5話 遊園地がない? なら作ればいいじゃん!
無事にリーベルへたどり着き、この世界での生活を始めた雷牙。
まずは寝床を確保し、異世界の街を見て回ることに。
そして、大の遊園地好きである雷牙は、ふとあることが気になり――。
ガルドさんの馬車が人混みの向こうへ消えていくのを見送ったあと、俺は改めてリーベルの大通りを見渡した。
石畳の道には大勢の人が行き交い、その両側には所狭しと店が並んでいる。
店先に色とりどりの果物を並べ、大きな声で客を呼び込む商人。腰に剣を下げ、いかにも冒険者といった格好で歩いている男女。大きな荷物を背負って歩く獣人らしき人の姿もある。
視線を少し動かすだけで、日本では絶対に見ることのできなかったものが次々と目に飛び込んできた。
「……やっぱり、すげぇな」
できることなら、今すぐこの街を歩き回ってみたい。
さっき通り過ぎた店には剣や槍が並んでいたし、少し離れたところには何に使うのか分からない不思議な道具を売っている店もある。あれはもしかすると、魔道具というやつなのかもしれない。
それに、さっきからどこかで肉を焼いているような美味しそうな匂いまでしている。
「よし。それじゃあ早速――」
期待に胸を膨らませながら歩き出そうとして、俺は足を止めた。
「…………いや、待て」
何か、大切なことを忘れている。
俺は少し考えてから、手に持っている革袋へ目を落とした。
中に入っているのは銀貨十七枚。
日本から持ってきたハンカチを銀貨二十枚で買い取ってもらい、その中からこの世界で着るための服に銀貨三枚を使った残りだ。
当面の生活費として考えれば、決して少なくはない。
けれど、今の俺には家がない。
「……先に宿だな」
危ない。
完全に観光気分になっていた。
街を見て回るのはいいけれど、それに夢中になって夜になり、いざ寝ようと思ったら泊まる場所がありませんでした、なんてことになったら笑えない。
ただでさえ、俺はこの世界について何も知らないのだ。
ガルドさんからは冒険者ギルドに行けば仕事を探せるとも教えてもらったが、それより先に寝る場所くらいは確保しておいた方がいいだろう。
「遊ぶのは、そのあとだな」
少し名残惜しい気持ちはあったが、まずは宿を探すことにした。
とはいえ、当然ながら俺はリーベルの地理なんて知らない。
看板に書かれている文字は【言語理解】のおかげなのか普通に読めるものの、どこに宿があるのかまでは分からなかった。
しばらく周囲を見回していると、近くの露店で果物を並べていた男性と目が合った。
「あの、すみません」
「ん? どうした、兄ちゃん」
「この辺りで、なるべく安く泊まれる宿ってありますか?」
「安い宿か。それなら、この道をまっすぐ行って二つ目の角を右だ。少し歩くと『銀の小鹿亭』って宿がある。建物は古いが、部屋はちゃんと掃除されてるし、値段も安いぞ」
「銀の小鹿亭ですね。ありがとうございます」
「おう。迷ったらその辺の奴に聞きな」
男性に頭を下げ、教えてもらった方向へ歩き出す。
大通りを進み、二つ目の角を右へ曲がると、先ほどまでの賑やかさが少しだけ遠ざかった。
それでも人通りがないわけではなく、何人もの人が行き交っている。大通りに比べると、こちらには商店よりも住居らしき建物が多いようだった。
そのまま少し進んでいくと、鹿のような動物が描かれた看板を掲げた建物が見えてきた。
「あれかな」
近づいて看板を確認する。
やはり『銀の小鹿亭』と書かれていた。
建物は二階建てで、確かに新しいとは言えない。けれど、外から見る限りではきちんと手入れされているようだ。
「ここにしてみるか」
俺は扉を開けて中へ入った。
「いらっしゃい!」
すぐに明るい声が飛んでくる。
一階にはいくつかのテーブルと椅子が並んでおり、奥には受付らしきカウンターがあった。どうやら宿だけではなく、食堂も兼ねているらしい。
カウンターの向こうにいたのは、四十代くらいの女性だった。
