43~砕石魔石の値踏み役
砕石魔石の値踏み役――という、大きすぎる仕事を請けたその日の夕方。
森のアナグラ近くの小さな草地に、ノーラたちは輪になって座っていた。
フレアリスは残りの焼き菓子をつまみながら、先ほどの話を復唱する。
「つまり、三商会がそれぞれ砕石魔石を持ち込んで、
その品質を公平にジャッジしろということですのね?」
「ついでに、王都側にとって損にならない価格帯まで、
落としどころを見つけてくれってことでもあるわね」
ノーラは、膝の上の帳簿をぱらりとめくる。
「カーシェルは中立の値踏み役って名目で私に頼んだけど、
実際は、どう転んでも死なない配置を作りたいのよ」
「死なない……?」ルチェアが首を傾ぐ。
「王都に出す砕石魔石が、一社独占になると――
もし暴発事故が起きた時、王都+ギルド+被害者の全員から責任を押しつけられる。
でも三社で分け合えば、責任も三等分。そういう計算」
フレアリスは扇子で口元を隠しながら、ニヤリと笑う。
「なるほど。誰か一人が悪者になりたくないから、皆で薄く責任をかぶりましょう作戦ですわね。
まあ、醜いけど……賢い選択ではありますわ」
「そういう場に、銀刻の値踏み姫っていう、
外様の看板を立てたいわけ。
あの魔女がこう値付けしたって言えれば、誰かに責められても盾になるから」
「……じゃあ、ノーラさん、狙われません?」とルチェアが不安げに口を開く。
ノーラはあっさりと頷いた。
「狙われるわね。だから、条件を三つ全部飲ませたのよ。
あれぐらいの安全装置はつけないと、損得勘定が合わない」
「そういうところ、本当に好きですわ」とフレアリス。
「褒め言葉と受け取っておくわ」
ノーラは帳簿を閉じ、メンバーをぐるりと見回した。
「で――護衛兼助手の話だけど」
ジンジャーが姿勢を正す。
「俺とミント、それにソルト……だろ?」
「ええ。ギルド経由で、臨時護衛兼立会人として登録してもらう。
ジンジャーは前衛要員。ミントは回復と、魔力の異常探知。
ソルトは記録と、魔術道具の不具合チェック」
「了解。護衛任務は慣れてる」とジンジャーは短く頷く。
「はいはい。どうせまた、体張る役回りね……」とミント。
「でもまあ、あたしもあの三商会の顔ぶれは見ておきたいし」
ソルトは苦笑いを浮かべる。
「ぼく、数字はそこまで得意じゃないけど……
魔術道具の癖とか、魔石の揺らぎなら、多少は見れると思う」
「十分よ。数字は私が見るから」
ノーラがそう告げると、ルチェアがもじもじと手を上げた。
「あ、あの……わたしは?」
「ルチェアは、私の書記見習い」
「書記……?」
「件名と、各商会の主張、砕石魔石の特徴や価格。
それを簡単でいいから、横でメモしておくの。
あとで私が整理するから、書き方は気にしなくていい」
「それって……重要なお仕事では……」
おそるおそる聞き返すルチェアに、ノーラは悪戯っぽく片目をつぶる。
「当たり前でしょ。
お金の話を覚えられない弟子なんて、私のところには置いておけないもの」
「が、がんばります!!」
ルチェアの返事に、ピョコマルが「ぴゃう!」と元気に鳴いた。
「では――三日後の商談会、銀刻交易連合としての初陣ですわね」
フレアリスがサンドイッチのカゴをぱん、と叩く。
「庶民と貴族と魔女と祝福印――この取り合わせで、
三商会と王都相手に、華々しいデビューを飾って差し上げましょう!」
「……ハードルを勝手に上げないで」とノーラはため息をついた。
三日後。
ジルコール冒険者ギルド、一階・大広間。
いつもなら依頼票と酒の匂いと冒険者の喧騒で満ちた場所が、この日ばかりは妙に静かだった。
柱には布がかけられ、壁際のテーブルは片付けられている。
中央には長机が三方に配置され、それぞれに椅子と水差しが置かれていた。
バルロ支部長が中央席に座り、その右隣に王都からの役人――
薄い茶髪を後ろで括った、いかにも事務官然とした青年が控えている。
「王都土木局連絡官、レイモンド=ハル。
本日は、ソラリア街道再整備計画の砕石魔石供給協議の立会いとして、参上しました」
きっちりとした挨拶に、周囲の空気が少し固くなる。
(……喋りは官僚っぽいけど、目は案外見えてるわね)
ノーラは、会場の隅――中立の鑑定人席に腰かけながら、横目で彼を観察した。
その背後の壁際には、ジンジャー、ミント、ソルトが控え、
