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3話 異世界に来たはいいけれど

異世界にやってきた雷牙。

まずは、女神様からもらったスキルを試してみます

どこまでも続く草原を眺めながら、俺はしばらくその場に立ち尽くしていた。


 風が吹くたびに草が一斉に揺れ、青々とした大地に波のような模様を作っていく。遠くには深い森が広がっていて、そのさらに向こうには山々が連なっている。


 空を見上げれば、先ほど見つけた巨大な鳥らしき生き物が、悠々と翼を広げて飛んでいた。


 道路はない。


 電柱もなければ、ビルもない。当然、コンビニの看板なんてものも見当たらない。


 改めて周囲を見回してみても、俺が知っている日本の景色とは何もかもが違っていた。


「……本当に異世界なんだな」


 女神様から散々説明されたのだから、今さら疑っていたわけではない。


 それでも、実際にこうして自分の目で見ると感じ方がまるで違う。


 魔法が存在し、魔物がいて、エルフや獣人まで暮らしている世界。


 これから俺は、ここで生きていく。


「…………」


 そう考えると、急に不安になってきた。


 俺はもう一度辺りを見回した。


 右を見ても草原。


 左を見ても草原。


 後ろを振り返っても、やっぱり草原。


 遠くに森や山は見えるものの、人が住んでいそうな建物はどこにも見当たらない。


「……で」


 俺は腕を組んだ。


「これから、どうすればいいんだ?」


 異世界に転生することばかり考えていて、肝心なことを何も聞いていなかった。


 この世界の国についても知らなければ、街がどこにあるのかも知らない。女神様から地図をもらった覚えもない。


「女神様、せめて街の近くに送ってくれてもよかったんじゃ……」


 返事はない。


 女神様は「いつでも見守っています」と言っていたが、どうやら好きなときに会話できるという意味ではなかったらしい。


 俺は小さくため息をついた。


「まあ、何とかするしかないか」


 文句を言っていても街が突然現れるわけではない。


 幸いなことに、丸腰というわけでもない。女神様から大量の能力をもらっている。


「そういえば……」


 俺は自分の手を見る。


 女神様から能力を受け取ったときは光に包まれただけで、実際に使ったことは一度もない。


 せっかくもらったのだから、まずはどんな能力なのか確認した方がいいだろう。


「でも、どうやって確認するんだ?」


 女神様に聞いておけばよかった。


 ゲームならメニュー画面を開けば確認できるのだろうが、俺の身体にそんなものがあるはずもない。


「……いや、待てよ」


 ここは剣と魔法の異世界だ。


 しかもスキルまで存在する。


 だったら、もしかすると。


「ステータス」


 言ってみた。


 何も起きない。


「…………」


 風が吹き抜けた。


 草が揺れる。


「恥ずかし……」


 誰もいなくてよかった。


 これで近くに人でもいたら、突然「ステータス」と呟いた変な奴になっていた。


「さすがにゲームみたいには――」


 そこまで言ったところで、目の前に淡い光が集まった。


「うおっ!?」


 驚いて一歩後ろへ下がる。


 光は俺の目の前で四角い形を作ると、半透明の板のようなものへ変わった。


「出るのかよ!」


 思わず声を上げてしまった。


 だったら最初から出てくれればいいのに。


 目の前に浮かんでいる半透明の画面には、俺の名前や年齢、種族などが表示されていた。その下には能力についての項目もあり、女神様からもらったものがずらりと並んでいる。


「……多いな」


 分かってはいた。


 分かってはいたが、実際に一覧で見ると改めてとんでもない。


 女神様、本当にどれだけ心配だったんだ。


 画面を眺めていると、【鑑定】という文字が目に入った。


「これならすぐ試せそうだな」


 女神様の説明では、人や物についての情報を確認できる能力だったはずだ。


 俺は足元に生えている草へ視線を向ける。


「鑑定」


 今度は何も起きない、ということはなかった。