「泊まりかい?」
「はい。今日この街に来たばかりで」
「一人?」
「一人です」
「なら部屋は空いてるよ。素泊まりなら一泊銅貨五枚。朝飯付きなら銅貨八枚。朝と夜の飯付きなら銀貨一枚だ」
「なるほど……」
俺は頭の中で、ガルドさんから聞いた相場と照らし合わせる。
安い宿なら一泊銅貨八枚くらいと聞いていたが、ここは素泊まりならそれよりも安い。建物が少し古いからなのか、それとも大通りから外れた場所にあるからなのかは分からないけれど、なるべく出費を抑えたい今の俺にはありがたい。
そこで、一階に並んでいるテーブルが目に入った。
「あの、ここって食堂もやってるんですよね?」
「ああ。朝と夜は食事を出してるよ」
「じゃあ、素泊まりにしても、食べたくなったらあとから注文できます?」
「もちろんさ。朝飯なら銅貨四枚、夜なら銅貨六枚だよ。ただ、毎日ここで食べるつもりなら、最初から飯付きにした方が安いね」
「なるほど」
確かにそうだ。
素泊まりにして毎日朝食を頼めば、一泊分と合わせて銅貨九枚。それなら最初から朝食付きの銅貨八枚にした方が安い。
朝と夜の両方を頼むなら、素泊まりの銅貨五枚と合わせて一日で銀貨一枚と銅貨五枚。それが二食付きなら銀貨一枚で済むのだから、差はもっと大きくなる。
毎日ここで食べるつもりなら、食事付きにした方が明らかに得だ。
ただ――。
俺は扉の向こうにある街の景色を思い浮かべた。
さっきから漂ってくる肉を焼く匂い。
通りにはいくつもの屋台や店が並んでいた。
せっかく異世界へ来たのだ。
宿の料理も食べてみたいけれど、街にどんな食べ物があるのかも気になる。毎日の食事を最初から宿に決めてしまうより、その日の気分で色々食べてみる方が楽しそうだった。
「じゃあ、素泊まりにします」
「いいのかい? 毎日食べるなら飯付きの方が安いよ?」
「せっかく初めて来た街なので、色んなところで食べてみたいんです」
「ああ、なるほどね」
女性は納得したように笑った。
「若いねぇ。まあ、気が向いたらうちの飯も食べてみな。味には自信があるから」
「はい。そのときはお願いします」
「それで、何泊するんだい?」
「あー……」
聞かれて、俺は少し考えた。
一泊だけなら銅貨五枚で済む。
でも、それでは明日になったらまた宿の心配をしなければならない。
今の俺には仕事もなければ、この先どうやって生活していくのかも決まっていない。だったら、少なくとも数日間は寝る場所を確保して、その間に今後のことを考えた方がいいだろう。
「一週間だと、いくらになります?」
「七泊かい?」
「はい」
「それなら素泊まりで銀貨三枚にまけとくよ」
「銀貨三枚……」
本来なら銅貨五枚が七泊で銅貨三十五枚。銀貨三枚と銅貨五枚になるから、銅貨五枚分をまけてくれるということか。
俺の所持金は銀貨十七枚。
銀貨三枚を払っても十四枚残る。
食事代や風呂代が別に必要になるとはいえ、一週間分の寝る場所を確保できるなら悪くない。
「じゃあ、一週間お願いします」
「あいよ。銀貨三枚ね」
俺は革袋から銀貨を三枚取り出し、カウンターへ置いた。
これで残りは銀貨十四枚。
ハンカチが思いのほか高く売れたおかげで、すぐに生活できなくなるような状況ではない。
とはいえ、安心して遊び続けられるほど金持ちになったわけでもない。食事をすれば当然金は減るし、風呂に入るにも金がかかる。この先、生活するために他に何が必要になるのかもまだ分からない。
何より、今の俺には収入がない。
「……仕事も探さないとな」
「なんだい、仕事を探してるのかい?」
独り言が聞こえてしまったらしい。
「はい。まだこの街に来たばかりなので、何をするかも決めてないんですけど」
「若いんだから仕事なんて探せばいくらでもあるさ。冒険者ギルドに行ってみるのもいいし、力仕事なら商業区でも募集してるよ」
「冒険者ギルドは、知り合った人にも勧められました」
