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47~膨れ上がる再生魔石の噂

 

 翌日。ジルコールの街は、いつもよりざわついていた。


 露店の親父たちが、魚や野菜の値段よりも「誰かの噂話」に夢中になり、冒険者たちはマグを片手に耳打ちを交わしている。


「銀箱女が、治癒の秘宝を持っているらしい」

「死にかけた冒険者の腕を、一瞬でくっつけたんだとよ」

「いやいや、俺が聞いた話じゃもっとヤバい代物だ。首が飛んでもくっつくっていう極めてレアな魔石だ」


 そんな尾ひれのついた話を、ノーラは市場を歩きながら他人事のような顔で聞き流していた。


(……噂って、勝手にインフレしていくのね)


 ルチェアが不安そうにノーラの袖をつかむ。


「ノーラさん……これ、ちょっと危ないんじゃ……」


「大丈夫。噂で首がくっつこうが飛ぼうが、現物を見たことあるのは、ごく一部よ。――で、その一部が静かにしてくれてないのが問題なんだけど」


 肩をすくめたところで、後ろから声がかかった。


「おう、銀箱女。ギルドマスターがお呼びだぜ。逃げるなよって伝言な」


 呼び止めたのは、冒険者ギルドの受付嬢ではなく、筋骨隆々の男冒険者。胸元には、見慣れたパーティー名の刻印がぶら下がっている。


 アイアンネイル――ジルコールでも中堅上位に入るパーティーだ。


「逃げないわよ。逃げるメリットがないもの」


 ノーラはあっさりと返し、ルチェアとフレアリスを促してギルドへ向かった。




 ジルコール冒険者ギルド。


 分厚い木扉を押し開けると、昼だというのに中は酒場のような喧騒に包まれていた。依頼票の前に群がる新人たち、報酬の受け取りで会計窓口に列を作るベテランたち、カウンター奥では受付嬢が悲鳴に近い声で応対している。


「相変わらず、騒々しいですわねぇ」


 フレアリスが扇子で鼻先を仰ぎながら呟く。ノーラは軽く手を上げ、カウンターの端に座る受付嬢に目配せした。


「呼び出しって聞いたけど。マスターは?」


「奥で待ってます。……くれぐれも、マスターを怒らせないでくださいね?」


「怒ってるのは向こうでしょ。私はいつだって冷静よ」


 ノーラが肩をすくめながら奥の扉をノックし、薄暗い応接室に入ると、そこにはギルドマスターと数名の幹部、そして見慣れた顔ぶれが揃っていた。


 ソルト、ジンジャー、ミントが部屋の中で待機している。


「ノーラさん……」


 ソルトが心配そうに立ち上がる。ジンジャーは腕を組み、ミントは壁にもたれたまま、半眼で様子を窺っていた。


「全員集合って感じね。何の用かしら」


 机の向こう側、ギルドマスター・バルロが低く唸るように口を開いた。白髪まじりの短髪、片眉に古傷。いつも以上に険しい顔だ。


「単刀直入に言う。――再生魔石の噂だ」


 部屋の空気が一瞬で張りつめる。ルチェアが小さく肩をすくめ、ピョコマルが「ぴゃ」と短く鳴いた。


「……だろうと思ったわ」


 ノーラは椅子に腰かけると、組んだ指の上にあごを乗せる。


「ギルドとしては、どう扱うつもり? 『持ってたら没収』? それとも『高値で買い取るから黙って出せ』?」


「冗談を言ってる場合じゃねぇ」


 バルドは机を軽く指で叩いた。


「街の酒場、宿屋、商人たちの間で、お前の名前と奇跡の石がセットで飛び交っている。日に日に噂は膨らみ街中に広がっている。商会筋も嗅ぎつけた。……三つの大きな商会が、ここ数日のうちにジルコール入りだ」


「三つ、ね」


 ノーラの目がわずかに細くなる。


「教えて。どこが、どんな顔で来てるの?」


 バルドは、粗末な羊皮紙を机の上に広げた。そこには三つの商会の紋章が描かれている。


「ひとつ、ドフォール商会。強引な買い取りと賄賂で成り上がってる、あのドフォールだ。使者の名は――エスタス」


「……ああ、知ってるわ。昨日、金貨100枚をテーブルに並べてきた女ね」


 ルチェアが思わず声を上げる。


「き、金貨100枚……!?」


 フレアリスが鼻で笑う。


「安いですわね。再生魔石の価値がその程度だと思っているのなら、目が節穴にも程がありますわ」


 バルドは咳払いをして、二つ目の紋章を指差した。


「ふたつ目は、ラグナール商会。王都にも支部を持つ、比較的まともな商会だ。表向きは正規取引のみ、軍への物資供給、魔石の正規ルート流通……とにかく『信用で稼ぐ』タイプだな。使者は後日、正式にギルド経由で会談を申し込んでくる予定だ」


