2話 女神様、いくらなんでも盛りすぎです
第2話です。
いよいよ雷牙が女神様から転生特典を受け取ります。
「二十個にします!」
「なんで増えた!?」
俺の制止を聞くどころか、女神様は先ほどから転生特典を増やし続けていた。
最初は確か、「お好きな能力を一つ」と言っていたはずだ。それが三つになり、五つになり、十個になったかと思えば、ついには二十個である。
異世界で第二の人生を送ることになっただけでも現実離れしているというのに、さらによく分からないことになってきた。
「女神様、とりあえず落ち着きましょう」
「落ち着いています!」
「本当に?」
「…………たぶん」
「たぶんなんだ……」
女神様は気まずそうに視線を逸らした。
どう見ても落ち着いていない。
「でも……」
女神様は胸の前で両手を握ると、申し訳なさそうに俺を見た。
「私のせいで雷牙さんは亡くなってしまったんです。せめて次の人生では、不自由なく暮らしていただきたいんです」
「気持ちはありがたいですけど、だからって二十個も必要ですか?」
「必要です!」
即答だった。
「転生先には魔物もいるんですよ? もし襲われたらどうするんですか? 盗賊に襲われるかもしれませんし、病気になってしまうかもしれません。食べ物が手に入らなくなったり、怪我をして動けなくなったりしたら……」
話しているうちに、女神様の顔がどんどん青くなっていく。
どうやら自分で想像して、自分で怖くなっているらしい。
「やっぱり二十個でも足りないのでは……?」
「増やさなくていいですから」
「ですが!」
「いいですから」
「……はい」
ものすごく不満そうだ。
この人、本当に女神なんだよな?
「そもそも、さっきから言ってる能力って具体的にはどんなものなんです?」
「あっ」
女神様が目を丸くした。
「そうでした。まだ説明していませんでしたね」
「二十個に増やす前に説明してくださいよ……」
「す、すみません」
また謝らせてしまった。
俺が「そんなに謝らなくても」と言おうとすると、女神様は慌てた様子で両手を前へ伸ばした。
すると何もなかった空間に淡い光が集まり始める。光はやがて一つの形を作り、俺たちの間に分厚い本が現れた。
「おお……」
思わず声が漏れた。
本は宙に浮いている。
糸で吊っているわけでも、透明な台に置かれているわけでもない。完全に何もない空間に浮かんでいた。
「これが魔法ですか?」
「こちらは神術なので、厳密には少し違います。ただ、雷牙さんの感覚では魔法に近いものだと思っていただいて構いません」
「へえ……」
女神様が指先を動かすと、本がひとりでに開いた。
パラパラとページがめくられていく。
こんな光景を見せられると、今まで話していたことが急に現実味を帯びてくる。
本当に俺は、魔法が存在する世界へ行くのだ。
「まず、これは絶対に必要ですね」
「何です?」
「【言語理解】です」
女神様が本の一か所を指差した。
「転生先では、雷牙さんの世界とは異なる言語が使われています。この能力があれば、基本的な会話だけでなく文字の読み書きにも困りません」
「それは欲しいです」
むしろ、ないと困る。
せっかく異世界へ転生しても、最初に出会った人間と意思疎通すらできなければ何も始まらない。
「では、付与しますね」
「お願いします」
女神様が俺へ手を向けた。
その瞬間、淡い光が身体を包み込む。
痛みはなかった。むしろ暖かな風に包まれたような心地よさがあり、数秒ほどすると光は身体へ吸い込まれるように消えていった。
「……終わりですか?」
「はい。これで雷牙さんは【言語理解】を取得しました」
「全然実感ないな……」
「向こうへ行けば分かりますよ」
どうやらゲームのように頭の中へ説明文が表示されるわけではないらしい。
「それから【鑑定】も付けておきましょう」
「鑑定?」
「人や物、魔物などの情報を確認できる能力です。もちろん何でも無条件に分かるわけではありませんが、知らない世界で暮らす雷牙さんには役立つと思います」
「例えば、見たことのない木の実が食べられるか調べたり?」
「できます」
「それは便利ですね」
「ですよね!」
なぜか女神様が嬉しそうだ。
そのまま【鑑定】も受け取ると、女神様はすぐに本のページをめくった。
「次は【無限収納】です」
「無限?」