「なら一度行ってみるといい。危ない仕事ばかりじゃないからね」
「ありがとうございます」
女性はカウンターの奥から小さな鍵を取り出し、俺へ渡してくれた。
「二階の奥から三番目の部屋だよ。ベッドと机、それから水差しがある。風呂を使いたかったら一回銅貨三枚だ」
「お風呂もあるんですか?」
「あるよ。何をそんなに驚いてるんだい」
「あ、いや……すみません」
この世界の生活水準がどの程度なのか、まだ分からないのだ。
異世界と聞いて勝手に「風呂なんて滅多に入れないのでは」と思っていたが、少なくともこの街ではそうでもないらしい。
「食事も、さっき言った通り朝と夜ならここで頼めるからね」
「分かりました。ありがとうございます」
鍵を受け取り、俺は階段を上がった。
二階の廊下を進み、教えてもらった部屋の前で鍵を差し込む。
扉を開けて中へ入ると、そこは決して広い部屋ではなかった。
ベッドが一つに、小さな机と椅子が一脚。壁際には水の入った水差しが置かれ、反対側には小さな窓がある。
日本のホテルと比べれば、かなり質素だ。
けれど、汚れているわけではない。
店主が言っていた通り、掃除はきちんとされているようだった。
「ここで一週間か」
俺はベッドへ腰を下ろした。
「……硬いな」
思わず苦笑する。
日本で使っていたベッドと比べると、かなり硬い。
でも、昨日まで高校生だった人間が、異世界へ転生したその日のうちに個室とベッドを確保できたのだから文句は言えない。
むしろ野宿をしなくて済むだけありがたい。
「これで、一週間は寝る場所の心配をしなくていい」
俺は革袋を取り出し、中身を確認する。
銀貨十四枚。
宿代は一週間分すでに払った。
普通に生活するだけなら、しばらくは大丈夫そうだ。
けれど、当然ながらこの金が勝手に増えてくれるわけではない。
女神様から大量のスキルはもらった。
だからといって、どれだけ強力な能力を持っていても、宿屋のおばちゃんに「俺、すごいスキルを持ってるんで無料で泊めてください」と言ったところで、通用するわけがない。
「まずは、この世界で生活できるようにならないとな」
仕事を見つける。
この世界のことを知る。
できれば、自分に合った金の稼ぎ方も見つけたい。
一週間あれば、何かしら見えてくるだろう。
「……まあ」
そこで俺は窓の外を見る。
道を行き交う人々の姿が見える。
遠くからは商人たちの声が聞こえ、時折、馬車の車輪が石畳を走る音も響いてくる。
知らない街。
知らない世界。
見たことのないものが、この建物の外には山ほどある。
「仕事を探す前に……ちょっとくらい街を見てもいいよな?」
誰に聞いているわけでもない。
それでも、俺は自分に言い訳するように呟いた。
寝る場所は確保した。
一週間分の宿代も払った。
今日のところは、それだけでも十分頑張ったと思う。
何より、せっかく異世界へ来たのだ。
何も見ずに仕事探しだけして一日を終えるなんて、あまりにももったいない。
「よし」
俺はベッドから立ち上がった。
「街を見て回ろう!」
仕事探しは、そのあとだ。
……ちゃんと行く。
たぶん。
◇◇◇
大通りへ戻った俺は、さっそく気になった店を覗いて回ることにした。
最初に足を止めたのは武器屋だった。
店先には剣や槍、斧などが所狭しと並べられている。
日本にいた頃にも模造刀くらいなら見たことはある。けれど、ここに並んでいるものは装飾品でも玩具でもない。
実際に魔物や人と戦うために作られた、本物の武器だ。
「これ、本物なんだよな……」
思わず一本の剣へ目を向ける。
派手な装飾などはない。
革を巻いた柄に、まっすぐ伸びた金属製の刃。俺が剣と言われて思い浮かべるような、ごく普通の形をしている。
近くには値段が書かれていた。
「銀貨三十枚……」
俺は思わず革袋へ手を伸ばしかけ、すぐにやめた。
今の所持金は銀貨十四枚。
全財産を出しても半分に届かない。
「普通の剣でも結構するんだな」
