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49~砕石魔石の解体仕事

 

砕石魔石クラッシュオーブの運用方針が決まったその日から――ノーラの一日は、少しだけ忙しくなった。




 石畳の上を歩きながら、ルチェアはまださっきの話を咀嚼しきれていない様子で、ノーラの横をとことこついていく。


「ノーラさん……砕石魔石の工事のお仕事、そんなに儲かるんですか?」


「ちゃんとやればね。ああいう工事は、一度きりの大儲けじゃなくて、何度も続く定期収入になるの。ほら、利率の話をしたでしょ」


「りりつ……ええと、寝てるだけで増えるお金の話ですよね?」


「概ね合ってるけど表現が最悪ね」


 ノーラは苦笑しながら、ルチェアの頭を軽くこついた。


「道と橋が増えれば、商人が増える。商人が増えれば、倉庫も荷馬車も、護衛も、宿屋も要る。

 その流れを先に押さえる。砕石魔石は、そのための切符みたいなものよ」


「ぴゃう!」 

ピョコマルが一鳴きする。




「食べ物じゃありませんわよ、ピョコマル。高貴なる経済概念ですわ」


 どや顔で言うフレアリスを横目に、ノーラは小さく息を吐いた。


(再生魔石は――今は動かさない。

 その代わり、砕石魔石で銀刻の足場を固める)


 噂はもう広がってしまっている。いずれ、王都や神聖国の連中の耳にも入るだろう。

 だからこそ、その前に街とギルドにとって外せない存在になっておく必要がある。ノーラはそう考えていた。


(銀刻が潰されたら、ジルコールの道が止まる――って思わせた方が、防御になる)


 強欲は、時に防具にもなる。

 ノーラはそんなことを考えながら、アナグラへの坂道を登っていった。




 数日後。ジルコール郊外・峡谷の崖道。


 切り立った岩肌を、冷たい風がなでていく。

 元々は荷車一台がやっと通れる細い山道――そこを削って、馬車が二台すれ違える幅の道路に拡張する計画らしい。


「――よし、全員下がれ! 魔女様のお仕事の時間だ!」


 スレイヴァル工務商会の親方が怒鳴ると、作業員たちが一斉に後ろへ下がった。

 崖の中腹、目印をつけた岩盤の前には、ノーラとフレアリス、そして少し離れたところにルチェアが立っている。ピョコマルは、ルチェアの足元でちょこんと座っていた。


「すごい……本当に崖を、魔法で壊しちゃうんですか?」


「壊す”んじゃなくて、削るの。そこ重要」


 ノーラは砕石魔石を片手に持ち、岩肌に貼りつけた簡易ルーン陣を確認する。

 爆発の方向、力の流れ、崩落範囲。すべて、最低限の岩だけを剥がすよう調整してある。


「フレアリス、確認。私が起爆ルーンを流したら、すぐ上の岩棚に《熱界焦断バーン・ブレイク》を重ねて、縫い止めて」


「お任せあそばせ。華麗なる高貴魔法、ご覧に入れますわ」


「ルチェアは、風の壁。《ウィンド・シェルター》の練習版。

 爆風と砂埃を、作業員がいる側からそらすように。ピョコマルと一緒にね」


「は、はいっ! ピョコマル、がんばろう!」


「ぴゃう!」


 作業員たちがごくりと喉を鳴らす中、ノーラは深く息を吸い込んだ。


「――砕き、崩し、道を開け。《クラッシュ・オーブ》」


 掌から流し込まれた魔力が、砕石魔石へと吸い込まれていく。

 次の瞬間――


 ドンッ!


 乾いた衝撃音が谷に響き、貼りつけた岩の部分だけが、内側から崩れ落ちた。

 大きな塊は少なく、細かな石と土がざらざらと崩れ、斜面に滑り落ちていく。


「今!」


「――《熱界焦断バーン・ブレイク》!」


 フレアリスの放った炎の槍が、崖の上部を走り、ひび割れた岩棚の“縁”だけを熱で固める。

 ぱきん、と嫌な音を立てていた岩々が、一瞬白熱し――やがて静かに冷えていった。


「ルチェア!」


「風よ、まわって、押し返して――《ウィンド・シェルター……もどき!》」


 おそるおそる詠唱したルチェアの前で、ピョコマルの毛並みがぶわっと逆立つ。

 二人から広がった風の膜が、舞いあがる砂塵を上へと押し上げた。


 砂煙の向こうで、スレイヴァル親方が目を細める。


「……よし、崩れは予定範囲内! 大崩落なし!

