71~黒魔術師クリオ捕獲作戦9ーノーラ流の事後処理
戦闘が終わると、採掘場には妙な静けさが落ちた。
さっきまで鳴り響いていた咆哮も、炎の音も、岩盤の軋みも消えている。
残っているのは、焦げた灰の匂いと、地面を流れる水の音だけだった。
異典執行局の隊士たちが、倒れたクリオを手際よく拘束していく。
封呪の鎖を二重、三重に巻き、さらに首元へ魔力封じの札を貼る。
リュシエルはその様子を確認してから、ノーラたちの方へ歩いてきた。
「よくやった。生きていれば喋らせることもできる。十分よ」
「その前に、確認したいことがあるんだけど」
ノーラは間髪入れずに言った。
リュシエルが眉を上げる。
「何?」
「あいつの持ち物や資産。それに隠し拠点もあるはず。あと依頼金や事後処理、それをどうするのか聞きたい」
場の空気が、一瞬だけ止まった。
ミントが小さく呻く。
「……出たわね」
フレアリスは扇子で口元を隠しながら、呆れ半分、感心半分の目を向ける。
「戦闘直後にそれ聞きますの?」
「当たり前でしょ」
ノーラは胸を張った。
「橋は壊された。街道物流は止まった。商人は損をした。銀刻も損害を受けた。ジンジャーは怪我、ルチェアも怪我、ピョコマルは怖い思いをした。で、犯人を捕まえました。クリオは捕獲した。それで、めでたしめでたし。はい終わり、なんてなるわけないじゃない」
ノーラは一気に言葉を吐き出した。
自分の預かり知らぬところで事後処理をされては、損をするという懸念があったからだ。
リュシエルは数秒の間、無言だった。
それから、わずかに口元を緩める。
「本当にぶれないわね貴方」
「ぶれたら採算が合わないのよ」
「犯罪収益は原則として異典執行局が押収する。その後、被害補填や捜査協力報酬の対象になる場合はある」
「あるのね?」
「ある」
ノーラの目が光った。
「じゃあ、まずこの採掘場にある召喚素材と魔石、転移マーキングのルーン石柱、クリオの杖の破片、全部目録化して。あと、あいつが隠し拠点を持ってるなら場所を吐かせて。依頼主から受け取った金貨袋や契約書があるはずよ」
リュシエルは腕を組む。
「ずいぶん具体的な指示ね」
「あの手の黒魔術師が無一文で動けるわけないでしょ。召喚には素材がいる。転移マーキングには魔石がいる。魔物を複数展開するなら維持費もいる。誰かが金を出してるか、クリオもおそらくどこかに溜め込んでる」
ノーラは倒れたクリオをちらりと見る。
「しかも、こいつは趣味が悪いだけじゃなく、演出に金をかけるタイプよ。舞台を用意して退路を仕込んで魔物を選んでる。絶対に資産がある」
フレアリスが少し感心したように頷く。
「たしかに、言われてみればあの転移石柱も安物ではありませんわね」
「そう。だから回収する」
「回収してどうするのです?」
「まず橋の復旧費。次に街道商人への損害補填。うちの協力報酬。あとルチェアとジンジャーの治療費。敢闘賞のピョコマルには乾燥ハーブ特盛」
「最後だけ急に可愛いですわね」
「重要経費よ」
ピョコマルが、ルチェアの腕の中で弱々しくも誇らしげに鳴いた。
「ぴゃん!」
ルチェアは少し青い顔のまま、困ったように笑う。
「私の治療費まで……」
「当然でしょ。傷つけられたんだから請求するの」
「でも私、大丈夫ですし」
「大丈夫でも請求するの。大丈夫じゃなくなってからじゃ遅いわ」
ノーラの声音が、ほんの少しだけ柔らかくなった。
「あなたの働きはちゃんと値段をつける。安く見積もらせない」
ルチェアは目を丸くした。
その言葉は、慰めではなかった。
だが、だからこそ胸に届いた。
自分の役目に値段をつける。
それはノーラらしい、少し乱暴で、けれど確かな評価だった。
リュシエルが話を戻す。
「現場の押収品については、こちらで管理する。ただし、協力者として銀刻の損害申請は受け付けるわ。証明できる分についてはね」