もっとも、命を預ける道具なのだから、安すぎる方が怖いのかもしれない。
隣には、少し雰囲気の違う剣が並べられていた。
最初に見たものより刃が綺麗で、柄や鞘の作りもしっかりしているように見える。
そちらの値札も確認してみた。
「銀貨六十枚……」
さらに倍だった。
素人の俺には具体的に何が違うのかまでは分からないが、使われている素材や職人の腕によって値段も大きく変わるのだろう。
店の奥を覗けば、もっと立派そうな武器も並んでいる。
あの辺りになると、いったいいくらするのだろうか。
「武器って高いんだな……」
俺の感覚に無理やり当てはめれば、銀貨三十枚で三万円くらい。銀貨六十枚なら六万円くらいになる。
もちろん、日本とこの世界では物の価値が違うのだから、その金額をそのまま当てはめることはできない。
それでも、少なくとも今の俺が気軽に買えるものではなかった。
そもそも、今のところ剣を使う予定もない。
興味はあったものの、買うつもりもないのにいつまでも眺めているのもなんなので、俺は武器屋をあとにした。
しばらく歩くと、今度は店先に色とりどりの石や見慣れない道具を並べている店が目に入った。
「なんだろ?」
看板を見る。
そこには『魔道具店』と書かれていた。
「魔道具!」
その文字を見た瞬間、俺は吸い込まれるように店へ入った。
店内には、見たこともない道具が大量に並べられている。
魔力を流すと光る石。
簡単に火を起こすための魔道具。
少量の水を生み出す道具。
夜になれば部屋を明るくしてくれるランプ型の魔道具。
「すげぇ……」
魔法が存在するだけではなく、それを生活に利用する技術もちゃんと発達しているらしい。
俺は一つ一つの商品を眺めながら、どんな仕組みになっているのか気になって仕方がなかった。
けれど、値段を見ると安いものでも銀貨数枚はする。
買おうと思えば買えないわけではない。
ただ、今の俺には必要なものが他にいくら出てくるのかも分からない。面白そうだからという理由だけで貴重な生活費を使うのは、さすがにやめておいた方がいいだろう。
「今は我慢だな……」
後ろ髪を引かれながらも店を出る。
再び大通りを歩いていると、今度は香ばしい匂いが鼻をくすぐった。
「……いい匂い」
匂いのする方向を見ると、屋台で串に刺した肉を焼いていた。
少し前にガルドさんから保存用のパンを一つもらって食べたので、腹が減って仕方がないというわけではない。
それでも、目の前で焼かれている肉から脂が落ち、ジュッという音とともに香ばしい匂いが漂ってくれば、食べてみたくなる。
「異世界の屋台飯か……」
ものすごく気になる。
値段を見ると、一本銅貨三枚だった。
「一本くらいなら……いいよな」
仕事を探さないといけないと考えたばかりなのに、もう金を使おうとしている。
でも、銅貨三枚。
俺の感覚なら三百円くらいだ。
これくらいなら許されるだろう。
「一本ください」
「あいよ!」
銀貨一枚を渡し、お釣りとして銅貨七枚を受け取る。
これで手持ちは銀貨十三枚と銅貨七枚になった。
焼きたての串焼きを受け取り、そのまま一口かじる。
「うまっ!」
思っていた以上に美味しい。
表面は香ばしく焼かれていて、中から肉汁が溢れてくる。味付けは塩と何かの香辛料だろうか。かなり単純なのに、肉そのものの味が濃かった。
何の肉なのか少し気になったが、聞くのはやめておいた。
この世界には魔物がいる。
もし聞いたこともない魔物の肉だったら、残りを食べるのに少し勇気が必要になるかもしれない。
「知らない方がいいこともあるよな」
そう自分に言い聞かせながら串焼きを食べていると、少し先に大きな人だかりができているのが見えた。
「なんだろ?」
気になって近づいてみる。
人混みの間から中を覗き込むと、広場の中央に派手な服装をした男性が立っていた。
「さあさあ、皆様! お次はこちらをご覧あれ!」
男性が両手を広げる。
