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56~ギルド報告事後処理と動き始めた異典執行局


 ジルコール冒険者ギルド――昼前、広間はいつものように冒険者たちの声と木卓のきしむ音で満ちていた。そのざわめきが、ノーラたちが扉をくぐった瞬間だけ、すっと細くなる。黒い帳簿袋を肩から提げたノーラ、肩をすくめたフレアリス、背後にカルメノ。三人とも服のあちこちに煤や血飛沫の名残をつけたままだ。


「……おい、あれ――銀箱女だろ」


「外で何かあったって話、マジだったのか」


 視線を浴びながら、ノーラはいつもの受付カウンターへ向かった。若い受付嬢は一瞬目を丸くするが、すぐに事務的な笑顔に戻る。


「ノーラさん、おはようございます。今日はお仕事のご依頼で――」


「いいえ、報告。ギルド経由の事件として扱ってもらう案件よ」


 ノーラは帳簿袋から、一枚の羊皮紙を取り出して卓上に広げた。簡単な見取り図と矢印、時間帯が記されている。


「場所は、銀刻交易連合の事務所前。ついさっき――この通りで待ち伏せを受けたわ」


 受付嬢は一瞬だけ息を飲み、奥の扉へ視線を送る。


「ギルド長をお呼びします。少々お待ちを」


 やがて現れたのは、四十代半ばほどの男だった。浅黒い肌に短く刈った髭、片目に細い傷。元前衛らしい、ごつい肩。


「……例の魔石が関係してそうな話だな。聞かせてもらおうか」



ノーラ達は奥の部屋に通され、ソファに腰かける。

広めのソファだがノーラ、フレアリス、ルチェアが座ったので窮屈に見えた。カルメノは壁に背を預け佇んでいる。


 「蛇を操る老人、黒鉄の全身鎧の傭兵、毒と麻痺薬を使う暗器使いの青年。いずれも名前は名乗らず、目的は――再生魔石かどうかは明言しなかったが、状況から見てほぼ間違いない」


ノーラは淡々と事実だけを並べる。

ギルド長バルロはノーラの話を聞きながら、足を組み相槌を打つ。


「殺しじゃなく拉致寄り。正面から襲うには証人が多すぎるって判断して、中途半端な撤退をした感じ」


 ノーラは、蛇の鱗と折れた暗器の針を卓上に置いた。


「戦利品。証拠として預けるわ」


 ハロルドはそれらをつまみ上げ、鼻先で軽く嗅ぐ。


「……毒だな。素人が触れば指が黒くなる類。お前、よく無事だったな」


「こっちも商売だからね。多少の毒くらいは、事前に勉強しておくものよ」


 フレアリスが横からふんと鼻を鳴らす。


「まあ、わたくしの炎がなければ、ここには来れませんでしたけれどね。これからじっくりと焼いてやろうと思ってたところ撤退しましたわ」


 カルメノは相変わらず寡黙なまま、ただ短く付け加える。


「……連中、戦い慣れていた。街道の山賊や盗賊の類じゃない。雇われ――多分、他所の街でも仕事をしてるタイプだ」


「……そうか」


 バルロはしばらく顎髭を撫で、頭の中で何かを並べている様子だった。


「正直に言う。ここ最近、ギルドでは似た報告が増えてる。特定の魔石や魔道具を持つ商人や魔術師だけが、狙われる案件だ」


 彼は背後の棚から数枚の報告書を引き抜き、ノーラたちに見せた。そこには他都市のギルド印と、不審な傭兵団による襲撃の記録が並んでいる。


「黒魔術士クリオの召喚騒ぎで街道の治安はただでさえ荒れている。そこへ魔石を狙うプロまで混ざってきちゃ、商隊も商人も持たん」


 ハロルドはノーラを真っ直ぐ見た。


「お前の持つ再生魔石は、ギルドにとっても一つの火種だ。商売の種であると同時に、争いの種でもある。……ギルドとしてはお前が勝手に消されるのは困る」


「へぇ……ギルドの立ち位置しては随分と情があるじゃない」


「情じゃない。お前と銀刻交易連合が動かしている金と物資――それらが、ジルコールの冒険者たちの仕事を少なからず生んでる。それだけの話だ」


 ハロルドは新しい羊皮紙を取り出し、さらさらと何かを書き付けた。


「この件はギルド案件として正式に受理する。ジルコール支部として、銀刻交易連合との協定を結びたい」


「協定?」


「簡単に言えば、一定期間の護衛優先権だ。街中と近郊で、お前たちがギルドを通して依頼を出す場合――指名料を半額にし、その代わり、情報と危険の一部はギルドに共有。怪しい動きがあれば、先にこちらで動く」


 ノーラは顎に指を当てて考える。


(ギルドの目を味方につけるか、それとも距離を置くか……。でも、もう噂は十分広がってるし――今更、隠しようもないわよね)


「分かった。条件次第で、契約書に目を通すわ」


「よし。それと――」


 ハロルドは声のトーンを落とした。


「黒魔術士クリオの件だがな。あいつについては……ギルドより先に、別の連中が動き出している」


 ノーラの琥珀色の瞳がわずかに細まる。


「……別の連中って、異典執行局?」


なんとなくであるが、ノーラの勘を働かせて返答した。


「ああ。さっき、本部経由で通達がきた。黒魔術士クリオを、異端魔術使用者として討伐対象に指定だとよ」


異典執行局は、ソラリア王国直属・教会協定下の異常魔術取締機関で表の顔は危険な魔術士や禁術、儀式などから治安を守る組織だが、裏の顔は世界のバランスを崩しうる異常な術、及び魔女や魔術士を表沙汰にせず処理する部隊だ。


