第8話 埋め立ての下の浜
退院を許可された翌日、私は真っ直ぐ自宅へは帰らなかった。
向かったのは、みなとみらい線の日本大通り駅。階段を上り、地上へ出ると、横浜の澄んだ秋風が頬を撫でた。
(本当に……あの六十年は夢だったのか?)
病室で泣いた夜からずっと、胸の奥で小さな不安が渦巻いていた。
三日間の昏睡状態が見せた、都合のいい幻覚だったんじゃないか。四十二歳の獨身女船長が、死にかけた恐怖から逃げるために作った壮大な妄想だったんじゃないか。
それを確かめたくて、私は足早に歩き出した。
最初に向かったのは、横浜開港資料館だ。
重厚な洋館の中庭に足を踏み入れると、一本の巨木がドッシリと腰を据えていた。
大きな枝を広げ、青々とした葉を繁らせている「玉楠の木」だ。
思わず息を呑み、吸い寄せられるように幹へ歩み寄る。
(……これだ)
安政元年、ペリーの黒船が押し寄せた日。役人に間者だと疑われ、太吉が必死に庇ってくれた、あの応接所の横に立っていた木だ。
傍らの案内板に目をやる。
『この玉楠は、開港当時の横浜村の面影を残す唯一の生きた文化財である。関東大震災の猛火によって大半が焼失したが、残った根から再び芽を吹き、見事に再生を果たした――』
ゴツゴツとした幹にそっと手を触れる。
温かい皮の感触が、手のひらを通じて伝わってくるようだった。
(お前は……覚えていてくれてるのか。あたしや太吉が、この下で空を見上げていたのを……)
焼けてもなお根から芽を吹いて生き残った樹齢数百年の大木。
生き証人に出会えた歓喜で、胸が熱くなった。
だが――真実の確認は、そこまでだった。
資料館を出て、象の鼻パーク、山下公園、そして元町へと足を延ばす。
スマホの古地図アプリを開き、江戸時代の横浜村の絵図と、GPSで表示される現代の地図を重ね合わせようと格闘した。
「チッ……なんだこれ、拡大したら位置がズレるじゃねえか。画面が小角くて見づらいし……!」
文明の利器を使いこなせず悪戦苦闘したが、やがて悟った。アプリなんて頼らなくても、私の頭の中に染み付いた「おしおの記憶」のほうが、遥かに正確なのだ。
(弥兵衛さんの作業小屋があったのは……このあたりか)
指し示した場所は、今や大型観光バスが何台も行き交う、片側二車線の舗装道路の真っ只中だった。
太吉と網を補修した砂州は、広大な赤レンガ倉庫のコンクリートの下。
おしおが七歳で目を覚ましたあの泥浜は、遥か沖合まで埋め立てられ、山下公園の緑地と大型埠頭に姿を変えていた。
どこを歩いても、何ひとつ残っていない。
元町の賑やかな商店街の路地裏に立っても、かつて太吉や村人たちと開墾した土の匂いは、オシャレなカフェの珈琲の香りに消されていた。
「……そりゃそうだよな」
ぽつりと呟いた声が、秋風に浚われていく。
二百年だ。町が変わらないわけがない。あたしたちが「世界一の港になれ」と願って譲り渡した浜なのだから、跡形もなく発展したのは望むところだったはずだ。
けれど――おしおとして生きた六十年の痕跡が、太吉と過ごした愛おしい日々が、巨大なコンクリートの下に永遠に閉じ込められてしまったような、強烈な寂しさが押し寄せてきた。
「証拠なんて……どこにもねえじゃんか……」
やっぱり、全部私の頭が作った都合のいい夢だったのかもしれない。
虚しさに押し潰されそうになりながら、私は重い足取りで港を後にした。
◇
数日後。職場への復帰初日。
『はまかぜ』の操舵室に入ると、ディーゼルオイルと潮の香りが鼻を突いた。
「船長! 退院おめでとうございます! 体、本当にもう大丈夫なんですか!?」
陸斗が満面の笑みで出迎えてくれた。
「おう。アタシを誰だと思ってんだ。これくらいでヘバるかよ」
「さすが船長! ……あ、でも気をつけてくださいね。今夜、また嫌な進路で台風19号が接近してきますから」
陸斗が指さしたモニターには、太平洋上を北上する巨大な台風の渦が映し出されていた。前回の事故と同じ、最悪のコースだ。
「今夜は大さん橋で、大型客船の緊急離岸作業が入ってます。また風が荒れそうですね……」
「そうか……」
操舵輪を握り締め、沖の海を見つめる。
雲の流れが速い。
その時――私の目が、海面の微妙な「うねり」を捉えた。
(……ん?)
モニターの最新気象データを見るより速く、長年身体に染みついた「あの感覚」が警鐘を鳴らす。
波の周期が伸びている。北東の風に混じって、上風が南から湿った気を引き込んでいる。
(このコース……ただの台風じゃねえ。沖合で急速に発達して、風向きが一気に跳ね上がるぞ)
それは、今から二百年前――七歳のおしおが、弥兵衛に危機を訴えたあの嵐の日の気圧配置と、恐ろしいほど酷似していた。