次の瞬間、その周囲に五つの火の玉が浮かび上がった。
「おおっ!」
思わず声が出る。
火の玉は男性の周囲をぐるぐると回り、まるで生き物のように動き始めた。
男性が指を鳴らすと、それらが一斉に空へ飛び上がる。
そして空中で一つになった炎は、巨大な鳥の姿へ変わった。
「すげぇ……!」
炎でできた鳥が観客たちの頭上を飛び回る。
子供たちが歓声を上げ、大人たちも楽しそうに拍手をしていた。
しばらく飛び回った炎の鳥は、最後には無数の火の粉となって空中へ消えていく。
もちろん、観客に火の粉が降りかかって火傷をするようなことはない。
どうやっているのか分からないが、完全に制御されているらしい。
続いて男性が水を生み出し、それを魚の形へ変える。
透明な水で作られた魚たちが、まるで本当に水中を泳いでいるかのように空中を飛び回った。
「へえ……」
俺は串焼きを食べることすら忘れ、しばらくその光景に見入っていた。
大道芸。
それ自体なら日本にもあった。
けれど、魔法を使った大道芸なんて当然見たことがない。
「異世界にも、ちゃんとこういう娯楽があるんだな」
考えてみれば当たり前だ。
人が暮らしている以上、働いて、食べて、寝るだけではない。
歌を楽しむ人もいるだろうし、酒を飲む人もいる。芝居を見る人や、大道芸を見て笑う人だっている。
この世界には、この世界なりの娯楽がちゃんと存在しているのだ。
そんなことを考えているうちに、俺はふと別のことが気になった。
「そういえば……」
魔法がある世界。
俺のいた世界では不可能だったことが、ここでは当たり前のようにできる。
火を操れる。
水を操れる。
空を飛ぶ魔法だってあるかもしれない。
幻を見せる魔法もありそうだ。
だったら。
「この世界の遊園地って、どんな感じなんだろ?」
そう考えた瞬間、一気に興味が湧いてきた。
俺は昔から遊園地が大好きだった。
絶叫系も好きだったし、観覧車も好きだった。
遊園地の入口をくぐった瞬間の、あの独特のワクワク感も好きだった。
園内マップを広げて、今日はどこから回ろうかと考える時間すら楽しかった。
そんな俺だからこそ、魔法が存在する世界の遊園地がどんなものなのか気にならないはずがない。
「魔法で動くジェットコースターとかあるのかな……」
この世界なら、そもそもレールすら必要ないかもしれない。
空中を自由自在に走り回るジェットコースター。
空を飛ぶアトラクション。
幻影魔法を使った、本当に幽霊が目の前へ現れるようなお化け屋敷。
考えるだけで楽しくなってくる。
「本物のドラゴンに乗れたり……いや、それはさすがに危ないか」
でも、大人しい魔物に乗れるアトラクションくらいはあるかもしれない。
「行ってみたいな……」
せっかく異世界へ来たのだ。
この世界にしかない遊園地があるのなら、絶対に行ってみたい。
ちょうど大道芸が終わり、観客たちが散り始めた。
俺は近くにいた男性へ声をかける。
「すみません」
「ん?」
「ちょっと聞きたいんですけど、この街の近くに遊園地ってありますか?」
「…………」
男性が俺を見る。
何かを考えるような表情をしたあと、不思議そうに首を傾げた。
「ユウエンチ?」
「はい」
「なんだ、それ?」
「…………え?」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
「あの、遊園地です」
「だから、そのユウエンチってのはなんなんだ?」
「えっと……」
もしかして、この世界では呼び方が違うのだろうか。
「色んな乗り物があって、みんなで遊べる場所です。ジェットコースターとか、観覧車とか、メリーゴーラウンドとか」
「じぇっと……?」
「ジェットコースターです」
「カンランシャ?」
「大きな車輪みたいなものに、人が乗る箱が付いていて、それがゆっくり回って……」
「なんでそんなものに乗るんだ?」
「…………」
言われてみると、知らない人に観覧車を説明するのは意外と難しい。
