44~砕石魔石分配会議
ペン先が、紙の上を滑る。
ノーラの帳簿には、簡素な表が走り書きされていく。
――砕石魔石一個あたりの「総コスト」試算。
・カーシェル:出力中、事故率低、供給安定ー基準コスト1とする
・トーネル:出力高、事故率中~高、現場教育必須―基準+教育費+補償上乗せ
・黄金冠:出力中、事故率ゼロ扱い、高精製・高加工ー基準+加工費、ただし事故時は商会負担
(街道一本分あたりの必要砕石魔石数は……だいたい、この規模なら三百個前後)
ノーラは数字を置き換えながら、さらさらと計算を進める。
横で覗き込んでいたソルトが、小さく息をのんだ。
(計算、早っ……)
ルチェアは必死でノーラの表を写していたが、緊張しすぎて手元にわずかな風を起こし、紙の端がふわりと揺れる。
「……あ、ごめんなさい……!」
「大丈夫。紙が飛ばない程度なら、風はタダだから許す」
ノーラが軽く笑って言うと、ルチェアは少しだけ肩の力を抜いた。
ひと通り数字を出し終えると、ノーラは帳簿を閉じ、顔を上げる。
「結論から言うわ」
三商会の視線が、一斉に集まる。
「王都街道の最初の一本――
安全性と実績作りを優先して、配分をこうすることを提案する」
ノーラは指を折りながら、はっきりと言った。
「基幹部――街道の“人通りが一番多い区間”と、
橋や峠道など“事故ると被害がデカい所”は、カーシェル商会。
山あいの岩盤が固い区間、“短期間で一気に片付けたい現場”は、トーネル商会。
街に近い区間で、見栄えや“王都へのアピール度”が高いところは、黄金冠商会。
――以上」
しばし、沈黙。
最初に口を開いたのは、レイモンドだった。
「……理由を伺っても?」
「簡単よ」
ノーラはカーシェルの砕石魔石をつまみ上げる。
「カーシェルは安定性重視。暴発率が低い。
“毎日人が通る場所”で事故を起こされると、一番面倒なのは王都とギルド。
だから、そこは“堅実な商会”に任せるべき」
次に、トーネルの砕石魔石を指で弾く。
「トーネルは出力が高い分、扱いが難しい。
けれどバルドさん、あなた現場をよく知ってるでしょ?」
「ああ。山の岩なら、うちは負けねえ」
「なら、“人が少なくて、岩が固いところ”はあなたの出番。
その代わり――さっき言った通り、現場指導込みで契約すること。
事故ったら、『岩じゃなくて人を砕いた』って笑い話じゃ済まないから」
バルドは鼻で笑った。
「笑い話にしてるのは酒場だけだ。
現場の骨は軽くねえ。……いい、飲もう。その条件」
最後に、黄金冠の砕石魔石を持ち上げる。
「黄金冠は――見栄えがいい。精製も加工も丁寧。
“王都に報告書を出したとき、一番数字が映える”タイプの魔石ね」
セラフィナが薄く笑う。
「光栄ですわ」
「でも高い。
街道全区間にこれを使ったら、“最初の予算”で土木局が悲鳴を上げる。
だから、“見せ筋”の区間に絞って使うのが一番効率的」
ノーラはさらりと言い切った。
「王都からしたら、報告書の最初の数ページさえ綺麗なら、
あとは『現場の判断でコスト削減に努めました』って言えばいい。
見栄えばかりに金を使うのは、貴族の屋敷の内装だけで十分よ」
フレアリスが後ろで「耳が痛いですわね」と小さく咳払いをした。
レイモンドは真顔のままだが、目だけが面白そうに光っている。
「……三商会への配分比は?」
「街道一本分として――
カーシェル五割、トーネル三割、黄金冠二割。
それぞれ区間を分けて、別々に契約。
ただし、最初の一年は“試験運用”として、
事故率と工期、実際の維持費を、銀刻交易連合とギルドで共同監査する」
ガルドが眉を上げた。
「共同監査、か」
「ええ。
“数字の改ざん”と“事故の報告漏れ”を防ぐために、
中立第三者――つまり私たちを噛ませておく」
セラフィナが、そこで初めてわずかに表情を変えた。
「中立第三者……?
