28話 次の乗り物を作ろう
コースターも無事に完成し、遊園地の乗り物は二つに。
まだまだ寂しい遊園地を賑やかにするため、雷牙は三つ目の乗り物作りを始めます。
昨日決めたものを、さっそく作っていきましょう!
翌朝。
銀の小鹿亭で朝食を済ませた俺は、部屋へ戻るとベッドに腰を下ろした。
昨日はいろいろな意味で、大きな一日だった。
完成したばかりのコースターに初めて自分で乗って、そのあとには商業ギルドの職員さんにも乗ってもらった。
しかも、一度乗っただけでは終わらなかった。
『……もう一回、乗ってもいいですか?』
思い出すだけで、少し頬が緩む。
俺が楽しいと思うだけじゃない。
遊園地なんてものを知らなかった人が実際に乗って、自分からもう一度乗りたいと言ってくれた。
そのあとにはメリーゴーランドにも乗ってくれたし、次に新しいものができたら見てみたいとも言ってくれた。
まだ二つしかない小さな乗り物だけど、どちらもちゃんと人を楽しませることができた。
「……もっと増やしたいよな」
昨日の夜から、ずっと同じことを考えている。
俺はスマホを取り出し、保存されている写真を開いた。
通信はできなくても、本体に残っている写真や動画は見ることができる。
最初に表示されたのは、昨日候補にしていたコーヒーカップの写真だった。
「これも作りたいんだけどな」
大きな円形の床が回り、その上に置かれたカップもそれぞれ回転する。
メリーゴーランドで、床そのものを回転させる仕組みは一度作った。
魔石から魔力を供給する方法も、操作するための仕組みも少しずつ分かってきている。
今なら、最初にメリーゴーランドを作ったときよりは迷わず作れると思う。
ただ――。
「やっぱり、今はこっちなんだよな」
何枚か写真を送る。
画面に現れたのは、小さな車だった。
二人くらいが並んで座れそうな車体。
前には丸いハンドルが付いていて、遊園地の中に作られた道をゆっくり走っている。
昨日、この写真を見つけてからずっと気になっていた。
「動画もあったよな」
写真を閉じ、保存されている動画を探す。
しばらく画面を送っていくと、目当てのものが見つかった。
「あった」
再生する。
小さな画面の中で、何台もの車がゆっくりと道を走っている。
周りには花が咲き、その向こうには木が並んでいた。
乗っている人たちはハンドルを握り、自分で車を運転しているように楽しんでいる。
「…………」
少しだけ、何も言わずに眺めた。
こっちへ来てから、まだそれほど長い時間が経ったわけじゃない。
それなのに、画面の向こうにある景色がずいぶん遠く感じる。
もう戻れない場所。
そう考えれば、寂しくないわけじゃない。
けれど、動画を見ているうちに、俺の頭は自然と別の方向へ動き始めた。
「……これ、作れないかな」
動画を最初から再生する。
今度は懐かしむためじゃない。
どう動いているのかを見るためだ。
車にはハンドルがある。
二人くらいが並んで座れる座席がある。
足元には、進むための操作もあったはずだ。
何より、今まで作った二つとは楽しみ方が違う。
メリーゴーランドは、乗ればあとは床が回ってくれる。
コースターも、乗ったあとは決められたレールの上を走っていく。
でも、これは自分でハンドルを握る。
自分で進ませる。
実際にどこまで自由に動かせるかは別として、自分で運転している感覚を楽しめる。
「やっぱり、次はこれだな」
コーヒーカップもいつか作りたい。
でも、今作りたいのはこっちだ。
俺はスマホを【無限収納】へ戻すと、ベッドから立ち上がった。
◇
北門を抜け、いつもの道を歩く。
昨日は商業ギルドの職員さんと一緒だったけど、今日は一人だ。
借りた土地へ着くと、メリーゴーランドと、その隣にある小さなコースターが目に入った。
「……三つ目か」
ここに、もう一つ乗り物が増える。
