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翌朝早く、勘次郎と美祢は揃って裏庭の山桜の根方にいた。
亭主をたたき起こして同席させ、こちらは事情を知っているぞと言わんばかりの態度で時折亭主の方に視線をやると、見られたと分かった途端に体が硬直するのが哀れだった。
何人か近所の百姓を掘方に雇っていたので、皆手に手に鍬をもって集まっていた。
「これから、行き倒れて亡くなった母子の供養を行います。では。」
勘次郎の合図で、百姓たちは一斉に指定された辺りを掘り返し始めた。
掘り始めて半時も経った頃、百姓たちから声が上がった。
「こりゃ、なんだ。」
百姓の一人が指さす先を見ると、色褪せることなく目にも鮮やかな着物が見えていた。
何年も土にまみれ、裾の辺りには血の痕が黒々と残っていたが、着物そのものは昨日埋められたと言われれば納得してしまいそうな状態だった。
そしてそれは、土を落として洗い張りに出せば、新品同様とはいかないまでも、古着屋でそれなりの値段が付くものだった。
「オン ビゼイビゼイ ビゼイビゼイ ビセイジャサンボリギャテイ ソワカ
オン ビゼイビゼイ ビゼイビゼイ ビセイジャサンボリギャテイ ソワカ・・・」
いつの間に取り出したか、勘次郎が数珠を手に薬師如来真言を静かに唱え始めると、それまで重く蟠っていたような空気が、すーっと晴れていくような感覚があった。
しばらくそうして真言を唱えていた勘次郎は、
「オン コロコロ センダリマトウギ ソワカ
オン コロコロ センダリマトウギ ソワカ・・・」
と唱えて真言を唱え収めた。
「さて、それではその着物をあの小高い山の上にあるお寺にお納めしたいのですが、運んでいただけましょうか。」
「そりゃもう、おっしゃる通りにしますだで、御行さま。」
「では、ご亭主、ご用意がよろしければ、あちらの寺にお知らせを。」
「は、はい・・・」
幾分籠った気が薄れたので、亭主の動きにも軽さが見えてきた。
亭主は、下働きの老爺に耳打ちをして送り出すと、勘次郎を振り返って頭を下げた。
「こんな徳の高い御坊さまだとも思わず、昨夜は失礼しました。」
「いや、おいらは坊様じゃなくて、ただの薬売りですよ。勘違いしねぇで下さいな。」
勘次郎は慌てて亭主の言葉を否定したが、やっていることは立派な坊主の所業である。
亭主がそんなことくらいで納得するわけがない。
「御坊さまが運べと仰ったあの寺は、ここで亡くなった母子を弔った寺なんでございますよ。」
「それで、産女があそこを指さしたってわけか。」
「う・・・、うぶめ。うぶめとはいったい・・・。」
「昨夜この木の根方に立ってたから話を聞いて、その妖がこうしてくれと言った通りにしただけですよ。」
「それこそ。妖の姿が見え、言葉が聞けるなど、それこそ徳が高くなければ出来ようはずもないこと。ありがたやありがたや・・・。」
「ちょっと待った。おいらを拝んでどうすんだい。」
着物が運ばれた寺の本尊は観世音菩薩だった。
遍く衆生を救済することを本願とし、そのために敢えて菩薩の身に留まるとされる、最も庶民の信仰篤い仏である。
「観音様とは畑違いなんだがなぁ。」
ぶつぶつと呟きながらも、勘次郎は美祢と共にその寺、一雲山晋徳寺へと登って行った。
二百三十五段の石段を登って、山門のところで振り返ると、高崎の宿場町が一望出来て、そのいかにも鄙びた眺めがどこか心安らぐ気分にさせた。
「こりゃ、産女の気分を代わりに味わってるってとこかね。」
美祢が、教えられてもいないことを口にしたのに驚いて、思わずその顔を見つめていると、ぽっと頬を染めて小さく呟いた。
「そんなに見つめられちゃ、まっすぐ歩けなくなるじゃないか。」
「いや、そうじゃなくてさ・・・。」
「だから、昨夜ちゃんとあたいを抱いとけば良かったのにさ。」
「だから、そうじゃなくてさ・・・。」
「なんだよ、まだ仏様の庭の中だよ。我慢をおしな。」
「うるせぇ、ちょっと黙ってろ。」
「もう、照れちまってさ、うちの亭主ったらさ。」
ころころと嗤う美祢の顔を眩しそうに見ていた百姓たちは、勘次郎の視線に気付いたかのように慌てて山門を潜って庫裏へと声をかけに走って行った。
「ほら、そんなに睨んじゃ、お百姓衆が気の毒だよ。」
「いいからその口をつぐんでな。ここからは観音様の領域だ。里のつもりではしゃぐんじゃねぇ。」
散々からかった勘次郎の雰囲気がいきなり変わったのを見て、美祢は言われた通り静かにしていることにした。
住職が供養の経を読む間、皆の茶の用意を小坊主と共にしていた美祢は、ふと視線を感じて本尊の脇を見ると、赤子を抱いた若い女が寺に持ち込んだと同じ柄の着物を着て、美祢に向かって頭を下げて、すっと見えなくなった。




