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31話 まだ開園してないんですけど!?

三つ目の乗り物も完成し、そろそろ開園に向けた準備を考え始める雷牙。

入口に受付、それから人手も必要で……まだまだやることはたくさんあります。

そんな開園前の遊園地に、突然馬車がやってきました。

 三つ目の乗り物が完成した。


 その翌日、俺は遊園地の予定地に立ち、少し離れたところから三つの乗り物を眺めていた。


 最初に作ったメリーゴーランド。


 小さいながらも坂を上って走るコースター。


 そして昨日完成したばかりの、二人乗りの遊覧車。


 こうして並べて見ると、何もなかったころと比べて随分と景色が変わった。


「……乗り物は、とりあえずこれくらいでもいいよな」


 もちろん、最終的にはもっと増やしたい。


 観覧車だって作りたいし、コーヒーカップもまだ作っていない。他にも元の世界で好きだった乗り物はいくらでもある。


 でも昨日、三つ目の乗り物を完成させてから気づいた。


 乗り物を作っているだけでは、遊園地は開けない。


「まず入口だよな。それから柵もいるし……」


 今はどこからどこまでが遊園地なのか、知らない人が見ても分からない。


 受付も必要だ。


 料金だって決めないといけない。


 それに、何より人がいる。


 メリーゴーランドを動かす人。


 コースターを操作する人。


 遊覧車の乗り場で車を扱う人。


 俺一人では、どう考えても足りない。


「休む場所も欲しいし……」


 考え始めると、昨日よりさらにやることが増えていく。


 でも、不思議と嫌ではなかった。


 今までは乗り物を作ることばかり考えていたけど、これからは遊園地そのものを作っていく。


 そう考えると、むしろ少し楽しみなくらいだ。


「最初は――」


 入口からかな。


 そう呟こうとしたときだった。


 遠くから、馬の蹄と車輪の音が聞こえてきた。


「ん?」


 顔を上げる。


 北門へ続く道から、こちらへ向かってくる馬車が見えた。


 しかも、一台だけではない。その周囲には、馬に乗った人の姿もある。


「……誰だ?」


 商業ギルドの人だろうか。


 でも、今日は誰かが来るなんて聞いていない。


 そもそも、ここはまだ開園していない。


 俺は作業の手を止め、近づいてくる一行を眺めた。


 やがて馬車が敷地の近くで止まる。


 先に降りたのは、護衛らしい男たちだった。


 その顔には見覚えがある。


「……あれ?」


 嫌な予感ではない。


 ただ、なんとなく誰が来たのか分かった。


 そして。


「久しいな、雷牙」


「アイラ様!?」


 馬車から降りてきたのは、予想通り、このリーベルと周辺の土地を治めている伯爵――アイラ・ブルーローズ様だった。


「どうしてここに?」


「以前から一度、様子を見ておこうと思っていたのでな」


 アイラ様はそう言うと、俺の後ろへ視線を向けた。


 メリーゴーランドに、コースター。それから遊覧車。


 以前、一緒にこの土地を見に来たときには、そのどれも存在していなかった。


「商業ギルドからも話は聞いている。随分と進んでいるようだな」


「ああ……」


 あの職員さんか。


 コースターに二回乗って、メリーゴーランドにも乗って帰っていった人だ。


 何を話したのかは知らないけど、やっぱりギルドの中では少しくらい話題になっているらしい。


「じゃあ、今日は視察ですか?」


「そうだ」


 アイラ様は迷うことなく頷いた。


「視察だ」


「なるほど」


 領主であるアイラ様が、自分の土地で何を作っているのか見に来る。


 それなら分かる。


 俺も納得しかけた。


 そのとき。


「あなた」


 馬車の中から女性の声が聞こえた。


「…………」


 俺はアイラ様を見る。


 アイラ様が僅かに視線を逸らした。


 続いて馬車から降りてきたのは、綺麗な女性だった。


 年齢はアイラ様と同じくらいだろうか。身なりを見るだけでも、普通の人ではないことは分かる。


 そして、その女性だけではなかった。


「お母様、わたしも!」


「慌てなくても大丈夫ですよ」


 女性に続いて、小さな女の子が姿を見せる。


 七歳くらいだろうか。


 さらに。


「ほう。あれが例のものか」


 最後に、五十代後半くらいに見える男性まで馬車から降りてきた。


 その人も、明らかに身分の高そうな服を着ている。


「…………」


 俺は馬車を見る。


 次に、アイラ様を見る。


 女性を見る。


 女の子を見る。


 年上の男性を見る。


 さらに周囲の護衛を見る。


「……視察、ですよね?」


「そうだ」


 アイラ様は真顔で答えた。


「ずいぶん大人数の視察ですね」


「……事情があった」


 今、ちょっと間があったぞ。


「何をそんな顔をしている」


 年上の男性が、楽しそうにアイラ様へ声をかけた。


「家族を連れて視察に来てはいけないとは、雷牙殿との契約にも書かれておらんのだろう?」


「父上。そのような話ではありません」


 父上?