そう考えるだけで楽しくなってくる。
俺は何もない草地の一角まで歩くと、もう一度スマホを取り出した。
「まずは車からだな」
写真を見ながら、必要な形を考える。
「二人乗りにしよう」
一人乗りでも作れる。
でも、こういう乗り物なら二人で乗れた方がいい。
親子でもいいし、友達同士でもいい。
隣に誰かが座って、一緒に景色を見ながら走れる。
コースターは一人乗りにしたし、今度は違う楽しみ方ができるものにしたかった。
横に二人並んで座れる車体。
前にはハンドル。
足元には、進むためのペダル。
「……車の中身なんて分からないけど」
問題はそこだ。
車の形は知っている。
ハンドルを右へ回せば右へ曲がり、左へ回せば左へ曲がる。
それくらいなら当然知っている。
でも、ハンドルから前輪まで、実際にどういう部品がどう繋がっているのか。
それを正確に説明しろと言われても無理だ。
遊園地の乗り物についていろいろ調べたことはあるけど、車を一から設計したことなんてない。
「だったら、同じものを作る必要はないよな」
ここで作りたいのは、本物の自動車じゃない。
街から街へ移動するためのものでもない。
遊園地の中で楽しむための乗り物だ。
必要な動きができればいい。
俺は【無限収納】の中を確認し、残っていたラグナ樫材を取り出した。
「……結構減ったな」
メリーゴーランド。
コースター。
それに試験用として加工したものもある。
最初に比べれば、加工済みの材料はかなり少なくなっていた。
とはいえ、敷地にはまだ木が残っている。
必要になれば、契約で認められた範囲で追加の木を切って使えばいい。
「まずは一台作ってみるか」
材料を並べ、作業を始める。
◇
最初に作ったのは車体だった。
二人が横に並んで座れるだけの幅を取る。
低めの座席を作り、その下に四つの車輪を取り付ける。
コースターの車両と違い、今回はレールを挟み込む必要はない。
代わりに、前の二輪は左右へ向きを変えられるようにした。
そこまで形にしてから、俺は車体の前に取り付けた丸いハンドルを見る。
「問題は、これだよな」
ハンドルを右へ回したら、前輪が右を向く。
左へ回したら、左を向く。
やりたいこと自体は単純だ。
ただ、それを元の世界の車と同じ機構で再現しようとすれば、俺には知識が足りない。
「だったら……」
ハンドルへ手を置く。
右へ回したときには、前輪が右を向く。
左なら左。
ハンドルを中央へ戻せば、前輪も真っ直ぐに戻る。
俺が理解しているのは、そこまでだ。
その動きを頭の中でできるだけはっきりと思い浮かべる。
「【付与魔法】」
手のひらから魔力を流していく。
ハンドルの向きに合わせて、前輪の向きが変わる。
複雑な仕組みを勝手に作ってもらうんじゃない。
俺が分かっている二つの動きを、単純に連動させる。
やがて付与が馴染んだような感覚が返ってきた。
俺はゆっくりとハンドルを右へ回す。
前輪が動いた。
「おお」
今度は左へ回す。
前輪も左を向く。
中央へ戻せば、前輪も真っ直ぐになった。
「よし」
何度か繰り返す。
車体を手で押しながらハンドルを動かしてみると、前輪の向きに合わせて進む方向も変わった。
「これならいけそうだな」
次は動力だ。
そこで、俺は少し離れたところにあるコースターへ目を向けた。
「……魔石、また必要になるよな」
完成させるなら、この車専用の魔石がいる。
でも、今はまだ試作品だ。
本当に思った通りに走るのかも分からない段階で、新しい魔石を買う必要はない。
「…………」
今日はコースターを動かす予定もない。
「……ちょっと借りるぞ」
誰に断っているのか、自分でも分からない。
俺はコースターへ向かい、車両に固定してある動力用の魔石を取り外した。
これを外している間は、当然コースターを動かせない。
でも、試験が終わったらすぐに戻せばいい。