ノーラの所属する魔女同盟も、異典を第二の魔女狩りを起こしかねない組織として警戒している。


 ノーラは、心のどこかが小さく冷えるのを自覚する。

 ギルド広間が、どこか少し狭くなったように感じられた。


 


(異典執行局が本格的に動くとなると……魔女同盟もこっちの経済も、ただじゃ済まない気がするわね)


 彼女は一度だけ深く息を吸い、吐き出した。


「……分かった。その情報、確かに受け取ったわ」


 そう告げると、ノーラは踵を返し、ギルド広間のざわめきの中へと歩き出した。


 背後で、フレアリスが小さく呟く。


「もう魔女狩りごっこには、うんざりですわね……」




 場所は変わって、ソラリア王都から遠く離れた一画。


 厚い石壁に囲まれた灰色の庁舎――

 異典執行局・中部方面詰所窓は高く狭く、外光はわずかに射すだけだ。


 長机の上には、数通の報告書が無造作に積まれていた。


 その一枚を、黒衣の男が静かに指先でなぞる。


「……ジルコール近郊、召喚魔術による魔物の集中発生。被害、商隊3件、村が一つ落ちた。死者は12名で負傷者が多数」


 低く抑えた声。肩までの黒髪をきっちりと後ろで束ねた男は、胸元の徽章を指先で弾いた。


 ――尋語士じんごしの印。


「前線観測班からの報告だ。魔力痕を追跡した結果、黒魔術士クリオなる人物の関与が濃厚と」


 壁際に立つ女が、鼻で笑う。鼻先にかかった金属製の嗅ぎ壷――虚嗅師こきゅうしの証が揺れた。


「報告の煙のにおいだけで分かるわ。焼けた血と契約魔術の臭気が混ざってる。野良の召喚士にしては、ずいぶんと手慣れた臭い」


「つまり、教会にも王権にも属さない系統か」


 机の向かい側、厚手の手袋をはめた壮年の男が書類を受け取る。灰吏かいり――実働部隊の指揮官格だ。


「問題は、こいつの場所がどこにも定まらんことだな。ジルコールの谷間で魔物を出したかと思えば、翌日は荷馬車を狙って別の街道に現れる。ギルドの冒険者が接触したという報告もあるが、転移術で逃げられた、と」


 尋語士の男――名をイサークという――は、机上の別の紙を広げた。


「教会筋からの照合も行ったが、クリオという名を持つ正式な魔術士・教導師は存在しない。過去の異端記録にも、該当なし」


「偽名か、捨てた名か」


 灰吏の男が片眉を上げる。


「それに、この文言を見ろ。魔物を民家から少し離れた位置に出現させ、直接よりも間接的な被害を好む傾向……」


 虚嗅師の女が冷ややかに笑う。


「性癖ね。壊れる瞬間だけを遠くから眺める趣味。家が焼け落ちるとこ、畑が踏み荒らされるとこ、村人が悲鳴を上げて逃げ惑うとこ――そういう絵が好きな類の男よ」


 室内の空気が、わずかに冷えた。


 イサークは小さく頷く。


「破壊が目的の研究者”ではなく、破壊そのものを愉しむ実行犯と見るべき、ということだな」


「ええ。そして、その手の男は――放置すればエスカレートするだけ」


 灰吏が書類に重ねて押印した。異典執行局の黒い印章が、朱で鮮やかに浮かび上がる。


「異端魔術使用者・クリオ。階級指定……暫定で灰三等。討伐対象として記録する」


「灰三等、か。ずいぶんと優しい査定だ」


「まだ王都への直接被害は出していない。だが、ジルコール周辺の物流が止まれば――いずれ王都の食卓にも皺寄せが来る」


 灰吏は立ち上がり、壁に掛けられた地図へと近づいた。


 ソラリア王国の中央から、いくつかの赤い糸が放射状に伸びている。ジルコールの位置、グラマニア方面、そして聖都エル=ラミナとの国境線。


「黒魔術師クリオは、ギルドと商人にとって目の前の害虫だが――我々にとっては、将来の火薬庫でもある」


「その火薬庫を、誰がいつ爆破するか……それを先に決めるのが、我々の役割ってわけね」


 虚嗅師が肩をすくめた。


「さて、誰を出すの?」


 イサークは一枚の名簿を取り出し、指でなぞる。


「断章隊士を二名、小隊規模。尋語士一名、虚嗅師一名を随伴させる。――白鷲しろわし真火まびほど大仰ではない。まだ、そこまでの手札を切る段階ではないからな」


 灰吏はそれを聞き、短く笑った。


「だが、相手がこちらのルールで戦うとは限らん。黒魔術士に、魔女同盟、再生魔石を巡る商人ら……」


 彼はジルコールの位置に赤い印を打ちながら、低く呟いた。


「今、中部はいろいろ混ぜた鍋のような状態だ。火加減を見誤れば――吹きこぼれる」


 イサークは静かに頷く。


「だからこそ、記録する。観測し、抑え、必要なら――断つ」


 机上の報告書の端に、観測対象にジルコール銀刻交易連合という小さな文字が添えられたことに、室内の誰も声を出して反対はしなかった。


 ただ、重苦しい沈黙だけが、異典執行局の一室を支配していた。

閲覧いただきありがとうございます。

もうすぐ20万文字到達し投稿する意味を全く見出せなくなってきましたが、ひとまず章区切りまでは投稿しようと思います。

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