46~ルチェアの魔法特訓~ピョコマル媒介特訓
風の通り道にあたる、小さな丘の上だった。
ジルコールの街が遠くに見え、草原の緑が風に押されて波打っている。
ルチェアは、両手を胸の前で組みながら、真剣な顔で立っていた。
隣にはピョコマルが「ぴゃう」と鳴き、鹿のような顔を上に向けて、同じ方向を見ている。
その少し離れた石の上に、ノーラがあぐらをかき、帳面代わりのメモ板を膝にのせていた。
「よし、じゃあ今日のテーマは媒介魔法ね」
「ばいかい……魔法? どういう魔法なんですか?」
ルチェアが首をかしげる。ピョコマルも、まねするように同じ角度で首をかしげた。
「そう。ざっくり言えば、自分で魔法を撃つんじゃなくて、一回どこかを経由させてから出す”ってやつ」
ノーラはピョコマルを指さす。
「候補その一、魔法生物ピョコマル」
「……ピョコマルって魔法生物だったんですか?」
「正確に言えば、魔力の流れに敏感で、共鳴と変換をする生き物って感じかしらね」
ノーラはこれまでの旅路を思い返すように、指を折っていった。
「サルベ村の井戸で、水魔石を起こした時。
あのとき、あなたとピョコマルが井戸に近づいた瞬間、魔石の反応が一段階跳ねた」
「そういえば……『なんか急に涼しくなった』って村長さんが言ってました」
「それから、忘れ谷の寒村でも。あなたがピョコマルを抱っこしたまま、風よけの練習をしたら――何もしない時より、風が綺麗にまとまってた」
ノーラはピョコマルをじっと見る。
「で、決定打。この子ね、魔力を通すと属性を整えて返すクセがある」
「属性を……整える?」
「簡単に言うと、ごちゃごちゃの魔力を、自分の得意な形に変換して奪い返すってこと。
つまり、ピョコマルは――魔力変換器よ」
「ぴゃう?」
自分のことを言われていると分かっているのか、ピョコマルは胸を張るように毛をふくらませた。
「というわけで、実験その一。
ルチェア、まずはピョコマルなしで『風球』ね」
「はいっ」
ルチェアは深く息を吸い、右手の指で空に簡単な風のルーンをなぞる。
彼女はまだ詠唱より“指ルーン”の方が得意だった。
「――集まって、回って、前へ」
指で描かれたルーンが淡く光り、小さな風の渦が掌の上に生まれる。
だがすぐに形が崩れ、ふらふらとあらぬ方向に飛んで、草むらをゆらした。
「うん。力はあるけど、ベクトルがバラバラね。
進む方向と回る力、散らばろうとする力がケンカしてる」
「……む、難しい……」
「ここで、ピョコマル」
「ぴゃう!」
ノーラはルチェアとピョコマルを向き合わせた。
「ピョコマルの額に手を当てて。
自分で魔法を形にしようとしなくていい。ただ風の力だけを、ふわっと送り込むイメージ」
「ふわっと……」
ルチェアはこくんとうなずき、ピョコマルの額に両手をそっと乗せる。
目を閉じ、胸に溜めた魔力を、ゆっくりと手のひらへ落としていく。
ピョコマルの体毛が、ぞわり、と逆立った。
「……いくよ、ピョコマル。風よ前へ!」
「ぴゃ――」
その瞬間、ピョコマルの尻尾が――
ドンッ!!
と、爆ぜるように突風を噴き出した。
「ぴょおおおお!?」
「きゃあっ!?」
ピョコマル自身がロケットのように空へ舞い上がり、ルチェアの髪とスカートがめくれ上がる。
ノーラの灰のローブもばさばさと裏返り、メモ板が回転しながら飛んでいった。
「……ちょっと多すぎ」
ノーラは風に煽られながらも冷静にぼやき、無詠唱の《ウォーターボール》をひとつ放つ。
ふわりと浮かんだ水球が、上昇中のピョコマルにぽすっとぶつかり、勢いをそいだ。
ピョコマルは空中で一回転しつつ、ふかふかの草の上に着地。
目をぐるぐるさせながら、口から小さな風のルーン片を「ぴゃ……」と吐き出した。
「ご、ごめんね、ピョコマル!」
ルチェアが慌てて駆け寄る。
ピョコマルはしばらくふらふらしていたが、やがて「ぴょ」と元気よく鳴いた。
「やっぱり、変換してるわね」
ノーラが、落ちてきたルーン片をつまみ上げる。
「今、あなたは方向も強さもふわっとした風の魔力を流した。
でも、ピョコマルの口から出たルーンは、尻尾方向への前方推進に全部整えてある」
「え? そんなことわかるんですか?」
「ルーンの癖を見ればなんとなく。
こいつ、自分が動物だからか“自分の体をどう動かすか”っていう方向に、魔力を組み替えちゃうみたいね」
「……つまり、ふわふわした風を、自分を吹っ飛ばす推進力に変えちゃったってこと?」
「そう。
あなたの雑な魔力を、ピョコマル仕様の魔法に変換してる。
魔力変換生物って分類になるわね」
「ぴゃう」(どや)
ピョコマルは誇らしげに胸を張る。
ルチェアはその頭を両手でむぎゅっと抱きしめた。