 ということは――。


「雷牙。紹介しよう」


 アイラ様が軽く咳払いをした。


「こちらは父のカミル・ブルーローズ。以前、この地を治めていた前伯爵だ」


「カミルだ。話は聞いているぞ、雷牙殿」


「は、初めまして」


 思わず背筋が伸びる。


 現伯爵だけでも十分緊張するのに、今度は前伯爵まで来た。


 そんな俺の様子がおかしかったのか、カミル様は少しだけ笑った。


「そう固くならずともよい。今は息子に任せた身だ」


「父上がそう言うと、あまり説得力がありませんが」


「私は何もしておらんだろう」


「今のところは」


 ……仲は悪くなさそうだ。


「それから、こちらが妻のエリーだ」


「初めまして、雷牙さん。エリー・ブルーローズと申します」


「初めまして」


 エリー様は穏やかに微笑んだ。


 そして最後に、隣に立つ小さな女の子の背中へそっと手を添える。


 女の子は一歩前へ出ると、綺麗に姿勢を整えた。


「初めまして、ライガ様。アリア・ブルーローズと申します」


「初めまして。ライガ・イチノセです」


 思わず俺も丁寧に頭を下げる。


 小さいのに、ものすごくしっかりしている。


 さすが伯爵家の娘だ。


 俺が七歳のころに、こんな挨拶ができただろうか。


 たぶん無理だ。


 そんなことを考えていると。


「……あっ」


 アリア様が小さな声を上げた。


 さっきまで俺を見ていた目が、俺の後ろへ向いている。


 そのまま、ぱっと表情が変わった。


「お父様!」


「どうした?」


「あそこに、お馬さんがたくさんいます!」


 さっきまでの完璧な挨拶はどこへ行ったんだろう。


 いや、別に礼儀がなくなったわけじゃない。


 ただ、声が明らかに弾んでいる。


 アリア様が指差しているのは、メリーゴーランドだった。


「お父様、あれはなんですか?」


「あれは……」


 アイラ様がメリーゴーランドを見る。


「…………」


 そして俺を見る。


「なんで俺を見るんですか」


「作ったのは君だろう」


「それはそうですけど」


 俺はアリア様へ向き直った。


「あれは、メリーゴーランドです」


「めりーごーらんど?」


 予想通り、首を傾げられた。


「そこにある馬に乗って、丸く回る乗り物です」


「お馬さんに乗れるんですか?」


「はい」


 アリア様の目がさらに輝いた。


 分かりやすい。


 ものすごく分かりやすい。


「なるほど。あれがメリーゴーランドというものなのですね」


 エリー様も興味深そうに眺めている。


 一方、カミル様はメリーゴーランドだけではなく、その向こうにあるコースターや遊覧車にも視線を向けていた。


「話を聞くだけでは、よく分からなかったのでな」


 カミル様が言う。


「遊園地だったか。息子が最近、何やら気にしていると聞いて興味が湧いた」


「父上」


「事実だろう?」


「領主として確認する必要があるだけです」


「そういうことにしておこう」


 アイラ様の眉が僅かに動いた。


 俺はなんとなく事情を察した。


「それで皆さん一緒に?」


「アリアが遊園地とは何かと聞いてきまして」


 エリー様が答える。


「私も説明を聞いてみたのですが、どうにも想像ができませんでしたので。それなら実際に見せていただく方が早いのではないかと」


「お父様も、よく分からないと言っていました」


「アリア」


「本当のことです」


 アイラ様が少し困った顔をする。


 まあ、それは仕方ない。


 実際に遊園地へ行ったことがない人に、遊園地を説明しろという方が難しい。


「じゃあ……見ていきますか?」


「そのつもりで来た」


 アイラ様が頷く。


 俺は改めて一行を見る。


 伯爵。


 伯爵夫人。


 伯爵令嬢。


 前伯爵。


 それに護衛。


 昨日、そろそろ客を迎える準備をしないとな、と思った。


 その翌日にこれである。


「……まだ開園してないんですけどね」


「承知している。今日はあくまで視察だ」


「はい」


 もう、それでいいことにしよう。


     ◇


 まずは、遊園地の中を簡単に案内することにした。


 といっても、今のところ説明するものは三つしかない。