 視界の隅に小さな文字が浮かび上がる。


【ラティ草】


 温暖な地域の草原などに広く自生する植物。

 毒性はなく、一部の草食動物や魔物の餌となる。


「おお……!」


 思わずしゃがみ込んだ。


 目の前にあるのは、どう見ても普通の草だ。


 しかし、この世界ではラティ草という名前らしい。


「本当に分かるんだな」


 試しに別の草を鑑定してみる。


 今度は薬草の一種らしく、傷薬などの材料として利用されているという情報が表示された。


「これ、めちゃくちゃ便利じゃないか?」


 知らない世界で生活する以上、何が安全で何が危険なのか分からない。【鑑定】があれば、少なくとも何も知らないまま危険なものへ触れる可能性は減らせそうだ。


 今度は足元に転がっていた石を拾った。


「鑑定」


【石】


 どこにでも存在する普通の石。


「……それだけ?」


 何かすごい鉱石だったりしないかと少し期待したのだが、本当にただの石らしい。


「まあ、そう都合よくはいかないか」


 俺は石を手のひらで転がしながら、今度は【無限収納】を思い出した。


 女神様曰く、どれだけ物を入れても容量に限界がない、とんでもなく便利な能力だ。


「どうやって使うんだろ」


 収納したいと思えばいいのだろうか。


 石を見つめながら、頭の中で収納することを意識してみる。


 すると次の瞬間、手のひらにあった石が跡形もなく消えた。


「おっ!?」


 慌てて手を見る。


 何もない。


「入った……のか?」


 頭の中で収納した石を思い浮かべると、不思議なことに中に何が入っているのか分かった。


 先ほどの石が一つ。


 間違いなく収納されている。


「じゃあ、取り出す」


 そう考えた瞬間、石が再び手のひらに現れた。


「おお……」


 もう一度収納する。


 消える。


 取り出す。


 現れる。


 収納する。


 消える。


「これ楽しいな」


 何度か繰り返してから、ふと我に返った。


「……何やってんだ、俺」


 異世界まで来て、石を出したり消したりして喜んでいる場合ではない。


 だが、能力が本当に使えることは確認できた。


 女神様には悪いが、正直なところ半信半疑だったのだ。


 これなら他の能力も使えるはずだ。


「となると……やっぱり魔法だよな」


 せっかく剣と魔法の世界へ来たのだ。


 魔法を使ってみたいと思うのは当然だろう。


 俺は周囲を確認した。


 草原なので火を出すのは少し怖い。火事になったら洒落にならない。


「水なら大丈夫か」


 女神様から【全属性魔法適性】をもらっているので、水属性の魔法も覚えられるはずだ。


 問題は、使い方を知らないことだった。


「……ウォーター?」


 何も起こらない。


「ウォーターボール?」


 やっぱり何も起こらない。


「水よ、我が手に集え……とか?」


 風が吹いた。


「…………」


 恥ずかしい。


 周囲に誰もいないと分かっているのに、ものすごく恥ずかしい。


「呪文とか必要なのか?」


 ステータス画面を開き、【全属性魔法適性】の項目を確認してみる。


 すると、そこには簡単な説明が表示された。


 魔法を使用するには、体内に存在する魔力を感じ取り、それを目的に応じた形へ変化させる必要があるらしい。


「魔力を感じる……」


 言われても分からない。


 俺は目を閉じて、自分の身体に意識を集中してみる。


 最初は何も感じなかった。


 心臓の鼓動と、草原を吹き抜ける風の音だけが聞こえる。


 それでもしばらく集中していると、身体の奥に妙な感覚があることに気づいた。


 暖かいような、冷たいような、何とも説明しづらい感覚。


「これ……かな?」


 恐る恐る、その感覚を右手へ集めることを意識する。


 すると、手のひらがほんのり暖かくなった。


「おお……!」


 どうやら正解らしい。


 あとは、この力を水に変える。


 頭の中に水を思い浮かべながら、手のひらへ集まった何かを外へ出すように意識した。


 次の瞬間。


「うわっ!」


 手のひらから突然水が飛び出した。


