40~三商会の接触
ギルド食堂での一件から、そう時間はあかずに――。
「エレアノーラ、ちょっといいか」
帳簿をしまったところで、カウンターの奥からバルロの低い声が飛んだ。
元冒険者のギルドマスターは、相変わらず熊のような体躯で腕を組んでいる。
「……怒られるようなこと、したつもりはないんだけど」
「怒りてぇのは山々だがな。こっちも立場ってもんがある。話だけ聞け」
ノーラは肩をすくめ、ルチェアに視線を送った。
「ルチェア、ピョコマルと一緒にここで待ってて。フレアリスは――好きにしていいわ」
「好きに、とはまた雑な……。まあよろしいですわ、庶民観察でもしてます」
フレアリスは優雅に紅茶を頼み、ルチェアは「はい」と小さく頷く。
ノーラはバルロに促されるまま、奥の階段を上がり、二階のギルドマスター室へ向かった。
分厚い木の扉の向こうは、紙とインクと革の匂いが混じった、いかにも事務室という空間だった。
壁には地図と依頼票、棚には酒瓶と書類が雑然と並ぶ。
「座れ」
ガルドが指し示した椅子に腰を下ろすと、机の上に封蝋付きの書状が三通、きちんと並べられているのが目に入った。
「……おめでとうさん。立派なお手紙が山ほど来たぞ」
「嫌な祝辞ね。差出人は?」
「ジルコールの三大商会――カーシェル商会、トーネル行商組合、そして王都直轄の黄金冠商会だ」
最後の一つだけ、バルロの声色がわずかに重くなった。
(黄金冠……王都御用達の金融商会ね。つまり、あっちの本気が混ざってる)
ノーラは足を組み替え、何も言わずガルドの説明を待った。
ガルドは一通目をつまみ上げ、簡潔に要約してみせる。
「カーシェルからのやつだ。再生効果を持つと噂される魔石の真偽を確認したく、もし本物であれば長期的な提携を含めた交渉の場を設けたい。ギルド仲介のもと、銀刻交易連合との友好的な関係を望む”……という、まぁ丁寧な文面だ」
「カーシェルらしいわね。角は立てず、でも芯は通ってる」
「次。トーネル行商組合」
バルロは眉間に皺を寄せ、もう一通を軽く叩いた。
「再生魔石なる高価品がジルコール内に存在するとの噂につき、市場の混乱と不正取引を防ぐ観点から、速やかに組合を通した管理・販売体制の構築が望ましい。所有者はギルドを通じ、当組合に連絡されたし。対価として金貨200枚相当を基本提示とするが、詳細は協議可能」
「……望ましいって言いながら、実質出てこいって命令してるわね、それ」
「ああ。表向きは市場の安定だとよ。うまい言い訳だ」
バルロは額を指先でこすり、最後の封書を持ち上げた。
「問題はこれだ。黄金冠商会。王都直轄」
封蝋には王家の紋章をかたどった印章。ノーラは目を細めた。
「ソラリア王国の安寧と法秩序を維持するため、国王陛下の名のもと、
異常な回復能力を持つとされる魔石の所在について、ギルドを通じ実情の報告を求む。
当該魔石の所有者が希望するならば、王都にて正式な査定と保護下での利用契約を結ぶ用意がある」
「……求むってことは、まだ命令じゃないわね」
「今のところは、だ」
バルロは書状を机に戻し、ノーラをじっと見た。
「わかるか。どいつもこいつも、噂を前提に話を進めていやがる。
持ってるか?じゃなく、持ってるお前はどうする?だ」
「こっちの返事次第で、次のカードを切る気ね」
「ギルドとしては――あくまで中立だ。
お前がそんな石は持ってないと言うなら、そのまま突っぱねてやってもいい。
ただ……黄金冠からの文は、さすがに完全無視ってわけにはいかねぇ」
「報告義務?」
「所在不明で通すか、所有者はいるが、今は交渉の意思なしと答えるか。
どっちにしても王都には何かしら返答が行く。ジルコールのギルドの首が、王都にぶら下がってるのは昔からだ」
バルロの苦笑には、自嘲と諦観が混ざっていた。
ノーラはしばらく沈黙したあと、指で机を軽くとんとん、と叩いた。
「確認だけど――バルロさん。私が実際に再生魔石を持ってるかどうかを、ギルドとして公式に聞きたい?」