 おい、お前ら! 銀刻連合に拍手だ!」


 どっと歓声と拍手が沸き起こった。

 ノーラは額の汗をぬぐいながら、ふぅと息を吐く。


「なんとか一発目は成功ね」


「当然ですわ。わたくしとあなたのタッグですもの」


 フレアリスは胸を張って笑い――その直後、足元の小石に軽く足を滑らせた。


「きゃっ――」


 崩れ落ちた石の一部が、斜面を転がり、すぐ下にいた作業員の足元を直撃する。


「うおっ――?!」


 作業員の男がよろめき、崩れかけた土塊の上に片足を取られた。

 バランスを崩せば、斜面ごと滑り落ちかねない。


「ルチェア!」


「は、はいっ!」


 ルチェアが即座に手を突き出す。

 短い詠唱とともに、足元からふわりと上昇気流が巻き上がった。


「風よ、支えて! 《ウィンド・リフト》!」


 男の身体が、一瞬だけ軽く持ち上げられる。

 その隙に、ノーラが水を絞り出した。


「《ウォーター・スタンプ》!」


 足元の土に水を染み込ませ、一気に圧縮。泥だった斜面が、ぎゅ、と締まり、簡易の足場に変わる。


「今よ、飛び降りて!」


「う、おおっ!」


 作業員は、なんとか安全な側の岩場へ飛び移れた。

 直後、締め固めた足場の端がざらりと崩れ、土煙が上がる。


「ふぅ……ギリギリ、セーフ」


「大丈夫ですか!? 足、打ってませんか!?」


 ルチェアが駆け寄り、慌てて男の足元を確認する。擦り傷程度で済んでいた。


「だ、大丈夫だ……嬢ちゃんの風がなきゃ、危なかったがな」


 スレイヴァル親方が、フレアリスをじろりと睨む。


「おい高貴様。ちょっと足を滑らせたで人が一人死ぬとこだったぞ」


「うっ……耳が痛い指摘ですわ……」


 フレアリスはさすがに肩をすくめ、扇子で口元を隠した。


「……だから言ったでしょ。火の扱いは慎重に。

 魔法も工事も、人の命の上で成り立ってるって」


 ノーラの冷静な一言に、フレアリスは珍しく素直にうなずいた。


「今回は、ルチェアに救われましたわね。……認めたくはありませんが」


「えへへ……まだ足が震えてますけど……」


 ピョコマルがルチェアの足首に頭をこすりつける。


「ぴゃう!」




 夕方。作業が一段落し、崖下に簡易テントの事務所が設営される。


 木箱を机代わりにして、ノーラはスレイヴァル親方から渡された革袋を受け取った。


「初回分だ。契約通り、今日の区画ぶんの取り分。銀貨二十五フロー相当。

 魔石の消費分と手間賃は、そっちで好きに計算してくれ」


「はいはい。ちゃんと日ごとの収支もつけておくわ」


 革袋の重みを手の感覚で測りながら、ノーラはさらりと言う。


「それと、今日みたいなヒヤリ事故”は、今のうちに洗い出してね。

 予想外の崩れ方とか、危ない足場とか。

 人が死んでから『想定外』って言っても遅いから」


「……耳が痛ぇな。だが、言ってくれる魔女の方が信用できる」


 スレイヴァルは笑い、ノーラの肩を軽く叩いた。


「この工事が上手くいきゃ、ジルコールの顔役どもも黙っちゃいない。

 銀刻交易連合の看板も、街道と一緒にでっかくなるさ」


「それは楽しみね。看板は、ほどほどの大きさでいいけど」


 ノーラは微笑んで革袋を抱え、ルチェアたちの方へ向き直った。


「さて、今日はこれで上がり。帰って帳簿とにらめっこするわよ」


「ひぃ……また数字ですか……」


「ルチェア。世の中、魔物より怖いのは計算間違いと借金ですわよ」


「割と世の中の真理よ」


とノーラが付け加えた。

その横で、ピョコマルだけは嬉しそうに「ぴょー」と鳴いた。

 


 その夜。ジルコールの街の一角では、別の火が静かに灯っていた。


「――で、工事は?」


「順調です。砕石魔石の威力は本物。

 銀刻交易連合とスレイヴァル工務商会の組み合わせは……今のところ、街道整備においては無敵です」


 静かな応接室。

 上質なワインの香りが漂う中、報告を受けているのは、フードをかぶった影だった。


「……再生魔石の行方は?」


「こちらは依然として噂どまりです。ただ――」


 報告役の男は、指先でテーブルを軽くたたいた。


「ジルコールに、王都からの特別視察隊が向かっているとの情報があります。

 名目は『新街道計画の進捗視察』ですが……」


「ほう」


「その隊に、例のぼんくら王子が紛れている、という話も」


 フードの影がわずかに笑う。


「ぼんくら、ね。人はよく、看板だけ見て中身を決めたがる」


「どう動きますか?」


「簡単なことだ。

 ――利に群がる者と、利を捨てる者。

 その境界線に立っている者を、見に行くだけさ」


 フードの下で、冷たい瞳が静かに光った。




 翌朝。


 ノーラはアナグラの前で、湯気の立つカップを片手に、ぼんやりと空を見上げていた。


「ノーラさん?」


 ルチェアが顔を出す。ピョコマルはすでに外で寝転がっていた。


「どうかしました?」


「……嫌な予感がしてね」


「え?」


「ジルコールに、上からの目が降りてくる。

 砕石魔石の道を見に――ついでに、再生魔石の噂を嗅ぎに」


 ノーラはカップを一口あおり、小さく笑った。


「ま、来るなら来るで。

 銀刻交易連合として、ちゃんと接待してあげないとね。利率と条件付きで」


「ぴゃう(おもてなし……?おやつ?)」


「ピョコマル、それは多分違う」


 そう言って笑い合ったちょうどその時――坂の上から、砂煙をあげて一台の馬車が駆けてきた。


 青と白の紋章旗。ソラリア王家の象徴が、朝日に揺れている。


「……ね? 言ったそばからこれよ」


 ノーラは、ため息まじりに肩をすくめた。


「さあ、ルチェア。今日は利率の話は一旦中止。

 王家相手の交渉術・実践編よ」


「えええっ!? いきなりそんな上級編!?」


「ぴょぴょ」


 ジルコールの坂道を、王家の紋章旗を掲げた馬車がゆっくりと下ってくる。

 その中に座るぼんくら王子と呼ばれる青年が、まだ見ぬ強欲魔女との会談を思い浮かべていることなど――この時のノーラは、まだ知る由もなかった。

閲覧いただきありがとうございます。

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