「へぇ……信用で稼ぐなら、交渉の余地はありそうね」


 ノーラは頬杖をつきながら呟く。バルドは最後の紋章に指を滑らせた。


「そして三つ目。王都親衛隊御用達の交易組織――『王都連絡商会』。裏で王子ともつながってる噂がある。表向きは、ジルコール周辺の治安と市場の調査って名目で人を送ってきた」


「王子のところ……ね」


 ノーラの声が僅かに低くなった。フレアリスが眉を上げる。


「王子って、あのソラリアのぼんくら王子と噂されている……あの王子ですこと?」


「黙って聞いてなさい、フレアリス」


 ノーラは軽く制し、バルドに向き直る。


「つまり――三商会+王家が、まとめて様子を見に来ている。ギルドとしては?」


「ギルドとしてはひとつだ」


 バルドは短く答えた。


「街で勝手に戦争を始めるな。ジルコールを巻き込むな。その上で――」


 彼はノーラをじっと見据える。


「再生魔石を巡る交渉は、ここを通せ。勝手に裏路地で話をまとめたら、ギルドはお前を守りきれねぇ」


 ルチェアが不安そうに尋ねる。


「……守りきれない、って、そんなに危ないものなんですか?」


「当たり前だ」


 ミントがぼそりと口を挟む。


「傷を瞬時に癒やせる石なんて、軍隊も貴族も喉から手が出る。暗殺者も欲しがる。教会は『神の奇跡』って言い出して独占しようとするかも。……ろくなことにならない」


 ジンジャーがうなずいた。


「だからこそ、ギルドとして“ルール”を作りたいんだ。ノーラ、あんたの意思も聞いておきたい」


 ノーラはひとつ息を吐くと、静かに口を開いた。


「まず前提を確認しておきましょうか。――私は、再生魔石を“今”売るつもりはないわ」


 部屋の空気がわずかに揺れた。バルドが眉をひそめる。


「……理由を聞こう」


「単純よ。価値が読めない。戦争の火種になる危険性も高い。それに、まだ“試してないこと”が多すぎる」


 ノーラは指を一本立てた。


「ただし、持って歩けば狙われる。だから――」


 彼女はくすりと笑う。


「再生魔石を巡る交渉の窓口は、銀刻交易連合、一本に絞る。ギルドには、その看板の保証人になってもらう。どう?」


 バルドが目を細める。


「つまり、『欲しけりゃ銀刻のカウンターを叩け』ってわけか」


「ええ。街中で勝手に刃物を抜かれたら困るでしょ? 交渉したければ、ルールのある場所――ギルドか、銀刻の店舗で。護衛と証人付き。そういう形に整えたい」


 フレアリスがにやりと笑った。


「良いですわね。高貴なるわたくしの名を看板に掲げるのも、悪くありませんわよ? 銀刻交易連合・ジルコール本店――響きも悪くありませんわ」


「フレアリスの名前は小さく下の方に書いとくね」


「なぜですの!?」


 ルチェアとソルトが思わず吹き出し、張り詰めていた空気が少しだけ和らいだ。


 バルドはしばし沈黙したあと、重々しくうなずいた。


「……いいだろう。ギルドとしても、野放しにされるより遥かにマシだ。三商会にもこう伝える。

 『再生魔石に関する話は、銀刻交易連合を窓口にギルド立ち会いで行うこと』」


 そして、真剣な眼差しでノーラを見る。


「だが忘れるな。これはギルドと街を守るための取り決めだ。お前の商売を楽にするためだけのものじゃない」


「分かってるわよ。私だって、この街を火の海にしたくて稼いでるわけじゃないもの」


 ノーラは立ち上がり、軽く会釈した。


「それじゃ、本格的な顔合わせは――三商会の使者が揃ってからね」


 バルドが最後に、付け加えるように言った。


「ひとつ忠告だ、ノーラ。

 ドフォールは表立ってくる。ラグナールは丁寧に来る。王都連絡商会は、笑って様子を見る。

 ……だが、本当に危険なのは“名乗らずに近づいてくる連中”だ」


 ノーラの背筋に、ひやりと冷たいものが走る。


「黒魔術師クリオ、って名前に心当たりは?」


「……あるわ。最近、谷で“ひどい趣味”の編成を見せてくれた男よ」


「そいつが、再生魔石に興味を持ってないといいがな」


 バルドの苦い冗談に、ノーラは笑わなかった。


(――もう、完全に『平和なジルコールの生活』ってわけにはいかない、ってことね)


 心の中でそう呟きながら、ノーラは扉へと向かった。


 銀刻交易連合の看板は、すでに街の中に掲げられている。

 今度はそこに――ソラリア中の思惑と、欲望と、危険が集まり始めるのだ。

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