「ギルマスとしては、聞かねぇ方が楽だな。
知らん見てないで押し通せるからな」
そう言って、わざとらしく肩をすくめる。
「……けど、個人的には聞きてぇ。
ここいら一帯の冒険者にまで噂が広がっちまったら、お前も仲間も狙われる。
そのとき、ギルドがどこまで守りに回れるか、算段が要る」
ノーラは、ほんの少しだけ表情を和らげた。
「……そういう意味なら、答えてもいいわ」
彼女は声を潜め、きっぱりと言った。
「ええ、持ってる。
でも売る気は、今のところゼロ。
少なくとも、この街の誰にも触らせるつもりはない」
バルロは目を閉じ、小さく息を吐いた。
「だろうな。そう言うと思った」
「意外?」
「いや、お前さんの性格なら、一番高く売れるタイミングまで寝かせるか、金じゃない何かに変えるかのどっちかだと思ってた」
「大体合ってるわね」
ノーラは苦笑し、黄金冠の書状を指でつついた。
「黄金冠には、所在不明で押し通せる?」
「……一度ならな」
「じゃあそれで。
噂はあるが、実物を確認できる情報はギルドにはない――そう答えて。
どうせすぐに裏から別ルートで探ってくるわ」
「カーシェルとトーネルは?」
「カーシェルには、再生魔石の件では、まだ動くつもりはないって伝えて。
ただし――」
ノーラは少しだけいたずらっぽく笑った。
「他の案件なら、銀刻交易連合として話は聞くって添えておいて。
あそこは長期で付き合ってもいい相手よ」
「腹の探り合いってやつか」
「トーネルには、ギルド経由でしか話をしない。それ以外の接触は一切お断りで」
「ずいぶん温情判決だな。ぶった切らねぇのか」
「敵に回す価値もないって示すのも、ひとつの交渉よ。
あそこは市場を握ってるけど、裏まで真っ黒ってわけでもない。
むしろ、黒い部分はドフォールに押し付けてるでしょ?」
バルロの眉がわずかに跳ねた。
「……ドフォールともう接触あったな?」
「さっき、食堂で。
金貨100枚ぶん投げてきて、即金で買い取るって」
「100か。ケチってはいねぇな。逆に言や、それだけ本物だと見てるってこった」
「でしょうね。
だからこそ――こっちはもっと高く、別の形で回収させてもらう」
ノーラは椅子から立ち上がり、灰色のローブの裾を払った。
「まとめると――」
「黄金冠には所在不明、カーシェルには保留だが他案件は歓迎、トーネルにはギルド窓口以外は門前払い……でいいな」
「ええ。それとひとつ」
ノーラは振り返り、真剣な目でバルロを見た。
「ルチェアのことは、できるだけギルドの書類に薄く書いて。
たまたま保護した祝福印の娘、以上の情報は、今は誰にも渡さないで」
「……お前さん、本当に厄介なカードばかり拾ってくるな」
「商売人ってそういう生き物よ。
価値のあるリスクは、大抵足元に転がってるもの」
バルロは苦笑し、窓の外のジルコールの街並みをちらりと見やった。
「わかった。
ギルドとしても、下手な火事はごめんだ。
できる限り、お前とその拾い物を守る方向で動く」
「恩に着るわ。……そのうち、利子つけて返す」
「頼もしいこった」
ノーラが部屋を出ていくと、バルロは机の上の三通の書状を見下ろし、ぼそりと呟いた。
「銀刻の値踏み姫、再生魔石、祝福印の娘……
ジルコールも、派手に嵐を呼び込みやがったな」
「ノーラさん、どうでした……?」
階段を降りると、ルチェアが不安そうに駆け寄ってきた。
ピョコマルがその後ろで「ぴゃう」と鳴く。
「ちょっと、面倒な大人たちが増えただけよ」
ノーラはそう答え、ルチェアとピョコマルの頭をぽんぽんと撫でる。
「でも大丈夫。
こっちの手札も、十分面倒だから」
「面倒って言い方やめなさいな。高貴なる、ですわよ」
フレアリスが紅茶のカップを掲げて笑う。
ジルコールの空は、いつもと変わらず澄んでいる。
だが、その青の下で――再生魔石を巡る静かな駆け引きが、確かに動き始めていた。
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