7話 冒険者になりました
遊園地を作るには、まずお金が必要。
そう気づいた雷牙は、仕事を求めて冒険者ギルドへ。
異世界での初めての仕事探しが始まります。
俺は少しだけ緊張しながら、冒険者ギルドの扉を開いた。
まず耳に飛び込んできたのは、大勢の人たちが話す声だった。
「おい、その依頼は俺たちが先に見つけたんだぞ!」
「取ったもん勝ちだろうが!」
「今日の護衛依頼、報酬が結構いいぞ。誰か一緒に行かねえか?」
「北の森でまたゴブリンが出たらしいぞ。討伐依頼が出るんじゃねえか?」
外から見たときも大きな建物だとは思っていたけれど、中へ入ってみると想像していた以上に広かった。
正面にはいくつもの受付が並び、その前では冒険者らしき人たちが職員と話している。右側には大きな掲示板があり、何枚もの依頼書が所狭しと貼り付けられていた。
反対側には酒場のような場所まであり、まだ朝だというのに何人かの冒険者がテーブルを囲んでいる。
「……すげえ。本当に冒険者ギルドだ」
思わずそんな言葉が漏れた。
異世界へ来てからというもの、何度も自分が本当に別の世界へ来たのだと思い知らされている。
けれど、こういう光景を見ると特に実感する。
鎧を身につけた大男に、大きな杖を持ったローブ姿の女性。弓を背負った獣人もいれば、俺とそれほど年齢が変わらなそうな若い冒険者もいる。
元の世界だったら、何かのイベント会場かと思っていただろう。
「……っと、見てる場合じゃないな」
俺は観光に来たわけじゃない。
遊園地を作るためにも、まずはこの世界で自分の力で金を稼げるようにならなければならない。
そのために、ここへ来たのだ。
空いている受付を探してみると、奥の方に誰も並んでいない場所を見つけた。
そこに座っていたのは、二十歳くらいに見える女性だった。
俺が近づくと、女性はこちらに気づいて笑顔を向けてくる。
「おはようございます。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「あ、えっと……冒険者登録をしたいんですけど」
「新規登録ですね。かしこまりました」
女性は慣れた手つきで一枚の紙を取り出すと、俺の前へ置いた。
「冒険者ギルドのご利用は初めてでしょうか?」
「はい。何も分からないので、できれば説明してもらえると助かります」
「もちろんです。では、登録について順番にご説明しますね」
「お願いします」
女性はそう言うと、俺の前に置いた紙を指で示した。
「まず、こちらへお名前と年齢をご記入ください。文字を書くことが難しい場合はこちらで代筆することもできます」
「文字は大丈夫です」
俺は渡された筆記具を受け取り、紙に目を落とした。
そこに書かれている文字は、元の世界では一度も見たことがないものだ。
それなのに、何が書いてあるのかは普通に理解できる。それどころか、どう書けばいいのかまで自然と頭に浮かんできた。
おそらく【言語理解】のおかげなのだろう。
「ほんと便利だな、このスキル……」
「何か?」
「あ、いえ。なんでもないです」
危ない。
普通に独り言を聞かれてしまった。
俺は気を取り直して、名前の欄へ自分の名前を書いていく。
一ノ瀬雷牙。
もちろん、実際に紙へ漢字を書いたわけではない。
頭の中にある自分の名前を、この世界の文字に置き換えて書いた形だ。
その下へ年齢も記入してから、紙を受付の女性へ返した。
「お願いします」
「はい。確認いたしますね」
女性は紙へ目を通し、俺の名前を確認する。
「イチノセ・ライガさんですね」
「はい」
反射的に返事をしてから、俺は一瞬固まった。
「……あ、いや。違います」
「はい?」
「ライガです。俺の名前がライガで、イチノセが家名です」
「ああ、そういうことでしたか。家名をお持ちなんですね」
女性が少しだけ驚いたように俺を見る。
「珍しいんですか?」
「この辺りでは、誰もが持っているものではありませんね。貴族の方や一部の商家などが家名を持っていることが多いです。もちろん、地域によって違いはありますけど」
「へえ……」
日本では誰にでも名字があったから、家名を持っているだけで少し珍しがられるという感覚が新鮮だった。
