表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻記 ―越中秘儀始末―  作者: 炎 立見
16/28

16

 新町宿から二里の道のりで本庄宿に至った。


 中山道はこの宿場から武蔵国に入り、江戸まで残すところ二十里余りとなる。


 本庄宿は、中山道最大の宿場町である。


 ここより旅籠の数が多い宿場はいくつかあるが、宿場町の規模と言い人口と言い、並ぶもののない大きさであった。


 これは、日本海側からの物資の集散地として古くから栄えたことに加え、宿場全体がそもそも三つの町から出来ていて、総延長十七町三十五間と鰻の寝床のように長かったことにも由来する。


 元々、江戸に近い側に宿場が作られたが、後に京の都の側にも宿場町が形成され、最後に両者の中間を埋める形で真ん中に宿場が成立した経緯がある。


 物資の集散による商いのために、宿場町全体の人口は四千人を超え、問屋場も六軒を数えるに至った。


 そのため、旅籠の数も七十軒と多かったが、何より人の集まる処であるから、飯盛り宿も三十五軒を超えて、一層の賑わいを呈していた。


 素通りして次の深谷宿へ急ごうかと思った勘次郎だったが、美祢が指さす先を見て諦めたような表情になり、次いで商売の時の表情を作って松の根方に蹲る手代を中心に困り果てた顔をした主従一行を見た。


「お前ぇ、何だってあの一行を指さしたんだ。」


「だって、あの蹲ってる手代さんの背中にくっ付いてるおっかない物がさ、さっきの茶店で厠から出てきた時に感じたのと同じ雰囲気なんだよ。」


「それで。」


「あれってさ、放っといていいってもんじゃないだろ。」


「まぁな。けど、こっちに悪さを仕掛けて来ねぇ限りは知らぬ顔をしておくのが利口ってもんなんだぜ。」


「でもさ、あんなに苦しんでるんだもの、なんとかしてやれないもんかねぇ。」


「・・・ったく、しょうがねぇな、うちのカミさんはよ。下らねぇことに顔を突っ込みやがって。」


「でさ、なんとかなりそうなんだろ、お前さんならさ。」


「やってみなくちゃ、なんとも言えねぇがな。」


 勘次郎と美祢は薬売りの夫婦を装って、さも善人面をしながら一行の方へ近づいて行った。


「遠くから拝見しておりましたが、お困りのご様子。越中富山の薬売りでございます。何かお手伝いできることはございましょうか。」


 勘次郎が揉み手をしながら一歩踏み出すと、その姿を認めた刀自がぱっと顔を明るくして言った。


「地獄に仏とは正にこのこと。手代が急に苦しみ出して難儀しておりました。」


 すると、隠居も口を揃えて勘次郎に言い募った。


「なんぞ急な苦しみに効く薬はお持ちかな。わしらは素人ゆえに何がどうなったか、さっぱりでのぅ。」


「お任せ下さいまし、旦那様。ではちょいとお脈を拝見いたします。」


 そう言って、勘次郎は松の幹に背中を預けて脂汗を流す手代の手を取った。


 その時、まるで息を合わせたように美祢が孫娘のところへ近寄って、耳元で囁いた。


「これからうちの亭主が手代さんの具合を確かめますからね。場合によっちゃ着物を脱がせることも有るかも知れないから、こっちへおいでなさい。」


 その声が耳に入ったか、刀自も孫娘の手を引いて松の裏側に身を隠すようにして、手代の姿が見えないようにした。


「これは薬売りの女房様か。なんと気の回る女子じゃこと。孫娘に見んでも良いものを見せてしまうところでした。」


「何を仰いますやら。私たち夫婦にはよくあることでございますれば、いつものことをしたまで。」


「それがなかなか出来ないことですよ。これこの通り礼を申します。」


「頭をお上げ下さいましな、おかみさん。」


 刀自と話をしながら、美祢は不可思議な感覚に捉われた。


 直接話をしているにも関わらず、刀自と自分の間に水の膜でもあるかのようなもどかしい気分になることに苛立ちを覚えた。


 それは目では見えぬものの、二人の間にあるのは確かなことで、そこに居るというのに一間も二間も離れていそうな感覚だった。


 ふと振り返って孫娘を見ると、こちらとは普通に話もできたしその手に触れることも問題なかった。


 これは一体何なのかと首を捻っていると、松の裏側からおぞましい気配が漂ってきて、その場に立っていることすら辛く感じられた。


「オン コロコロ センダリマトウギ ソワカ・・・・・。」


 勘次郎が唱えるお経だか真言だかが聞こえてきて、その感覚が一遍に無くなった時、美祢は勘次郎の凄さを初めて感じて瞼が熱くなった。


「もう大丈夫だと思いますが、念のためこの薬をお持ち下さいまし。」


 そう言って、勘次郎は脇に置いた大きな桑折の蓋を開け、茶色い巾着から黒い丸薬を二十粒ほど出して、隠居の印籠に移した。


「そこまでお世話になって知らぬ顔も出来ませぬでな、どうかこれをお納め下され、売薬さん。」


 隠居は急いで懐から紙入れを取り出して、金の小粒を二つ勘次郎に握らせた。


「こんなには頂きすぎでございましょう。」


 そういう勘次郎を笑顔で制した隠居は、無事だった手代に回復した手代の面倒を見るように言いつけて街道へ戻ろうとしたが、お天道様の位置を気にしながら呟いた。


「本当は三里先の深谷宿までと思うておったが、松吉の具合がこれではこの本庄に宿を取ることになりそうですな。」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