「じゃあ、メリーゴーラウンドは? 馬の形をした乗り物が、音楽に合わせてぐるぐる回るんです」
「馬に乗ればいいんじゃないか?」
「そうじゃなくて!」
思わず声が大きくなってしまった。
「あ……すみません」
「よく分からんが、俺はそんな場所知らねえぞ」
「……そうですか。ありがとうございます」
男性は最後まで不思議そうな顔をしながら去っていった。
俺はその場に立ち尽くす。
「いやいや……」
たまたまだ。
この人が知らなかっただけだろう。
遊園地なんて大きな施設なのだから、この街の近くにはないのかもしれない。
もっと大きな街に行けばあるはずだ。
「別の人にも聞いてみるか」
俺は近くの露店へ向かった。
「すみません。この辺りに遊園地ってあります?」
「ユウエンチ? 知らないねぇ」
別の人にも聞く。
「遊園地って知ってます?」
「なんだそれ?」
また別の人。
「ジェットコースターって――」
「魔物か?」
「違います」
次。
「観覧車って知ってます?」
「何を見る車なんだ?」
「そういう意味じゃなくて……」
さらに次。
「メリーゴーラウンドは?」
「呪文か?」
「……もういいです」
聞けば聞くほど、嫌な予感が大きくなっていく。
一人くらい「遠くの街にあるぞ」と言ってくれてもいいはずなのに、誰も知らない。
遊園地だけではない。
ジェットコースターも、観覧車も、メリーゴーラウンドも、誰一人として聞いたことすらないようだった。
「……嘘だろ?」
俺は大通りの端に立ち、呆然と行き交う人々を眺めた。
魔法がある。
魔物がいる。
冒険者がいる。
獣人もいる。
エルフもドワーフもいるらしい。
ドラゴンだって本当に存在する。
なのに。
「遊園地が……ない?」
そんなことがあるのか?
むしろ魔法なんて、遊園地との相性が最高じゃないか。
火も出せる。
水も操れる。
空だって飛べるかもしれない。
それなのに、誰も遊園地を知らない。
「もしかして……」
そこで、ようやく一つの可能性にたどり着いた。
遊園地という施設が、この街にないわけではない。
この国にないというだけでもない。
そもそも、この世界には――。
「遊園地っていう概念そのものがない……?」
俺にとって、それはドラゴンが存在すると聞いたとき以上の衝撃だった。
遊園地がない世界。
ジェットコースターもない。
観覧車もない。
メリーゴーラウンドもない。
遊園地のゲートをくぐった瞬間の、あのワクワクも。
次は何に乗ろうかと園内マップを眺める楽しさも。
絶叫マシンに乗る直前の緊張感も。
夜になって、色とりどりの光で照らされた園内を歩く時間も。
この世界の人たちは、誰も知らない。
俺はしばらく黙り込んだ。
かなり楽しみにしていた。
魔法のある世界なら、日本よりもずっとすごい遊園地があるんじゃないかと思っていた。
だから、素直に残念だった。
「……ないのか」
もう一度、小さく呟く。
ないものは仕方がない。
俺がどれだけ残念がったところで、存在しない遊園地が突然現れてくれるわけではない。
そこまで考えて、ふと引っかかった。
「……待てよ」
ないものは仕方がない。
確かにそうだ。
けれど、この世界に遊園地がないからといって、これから先もずっと存在しないままだとは限らない。
俺は自分の手を見る。
女神様からもらった、大量のスキル。
【建築】がある。
【錬金術】がある。
【付与魔法】もある。
【空間魔法】も【重力魔法】も持っている。
それ以外にも、まだ使ったことすらない能力が山ほどある。
普通なら、一人の人間が遊園地を作るなんて不可能だ。
建物一つ作るだけでも大勢の人間と莫大な金が必要になるのだから、遊園地なんて個人でどうにかできる規模ではない。
でも。
「今の俺なら……?」
心臓が少しだけ速くなる。
建築スキルで建物を作る。
錬金術で必要な材料を加工する。
付与魔法で物に特殊な効果を与える。