「これが最初に作ったメリーゴーランドです」


 近くまで来ると、アリア様は興味深そうに木馬を見上げていた。


「全部、雷牙が作ったのか?」


「はい。ここの木や石を材料にしてます」


「ほう……」


 アイラ様が周囲を見回す。


「以前ここへ来たときとは、随分と変わったな」


「まだ全然ですけどね」


 俺としては、本当にまだまだだ。


 メリーゴーランドだって簡単なものだし、遊園地全体を見れば何もない場所の方が圧倒的に多い。


 でも、アイラ様が最初にここを見たときには、ただの草地だった。


 そう考えれば、確かに大きく変わっているのかもしれない。


「こちらがコースターです」


 次に案内したのは、小さなコースター。


 木で作ったレールが坂を上り、三メートルほどの高さから下っている。


「これが、商業ギルドの者が二度乗ったというものか」


「聞いてるんですか!?」


「ギルドマスターからな」


 やっぱり報告されていた。


「二度も乗るほど面白かったそうだな」


「本人がそんな言い方したんですか?」


「少なくとも、戻ってから随分と楽しそうに話していたとは聞いている」


「……なるほど」


 なんとなく、あの職員さんがギルドで周りの人たちに囲まれながら、コースターの話をしている光景が浮かんだ。


 実際にどうだったのかは知らないけど、二回乗ったことまで伝わっているなら、かなり詳しく話したんだろう。


 最後に案内するのは、昨日完成したばかりの遊覧車だ。


「これは、昨日できたばかりです」


「馬がいません」


 真っ先に反応したのはアリア様だった。


「はい。これは馬がいなくても走ります」


「馬がいないのに?」


「魔石を使って、車輪を動かすんです」


 アリア様が不思議そうに小さな車を覗き込む。


 エリー様も驚いたようだった。


「馬車とは違うのですね」


「そうですね。これは遊ぶための乗り物なので、速く走るためのものでも、荷物を運ぶためのものでもありません」


「遊ぶために、自分で動かすのですか?」


「はい。足元の仕組みを使って進ませて、前にあるものを動かして進む向きを変えます。ただ、道から外れないようにもしてあります」


 俺が灰色の石で作った道を指差すと、アリア様は興味深そうにその先を目で追っていった。


 その横で、カミル様は少し離れたところに立っていた。


 乗り物だけを見ているわけではない。


 北門へ続く道。


 遊園地の敷地。


 残してある木々。


 まだ何も作っていない草地。


 ゆっくりと、それらを見渡している。


「なるほどな……」


「何か気になりますか?」


 俺が聞くと、カミル様はこちらを見た。


「いや。今はまだいい」


「……?」


 何がなるほどなのか、全然分からない。


 元領主だから、俺とは違うものが見えているんだろうか。


 少し気になったけど、カミル様がそれ以上何も言わないので、俺も聞かなかった。


「あの……」


 今度は別の方向から、小さな声がした。


 振り返る。


 アリア様だった。


 俺と目が合うと、少しだけ遠慮するように両手を前で重ねる。


「ライガ様」


「はい?」


「あのお馬さんには……乗ってみてもよろしいですか?」


 指差した先には、メリーゴーランドがある。


「…………」


 俺は一瞬、答えられなかった。


「ライガ様?」


「あ、すみません」


 乗りたい。


 今、確かにそう言われた。


 商業ギルドの職員さんから「もう一回」と言われたときも嬉しかった。


 でも、こうして子供から自分で乗りたいと言われるのは初めてだ。


「乗れますよ」


 そう答えかけて、止める。


「ただ、少し待ってください」


「はい」


「先に確認してきます」


 昨日まで動いていたから大丈夫。


 そんな理由だけで乗せるわけにはいかない。


 まして、相手が伯爵令嬢だからという理由で確認を省くなんてありえない。


 俺はメリーゴーランドへ近づき、六頭の木馬を一頭ずつ確認していった。


 持ち手や取り付け部分を実際に揺らし、床にもおかしなところがないかを見る。それから中央の軸や魔石、そこから魔力を通している部分を確認し、操作台の二本のレバーも実際に動かしてみた。


