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50~無口な傭兵と魔石の買い取り

 

 銀刻交易連合の事務所の扉が、きい、と軋んだ。


「ただいま――って、何この空気」


 紙袋を両腕に抱えたノーラが中に入ると、妙に張りつめた沈黙が出迎えた。


 カウンターの向こうではルチェアがソワソワと立ち尽くし、応接用の椅子ではフレアリスが足を組んで仁王立ち。そして、その真正面に――槍を背に負った背の高く均整のとれた体付きの若い男が直立不動で突っ立っている。目元まである短く青い髪をした青年が温度の低そうな瞳で振り返る。


「ノーラさん!」

「ちょうどいいところに戻りましたわ!」


 ルチェアとフレアリスが同時に振り向く。

 カルメノも、わずかに顎を動かしてノーラの方を見た。


「貴方確か、傭兵仕事をしてるわね。名前はカルメノ――で合ってるかしら」


「……ああ」


 短い返事。

 でも、その声にはかすかな安堵が混じっていた。


 ノーラは紙袋を机に置き、一応の状況確認をする。


「で、この棒立ち状態は何? 口論? それとも決闘前?」


「違います!」とルチェア。


「こちらの傭兵殿、何やら買取りの話を持ち込んできたようですが――口数が少なすぎて、話が全然見えませんのよ」とフレアリスが扇子でぱたぱたしながら言う。


 カルメノは少し考えるように視線を落とし、正直に言った。


「……豊穣魔石グロウルビーを、売りに来た。が、相場が分からない。それと――」


 一瞬、事務所の壁と天井を見まわす。


「……話に聞いていた銀刻交易連合の事務所が、思ったよりボロかったので……ここでいいのかと、考えていた」


 ルチェアが「わぁ……」と声にならない声を漏らし、フレアリスが額を押さえた。


「ちょっと、そこは心の中に留めておきなさいませ!」


「……事実だと思ったので」


「正直者ねぇ」


 ノーラは苦笑しつつ、カルメノに手招きした。


「とりあえず、座って。魔石、見せてくれる?」


 カルメノは頷き、腰の小袋から丁寧に包んだ何かを取り出す。

 布をほどくと――赤い光を内に宿した、卵大の魔石が姿を現した。


 豊穣魔石グロウルビー

 光が当たるたび、内部で種子のような模様がちらちらと揺らめく。


「おお……」とルチェアが目を丸くし、

「これは中々よさげですわね」とフレアリスが身を乗り出す。


 ノーラは黙って手に取り、重さ、手触り、魔力の揺らぎ、内部の“渦”を観察する。

 耳元で軽く振り、かすかな音の響きも確かめた。


(空洞なし。魔力の層も均一。亀裂も、肉眼で見えるレベルではなし。

 等級で言えば、中の上~上の下ってところね)


「本物。状態も悪くないわ」


 そう断じてから、ようやくカルメノを見る。


「出どころ、聞いてもいい? 盗品だったら、うちは扱えない」


「依頼報酬だ」


 カルメノは簡潔に答えた。


「北の果樹園を荒らしていた魔物退治。報酬に金貨+魔石ひとつとあった。ギルドの証書もある」


 そう言って、ギルド印の押された依頼完了証を差し出す。

 ノーラはざっと目を通し、うなずいた。


「OK。じゃあ出どころは問題なし」


「……何故、魔石をすぐ売らなかったのです?」フレアリスが訊く。


「相場が分からなかった。

 適当に売れば、足元を見られると思った」


「正しい判断ね」


 ノーラはグロウルビーを掌で転がしながら、さらりと続けた。


「これ、場所と買い手を選べば、50~60フローは狙える。

 ジルコール周辺だと、砕石魔石に比べて使い道が限られてるから、40台後半くらいが現実的な線ね」


「そんなに……」とルチェア。


「干ばつ気味の領地の果樹園、都市部の温室農家、あと貴族の珍品コレクション。

 豊穣って名前がついてるだけで、貴族はだいたい弱いのよ」


「それで、いくらで買い取ってくれる?」


 カルメノの問いは直球だった。

 目は値踏みされる側ではなく、値踏みを見極める側の目だ。


(……前に会ったときより、少しだけ商売の匂いが分かる目になってる)


 ノーラは内心でそんなことを思いながら、机の上に紙とペンを広げた。


「選択肢は三つ。一つ目、即金買取。

 私が今、この場であなたから買い取る。その代わり、値は低め。35フロー」


 フレアリスがわずかに目を見開く。


「二つ目、預かり販売。銀刻交易連合の名義で売り先を探して、売れたら代金を渡す。その代わり、販売価格の三割は手数料としてうちがもらう。たとえば55フローで売れたら、あなたの取り分は40フロー、こっちの取り分は15フローって感じ」