重力魔法を使えば、乗り物を普通ではありえない動きにできるかもしれない。
空間魔法まで使えば、日本では絶対に作れなかったようなアトラクションだって作れる可能性がある。
「……作れるんじゃないか?」
口にした瞬間、頭の中に次々と光景が浮かんできた。
ジェットコースター。
観覧車。
メリーゴーラウンド。
お化け屋敷。
それだけじゃない。
せっかく魔法がある世界なのだ。
日本にあった遊園地をそのまま再現する必要なんてない。
空を飛ぶアトラクションがあってもいい。
幻影魔法で、本当に別世界へ入り込んだような体験ができてもいい。
重力を自在に変化させる絶叫マシンだって作れるかもしれない。
この世界にしか存在しない魔物を題材にした乗り物も面白そうだ。
「…………いいじゃん」
自然と笑みがこぼれた。
さっきまで感じていた残念な気持ちが、いつの間にか消えている。
代わりに胸の奥から湧き上がってきたのは、遊園地へ行く前日に感じていたような、あのワクワクだった。
ないなら仕方がない。
この世界の遊園地へ行けないのなら――。
「俺が作ればいいじゃん」
口に出してみると、それは驚くほどしっくりきた。
この世界には遊園地がない。
なら、俺が最初に作ればいい。
誰もジェットコースターを知らないなら、俺が初めて乗せてやればいい。
誰も観覧車から街を見下ろしたことがないなら、俺がその景色を見せてやればいい。
子供も大人も、人間も獣人もエルフもドワーフも関係なく、みんなが一日中笑って遊べる場所を作る。
想像しただけで、胸が高鳴った。
「よし……!」
俺は大勢の人々が行き交うリーベルの街を見渡した。
「作ろう」
まだ何もない。
土地もないし、材料もない。
この世界でどうやって遊園地を作ればいいのかなんて、当然分からない。
それでも、不思議と不安より楽しみの方が大きかった。
「この世界で一番すごい遊園地を、俺が作る!」
こうして、異世界へ転生してまだ一日も経っていない俺、一ノ瀬雷牙の二度目の人生に、大きな目標ができた。
この世界の誰も見たことがないものを作る。
誰も知らない楽しさを、この世界の人たちに知ってもらう。
そしていつか、たくさんの人が笑いながらゲートをくぐっていく、そんな遊園地を作ってみせる。
このときの俺は、そのことで頭がいっぱいだった。
だから、すっかり忘れていたのだ。
遊園地を作るには土地がいる。
材料もいる。
そして何より、とんでもない額の金が必要になる。
宿はすでに一週間分確保しているし、当面の生活に困るほど金がないわけでもない。
それでも、遊園地を作るための資金として考えれば話はまったく別だった。
現在の俺の全財産は、銀貨十三枚と銅貨七枚。
普通に暮らすためなら、しばらくは何とかなる。
けれど、広い土地を手に入れて、材料を揃え、いくつもの建物やアトラクションを作ろうと思えば、こんな金額ではスタート地点に立ったとすら言えないだろう。
そもそも、俺はまだ仕事すら決まっていないのだ。
異世界初の遊園地を作るという、とんでもなく大きな夢。
それに対して、俺が今持っているものは、女神様からもらった大量のスキルと、銀貨十三枚と銅貨七枚。そして、遊園地が好きだという気持ちだけだった。
それでも、このときの俺は思っていた。
何もないなら、これから一つずつ揃えていけばいい。
この世界のことを知って、金を稼いで、必要なものを集めていけばいい。
そうしていつか、本当にこの世界で最初の遊園地を作る。
まだ形すらないその場所を思い浮かべながら、俺は一人、リーベルの大通りで笑っていた。
お読みいただきありがとうございます!
ついに雷牙の目標が決まりました。
この世界に遊園地がないのなら、自分で作ればいい!
とはいえ、現在の雷牙は宿暮らしで、仕事も土地もなく、所持金もわずか。
果たして異世界初の遊園地を作ることはできるのでしょうか。
次回、まずは現実的な問題から向き合っていきます!