「新しいのを買うのは、ちゃんと作れそうだって分かってからだな」
何だかんだで魔石は安くない。
節約できるところは節約したい。
◇
借りてきた魔石を、試作車の後ろ側へ固定する。
魔石から魔力を供給して、車輪を回す。
そこまではコースターでやったことの応用だ。
ただし、コースターとは違って、こっちは乗っている人が進みたいときに進ませたい。
「踏んでる間だけ繋がるようにして……」
足元へ、板状のペダルを取り付ける。
ペダルを踏む。
魔石から駆動部分へ魔力が流れる。
離せば流れが切れる。
まずは車体を少し持ち上げ、車輪を地面から離した状態で試すことにした。
ペダルを押す。
ゴロゴロと後輪が回り始めた。
「よし」
足を離す。
魔力の供給が切れ、車輪は惰性で少し回ってから止まった。
「ここまでは大丈夫そうだな」
次は、実際に地面を走らせてみる。
車体を戻し、接合部分や車輪を一通り確認してから、俺は運転席へ座った。
二人乗りなので、隣には空いた座席がある。
目の前には丸いハンドル。
足元にはペダル。
「なんか……それっぽいな」
見た目はまだ、木で作った簡単な車だ。
元の世界で見た乗り物とは比べものにならない。
それでも、座ってハンドルを握ると急に車らしく感じた。
「まずは、ゆっくりだな」
いきなり速く走らせるつもりはない。
付与した駆動の力も、かなり弱めにしてある。
俺はペダルを踏み込んだ。
ゴロ……。
ゴロゴロ……。
「おお……!」
車体が動き始めた。
馬はいない。
誰かに押してもらっているわけでもない。
自分でペダルを踏んだことで、車が前へ進んでいる。
「走った!」
速度は、人が少し早く歩くくらいだ。
今はそれで十分だった。
少し進んだところで、ハンドルを右へ回す。
前輪が右へ向き、それに合わせて車体も緩やかに右へ曲がった。
「おおお……!」
今度は左へ。
ちゃんと左へ曲がる。
「いいじゃん!」
思わず笑う。
メリーゴーランドとも違う。
コースターとも違う。
自分で操作した通りに進む。
それだけなのに、妙に楽しい。
しばらく低い速度で走らせたあと、俺はペダルから足を離した。
魔力の供給が切れる。
車体はその場で急に止まることはなく、少しだけ惰性で進んだ。
そのまま速度を落とし、やがて自然に止まる。
「……これなら、止まるときはペダルを離すだけでもいいか」
今くらいの速度なら、魔力の供給が切れたあと、少し惰性で進んで自然に止まる。
操作を増やすより、その方が分かりやすい。
そもそも、この乗り物で速さを出したいわけじゃない。
自分で動かしている感覚を楽しみながら、ゆっくりとコースを走る。
それなら、今の仕組みでも十分使えそうだった。
「問題は……こっちだな」
俺はハンドルを握ったまま考える。
自分は、ハンドルを右へ回せば右へ曲がることを知っている。
だから何の疑問もなく操作できた。
でも、この世界では違う。
俺がここへ来てから見てきた移動手段は、馬車だ。
進む方向を変えるなら、馬を操る。
丸いハンドルを回して車輪の向きを変えるなんて、初めて見た人には分からないかもしれない。
もちろん、乗る前に説明すればいい。
右へ回せば右。
左へ回せば左。
ペダルを踏めば進んで、離せば止まる。
難しい操作ではない。
それでも、間違える人はいるだろう。
小さな子供が乗ることだって考えたい。
「……自由に走れる必要はないか」
俺は試作車から降り、スマホを取り出した。
昨日見ていた動画を、もう一度再生する。
今度は車ではなく、その下を見る。
緩やかに曲がる道。
そして、その中央。
「……やっぱりあるな」
車が進むルートに沿って、細いガイドのようなものが続いている。
「ゴーカートっていうより、こっちだな」
自由に好きな場所を走る乗り物じゃない。
進む道そのものは最初から決まっている。
乗っている人はハンドルを握れる。
自分で操作している感覚もある。