「すごいよ、ピョコマル! 私の魔法、手伝ってくれてるんだ!」
「……ただし、今の威力は戦場で使ったらわりと危険レベルだけどね」
ノーラがさらっと現実を添える。
数回、魔力の量を調整しながらの練習が続いた。
「今度は、さっきの半分ぐらいの気持ちで魔力を流してみて。
ピョコマルを飛ばすんじゃなくて、前に風を出すイメージをはっきりさせる」
「はい……」
ルチェアはピョコマルの背中に手を当て、目を閉じた。
(前へ、前へ……木の枝を揺らすくらい……)
「――風よ前へ!」
ピョコマルの尻尾がふるりと揺れ、今度はやわらかい突風が前方の草むらを撫でた。
草の波が楕円形にふわっと広がっていく。
「……成功ね」
「やった!」
ルチェアがぱっと顔を輝かせる。
ピョコマルも尻尾をぶんぶん振った。
ノーラはその様子を、じっと観察していた。
(やっぱり――この子は単に魔力を増幅してるんじゃない。
安全で、かつ効率のいい形に組み替えてルチェアに返してる)
さっきの暴発も、よく見れば――
風の向きは綺麗にそろい、余計な乱流は少なかった。ただ、出力だけが高すぎたのだ。
「じゃあ……次は、私の魔力でも試してみようかしら」
「ノーラさんの、ですか?」
「そう。私の水魔力を一回ピョコマルに流して、何に変わるかを見たい」
「ぴゃ?」
ピョコマルが首をかしげる。
ノーラは笑って、ピョコマルの額に人差し指を当てた。
「大丈夫。ちょっとだけね。――《アクア・ブリーズ》」
水のルーンを指先に灯し、ごく小さな水魔力をピョコマルへ流す。
通常なら、霧のような水飛沫がふわっと広がる程度の術だ。
だが――
「……お?」
ピョコマルの毛並みが一瞬だけしっとりと濡れたかと思うと、
すぐに「ふわっ」と乾き、全身からひんやりとした風が抜けた。
周囲の空気が、一段階だけ涼しくなる。
草の葉についた細かな水滴が、光を受けてきらりと光った。
「今の……」
「ノーラさんの水魔法が、冷たい風と細かい水の粒に変わりました……?」
ルチェアが驚いてノーラを見る。
ノーラは軽く目を細めた。
「水の属性をそのまま使うんじゃなくて、“環境を快適にする方向”に組み替えたわけね。
やっぱりこの子、魔力を“攻撃より生活寄り”に変換する性質が強い」
「生活寄り……」
「たぶん元々、“誰かに飼われてたか、そばにいた魔女か祝福持ち”がいたのよ。
乱暴な魔法を、勝手にマイルドに変えてくれるフィルター役としてね」
ピョコマルは、その言葉にどこか寂しそうに「ぴゃ」と鳴いた。
ルチェアが慌てて抱きしめる。
「大丈夫だよ、ピョコマル。今は私と一緒だから」
「ぴゃう!」
すぐに尻尾が元気よく上がった。
少し休憩を挟んだ後、ノーラは石の上から立ち上がり、手を叩いた。
「まとめるわよ」
丘の風が、三人と一匹の髪を揺らす。
「ピョコマルは――
① 魔力に敏感で
② 受け取った魔力を自分なりに整理して
③ 自分や周囲にとって良さそうな形に変換して返す」
「つまり……?」
「ルチェア専用の、魔力補正器ってこと」
ルチェアの瞳が、大きく揺れた。
「私専用……」
「祝福印持ちのあなたは、素の魔力量が多い分だけ、暴発しやすい。
でも、ピョコマルを通せば、その暴発をかなり丸く抑えられる。
しかも、風寄りと生活向きに補正してくれる」
ノーラは指を立てて、きっぱりと言った。
「だからこれから――
危険な本番の魔法は、基本ピョコマル経由。
ルチェア一人で撃つのは、私がOK出した時だけ。いいわね?」
「……はい!」
ルチェアは力強くうなずいた。
「それと同時に、ピョコマルの存在はとんでもない価値でもある。
魔力変換生物なんて、研究者と貴族と教会が泣いて欲しがるわ」
「……!」
「だから、外ではあんまり喋らないこと。
かわいい魔獣で、ちょっと風を出せる子くらいにぼかしておく。
ピョコマルを守ることが――結果的に、ルチェアと私たちの身も守る」
ルチェアはピョコマルの体をぎゅっと抱きしめた。
「絶対、守ります。ピョコマルも、みんなも」
「ぴゃう!」
ピョコマルが、ルチェアの頬をぺろりと舐めた。
風がふわりと二人を包み、草の上には柔らかな渦ができる。
「……ふふ。
いいわね、祝福印の少女”と“魔力変換獣。
銀刻交易連合の看板にするには、ちょっと派手すぎるくらいだわ」
ノーラはそう言って、口元だけで笑った。
―強欲な魔女と、風の祝福を持つ少女。
そして、魔力を変換してしまう不思議な魔獣ピョコマル。
この日から、三人と一匹の訓練メニューに
媒介魔法(ピョコマル経由)が正式に加わったのだった。
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