閑話 領主様は遊園地が気になる
今回は少し時間を遡って、アイラ視点のお話です。
雷牙がリーベルで遊園地を作り始める少し前。
領主であるアイラは、いったいどうやって「遊園地」という言葉を知ったのでしょうか。
リーベルの街は、今日も多くの人で賑わっていた。
通りを行き交う荷馬車の音に、店先から聞こえてくる商人たちの声。少し離れたところでは、荷物を運ぶ男たちが声を掛け合っている。
アイラ・ブルーローズは、その様子をゆっくりと眺めながら大通りを歩いていた。
「伯爵様、次は商業ギルドへ向かわれる予定ですが」
「ああ。そのつもりだ」
後ろから掛けられた護衛の声に答えながら、アイラは通りの端へ目を向ける。
今日は領都リーベルの視察に出ていた。
市場の様子を見て、いくつかの商店を回り、補修の要望が出ている道も自分の目で確認してきた。このあとは商業ギルドでギルドマスターから最近の商取引や土地利用について話を聞く予定になっている。
領主になってから、こうして街を歩く機会は以前より増えた。
父から伯爵位と領地を任されるまで、何も学んでこなかったわけではない。
むしろ逆だ。
いずれ自分がブルーローズ家を継ぐことは、幼いころから分かっていた。
領地の歴史も学んだ。税についても、商業についても、農業についても学んだ。父の仕事を傍らで見せてもらうこともあった。
それでも、実際に自分が領主となってみれば、学んできたことだけでは足りないと感じることが多い。
書類に書かれている数字が正しくても、それだけで街のすべてが分かるわけではない。
市場の人通り。
商人たちの表情。
道の傷み具合。
どんな店に人が集まり、どんな場所で人の流れが滞っているのか。
父なら報告を読むだけで気づけることでも、今の自分では見落としてしまうかもしれない。
だからこそ、アイラは時間を作って街へ出るようにしていた。
もちろん、領主自らすべてを確認することなどできない。
それでも、自分が治める土地を自分の目で見ることには意味がある。
「……まだまだだな」
「何かございましたか?」
「いや。独り言だ」
護衛にそう答え、アイラは再び歩き出した。
やがて、大きな建物が見えてくる。
商業ギルドだ。
◇
「本日はわざわざ足をお運びいただき、ありがとうございます」
「こちらから来ると言ったんだ。気にする必要はない」
商業ギルドの一室。
向かいに座ったギルドマスターに答えながら、アイラは出された茶へ手を伸ばした。
室内にはアイラとギルドマスターのほか、護衛が二人控えている。
最初に話したのは、最近の商取引についてだった。
大きな問題は起きていない。
物資の流れにも今のところ目立った滞りはなく、商人同士の揉め事もギルド内で対処できる範囲に収まっている。
いくつか気になる話について詳しく聞き、必要なものは後日改めて報告を上げてもらうことにする。
その後、話題は街の外にある土地へと移っていった。
「現在利用されていない土地については?」
「いくつか問い合わせがございます。大半はギルドで対応できる範囲ですが……一件、伯爵様にもご相談しておきたいものがございます」
「何か問題でも?」
「問題というより、少々変わった相談でして」
ギルドマスターがわずかに言葉を選ぶ。
「広い土地を探している者がおります」
「土地を?」
「はい」
「何に使うつもりだ?」
街の近くにある広い土地を求める者自体は珍しくない。
農地にしたい者もいれば、倉庫や作業場を建てたい商人もいる。
ところが、ギルドマスターはすぐには答えなかった。
「それが……本人は、『遊園地』というものを作りたいと言っております」
「ゆうえんち?」
聞いたことのない言葉だった。
「何だ、それは?」
「私も詳しくは分かりません」
「分からないのか?」
「本人から話を聞いた職員によれば、人が遊ぶための場所だそうです」
「遊ぶための場所?」
ますます分からない。
酒場のようなものだろうか。
あるいは劇場や、何かの競技を行う施設なのか。
「具体的には何をする?」
「様々な乗り物や遊ぶための設備を作り、人に来てもらうのだと」
「乗り物?」
「はい」
「馬車でも走らせるのか?」
「……おそらく違うかと」
ギルドマスターも困っているらしい。
アイラは茶を一口飲みながら考える。
人を集める商売なら、珍しくはない。
劇場もそうだし、酒場もそうだ。祭りになれば広場に露店や見世物が集まり、それを目当てに多くの人がやってくる。
しかし、聞いた話ではそのどれとも違うらしい。
何かを売る場所を作るのではなく、遊ぶための場所そのものを作る。
しかも、そのために広い土地を求めている。
「ずいぶん大掛かりな話だな。どこの商人だ?」