それはつまり――銀刻交易連合に、“ずっと首を突っ込まれる”ということですわね」
「嫌なら今、席を立てばいい」
ノーラはきっぱりと言った。
「私だって好きで火薬庫の真ん中に座りたいわけじゃない。
“事故が起きてから責任を押し付けられる”なら、
最初から契約に名前を刻んで、ちゃんと報酬ももらう」
バルドが苦く笑う。
「随分はっきり言うじゃねえか」
「契約ってそういうものでしょ。
“何かあったら頼るかもしれないけど、その時はよろしくね”なんて、
タダ働き前提の話には乗らない」
レイモンドが、静かにうなずいた。
「土木局としては――中立監査が入るのは、むしろ歓迎です。
我々も、“机の上だけの報告”にはうんざりしていますので」
セラフィナはしばらく沈黙し――
やがて、扇のように指を広げて机を軽く叩いた。
「……よろしいでしょう。黄金冠商会は、提案を受け入れますわ。
“見せ筋”の区間で、最高の仕事をして見せます」
バルドも肩をすくめる。
「うちも異論はねえ。
山は任せろ。街道一本分ぐらい、きっちり通してやる」
視線がカーシェルに向く。
リナードは、ほんのわずかに苦笑した。
「……五割、ですか。
責任も、それなりに重くのしかかりそうですね」
「嫌なら四割に下げてもいいわよ」とノーラ。
「いえ、結構です。
カーシェル商会、“堅実さで食っている”看板を掲げている以上、
“一番事故を起こしづらい区間”を預かるのは、むしろ名誉ですから」
そう言って頭を下げる。
レイモンドが手を打つ。
「では――王都土木局としては、
銀刻交易連合の提案を基礎案として、
三商会とギルド、並びに街道整備委員会に諮ることとします」
ガルドが腕を組み、ふんと鼻を鳴らした。
「異論が出ようが出まいが、この場の“ひな型”から大きく外すつもりはねえ。
今日の協議と鑑定は、正式に記録に残す。……文句あるやつは?」
誰も手を挙げない。
ただ、黄金冠の護衛の一人が、ほんの一瞬だけ――
ノーラを刺すような視線で睨みつけたのを、フレアリスは見逃さなかった。
(やれやれ。敵を作る速度が早いですわね、ノーラ)
(そっちこそ、半分はあんたの高飛車コメントのせいよ)
ノーラは内心ぼやきながらも、顔には出さない。
レイモンドが席を立ち、改めてノーラに向き直る。
「銀刻交易連合――いえ、エレアノーラ殿。
本日の働き、王都としても感謝いたします。
今後、正式に“監査人”としての任をお頼みすることになるでしょう」
「その時は、報酬と契約内容を先に出してくれたら考えるわ」
「……ええ。もちろん」
乾いた笑みを浮かべ、レイモンドは退出していく。
三商会もそれぞれ簡単な挨拶を交わし、順に席を立った。
黄金冠のセラフィナだけが、扉の前で一度振り返る。
「――一つだけ、忠告して差し上げますわ」
冷えた声が、静かな広間に響く。
「“長く生きられる商人”というのは、
敵を作らず、誰にも強くは嫌われず、
それでいて自分だけは損をしない――そんな者たちです」
ノーラは肩をすくめた。
「心配してくれるの? 優しいわね」
「いえ。
“あなたが長生きするかどうか”は、
これからの市場にとって、なかなか面白い要素になりそうですから」
セラフィナは淡く笑い、扉の向こうへ消えていった。
◇ ◇ ◇
商会の面々が去り、大広間にはノーラたちとガルドだけが残った。
「……やれやれ」
ガルドが椅子の背にもたれ、大きく伸びをする。
「ぶっちゃけるとだな、銀刻。
俺は最初、お前が“砕石魔石の値踏み”なんて面倒ごとを、
ちゃぶ台返しして帰るんじゃねえかと思ってたんだが」
「失礼ね」
「いい意味だ。
だが、蓋を開けりゃ――
三商会に貸しを作り、王都ともパイプを繋ぎ、
何より“監査人”としてギルドに噛んでくるとはな」
ガルドはニヤリと笑う。
「気に入った。
この街でデカい仕事が動くたびに、お前を巻き込んでやる」
「脅し文句としては最低ね、それ」
ノーラはため息をつきつつも、口元だけは緩んでいた。
「ま、報酬さえ出るなら考えてあげるわ。
こっちはこっちで、“銀刻交易連合”を大きくしていかなきゃいけないし」
その横で、ルチェアがそっと手を挙げる。
「あの……ノーラさん。
さっきの、砕石魔石のこと……
わたし、全部はよく分からなかったけど」
「うん?」
「でも、“人があまり死なないように”とか、
“後で困らないように”って、ちゃんと考えてたのは分かりました」
ルチェアは、ぎゅっと帳簿を胸に抱きしめる。
「ノーラさんの“強欲”は、なんか――
“誰かのための強欲”なんだなって」
ノーラは一瞬、言葉に詰まった。
フレアリスが、わざとらしく扇子で顔を隠す。
「ふふ。聞きましたわ?
“誰かのための強欲”ですって。
さすが、わたくしが見込んだ女ですわね」
「誰がいつ、あんたに見込まれたのよ」
ノーラは照れ隠しに、フレアリスの頭を軽く小突いた。
「いい? ルチェア。
私は別に、世界を良くしたいとか、立派なことを考えてるわけじゃない」
「……そうなんですか?」
「世の中が無茶苦茶で、勝手に不幸が降ってくると、
“私が損をする”のよ。
だから――“私が損をしない世界”を作るために、
ちょっとだけ他人のことも計算に入れてるだけ」
ルチェアは、少し考えてから、にこっと笑った。
「それでも、やっぱり――
わたし、ノーラさんのそういうところ、好きです」
「……はいはい。ありがと」
ノーラは顔をそらしながら、頬をかいた。
ピョコマルが「ぴゃう」と鳴き、ノーラの足元に頭を擦り寄せてくる。
(――砕石魔石の配分会議は、ひとまず決着。
だけど)
ノーラは心の中で、ひっそりと別の計算を始めていた。
(再生魔石の噂は、もう完全に街に流れた。
ドフォール、黄金冠、他にも――
“もっと汚い手段”を使う連中が、必ず動き出す)
森へ戻る帰り道、ノーラは空を見上げる。
ジルコールの空は、相変わらず澄んでいた。
だがその向こうで、目に見えない“金と欲望の気配”が、
じわじわと濃くなっていく気がした。
――これが、「三商会と強欲魔女の砕石戦争」の、
まだ、ほんの序章に過ぎないことを。
この時のノーラは、半分くらいしか自覚していなかった。
閲覧いただきありがとうございます。
私用でしばらく毎日投稿はできませんが、最低でも周1~2回は投稿します。