でも、操作を間違えたからといって、道から大きく外れてどこかへ行ってしまうわけではない。
「これにしよう」
正確な構造までは分からない。
写真や動画を見ただけで、内部まで理解できるわけでもない。
それでも、考え方は分かる。
車体の下側に、案内に使う部分を作る。
走る道にも、それを受けるためのガイドを作る。
そうすれば、車は決められたルートから大きく外れない。
ハンドルを回せば、運転している感覚は楽しめる。
でも、うまく操作できなくても危険な場所へ飛び出さない。
「自分で運転できる。でも、間違えてもちゃんと走れる」
口に出してみる。
「……うん。それがいいな」
この世界で作るなら、なおさらその方がいい。
俺にとって当たり前の操作が、こっちの人にとっても当たり前とは限らない。
だったら、最初から操作を間違えても大丈夫な形にしておけばいい。
俺はスマホをしまい、広い土地を見渡した。
「コースは……この辺かな」
コースターやメリーゴーランドから少し離れた、まだ何も作っていない場所へ視線を向ける。
いきなり長いものを作る必要はない。
まずは短いルートを作ってみる。
緩やかなカーブをいくつか入れて、その中央にガイドを通す。
そこでハンドルを正しく操作した場合。
逆に操作した場合。
何もしなかった場合。
どれでも、決められた道を安全に進めるか確認する。
「道の周りに木とか花があったら、もっと楽しそうだな……」
頭の中に、動画で見た景色が浮かぶ。
ただ走るだけじゃない。
景色を見ながら、ゆっくり進む。
自分でハンドルを握って、隣に座った人と一緒に楽しむ。
今はまだ何もない草地だけど、いつかは――。
「……いや、先に走る道だな」
また先のことを考えていた。
まずは安全に一周できるものを作る。
話はそれからだ。
俺は【無限収納】の中に残っている材料を確認した。
試作車を作ったことで、加工済みのラグナ樫材はさらに減っている。
道まで作れば、もっと必要になるだろう。
「また必要な分だけ切るか」
幸い、敷地内にはまだ木が残っている。
全部を切るつもりはない。
日陰や景色に使いたい木は残しながら、必要な場所にあるものを選んで使えばいい。
俺は一度、試作車へ振り返った。
二人乗りの小さな木製車。
まだ走るための道はない。
動力に使っている魔石だって、コースターから借りているだけだ。
完成には程遠い。
それでも。
馬がいなくても、自分の力で走った。
ハンドルを回せば、ちゃんと曲がった。
「……よし」
俺は試作車から魔石を取り外した。
今日はもう走らせない。
借りたものは、いったん元へ戻しておこう。
コースターの車両へ魔石を戻し、きちんと固定されていることまで確認する。
この車を完成させるなら、いずれ専用の魔石も必要になる。
一台だけで終わらせず、何台も走らせるなら、その分だけ考えなければならない。
「……お金も必要になるよな」
木はまだある。
灰石もある。
でも、遊園地が大きくなるほど、土地にあるものだけでは足りなくなっていくはずだ。
魔石だって必要になる。
乗り物以外のものも作らなければならない。
考えることは増えていく。
それでも、不思議と嫌にはならなかった。
「面白くなってきたな」
何もなかった草地に、少しずつ遊ぶためのものが増えていく。
次は、その中に一本の道ができる。
そしてそこを、馬に引かれていない小さな車が走る。
俺はそんな光景を頭に思い浮かべながら、新しく使うラグナ樫を選ぶために歩き出した。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
三つ目はコーヒーカップ……のはずが、まさかの予定変更!
馬車が当たり前の世界で、馬のいない小さな車が生まれました。
雷牙の遊園地も、少しずつ乗り物の種類が増えてきましたね。