 勢いは大したことがなく、蛇口を少し強めにひねった程度だったが、間違いなく何もないところから水が出ている。


 水は数秒ほど出続け、そのまま足元の草を濡らした。


「……魔法だ」


 思わず自分の手を見つめる。


 もう一度試す。


 先ほどよりも少しだけ簡単に、手のひらから水が流れ出した。


「すげぇ……本当に魔法使えた」


 少し楽しくなってきた。


 今度は水の量を減らしてみたり、逆に勢いを強くできないか試したりしてみる。


 何度か繰り返しているうちに、最初よりも明らかに扱いやすくなってきた。


「練習すれば、本当にいろいろできそうだな」


 女神様が言っていた通り、適性があるからといって最初から何でもできるわけではないらしい。


 それでも、魔法が使えたという事実だけで十分だった。


 十七年間、魔法なんて空想の中だけに存在するものだと思っていたのだから、少しくらい興奮しても仕方ないだろう。


 他の魔法も試してみたい。


 そう思った、そのときだった。


 ぐぅぅぅ……。


「…………」


 腹の虫が鳴った。


 そういえば、遊園地を出てから何も食べていない。


「腹減ったな……」


 そこで俺は、ある重大な問題に気づいた。


 食べ物を持っていない。


 水は今の魔法で何とかなるかもしれないが、食料はどうにもならない。


 いや、待て。


 街へ行けば食べ物くらい買えるだろう。


 そう考えて、制服のポケットを探る。


 スマートフォン。


 家の鍵。


 ハンカチ。


 そして財布。


「あった」


 財布を開く。


 千円札が数枚と、小銭が入っている。


「…………」


 俺はしばらく日本円を見つめた。


 それから、ゆっくり財布を閉じる。


「……使えないよな、これ」


 当然だ。


 異世界の店で千円札を出して、「これでお願いします」と言ったところで通じるはずがない。


「女神様……」


 俺は空を見上げた。


「スキルをあれだけくれたのに、こっちのお金はくれなかったんですか……?」


 返事はない。


 女神様のことだから、おそらく忘れていたのだろう。


 魔物に襲われたらどうしよう。毒を受けたらどうしよう。病気になったらどうしよう。


 そんな心配ばかりして、転生直後の生活費まで考えが回らなかったに違いない。


「……まあ、女神様らしいか」


 思わず苦笑してしまった。


 とはいえ、笑ってばかりもいられない。


 食料がない。現地のお金もない。そして何より、街がどこにあるのか分からない。


 どれだけすごい能力を持っていても、これではどうしようもない。


「とりあえず、人を探すしかないな」


 俺はもう一度周囲を見回した。


 今度は先ほどよりも注意深く遠くを見る。


 すると草原の向こうに、不自然に草が途切れている場所があることに気づいた。


「……あれ、道か?」


 近づいてみると、やはり道だった。


 舗装はされていないが、地面が踏み固められ、草原の中を一本の線のように伸びている。


「道があるなら、人もいるよな」


 少なくとも、この道を作った何者かはいる。


 俺はどちらへ進むべきか少し迷った末、遠くに森が見えない方を選んだ。


 特に根拠はない。


 森の中へ向かうよりは安全そうだと思っただけだ。


「よし、行くか」


 そうして俺は歩き始めた。


 異世界へ来て初めての移動だ。


 道端に見慣れない植物を見つけるたびに【鑑定】を使い、ときどき空を飛ぶ生き物にも試してみる。


 遠すぎるせいなのか、情報が表示されないこともあった。


 途中で赤い実をつけた低木を見つけたときには少し期待したが、鑑定結果に「弱い毒性あり」と表示され、慌てて手を引っ込めた。


「鑑定なかったら普通に食べてたかもな……」


 改めて女神様に感謝する。


 やはり、もらった能力はどれも役に立ちそうだ。


 しばらく歩き続ける。


 どれくらい経っただろうか。


 周囲の景色にほとんど変化がないせいで、時間の感覚がなくなってきた。


「本当にこっちで合ってるのか……?」


 今さら不安になってきた。