さらにその横でルチェアが帳簿を胸に抱えて、不安そうに立っている。
ピョコマルは邪魔にならないよう、ルチェアの足元に丸くなっていた。
フレアリスはノーラの斜め後ろ――
椅子の背にもたれ、扇子を広げて半分顔を隠している。
「それでは、三商会の代表者、入室を」
バルロの声に、扉が順に開いた。
一番に入ってきたのは、カーシェル商会の一団。
整った制服の書記と護衛、その中心に――リナードがいた。
彼はノーラと一瞬だけ目を合わせ、軽く会釈してから、自分の席へ向かう。
次に現れたのは、トーネル商会。
がっしりとした体格の中年男。
顔は日に焼け、腕には古い傷跡がいくつも走っている。
着ている服は華美ではないが、指には分厚い金の指輪がはまっていた。
「トーネル商会、代表代理のニド=トーネルだ。
鉱山町の連中を預かってる身として、手抜きはしねえ。よろしく頼む。
(現場叩き上げの鉱山商人ってところね。
数字より実際の岩の方が得意そう)
ノーラは彼の歩き方と視線の動きを眺めながら、頭の片隅で評価をメモする。
最後に入ってきたのは――黄金冠商会。
細身で背の高い女が、一歩一歩を滑るように進んでくる。
金糸の刺繍が施された上着。
どこか異国風のアクセサリー。
そして、表情から感情を読ませない、淡々とした瞳。
「黄金冠商会・専務、セラフィナ=クォーツ。
本日は、我が商会の正当な評価を頂きに参りました」
(この女、嫌いなタイプだわ)とフレアリスが小声でささやく。
「まだ何もしてないでしょ」とノーラ。
「顔がもう、腹に一物抱えてますわ。
ああいうのは経験則で分かるのです」
バルロが咳払いし、両手を広げる。
「さて――本日の議題は一つ。砕石魔石の品質と供給条件の比較だ。
王都土木局連絡官殿立会いのもと、三商会同席で協議を進める。
その前提として、中立の鑑定人――銀刻交易連合代表、エレアノーラ=リッチポンドを招いている」
ざわっ、と、わずかなざわめきが商会側の席に走る。
「銀刻の値踏み姫……」
「再生魔石を持ってるって噂の……」
小声の囁きが、ノーラの耳にも届いた。
彼女は立ち上がり、簡潔に頭を下げる。
「銀刻交易連合、代表のエレアノーラです。
本日は砕石魔石に限って、品質と価格の妥当性を測る役を務めます。
それ以外の話題――特に、再生魔石については、一切扱いません」
その一言で、数人がわずかに肩をすくめた。
セラフィナが、興味深そうに視線を向けてくる。
「念のため伺いますわ。
その話題を一切扱わないというのは――
裏での交渉も含めて、ですの?」
「ええ。あなた方がどんなに金貨の袋を積んできても、ドアの外に置いて帰るわ」
ノーラはさらりと言ってのけた。
「今日ここに来たのは、砕石魔石の商売のため。
他の話を持ち込むなら、今のうちに帰ってくれて構わない」
バルロが「はっはっ」と豪快に笑った。
「気に入った。
金の匂いにすら条件をつける商人は、そう多くねえ。
なら、こっちも真面目に砕石魔石の話だけしようじゃねえか」
セラフィナは肩をすくめただけで、特に反論はしなかった。
レイモンドが小さく頷き、書類を整える。
「それでは――各商会、砕石魔石のサンプルを提出願います」
三つの木箱が、長机の中央に並べられた。
一つは無骨な鉄の帯で補強され、
一つは丁寧な漆塗り、
もう一つは簡素な木箱に、きっちりと刻印だけが押されている。
バルロが蓋を開けると、淡く光る魔石が現れた。
どれも手のひらほどの大きさ。
だが、その色合いや内部の揺らぎは少しずつ違っている。
「鑑定人、どうぞ」
ノーラは席を立ち、一つ一つを手に取った。
指先に伝わる重量感、魔力の脈の揺れ、表面の加工の荒さ。
ひとつひとつ、脳裏で数値に置き換えていく。
(カーシェルの砕石魔石――灰青色。
魔力の波は安定、衝撃の出力は中程度。
扱いやすくて事故が少ないタイプ)
(トーネル――濃い鉱石色で、魔力が荒い。
砕けたときの飛散も大きそうね。
出力は強いけど、現場の扱いを間違えると死人が出るやつ)
(黄金冠――透明度が高い。
精製度も加工もきれい。
でも、明らかに必要以上の手間をかけてる。
品質はいいけど、値段も高くつくタイプ)
ルチェアが必死にメモを取っている。
手が震え、ペン先が時々紙から滑りそうになるのを、ピョコマルの前脚がなんとなく支えていた。
ノーラは三つの砕石魔石を並べ、商会ごとに視線を向ける。
「まずは、事故率を聞いておきたいわね。
