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55~ドフォール商会の暗殺者2

閲覧いただきありがとうございます。


 

 夜の帳が下りてから数時間経過している。広い石畳の銀刻交易連合事務所の通路に通行人がぬっと現れ、悲鳴にも似た声を開口一番。


「せ……戦闘!? こんなとこで!」


 それは若い男の声でドフォール商会の刺客セラ、バルグ、ヴィルゴが一斉に後ろを振り向き、セラが軽く舌打ちした。と同時に暗器使いであるセラが同時に煙玉のような物を素早く地面に叩きつけ、ノーラ達が警戒の姿勢を解いた頃、3人の姿は消えていた。


 石畳の路地に、煙と湿った匂いだけが残る。




「……逃げたようだな」


 カルメノが槍を軽く回し、周囲を警戒する。視線は鋭いが、その肩はわずかに上下している。全身鎧の一撃を真正面から受け、さすがの彼でも疲労は隠せなかった。


「まあ、捕まえられなかったって言うべきかしらね。あの蛇ジジイ、しつこそうだったもの」


 ノーラは肩で息をしながらも、口調だけはいつもの調子だ。だが、指先は微かに震えている。水と氷の圧縮魔法を短時間に連発した負荷は、じわじわと全身を重くしていた。


「ルチェアとピョコマルは?」


「ここです!」


 事務所の入口から、ルチェアが顔を出した。腕の中ではピョコマルが「ぴゃう」と鳴き、心配そうにノーラたちを見ている。


「中は無事。フレアリスさんが守ってくれました」


「当然ですわ。庶民どもにここで死なれたら、私のグルメ仲間兼部下候補が減りますもの」


 背後からフレアリスが出てくる。髪は少し乱れ、ローブの裾は煤で汚れていたが、表情は涼しい。足元の路地には、さっきまで炎で焦がされていた蛇の残骸が転がっている。


「それにしても……この街中であそこまで堂々と仕掛けてくるとは、よほど自信があるか、愚か者のどちらかですわね」


「うーん……どっちも、じゃない?」


 ノーラは少し考えてから溜息をつき、ぐるりと路地を見渡す。


 路地の奥では、住民が遠巻きにこちらを覗き見ていた。窓から顔だけ出している老婆、扉の隙間から覗く子供たち。ノーラと目が合うと、慌てて視線を引っ込める。


「……騒ぎの規模としては、ギリギリ通りの乱闘レベルね。ギルドと街警備隊に先に話を通しておかないと、面倒なことになるわ」


「その前に、毒と傷の確認ですわ」フレアリスが扇子を畳みながら言う。「カルメノ、どこか刺されてません?」


「大丈夫だ」


 カルメノは短く答えるが、ノーラの目はごまかせない。

 彼女はすっと近づき、カルメノの袖口を指でつまんだ。


「腕、出して」


「……」


 観念したように、カルメノが袖をまくる。皮膚の一部がじんわり赤くなり、蛇の歯型が薄く残っている。


「やっぱり。さっきの蛇、ひと噛みされてるわね。致死性の毒じゃないと思うけど、幻覚か麻痺系の可能性がある」


 ノーラは手早くポーチを開き、乾燥させた草片と自家製の解毒剤を取り出した。


「舐めて。それからこれを水で薄めて飲んでおいて」


「……助かる」


 カルメノは素直に薬を口に運ぶ。表情は変わらないが、その一言には、確かな信頼の響きがあった。


 ルチェアが心配そうに問う。


「あの人たち……再生魔石を狙って来たんですよね」


「十中八九ね」


 ノーラは頷き、事務所の二階窓をちらりと見上げる。


「あの程度の腕前を揃えて、わざわざ生け捕り仕様で来た。殺すのが目的なら、もっと派手で一撃性の高い仕掛けを使ったはずよ」


「……つまり、どこかの誰かが、まだ交渉する気はあるってことですわね」


 フレアリスが冷ややかに笑う。「交渉に毒蛇を使う趣味の悪いやり方ですけれど」


「少なくとも、これはただのチンピラの思いつきってレベルじゃないってこと」




「――となると、やるべきことは三つ」


「三つ?」