この世界では、名字があるのが当たり前というわけではないらしい。
「それと、ライガさんの故郷では家名を先に書くのですか?」
「あ……」
そう聞かれて、俺は自分が何も考えずに日本にいた頃と同じ順番で名前を書いていたことに気づいた。
そういえば、ガルドさんは自分のことをただ「ガルド」と名乗っていた。
家名がないのなら、それだけではこの世界で名前と家名のどちらを先にするのかなんて分からない。
「はい。俺の故郷では家名を先に書くのが普通だったので、いつもの癖で」
「なるほど。こちらでは名前を先にするのが一般的ですね。ただ、地域によって名前の表し方は違いますから、珍しいことではありませんよ」
「そうなんですね」
どうやら、ここでも元の世界との文化の違いがあるらしい。
言葉が通じて、文字まで読み書きできるから忘れそうになるけれど、【言語理解】が教えてくれるのは、あくまで言葉についてだ。
この世界の文化や常識まで、勝手に頭へ入ってくるわけではない。
これからも、こうやって初めて知ることがいくつも出てくるのだろう。
「では、こちらでは名前を先にして登録しますね」
「お願いします」
女性は俺の書いた内容を確認しながら、登録用の書類へ書き直していく。
「ライガが名前で、イチノセが家名。ライガ・イチノセさんですね」
「はい」
ライガ・イチノセ。
自分の名前なのに、なんだか妙な感じがする。
生まれてからずっと一ノ瀬雷牙だったのだから、当然と言えば当然だ。
「ライガ・イチノセか……」
「何か問題がございましたか?」
「いえ。自分の名前なのに、順番が逆になると慣れないなと思って」
「ふふっ。そのうち慣れますよ」
「そうだといいんですけど」
これからこの世界で生活していくのなら、いつまでも違和感があるなんて言っていられない。
少なくとも、この辺りではライガ・イチノセと名乗ることになるらしい。
「それにしても、珍しいお名前ですね。この辺りのご出身ではありませんか?」
「あー……はい。かなり遠いところから来たので」
「そうなのですね」
嘘は言っていない。
遠いどころか、別世界から来たんだけど。
幸い、女性はそれ以上追及してこなかった。
「それでは続いて、扱える武器や魔法、それから得意なことなどがございましたら、こちらへお願いします」
「得意なこと……」
俺は筆記具を持ったまま少し考え込んだ。
女神様からもらった能力を思い出す。
【建築】に【錬金術】、【付与魔法】、【無限収納】。
他にも、まだきちんと試していないものが山ほどある。
これを全部書くのは違うだろう。
そもそも俺自身、何がどこまでできるのかをまだ把握していない。使ったこともない能力を「得意です」と書くのは、さすがにおかしい。
「武器は使ったことがないです」
「では、魔法は?」
「水魔法なら、一応使ったことがあります」
「水属性魔法ですね。分かりました」
女性は特に驚いた様子もなく、それを書き込んでいく。
「他にはございますか?」
「今のところは、それくらいでお願いします」
「承知しました」
本当は他にも色々ある。
でも、まだ自分でもよく分かっていない能力をわざわざ申告する必要はないだろう。
まずは、自分で確かめたことだけを話せばいい。
「それでは、冒険者のランクについてご説明します」
受付の女性が別の紙を取り出した。
「冒険者には、実績や能力に応じてランクが設定されています。下からF、E、D、C、B、A、そして最高位のSランクとなります」
「Sランク……」
なんとも異世界らしい響きだ。
「新規登録者は、原則としてFランクからの開始となります。依頼を達成して実績を積むことで、上位のランクへ昇格することができます」
「なるほど」
「Fランクでは、街中でのお手伝いや荷物運び、比較的安全な地域での採取など、危険の少ない依頼が中心です。ランクが上がるにつれて、魔物の討伐や護衛など、より危険な依頼も受けられるようになります」
どうやらランクが上がるほど、任される仕事の幅も広がっていくらしい。