ここ五年、砕石現場や輸送中の暴発、予定外の崩落――
死人が出た件数を、隠さず教えてほしい」
トーネルが即答する。
「うちは三件だ。全部、現場の扱いミスと、岩盤の読み違いが原因だと報告してる」
「報告してるじゃなくて、実際はどう?」
バルロは口の端を歪める。
「……実際も、そうだ。
だが、砕石魔石の出力が高すぎて、
ちょっとしたミスが命取りになるってのは、確かにある」
「正直で結構」
ノーラはメモに「強出力・高リスク」と書き足した。
次にカーシェル。
「うちは――」とリナード。
「輸送中の事故はゼロ。現場での小規模な崩落は二件。
死者は出ていませんが、骨折者が一人。
砕き残しによる後続作業員の接近ミスが原因です」
「魔石の個体差による暴発は?」
「今のところ、報告されていません」
(ふむ。大人しい性格ね)
最後に、セラフィナ。
「黄金冠商会は――この十年、砕石魔石の事故報告はゼロですわ」
フレアリスが、後ろで眉をひそめる。
(十年ゼロって、逆に怪しいですわ……)
「現場からの未報告は?」
ノーラの問いに、セラフィナは肩を揺らしもせず答えた。
「そのような事案は確認されていないと、申し上げておきます。
我々は現場ごとに監督官を置き、記録も残している。
それでもなお隠蔽があるというなら、それは現場の悪意であり――」
「なるほど。少なくとも、商会としてはゼロということにしているのね」
ノーラはにっこりと笑った。
「構わないわ。
私が知りたいのは、計画を立てる時に見える数字だから」
レイモンドが、興味深そうに視線を向けてきた。
「銀刻殿――
その、“計画を立てる時に見える数字”とは?」
「砕石魔石一つ当たりの出力、
現場で必要な扱いの丁寧さ、
その現場に配置すべき監督の人数、
万が一暴発した時の補償費用。
それら全部を、一個あたりの総コストに換算するのよ」
ノーラは三つの砕石魔石を指で弾き、軽い音を鳴らした。
「たとえば――極端な話をするとね。
『安くて強いけど、扱いを間違えると十人死ぬ魔石』と、
『高いけど、十年に一度しか事故を起こさない魔石』があったとする。
王都が欲しいのは、最初に払う金額が少ない方か、
十年後に残る街道が一番多い方か――どっち?」
レイモンドは、少しだけ口元を緩めた。
「……もちろん、後者であるべきですね」
「そう。あるべき」
ノーラは肩をすくめる。
「でも、現実には前者を選ぶ人も出てくる。
予算をケチって昇格を狙う小役人とか、短期利益だけ見る領主とか。
だからこそ――ここで、きっちり長期コストを数字にして見せる必要がある」
トーネルが腕を組んだ。
「つまり、うちみたいな強くて荒い砕石魔石は――
現場教育込みでセット販売しろってことか」
「そうね。
砕石魔石一つにつき、現場講師一人を三日間必ず派遣するとか。
その分を価格に上乗せして、事故率を契約で下げる形にすれば、
王都もギルドも文句は言いづらい」
セラフィナが、静かに口を挟む。
「では、我々のような高品質・高価格な砕石魔石は?」
「事故率ゼロという看板を、そのまま価格に乗せる。
その代わり――事故が起きたときは、商会が補償する契約にする」
黄金冠の護衛が、わずかに身じろぎした。
セラフィナは、しばしノーラを見つめ――
やがて、唇をわずかに吊り上げた。
「……随分と、えげつない提案ですわね」
「商売って、そういうものでしょ?」
ノーラはさらりと返す。
「カーシェルは、その中間を狙えばいい。
出力も事故率も、平均から少し良いくらい。
その代わり、供給の安定性で勝負する」
リナードが頷く。
「……それは、元より我々が目指していた位置です」
ノーラは席に戻り、帳簿を開いた。
「――さて。
砕石魔石一個あたりの総コストを、今から概算するわ。
それをもとに、王都の街道計画の最初の一本に、
三商会をどう配分するか――案を出しましょうか」
ペン先が紙の上を走り出す。
ルチェアは、懸命にその横でメモを取りながら――
ちらりとノーラの横顔を盗み見た。
(……すごい。
魔法でも剣でもないのに、
言葉と数字で、この場を動かしてる)
ピョコマルが「ぴょ」と短く鳴いた。
それは――この日、ジルコールの商戦の空気が、
確かに一段階変わった瞬間だった。
閲覧いただきありがとうございます。
ストックはあるのですが、編集と私用のために1週間くらいお休みします。