「三つ目は?」カルメノが訊く。


「折衷案。

 今、頭金として25フローを即金で渡す。

 その上で預かり販売に回して、売れたら頭金との差額+うちの取り分を、改めて精算。

 つまり、55フローで売れた場合――あなたは、頭金25+追加十追加で12フロー。

 うちは十八フロー。リスクはうちが多めに被るけど、その分売る責任も本気で負う」


 ルチェアが「うわぁ~……」と数字の渦に沈み、

 フレアリスでさえ「具体的ですわね……」と感心したような声を漏らす。


 カルメノは少し黙り、考えるように目線を落とした。


「……即金35と、頭金25+あとで12フロー。

 どちらも、俺にとっては悪くない」


 正確な相場を知らされている分、足元を見られている感覚はない。

 むしろ、選ばせてもらっているという感覚の方が強い。


「遠征資金は、足りてるかしら?」


「最低限は。だが、装備の手入れや、次の遠征の予備を考えると……多いに越したことはない」


「ふむ」


 ノーラはペン先をくるくる回し、にやりと笑った。


「じゃあ、三つ目をおすすめするわ。

 今すぐ全部じゃなくて、今もらう分+後で転がってくる分”。

 それが一番、あなたの働きの価値に近いと思う」


「……お前の利益は?」


「しっかり確保してるわよ。安心して」


 それを聞いて、カルメノは小さく息を吐いた。


「分かった。

 三つ目でいい」


「契約成立ね」


 ノーラはさっと紙に条件を書きつける。

 預かり物の内容、推定相場、頭金、売却時の精算方法、盗難や紛失時の責任分担――最低限の項目だけだが、文字は抜かりなく並んでいた。


「ここに署名と印を。ルチェア、例のインク持ってきて」


「は、はいっ!」


 ルチェアが慌てて「簡易署名セット」を持ってくる。

 カルメノはぎこちない筆跡で名前を書き、親指にインクをつけて紙に押しつけた。


「これで、正式に銀刻交易連合との契約ね」


 ノーラは手早く金庫から小袋を取り出し、銀貨と小金貨を数える。


「二十五フローちょうど。――確認して」


「……間違いない」


 金属の重みを確かめ、カルメノは小さくうなずいた。


 それを見届けてから、フレアリスが得意げに扇子を鳴らす。


「ね? ボロい事務所でも、中身は信頼に足るでしょう?

 高貴なるわたくしの交友関係は、こうしてまた一人増えましたわ」


「事務所がボロいのは否定しないのね……」


 ノーラは肩をすくめつつ、グロウルビーを柔らかい布に包み直すと、事務所奥の棚――再生魔石を収めた錠付き箱とは別の箱へと大事そうにしまい込んだ。




 ちらりと、再生魔石の入った箱へ視線を送る。その重さと、手に入れたばかりのグロウルビーの重さ――どちらも、銀刻交易連合にとっては、違う意味の「武器」だった。


「ありがとう、カルメノ。あなたの魔石、ちゃんといいところに嫁がせてあげるわ」


「……頼んだ」


 それだけ言うと、カルメノは槍を背負い直し、立ち上がる。


「次の依頼がある。長居はできない」


「身体には気をつけてくださいね」とルチェアが言う。


「特に、近隣で陰険な黒魔術師暗躍してると聞きますわ。ああいう手合いには気をつけることです」とフレアリス。


「……善処する」


 相変わらず、感情の起伏が薄い返事。

 けれどその表情は、ほんの少しだけ柔らいでいた。


 扉が閉まる。

 事務所に残されたのは、ノーラ、フレアリス、ルチェア、そしてピョコマル。


「……これで、また一つ」


 ノーラは帳簿を開き、「豊穣魔石(委託)」の欄にさらさらと文字を書き込む。


「銀刻交易連合の商品が増えたわけね」


「ぴゃん!」


 ピョコマルが元気に鳴いた。

 ごはんもらえる? と言ってるようにも聞こえた。


「直接は増えないわよ。けど――いつか、ちゃんと回り回って私たちのご飯になる」


 ノーラはそう言って笑い、ペンを置いた。


 外では、ジルコールの喧騒がいつも通り続いている。

 けれどその裏で、少しずつ――銀刻交易連合の名と、再生魔石を巡る波紋が、大きくなり始めていた。

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