「はい。専用の異空間に物を収納しておけます。収納できる量に上限はありませんし、内部では時間がほとんど経過しませんので、食料などの保存にも使えます」
「ちょっと待ってください」
「はい?」
「それ、普通の能力なんですか?」
「便利な能力ですよ?」
「便利かどうかじゃなくてですね……」
無限に物が入る上に、中では時間がほとんど止まっている。
どう考えても普通ではない。
「もっとこう、普通の収納能力みたいなのはないんですか?」
「ありますよ」
「じゃあ、なんでいきなり一番すごそうなのを?」
「お詫びですから」
「…………」
笑顔で言われてしまった。
どうやら女神様は、遠慮するという発想を完全に捨てたらしい。
「……まあ、ありがたくもらいます」
「はい!」
再び光が身体へ吸い込まれる。
これで三つ目だ。
最初に聞いていた一つという話は、すでにどこかへ消えてしまった。
「次は、雷牙さん自身を守る能力ですね」
「戦闘系ですか?」
「はい。向こうの世界には魔物が存在しますから、戦うつもりがなくても自分の身を守れる力は必要です」
「俺、喧嘩すらほとんどしたことないんですけど」
「だからこそです!」
女神様が急に真剣な顔になった。
「雷牙さんが魔物に襲われて、また命を落とすようなことがあったら……私……」
「ああ、分かりました。分かりましたからそんな顔しないでください」
また泣きそうになっている。
どうやら女神様にとって、俺が異世界で死ぬという未来は何としても避けたいらしい。
「それでしたら【全属性魔法適性】を付けましょう」
「全属性?」
「火や水、風、土、光などをはじめとした、ほぼすべての属性魔法を習得できるようになる能力です」
「全部使えるってことですか?」
「練習は必要ですけどね。適性があるからといって、最初から何でも使えるわけではありません」
「なるほど」
その説明を聞いて、少し安心した。
能力をもらった瞬間から何でもできるというわけではなく、実際に使いこなすには俺自身が覚える必要があるらしい。
「でも、全部の属性に適性があるのって珍しいんじゃ?」
「…………」
「女神様?」
「珍しいですね」
「やっぱり」
「でも大丈夫です!」
「何が大丈夫なのか全然分からないんですけど」
俺がそう言っても、女神様は気にせず【全属性魔法適性】を付与してしまった。
さらに魔法を使うなら魔力が必要だからと、魔力量そのものを大幅に増やす能力と、消費した魔力を通常より早く回復させる能力まで追加される。
「女神様、これだけでも相当じゃないですか?」
「まだ防御面が足りません」
「まだやるんですか?」
「毒や麻痺を受けたら大変ですから【状態異常耐性】を付けます。それから病気にならないように【疾病耐性】も――」
「ちょっと待って!」
放っておいたら本当に際限なく増えそうだ。
「さっき二十個って言ってましたよね?」
「はい」
「二十個を超えたりしませんよね?」
「…………」
「なんで黙るんですか?」
「必要なら多少は……」
「二十個まで!」
「ですが……」
「二十個までです!」
「……分かりました」
女神様は渋々といった様子で頷いた。
立場が逆な気がする。
普通なら俺の方が「もっと能力をくれ」と頼み、女神様が「これ以上はダメです」と止めるものではないだろうか。
「では、残りは慎重に選びます」
「お願いします」
女神様は本を見ながら真剣に悩み始めた。
しばらくして、あるページで手を止める。
「【錬金術】はいかがでしょう?」
「錬金術?」
「様々な素材を加工したり、組み合わせたりする技術です。薬を作ることもできますし、金属の精製や加工にも役立ちます」
「へえ……面白そうですね」
少し興味を引かれた。
俺は職人を目指していたわけではないが、昔から遊園地のアトラクションがどういう仕組みで動いているのかを調べるのは好きだった。
ジェットコースターがどうやってレールから外れないようになっているのか。観覧車のゴンドラはなぜ一周しても常に同じ向きを保てるのか。安全バーはどうやって固定されているのか。
気になって調べ始めると、いつの間にか何時間も経っていたことだってある。
「それ、欲しいです」
「本当ですか?」
「はい。なんか面白そうなので」
俺が初めて自分から能力を欲しがったからなのか、女神様の表情がぱっと明るくなった。