「商人ではありません」
「では、どこかの商会が後ろについているのか?」
「いえ。今のところ、そのような話も聞いておりません」
「……それで広い土地を?」
「はい」
少し間を置いて、ギルドマスターが続ける。
「本人は十七歳の少年です」
「…………十七?」
さすがに聞き返してしまった。
「間違いないのか?」
「冒険者ギルドにも登録されているようです。名前はライガ・イチノセ。少し前にリーベルへ来た者だそうです」
十七歳。
商人でもなく、大きな商会が後ろにいるわけでもない少年が、広い土地を借りて、誰も知らない商売を始めようとしている。
普通に考えれば、無謀だ。
「それで、商業ギルドとしてはどうするつもりだ?」
「希望に合う土地があるかは調べさせています。ただ、本人の希望する規模となりますと、ギルドだけで話を進めるのは難しいかと」
「そうだろうな」
アイラは頷いた。
ある程度の規模を超えれば、領主側との調整が必要になる。
だからこうして話が出たのだろう。
しかし――。
「遊園地、か」
もう一度、その聞き慣れない言葉を口にする。
やはり、どんなものなのか想像できない。
だが、理解できないからといって、それだけで切り捨てていいものなのだろうか。
アイラは領主として、まだ未熟だ。
その自覚がある。
だからこそ、自分の知らないものを、知らないという理由だけで無価値だと判断することは避けたかった。
「その少年と、一度話をしてみたい」
「ライガと、ですか?」
「ああ。どういうものを作りたいのか、本人から聞いてみよう」
「かしこまりました」
ギルドマスターが頭を下げる。
このときのアイラにとって、それはほんの小さな興味にすぎなかった。
十七歳の少年が考えた、遊ぶためだけの場所。
いったい何を作ろうとしているのか。
少し話を聞いてみよう。
その程度だった。
◇
数日後。
再び商業ギルドを訪れたアイラの前に、一人の少年が現れた。
黒い髪に、黒い瞳。
若いとは聞いていたが、実際に目の前にすると、やはり幼さが残っている。
本当にこの少年が、あれほど広い土地を探しているのか。
最初はそう思った。
しかし、話を聞いていくうちに、その印象は少しずつ変わっていった。
遊園地。
様々な乗り物や遊ぶための設備を置き、そこを訪れた人たちが一日を楽しんで過ごせる場所。
ライガが説明するたびに、少しずつ輪郭が見えてくる。
それでも、アイラには完全な姿までは想像できなかった。
見たことのないものなのだから、当然だろう。
だが、少なくとも一つ分かったことがある。
少年は思いつきで話しているわけではない。
遊園地について話すときのライガは、それまでより明らかに言葉が増えた。
どんな人に来てほしいのか。
どんな場所にしたいのか。
そして、人を乗せるものを作る以上、安全にしなければならないということ。
分からないことまで分かったふりをする様子もなかった。
まだ何も持っていない。
土地もない。
遊園地と呼ぶものが本当に商売になる保証もない。
それでも、この少年の中には作りたいものの姿がある。
「……面白いな」
「え?」
「いや、こちらの話だ」
思わず漏れた言葉にライガが反応し、アイラは小さく笑った。
成功するかどうかは分からない。
それを判断するには、まだ材料が少なすぎる。
ならば次は、実際に土地を見ながら話を聞いてみればいい。
◇
後日、アイラはライガたちとともに候補地へ向かった。
北門からしばらく進んだ先に広がる草地。
自分の治める土地なのだから、存在は当然知っている。
だが、これまでアイラ自身がこの場所に大きな価値を見いだしたことはなかった。
比較的平坦で、街からも遠すぎない。
一方で、今すぐ開発しなければならないほど重要な場所でもない。
だからこそ、まとまった広さが残っている。
ライガは草地へ着くと、周囲を何度も見回していた。
土地だけではない。
街からの距離や、そこへ続く道にも目を向けている。
さらには、将来もっと土地が必要になった場合についてまで尋ねてきた。
まだ最初の土地すら手に入れていないというのに。
「ずいぶん先のことまで考えるんだな」
アイラがそう言うと、少年は少し困ったように笑った。
その姿を見ながら、アイラは広い草地へ視線を向ける。
自分には、ただの草地に見える。
ところどころに木があり、その向こうにはさらに何もない土地が続いている。
だが、ライガには違うものが見えているのかもしれない。
この何もない場所に、遊園地というものが建った姿を。
視察を終えるころには、アイラの中でも考えは固まり始めていた。
試させてみてもいい。
◇