「高いランクの依頼ほど、報酬も高くなることが多いです。ただし、自分のランクより上の依頼を勝手に受けることはできません」
「じゃあ、登録したばかりの人が、いきなり報酬の高い依頼だけ受けることはできないんですね」
「はい。実力も経験も分からない新人の方へ、最初から危険な依頼を任せるわけにはいきませんから」
「そりゃそうですよね」
言われてみれば当然だ。
ゲームなら始めたばかりの状態で強敵へ突っ込むこともできる。
でも、ここは現実だ。
怪我をすれば痛いし、死ねば終わり。
……まあ、俺はすでに一度死んでいるわけだけど。
「依頼に失敗した場合はどうなるんですか?」
「依頼によりますね。単純な失敗であれば報酬が支払われないだけの場合もありますが、依頼主へ大きな損害を与えた場合などは違約金が発生することもあります。また、悪質な依頼放棄を繰り返した場合は、冒険者資格が停止されることもあります」
「なるほど……」
その辺りは思っていたよりもしっかりしている。
「他にも細かな規則はありますが、最初に覚えていただきたいのは、無理な依頼を受けないことです。特に新人の方は、報酬だけを見て危険な依頼を選んでしまうことがありますので」
「分かりました」
銀の小鹿亭の女将さんにも似たようなことを言われた。
どうやら新人冒険者が無茶をするのは、この世界では珍しくないらしい。
俺はそんなことをするつもりはない。
そもそも、俺が目指しているのはSランク冒険者ではない。
遊園地を作ることなのだから。
「……遊園地の園長か」
「はい?」
「あ、なんでもないです」
どうやら少し口に出ていたらしい。
受付の女性が不思議そうに俺を見ている。
危ない危ない。
「それでは、登録を進めますね」
「お願いします」
その後もいくつか確認を受け、しばらく待っていると、受付の女性が一枚のカードを持って戻ってきた。
「お待たせしました。こちらがライガさんの冒険者カードになります」
「これが……」
俺は差し出されたカードを受け取った。
手のひらに収まる程度の大きさで、表面にはいくつかの文字が刻まれている。
もちろん、この世界の文字だ。
けれど、俺には何と書いてあるのか分かる。
ライガ・イチノセ。
そして、その下にはFランクと記されていた。
「おお……」
実際にカードを渡されると、本当に冒険者になったのだという実感が少しだけ湧いてくる。
「冒険者カードは、身分証明として使用することもできますので、紛失しないようお気をつけください」
「身分証にもなるんですか?」
「はい。街や国によって多少扱いは異なりますが、冒険者ギルドへ正式に登録されていることの証明にはなります」
「それは助かります」
この世界へ突然やって来た俺には、当然ながら身分を証明するものなんてなかった。
仕事を探しに来ただけだったけれど、思わぬところで便利なものが手に入った。
俺は冒険者カードを落とさないよう、革袋の内側へ大切にしまった。
「それでは、早速依頼をご覧になりますか?」
「はい。そのつもりです」
「Fランク向けの依頼は、右側の掲示板にまとめてあります。気になる依頼がございましたら、依頼書をこちらまでお持ちください」
「分かりました。ありがとうございます」
受付を離れ、俺は先ほどから気になっていた掲示板へ向かった。
近くまで来てみると、本当にたくさんの依頼書が貼られている。
『商店の商品搬入手伝い――報酬、銅貨五枚』
『街道沿いの清掃――報酬、銅貨四枚』
『倉庫の整理――報酬、銅貨六枚』
『畑の収穫補助――報酬、銅貨七枚』
冒険者という言葉から想像していたものより、ずっと普通の仕事が多い。
「なんというか……日雇いのバイトみたいだな」
もっとこう、ゴブリンを何匹倒してこいとか、凶悪な魔物を討伐してこいとか、そういう仕事ばかり並んでいるのかと思っていた。
もちろん、もっと上のランクへ行けば、そういう依頼も増えてくるのだろう。
でも、登録したばかりの俺には、これくらいから始める方がちょうどいい。
それに、報酬を見ると少しずつこの世界での仕事の相場も見えてくる。
「商品搬入で銅貨五枚。倉庫整理で銅貨六枚か……」