「一つ、ギルドと街の警邏に即報告。今日はすでにここで騒ぎを起こしてしまったし、私たちが先に相談に来た形を作らないといけない」


 ノーラは指を二本目まで折る。


「二つ、再生魔石は今も動かしてないっていう噂を、わざと流す。敵が焦っているなら、まだ奪うチャンスはあると思わせておいたほうが行動を読みやすいから」


「……さすが、性格悪い」フレアリスが関心したようにため息を吐く。


「褒め言葉として受け取っておくわ」


 三本目の指が立つ。


「三つ――カルメノの身柄を、しばらくこっちで抱えておく」


 カルメノがわずかに目を瞬かせた。


「俺を、か?」


「うん。あなた、街道での護衛依頼を受けまくってるんでしょ? 黒魔術師クリオの件でギルドも人手不足。そこに再生魔石を狙う連中が絡んでるとしたら――」


 ノーラはほんの少しだけ声を落とした。


「あなたみたいな戦える個人傭兵は、狙われやすいのよ。捕まえて、情報を吐かせればいいって発想でね」


「……」


 カルメノは少し考えた後、静かに頷いた。


「つまり、お前の仕事を受けていれば、その間は狙われにくい……そういうことか」


「そう。仕事相手を雑に扱うほどバカじゃないはず。表の顔がある勢力ならね」


 ノーラは口元だけで笑った。


「それに――うちも、そろそろ専属の槍が欲しかったの。カルメノ、日当は相場+2割、歩合制でどう?」


「……気前がいいな」


「腕がいいからよ。嫌なら断ってもいいけど、今のタイミングでフリーのままだと、たぶん命の危険のほうが高くつくわ」


 カルメノは短く息を吐き、ルチェアのほうへ一瞬だけ視線を向ける。

 ルチェアはきょとんとしながらも、ぺこりと頭を下げた。


「カルメノさん、さっき助けてくれて、ありがとうございました」


「……別に。先日魔石の件で世話になったからな」


 それだけ言って、カルメノはノーラのほうに向き直る。


「受けよう。銀刻交易連合の護衛兼、外回り担当として」


「契約成立ね」


 ノーラは右手を差し出す。カルメノは一瞬だけ迷い――ごつごつした手で、その手を握った。


 フレアリスがぱちぱちと拍手する。


「まあ、これで銀刻交易連合にも、ようやくまともなガードマンができましたわね。あとはジルコールで周辺で姑息に動き回ってるクリオと、再生魔石を狙う愚か者たちを――」


「――今の情勢を利用して、どう儲けを取っていこうかしら」


 腕組みをし、あっけらかんと言い放つノーラ。


「命に危険よりお金ですか、貴方らしいこと」フレアリスが目を細めてノーラに視線を送る。


「当然よ、魔女である前に商人だもの」


 ノーラの琥珀色の瞳が、夜の路地の先を鋭く見据える。



 黒魔術師クリオの召喚する魔物で、街道は不安定。

 再生魔石を狙う全ての勢力は、まだ不透明なままだ。

 悲鳴を上げたちょっとした功労者の若者はいつの間にか、その場から姿を消していた。



「ギルドに状況を報告したら――しばらくは、私たちのほうから場を動かすわよ。座って狙われるのを待つのは性に合わないからね」


「上等ですわ。どうせなら、派手にやりましょう。この高貴なる私の名を世に知らしめるにふさわしい舞台を」


 フレアリスが扇子を開き、月明かしに白い笑みを浮かべる。



「ぴゃう!」


 ピョコマルもそれぞれ意気込む。

 ルチェアは少し不安そうにしながらも、ノーラの横に並んだ。


「の、ノーラさん。私も……役に立てるように、頑張りますから……!」


「もちろん。あなたは、うちの看板娘だからね」


 ノーラは軽くルチェアの頭をぽんと叩いた。


「――さ、まずはギルドに行きましょうか。三人組の顔と、やり口を全部メモしてギルドに報告しに行くわよ。タダでは転ばないのが、銀刻の方針だからね」


 そうして、彼らは路地を後にし、ギルドへ向かって歩き出した。

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