、販売窓口はこっちが持つ。あなたは採取と一次加工に専念。どう?」


 シムが目を丸くする。


「で、でも……そんな、高価なものを……」


「こっちにも利益は出すわよ。

 ――販売価格の三割をうちの手数料、残り七割をシム側。元の仕入れや乾燥費はそこから差し引いていい」


「な、七割……!?」


 ルチェアも思わず「すごい」と小声を漏らす。


 ノーラは肩をすくめた。


「最初は信頼を買うための条件だから。こっちとしては、高品質の希少薬草も扱ってるっていう看板料も一緒にもらえるわけ」


「看板料……」


「そう。うちから仕入れた氷露草は本物って評判がつけば、他の薬草や魔石も一緒に売れる。

 だから最初は、多少薄利でもいいの」


 シムは唇を噛み、箱を見下ろしたあと、顔を上げた。


「……お願い、できますか? 一人じゃ、この草の価値を生かしきれないと思うんです。ノーラさんに扱ってもらえるなら……」


「もちろん」


 ノーラは手を差し出す。

 シムは両手でその手を握り返した。


「じゃあ、この箱ごと預かるわ。契約書は後で事務所で作るとして……」


「ぴゃう!」


 ピョコマルが箱の匂いを嗅ぎ、くしゅん、と小さなくしゃみをした。

 途端に、屋台の上にふわりと冷たい風が吹き、並べられた薬草の葉がさらさらと揺れる。


「わっ、ひんやり……」

「これ、ピョコマルの……?」


 ルチェアが目を丸くする。ノーラはわずかに目を細めた。


「……ふむ。氷露草の魔力に反応して、風魔法が冷却寄りに変換されたわね。――シム、この草、保管の仕方次第では、もっと高く売れるかも」


「もっと……ですか?」


「氷魔法系の魔術師や、冷却陣を組みたい術師にもアプローチできる。魔力特性が安定していて、媒介に向いているっていう付加価値付きでね」


 ノーラは楽しそうに笑った。


「ふふ。いいわね。銀刻交易連合の扱い商品に、新顔が増えた。――ルチェア、帰ったらこれを題材に希少品の値付けと販路構築の復習ね」


「えっ、また勉強ですか……?」


「当然でしょ。将来、あなたにも値踏みしてもらうんだから」


「ぴょ……」


 陽の光と人のざわめきの中で、

 小さな薬草屋台と、銀刻の魔女の商いは、また一つ新しい繋がりを得たのだった。

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