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幻記 ―越中秘儀始末―  作者: 炎 立見
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 姿も見ずに気配だけで恐ろしさに気が付くようになったのは、やはりこっちのことに縁があったのかと思って美祢の顔を見ていた勘次郎だが、それにしても力が育つのが早すぎるような気がして、そのことだけは気がかりだった。


 このまま引き摺られることなく力を育ててくれれば、やがては自分の立派な相棒となるであろうと期待している気持ちに気付いて、はたしてそれが美祢にとっても良いことなのか、と考えた。


 世の中は妖などには縁がなく、気配に気付きもしないで過ごしている者たちが大半を占め、そのまま生を全うするのが普通なのだが、時たま勘次郎のように生まれつき妖を見て感じて育つ者がいる。


 多くは親や周りの者が気付いて寺に入れられるのだが、極々たまにそのまま成長してこれを手なづけたり退治したりすることを生業にする者もいないではない。


 勘次郎は生まれつき、身の回りの妖だけでなく神や仏の影まで追える稀有の力を持っていた。


 神や仏といった崇高な存在は、人の目で見たり触れたりすることの叶わぬものであり、逆鱗に触れて怒りを買うことはあってもその姿を見ることなど決して出来ることのない、言わば恐ろしい存在でもあった。


 越中の国のうち、南に飛騨の国と接する辺りに、医王山大薬寺という一宇があった。


 製薬に力を注いだ領主の影響もあって、越中は六十余州に販路を持つに至った売薬行、製薬業の一大拠点であった。


 先用後利を謳い文句に、日本中を隈なく回る売薬さんと呼ばれる販売者が各家庭に小さな薬嚢を預けておき、使った分だけ翌年に清算するという制度は、全国の家庭に受け入れられて大きな利を上げていた。


 各家庭における薬の消費量は決して多くはなかったが、津々浦々に顧客を持っていればその総売り上げは恐ろしいほどの額に上る。


 今年は薬の世話にならずに過ごせたよ、と言われても、それは良うございました、と笑顔で返せるのはその故である。


 薬の世話にならずに過ごせる家もあれば、病人けが人が相次いで薬嚢の中身が尽きるほどに世話になる家も必ず出て来る。


 それは世の理であり、避けては通れぬ道であったし、そしてそれは、いつ自分の身に降り掛かるか知れない運命さだめでもあった。


 勘次郎は、越中国婦負郡の貧農の五男坊としてこの世に生を受けた。


 両親は、薬の原料になる薬草を取って製薬業者に売る副業でなんとか食い繋いでいたが、そのせいで『薬のお山』と呼ばれる医王山に五男坊の身を預けることができた。


 当時の住職は勘次郎を一目見て、その子が持って生まれた力を見抜き、僧にするべく修行を課そうとしたが、勘次郎はそのすべてを一切受け付けなかった。


 扱い兼ねた住職が、試しに薬師如来真言を授けてこれを誦するように言いつけると、何故か勘次郎は真言をいたく気に入った様子で唱え続けていたが、その日のうちから彼の周りに蠢いていた闇の者たちの姿が消えていた。


 これといった修行をしていないにも拘らず、勘次郎はよく狐憑きを逃散させる場に呼ばれては、薬師真言一つでいとも簡単にこれを下した。


 高野山の大阿闍梨ですら手を焼いた高岡の城跡に巣食う百鬼の群れも、勘次郎の唱える薬師真言の前には敢え無く姿を消して、二度と戻って来ることはなかった。


 己の法術が敗れた妖を一刀両断に退治して見せた若者を見た大阿闍梨は、勘次郎の周りを守護するように取り巻く十二神将の姿を幻視して、畏れのあまりに泡を吹いて意識を失った。


 後に件の大阿闍梨は、医王山の住職にこう語ったとされる。


「あれを坊主の型に嵌めんで良かった。あれはそんなもの屁とも思っておらんわい。あれの器は底なしじゃからのぅ・・・。」


 それからすぐに、勘次郎は医王山大薬寺の江戸での末寺、深川の伝薬寺との間を往復したり、諸国を巡って薬の需要を掘り起こす任を与えられて、全国を渡り歩いていた。


 美祢を拾ったこの旅も、大薬寺から伝薬寺への使いであった。













 さて、その美祢である。


 万人に優れた器量を持ちながら、護摩の灰や枕探しに甘んじていたのは、玃の媾いの相手とされたからだった。


 幸い、手遅れになる前に勘次郎の手で鎖を断ち切られて自由の身となったが、妖に魅入られたことが元になったか、この世ならぬ者の姿を感じ、声を聞く力を持ってしまった彼女の育ち方が尋常ではない。


 すでに勘次郎と同じものを感じ取っていた。


 こちらから見えるということは、あちらからも見やすいということ。


 大薬寺の役僧月珍にそう諭されて以来、勘次郎は力をひけらかすことをやめた。


 自分だけならまだしも、周りの者を巻き込む危険があるということを知らされた経験を糧とした結果であった。





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