もちろん、興味があるという理由だけで領地の土地を好きに使わせるわけにはいかない。
アイラは領主だ。
領地にとっての利益と損失を考えなければならない。
土地そのものを売却するには、ライガの資金では難しい。
通常の条件で広い土地を貸したとしても、何の実績もない少年にとって負担が大きすぎる。
始める前に資金が尽きてしまえば、何の意味もない。
だから、最初の負担を抑える。
その代わり、遊園地が開かれ、商売として収入を生むようになれば、その売上の一部を領地側へ納めてもらう。
失敗すれば、大きな利益にはならない。
だが、今すぐ別の用途に使う予定のない土地だ。
成功したなら、新しい人の流れが生まれるかもしれない。
人が集まれば、街にも金が落ちる。
商人が動く。
雇われる者も出てくるだろう。
もっとも、それはすべて遊園地というものが本当に人を集められれば、の話だ。
その保証はどこにもない。
それでも。
誰もやったことがないというだけで、始める前から潰してしまう必要もない。
最終的に、開園までは月に銀貨三枚。開園後はそれに加えて売上の一割を納めてもらう条件で話を進めることになった。
さらにライガは、将来もっと広い土地が必要になった場合についても気にしていた。
どこまで大きくするつもりなのだろう。
アイラにも分からない。
だから隣接する土地については、必要になったときに優先して相談できるようにしておいた。
同じ条件で貸すと約束したわけではない。
そのときの状況次第では、条件も変わる。
それでも、話を聞く余地くらいは残しておいていいだろう。
正式な契約が結ばれた日。
書類に自分の名を書き込む少年を眺めながら、アイラは思った。
これで、あの草地がどう変わるのか。
しばらく見てみよう、と。
◇
領主の仕事は多い。
一つの契約が終わったからといって、そればかりを気にしているわけにはいかなかった。
ライガへ土地を貸したあと、アイラは再び普段の仕事へ戻った。
各地から届く報告に目を通し、必要な判断を下し、人と会い、時には街や周辺地域へ視察に出る。
そんな日々の中で、ライガのことを思い出すことはあっても、毎日のように様子を確認していたわけではない。
それでも、ときどき耳に入ってくる話があった。
「例の土地ですが、整備が始まっているようです」
最初に聞いたのは、その程度だった。
契約したのだから当然だろう。
ところが、しばらくすると話が変わった。
「木を使って、何かを作っているようです」
「もうか?」
「はい」
思っていたより早い。
さらに後日。
「円形の建造物ができているそうです」
「円形?」
「はい。それと……木で作られた馬のようなものが、いくつも並んでいるとか」
「馬?」
アイラは思わず報告者を見た。
「本物ではないのだな?」
「木で作られたものだそうです」
「……何に使う?」
「そこまでは分かりません」
結局、その日は何のために木馬を並べているのか分からないまま話が終わった。
そして、さらに数日が過ぎると、今度は別のものが現れた。
「坂のような木組みができている?」
「そのようです」
「今度は何を作っているんだ……」
報告を聞くたび、理解できないものが増えていく。
ただ一つ分かるのは、あの何もなかった草地が確実に変わっているということだった。
契約を結んでから、それほど長い時間は経っていない。
それなのに、すでに外から見ても分かるほどのものがいくつも作られている。
少なくとも、あの少年が口だけではなかったことは確かなようだ。
◇
そして、ある日。
アイラは再び商業ギルドを訪れていた。
一通り必要な話を終えたところで、ギルドマスターが思い出したように口を開く。
「そういえば、伯爵様」
「何だ?」
「以前お話しした遊園地についてなのですが」
アイラは持っていた茶器を置いた。
「今度は何ができた?」
「……よく何かできたとお分かりになりましたね」
「これまでの話を聞いていればな。それで?」
「以前お話しした坂のような木組みですが、どうやら乗り物だったようです」
「乗り物?」
「はい。『コースター』というそうです」
また知らない言葉が出てきた。
「どんなものだ?」
「小さな木製の車両に人が乗り、それが坂を上ったあと、下っていくそうです。その後もいくつかの起伏や曲がり道を走って、元の場所へ戻ってくるのだとか」
「…………」
アイラはしばらく何も言えなかった。
「何のために?」
「楽しむためだそうです」
そういえば、最初からそういう話だった。
遊ぶための場所なのだから、そこで使うものが楽しむために作られていても不思議ではない。
理屈では分かる。
それでも、わざわざ坂を上って下りることの何が楽しいのかまでは分からなかった。