 もし何時間歩いても何もなかったら、反対方向へ戻るべきだろうか。


 そんなことを考えていたとき。


「……ん?」


 遠くから、何か音が聞こえた。


 規則的な音だ。


 少しずつ大きくなってくる。


 俺は立ち止まり、耳を澄ませた。


「これって……」


 聞き覚えがある。


 馬の蹄が地面を蹴るような音。


 やがて道の向こうに、小さな影が見えた。


 それは徐々に大きくなり、形がはっきりしてくる。


「馬車……?」


 二頭の馬らしき動物が、木製の大きな車を引いている。


 映画や観光地以外ではまず見かけない光景だった。


「人だ!」


 異世界へ来てから、初めて見つけた人間だった。


 俺は思わず道の端へ寄る。


 向こうも俺に気づいたらしい。


 馬車の前方に座っていた男が、こちらを見ながら速度を落とした。


「おーい! そこの兄ちゃん!」


「…………!」


 男が何かを叫んだ。


 知らない世界の人間なのだから、当然、聞いたことのない言語のはずだった。


 それなのに。


「こんなところで何してるんだ? 一人か?」


 意味が分かる。


 まるで最初からその言葉を知っていたかのように、男の声が自然と頭へ入ってきた。


「……すげぇ」


「あ?」


「あ、いや、なんでもないです!」


 俺は慌てて首を横に振った。


 これが【言語理解】。


 女神様からもらった能力は、本当に全部使えるらしい。


 馬車が俺の目の前でゆっくりと止まる。


 御者台に座っていた男は、俺の制服姿を頭から足まで眺めると、不思議そうに眉をひそめた。


「変わった格好してんな、兄ちゃん。こんなところで何してたんだ?」


「えーっと……」


 どう答えよう。


 女神様の手違いで死んで、ついさっき別世界から転生してきました。


 さすがにそんなことを正直に言うわけにはいかない。


 俺は少し考えてから、できるだけ怪しまれなさそうな答えを口にした。


「ちょっと……遠いところから来まして」


「遠いところ?」


「はい」


「どこからだ?」


「…………」


 しまった。


 当然聞かれる。


 俺は知らない異世界の空を見上げた。


「ものすごく遠いところです」


「なんだそりゃ」


 男が呆れたように笑う。


 どうやら完全に誤魔化せたわけではないらしい。


 それでも、男から敵意のようなものは感じなかった。


「まあいい。何か事情がありそうだな」


 男はそう言うと、馬車の荷台を親指で指した。


「とりあえず乗るか?」


「え?」


「この先に街がある。兄ちゃん、そこへ行きたいんじゃないのか?」


 俺は思わず目を見開いた。


「街、あるんですか!?」


「そりゃあるさ。この道をずっと歩いてたら、そのうち着くぞ」


「よかった……」


 心の底から安心した。


 どうやら道を選ぶ方向は間違っていなかったらしい。


「どうする?」


 男がもう一度尋ねてくる。


 俺は少しだけ迷った。


 初対面の人についていっていいのかという不安はある。


 だが、このまま何も知らずに歩き続けるよりはいいだろう。


 それに、街へ行かなければ何も始まらない。


「……お願いします」


「おう。乗んな」


「ありがとうございます!」


 俺は男に頭を下げ、馬車へ近づいた。


 こうして異世界へ来た俺は、ようやく最初の住人と出会った。


 この先にある街がどんな場所なのか。


 この世界では、どんな人たちが暮らしているのか。


 俺はまだ何も知らない。


 ただ、少なくとも一つだけ分かったことがある。


 女神様からもらった能力は、どうやら本物らしい。


 それなら、この世界でも何とか生きていけるかもしれない。


 そんなことを考えながら、俺は初めて見る異世界の馬車へと乗り込んだ。

お読みいただきありがとうございます!


女神様からもらったスキルを確認し、ようやく異世界で最初の出会いを果たした雷牙。


次回、いよいよ異世界の街へ向かいます!

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