「証明なら得意よ」
ノーラは即答した。
「橋の寸断で発生した遅延損、仕入れ変更の差額、護衛追加費、臨時保管費、全部計算できる」
「やりすぎると審査で弾かれるわよ」
「弾かれないギリギリを攻めるのが商人よ」
リュシエルは軽くため息をついた。
「君を敵に回したくない理由が一つ増えた」
「安心して。商売の邪魔をしなければ噛みつかないわ」
「その条件が一番難しそうね」
その時、虚嗅師がクリオのローブの内側から小さな革袋を取り出した。
「リュシエル様、これを」
革袋の口を開くと、中には金貨が入っていた。
ただの金貨ではない。
いくつかの硬貨には、特定の商会が大口取引で使う小さな印が刻まれている。
ノーラはそれを見た瞬間、目を細めた。
「……その印」
リュシエルも刻印を見て表情を変える。
「ドフォール商会のものね」
空気が、また少し重くなった。
フレアリスが扇子を下ろす。
「つまり、黒幕はやはり……」
「まだ断定はしない」
リュシエルは金貨から目を放し、冷静に言った。
「ただし、資金の流れを追う理由には十分なる」
ノーラは金貨袋を見つめる。
クリオは狂っていた。
それは間違いない。
だが、狂人が一人でこれだけ動けるほど、世の中は安くない。
魔物にも、魔石にも、転移にも、拠点にも金がかかる。
では、その金はどこから来たのか。
ようやく、次の敵の尻尾が見えた気がした。
「リュシエル」
「何?」
「その金貨袋、目録にしっかり残して。あと、写しをちょうだい」
「写しとは?」
「協力者として必要でしょ。銀刻が被害補填を請求する相手を間違えないために」
リュシエルはじっとノーラを見た。
しばらくしてから、薄く笑う。
「本当に身ぐるみを剥ぐ気ね」
「違うわ」
ノーラは堂々と言った。
「正当な債権回収よ」
ミントがぼそりと呟く。
「言い方を変えただけじゃない」
「言い方は大事よ。世の中、言い方一つで手数料が変わるんだから」
フレアリスが呆れたように肩をすくめる。
「戦闘より商談の時の方が生き生きしていますわね」
「当たり前でしょ。私は魔女である前に商人よ」
そう言い切るノーラの横で、ピョコマルが小さく鳴いた。
「ぴゃう」
ノーラはその頭を軽く撫でる。
「もちろん、今日の一番の功労者も忘れてないわ」
「ぴゃ?」
「帰ったら乾燥ハーブ山盛り。経費で落とす」
「ぴゃうっ!」
ピョコマルが一気に元気を取り戻したように跳ねた。
ルチェアが慌てて抱きとめる。
「ピョコマル、まだ危ないから!」
その様子を見て、ようやく皆の表情が少し緩んだ。
戦いは終わった。
だが、問題が終わったわけではない。
クリオの背後にいた依頼主。
ドフォール商会の印章。
押収資産と損害補填。
そして、壊された橋と止まった物流。
やるべきことは山ほどある。
ノーラは採掘場の出口へ向かいながら、肩を回した。
「さて。帰ったらまず損害一覧を作るわよ」
フレアリスが顔をしかめる。
「えぇ……世界の危機っぽい戦いを終えた直後ですのよ?」
「世界の危機でも帳簿は待ってくれないのよ」
ノーラはきっぱりと言った。
「それに、相手が黒魔術師だろうが商会だろうが、払うものは払ってもらう」
ルチェアが小さく笑った。
ミントも呆れたように息をつく。
ジンジャーは傷を押さえながら、静かに頷いた。
カルメノは何も言わず、ただ鉄格子付きの護送馬車へ運ばれていくクリオを見ていた。
その黒魔術師は、封呪の鎖に縛られたまま、なお薄く笑っているように見えた。
けれど、もう逃げ場はない。
少なくとも、今日この場では。
ノーラは最後にもう一度だけ振り返り、冷たく言った。
「クリオ。あんたの趣味の悪い舞台、入場料は高くついたわよ」
返事はなかった。
代わりに、護送馬車の扉が重く閉まる音だけが、採掘場に響いた。