 床を固定する仕組みにも異常はない。


 周囲を見回しても、動かすときに邪魔になりそうなものはなかった。


「……大丈夫そうだな」


 最後にもう一度、床がしっかり固定されていることを確かめてから、アイラ様たちのところへ戻る。


「お待たせしました。乗れますよ」


「本当ですか!」


 アリア様の顔がぱっと明るくなった。


 エリー様の方を振り返る。


「お母様」


「雷牙さんがよろしいのであれば」


「はい!」


 嬉しそうにメリーゴーランドへ向かう。


「好きな馬を選んでください」


「はい!」


 アリア様は並んでいる木馬を見回した。


 一頭目を見て、二頭目を見る。


 さらに三頭目まで見たところで、さっきまで嬉しそうだったアリア様の動きが止まった。


「ライガ様」


「はい」


「みんな同じお馬さんに見えます」


「……今はそうなんです」


 また言われた。


 商業ギルドの職員さんにも言われた。


 やっぱり、そろそろ何とかした方がいいのかもしれない。


 しばらく六頭を見比べていたアリア様が、一頭を指差した。


「じゃあ、この子にします!」


「違い分かります?」


「ここに小さな模様があります」


「本当だ」


 よく見ると、木目が少し違う。


 俺にはそれくらいしか分からなかったけど、本人が気に入ったならいいだろう。


 俺はアリア様が選んだ木馬へ案内した。


 乗るところを手伝い、座った状態で問題がないか確認する。


「動いている間は、持ち手をちゃんと握っていてくださいね」


「はい!」


 準備はできた。


「じゃあ――」


 そこで俺は操作台を見る。


 次に、アリア様を見る。


「…………」


 俺が操作すればいい。


 でも、初めて子供を乗せるなら、できれば俺もすぐ近くで様子を見ていたい。


 少し考えていると。


「私がやろう」


「え?」


 声を上げたのはアイラ様だった。


「操作する者が必要なのだろう?」


「そうですけど……アイラ様が?」


「何か問題があるか?」


「いや、問題はないですけど」


 伯爵にメリーゴーランドの操作を頼んでいいんだろうか。


「あなた、できるのですか?」


 エリー様が少し楽しそうに聞く。


「雷牙に教えてもらえばいいだろう」


「そうですね」


 なんだかエリー様が笑っている。


 カミル様も止める気はなさそうだ。むしろ面白そうに息子を見ている。


「じゃあ……お願いします」


「うむ」


 俺はアイラ様を操作台へ案内した。


「レバーは二つあります。こっちが床を固定するためのもので、こっちが回転させるためのものです」


「二つを順番に操作するのか?」


「はい。今は床が固定されています。乗り降りするときは、必ずこの状態にしておきます」


 アイラ様は二本のレバーを見比べながら頷いた。


「動かすときは、まずこっちで床の固定を外してください。それから回転用のレバーを動かすと、魔石から魔力が流れて回り始めます」


「止めるときは逆か?」


「そうです。ただ、回転用のレバーを戻してもすぐには止まりません。魔力が切れても、それまでの勢いで少し回り続けるので、完全に止まるまで待ってください」


「それから床を固定する」


「はい。完全に止まる前に固定しないでください。止まったのを確認してから、こっちのレバーで床を固定します。それが終わってから降りてもらいます」


「分かった」


 アイラ様の返事は真剣だった。


 娘を乗せるものだからだろう。二本のレバーをもう一度確認して、操作する順番を確かめている。


 伯爵が娘のためにメリーゴーランドの操作方法を教わっている。


 ものすごく不思議な光景だ。


「アリア、準備はいいか?」


「はい、お父様!」


「では、動かすぞ」


 アイラ様が最初のレバーを動かし、床の固定を外した。


 続いて回転用のレバーを動かす。


 魔石から供給された魔力が中央の軸へ伝わり、床がゆっくりと動き始めた。


「わ……!」


 アリア様が木馬の持ち手を握る。


 メリーゴーランドが少しずつ速度を上げていく。


 速くはない。


 大人からすれば、本当にただ円を描いて回っているだけだ。


 でも。


「お母様!」


 こちらへ回ってきたアリア様が、満面の笑顔で声を上げた。


「見てください!」


「見ていますよ」


 エリー様が微笑みながら手を振る。


 アリア様も片手を離しかけ――。


「あ、持ち手はちゃんと握っていてください!」


「は、はい!」


 慌てて持ち手を握り直した。