銀の小鹿亭の素泊まりが一泊銅貨五枚だったことを考えれば、街中の簡単な仕事でも一回こなせば一泊分くらいにはなる。
今の俺は一週間分の宿代をすでに払っているけれど、この先もリーベルで暮らすなら、こういう仕事をこなして生活費を稼いでいくことになるのだろう。
そう思いながら依頼書を眺めていると、街中の仕事とは少し違う内容の紙が目に入った。
『ヒール草の採取』
依頼内容は、リーベルの東にある森でヒール草を十本採取すること。
報酬は銀貨一枚と銅貨五枚。
「……これだけ結構高いな」
街中の仕事と比べれば、明らかに報酬が高い。
やはり、街の外へ出る仕事だからだろうか。
俺は依頼書に書かれた名前へ、もう一度目を向ける。
「ヒール草……」
名前からして、いかにも回復に使いそうな薬草だ。
どういう植物なのかは分からないけれど、十本集めるだけなら俺にもできそうな気がする。
何より、せっかく異世界に来たのだ。
街の外がどんな場所なのかも、一度見てみたい。
討伐ではなく採取依頼なら、魔物と戦う仕事よりは危険も少なそうだ。
「これにしてみるか」
俺はヒール草採取の依頼書を掲示板から取り、先ほどの受付へ戻った。
「あの、この依頼を受けたいんですけど」
「確認しますね」
受付の女性が依頼書へ目を通す。
「ああ、ヒール草の採取ですね。こちらでしたらFランクでも受注できます」
「じゃあ、これでお願いします」
「かしこまりました」
女性は手続きを進めながら、依頼について説明してくれる。
「ヒール草は、傷薬や回復薬の材料として使われる薬草です。リーベルの東門を出た先にある森で採取できます」
「やっぱり回復に使うんですね」
「はい。珍しい薬草ではありませんので、森の浅い場所でも見つけられると思います」
「それならよかったです」
「ただし、採取の際には状態にもお気をつけください。傷みが激しいものや、根元を潰してしまったものは納品として受け取れない場合があります」
「ただ引っこ抜けばいいってわけじゃないんですね」
「そうですね。なるべく葉や茎を傷つけないように採取してください」
「分かりました」
初仕事なのだから、こういうところで雑にやって失敗したくはない。
「それから――」
受付の女性の表情が少しだけ真剣になった。
「森の奥へは入らないでください」
「奥ですか?」
「はい。浅い場所で危険な魔物と遭遇することは多くありませんが、森である以上、絶対に安全というわけではありません。奥へ進めば危険も増えます」
女性はそこで一度言葉を切り、俺を見る。
「ライガさんは今日登録したばかりですから、今回はヒール草を十本集めたら、そのまま戻ってくることをお勧めします」
「分かりました」
俺は素直に頷いた。
女神様から大量の能力をもらったとはいえ、それを理由に危険な場所へ飛び込むつもりはない。
自分がどれくらい戦えるのかすら、まだ分かっていないのだ。
俺がやりたいのは、魔物との命懸けの戦いではない。
まずはこの世界で金を稼いで、少しずつ遊園地へ近づいていくことだ。
「では、こちらで受注手続きは完了です。お気をつけて」
「ありがとうございます」
俺は受付を離れ、ギルドの出口へ向かった。
冒険者登録をして、初めての依頼も決まった。
ヒール草を十本採ってくる。
それで報酬は銀貨一枚と銅貨五枚。
遊園地を作るための資金として考えれば、本当に小さな一歩だ。
でも、最初から大金を稼げるなんて思っていない。
昨日まで、この世界で仕事をする方法すら知らなかった俺が、今日は自分で依頼を受けたのだ。
それだけでも、ちゃんと前には進んでいる。
「まずは、この依頼を終わらせよう」
俺は冒険者ギルドの扉を開け、朝のリーベルへ出た。
目的地は、街の東にある森。
依頼内容は、ヒール草を十本採取すること。
冒険者ライガ・イチノセとしての、記念すべき初仕事だ。
「よし、行ってみるか」
俺はまだ見たことのない街の外へ向かって、歩き出した。
お読みいただきありがとうございます!
無事に冒険者となった雷牙。
遊園地への第一歩として選んだ初仕事は、薬草採取でした。
薬草を十本集めるだけの簡単な依頼のはずですが……?
次回、雷牙の初仕事です!