「それで、その乗り物がどうした?」
「うちの職員が一人、実際に乗ってきました」
「……職員が?」
「ライガから、操作を手伝ってほしいと頼まれたそうです。本人が乗って確認するためには、別に操作する者が必要だったようで」
「なるほど」
そこは理解できる。
「問題はなかったのか?」
「無事に戻っております。本人の話では、ライガも乗る前後にかなり念入りに確認していたようです」
アイラは小さく頷いた。
初めて会ったとき、ライガが安全について話していたことを思い出す。
どうやら、あのとき口にしていたことを忘れてはいないらしい。
「それで、職員は何と言っていた?」
「かなり面白かったそうです」
「……面白い?」
「はい」
アイラは首を傾げる。
話を聞いても、やはり何が面白いのか分からない。
そんなアイラの疑問を察したのか、ギルドマスターが苦笑した。
「私も同じことを聞きました。ただ、本人は『乗れば分かる』と」
「説明になっていないな」
「私もそう思います」
「それほど気に入ったのか?」
「二度乗ったそうです」
「試験で二度か?」
「いえ」
ギルドマスターが少し笑う。
「一度目を終えたあと、本人からもう一度乗りたいと言ったそうです」
「…………」
アイラは言葉を止めた。
その意味を、少し考える。
ライガが自分で作ったものを面白いと言うだけなら、それほど不思議ではない。
作りたくて作ったものなのだから、本人が気に入っているのは当然だろう。
だが、何も知らなかった人間が乗った。
そして一度で終わらず、自分からもう一度乗りたいと言った。
「ほかにもあるそうです」
「まだあるのか?」
「以前お話しした、木馬が並んだ円形のものです」
「あれか」
「『メリーゴーランド』というそうです」
また覚えにくい名前だった。
「それは何をする?」
「木馬に乗ると、床ごと回るそうです」
「…………」
コースター以上に意味が分からない。
「それも楽しむためか?」
「はい」
「そうか……」
もう尋ねる必要もないらしい。
「その職員は?」
「そちらにも乗ったそうです」
「……仕事で行ったのではなかったのか?」
「本人は仕事もしたと申しております」
含みのある言い方に、アイラは思わず笑ってしまった。
「なるほど。よほど気に入ったらしいな」
「戻ってきてから、しばらくその話をしておりましたので」
「それほどか」
アイラは椅子の背に身体を預けた。
遊園地。
初めてその言葉を聞いたときには、何を言っているのかほとんど理解できなかった。
人が遊ぶためだけの場所。
そのために広い土地を使い、様々な乗り物を作る。
本当にそんなものに人が集まるのか。
今でも分からない。
たった一人が楽しんだからといって、商売として成功する保証にはならない。
領主として判断するなら、それくらいは分かっている。
それでも――。
何もなかった草地に、ライガは本当に自分が話していたものを作り始めた。
そして、それを体験した人間が面白いと言った。
もう一度乗りたいとまで言った。
「……面白いな」
「はい?」
「いや」
アイラは小さく笑う。
以前ライガ本人と話したときにも、同じようなことを口にした気がする。
あのときは、遊園地という発想そのものに興味を持った。
今は少し違う。
あの少年がこれから何を作るのか。
その結果、あの土地がどう変わっていくのか。
それを実際に見てみたいと思い始めている。
「近いうちに、北門の外も視察しておくか」
アイラが何気なく言うと、ギルドマスターがわずかに口元を緩めた。
「遊園地を、でございますか?」
「私が貸し出した土地だ。契約通りに使われているか、確認しておく必要があるだろう」
「おっしゃる通りです」
「…………」
妙に素直な返事だった。
「何だ?」
「いえ、何も」
「なら、なぜ笑っている?」
「気のせいでございましょう」
絶対に気のせいではない。
アイラは少しだけ眉を寄せたが、それ以上は追及しなかった。
これはあくまで視察だ。
自分が許可した事業がどうなっているのか、領主として自分の目で確認する。
それだけのことだ。
決して――。
乗った者が自分から二度目を望んだという、その『コースター』なるものが気になっているわけではない。
少なくとも。
今は、そういうことにしておくことにした。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
今回はアイラ視点の閑話でした!
雷牙から見れば頼れる領主様ですが、アイラ自身もまだ領主として勉強中。
そんな彼の目に、「遊園地」という見たことも聞いたこともないものは、どう映っていたのでしょうね。