 エリー様が口元に手を当てて笑っている。


 俺もつられて笑いそうになった。


 再び一周してくる。


 アリア様は楽しそうだ。


 また一周。


 そのたびに周りを見て、エリー様やアイラ様へ笑顔を向けている。


「…………」


 俺は、その光景を見ていた。


 商業ギルドの職員さんが乗ってくれたときも嬉しかった。


 もう一度乗りたいと言われたときは、本当に作ってよかったと思った。


 でも。


 今、目の前で七歳の女の子が、自分の作った乗り物に乗って笑っている。


 その姿は、どこか懐かしかった。


 元の世界の遊園地でも、何度も見た光景だ。


 乗り物に乗って笑う子供。


 それを見守る家族。


 楽しそうな声が聞こえる場所。


「……ああ」


 小さく声が漏れた。


 俺は、こういう場所を作りたかったんだ。


 もちろん、俺自身が遊園地を好きだから作っている。


 好きな乗り物を作りたい。


 もっと大きなものだって作ってみたい。


 でも、それだけじゃない。


 俺が好きだった場所を、この世界の人にも楽しんでもらいたい。


 今まで頭の中で考えていたことが、目の前で少しだけ形になった気がした。


「雷牙?」


「あ、すみません。そろそろ止めましょうか」


「分かった」


 アイラ様が回転用のレバーを戻す。


 魔力の供給が途切れた。


 それでも、メリーゴーランドはすぐには止まらない。それまでの勢いで回りながら、少しずつ速度を落としていく。


 俺は床を見ながら待った。


 回転がさらに遅くなり、やがて完全に止まる。


「今です。床を固定してください」


「うむ」


 アイラ様がもう一方のレバーを動かした。


 固定するための仕組みが働く。


 俺は床へ手を添え、動かないことを確認してから、アリア様のところへ向かった。


「大丈夫でした?」


「はい!」


 木馬から降りたアリア様は、乗る前よりずっと嬉しそうだった。


「楽しかったです!」


「よかった」


 その一言だけで、俺まで嬉しくなる。


「あの、ライガ様」


「はい?」


「もう一度乗ってもいいですか?」


「…………」


 俺はアリア様を見る。


 笑顔でこちらを見上げている。


 どこかで聞いた言葉だった。


「……もちろんです」


 どうやら、この遊園地では「もう一回」が一番嬉しい言葉になりそうだ。


     ◇


 結局、アリア様はメリーゴーランドにもう一度乗った。


 二回目は最初から楽しそうで、動き始めても緊張した様子はほとんどなかった。


 もちろん、操作の手順は一回目と同じだ。


 床の固定を外してから回転させ、止めるときは先に魔力を切る。完全に回転が止まったことを確認してから床を固定する。


 二回目ともなれば、アイラ様も操作に迷うことはなかった。


 床がしっかり固定されたのを確認してから、アリア様が木馬を降りる。


「ありがとうございました、ライガ様!」


「どういたしまして」


 さすがに満足しただろう。


 そう思った。


 ところが。


「……あ」


 アリア様の視線が、俺の横を通り過ぎた。


「今度は何ですか?」


 なんとなく分かってしまった。


 振り返る。


 そこには、木製のレールがある。


 小さな坂を上り、その先から下っていくコースター。


 アリア様が指差した。


「ライガ様」


「はい」


「あちらは、なんですか?」


「あれはコースターです」


「こーすたー……」


 アリア様はしばらくレールを見上げた。


 そして、俺を見る。


「……あれも、乗れるんですか?」


「乗れますけど」


 答えた瞬間。


 アリア様の目が、また輝いた。


「乗ってみたいです!」


「…………」


 俺はコースターを見る。


 次に、嬉しそうなアリア様を見る。


 そして最後に、アイラ様へ視線を向けた。


「何だ?」


「いえ……」


 今日は視察だったはずだ。


 少なくとも、アイラ様はそう言っていた。


 俺はもう一度、コースターを見た。


 どうやらこの視察、まだしばらく終わりそうになかった。

最後まで読んでいただきありがとうございます!

開園前なのに、まさかの伯爵一家ご来園!

初めて子供が楽しそうに遊ぶ姿を見て、雷牙にとっても特別な一日になりました。

そして「もう一回」は、どうやらこの遊園地で最高の褒め言葉になりつつあるようです

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