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幻記 ―越中秘儀始末―  作者: 炎 立見
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 そそくさと夕餉を済ませた二人は、暗くなって明かりもない部屋の中で、隣同士の布団に入って昼間の手代の様子について、思い付いたことを語り合った。


「お前ぇは、あの手代の後ろに何が見えたんだ。」


「あたいが見たものかい。」


「おっかないものと言ってただろ。」


「あぁ、思い出したかないけどさ、なんて言うか、生きた人じゃないような目をした若い男だったんだけどさ、なにしろおっかない雰囲気でさ、近寄ったらあたいの方に寄って来そうな感じでさ、いやな感じだったよ。」


「ほう、よく見えたな。」


「あんた、あれの正体を知ってそうな口ぶりだね。」


「あぁ、ありゃいけねぇ。あれに近付いたら酷い目に遭う。」


「なんてことだろうね、あの手代。」


「あのまま放っといたら、多分今頃はあの手代の通夜だっただろうな、今頃。」


「そんなに・・・。なんてヤツだったんだい。」


「ありゃ、縊鬼いっきといってな、あれに魅入られると首を括りたくなるんだ。」


「それであんなにおっかない感じがしたんだね。」


「用意もなしに近づいたら、鴨居でも太い枝でも、とにかくぶら下がりたくなるんだとよ。」


「あぁ、やだやだ。今晩も恐ろしくて一人じゃ寝られそうもないよ。」


「じゃ、おいらは寝るぜ。」


「つれないことをお言いでないよ。」


「なんだ、またかよ。」


「ちょっとだけ、ちょっとだけそっちに寄っておくれな。」


 翌朝、まだ暗いうちから起き出した美祢は、勘次郎の腕枕から頭を上げて、朝餉の支度のために布団を出た。


 部屋を出て勝手まで歩くだけでも、腹の奥に響く鈍い痛みが気になって、何度も足を閉じて立ち止まった。


 美祢が布団から出てしばらくしてから、勘次郎は身を起こして呟いた。


「あいつ、本当に初めてだったんだな。こっちが驚いたぜ。」


 一人で布団の番をしているのも格好が悪いので、勘次郎もそそくさと起き出して裏口へ回り、積み上げてあった割木を次々に鉈で割って行った。


 三日分ほどの薪を片側に積み上げた頃、美祢が朝餉だと告げに来た。


 首に掛けた手拭いで汗を拭き、手水鉢の水でさっと顔を洗った勘次郎は、味噌汁をよそう美祢の向かいに腰を下ろした。


 互いに無言で朝食を済ませた二人は、長居は無用とばかりにすぐさま宿を出て街道を江戸に向けて歩き出した。


 しばらく無言で歩いていたが、どうしても我慢が出来なくなったのか、美祢の歩調が乱れて来た。


 そのまま美祢の歩調に合わせて歩いていたが、やはり思ったほど里程が稼げないと判断した勘次郎は、すぐ先の榎の木陰で煙草を一服している人の良さそうな駕籠かきに声を掛けた。


 駕籠かきの二人は、熊谷宿から客を乗せた帰りで、この刻限ともなると客も居ないのでゆっくりしていたらしい。


 これから熊谷へ向かって歩いていた勘次郎と美祢には渡りに船のような話が転がっていたもので、帰り駕籠だからと熊谷まで酒手込みで二朱と話を付けて美祢を乗せた。


 顔を真っ赤にして、あたしゃ奥女中や商家のご新造さんじゃありませんとしきりに遠慮していたが、実際のところ歩くことに支障が出ているのだからと説得されて駕籠の客となった。


「もうっ、こんな贅沢したら罰が当たっちまうよ・・・。」


「いいじゃねぇか。毎度のこっちゃねぇんだ、たまの贅沢ってのも乙なもんだぜ。」


 二人の掛け合いを微笑ましい目で見ていた駕籠かきの二人は、さてと気合を掛けて長柄に肩を入れた。


 中山道の熊谷宿は街道筋でも指折りの小さな宿場町だったから、駕籠の数も当然少なかった。


 しかし、その分だけこの辺りの道筋には慣れていて、途中で休憩することも無く二里ほどの行程を一時いっとき余りで熊谷に着いた。


 またご縁があったらお願いします、と笑う駕籠かきたちと別れて幾分鈍痛の薄れた美祢を気遣いながら、勘次郎は次の鴻巣宿までの里程を頭に浮かべてどうするか迷っていた。


 熊谷宿から鴻巣宿までは四里余りと、武蔵の国のうちでは最も宿場間の距離があった。


 急ぐ旅でもなし、と考えをまとめたところで、美祢が俯いたまま小声でささやいた。


「あたいのせいで結構な物入りだったね。ごめんよ。」


「なぁに、気にするこっちゃねぇや。」


「次の宿場まではしっかり歩くからさ、堪忍しとくれ。」


「それなんだがよ、鴻巣の宿までは四里余りの距離だ。今のお前ぇにゃ荷が重かろうと思ってな、今晩はここに宿を取ろうか。」


「まだ昼にもなってやしないよ。それじゃあんまり贅沢じゃないかい。」


「だからな、そこの地蔵堂の裏が善根宿になってるんだ。掛かりは要らねぇから安心しな。」


「あんた、ほんとに善根宿の事をよく知ってるねぇ。」





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