「では、ぜひ!」
光が身体へ入ってくる。
これまでと感覚は変わらないが、なんとなく少し楽しみになってきた。
「それでしたら【建築】もおすすめですよ」
「建築って、家を建てたりする?」
「はい。建物だけでなく、様々な構造物を作る際に補助してくれる能力です。必要な材料を把握したり、頭の中で考えた設計を実際の形にする手助けをしてくれます」
「何でも一瞬で作れたりするんですか?」
「いいえ」
女神様は首を横に振った。
「材料は必要ですし、複雑なものを作るには構造についての理解も必要です。あくまで雷牙さんの技術を補助する能力だと思ってください」
「なるほど……」
それなら面白そうだ。
自分で考えて、必要なものを集めて、それを実際に形にする。
「じゃあ、それもお願いします」
「はい!」
女神様が嬉しそうに【建築】を付与する。
続いて勧められたのは【空間魔法】だった。
「空間魔法では、結界を作ったり、離れた場所へ移動したりできます。かなり習熟する必要はありますが、空間そのものを拡張することも可能です」
「空間を拡張するって?」
「例えば、外から見ると普通の小さな部屋なのに、中へ入ると何倍もの広さがある、といったことができます」
「そんなことまでできるんだ……」
それは純粋に面白い。
どういう原理なのかまったく分からないが、そもそも魔法に元の世界の常識を当てはめる方が間違っているのだろう。
「じゃあ、それもお願いします」
「はい!」
女神様はさらに本をめくる。
「【重力魔法】もおすすめです」
「重力まで操れるんですか?」
「できますよ。本来は敵の動きを封じたり、空を飛ぶ魔物を地面へ落としたりするために使われることが多いですね。逆に重力を弱くして、自分の身体を軽くすることもできます」
「へえ……」
魔法というものは、思っていた以上に何でもありらしい。
「それから【付与魔法】も便利です。武器や防具などの物に、魔法の効果を与えることができます」
「物にも魔法を?」
「はい。魔道具を作るときにも使われますよ」
「魔道具……」
その響きには少し心をくすぐられるものがあった。
魔法の力で動く道具。
実際にどんなものが存在するのか、向こうへ行ったら見てみたい。
「それもお願いします」
「分かりました!」
そうして俺は、女神様と相談しながら一つずつ能力を選んでいった。
身体能力を補助してくれるもの、自分に迫る危険を察知しやすくするもの、怪我をしたときの回復を早めてくれるものなど、どれも女神様なりに俺の身を案じて選んでくれた能力だった。
そして気がつけば、本当に二十個近い能力を受け取っていた。
「…………女神様」
「はい?」
「やっぱり、もらいすぎじゃないですか?」
「そんなことありません」
「本当に?」
「…………」
「今、目を逸らしましたよね?」
「逸らしてません」
「じゃあ、こっち見てください」
「…………」
「女神様?」
どうやら、普通ではないらしい。
俺は自分の身体を見下ろした。
見た目は何も変わっていない。それなのに、今の俺には異世界の言葉を理解する能力があり、魔法を覚える素質があり、物を無限に収納することまでできる。
改めて考えると、とんでもない話だ。
「これ、返した方がよかったりしません?」
「ダメです!」
女神様が突然大きな声を出した。
「びっくりした……」
「あっ、す、すみません」
「いや、いいですけど」
女神様は少し迷うように俯いてから、静かに口を開いた。
「私のせいで、雷牙さんの最初の人生を終わらせてしまいました。ご家族やご友人とも引き離してしまって……それは、どれだけ謝っても取り返すことができません」
「…………」
「だから、せめて次の人生では困ってほしくないんです」
女神様は胸の前で両手を握った。
「強い魔物に襲われても無事に帰れるように。病気や怪我で苦しまなくて済むように。もしお金がなくても、自分の力で何かを作って生きていけるように。そして、雷牙さんがいつか何かやりたいことを見つけたとき、力が足りないからと諦めなくてもいいように」
女神様はそこで一度言葉を止めた。
「私にできるのは、これくらいですから」
少し寂しそうな笑顔だった。
そんな顔をされると、何も言えなくなってしまう。
女神様が俺を死なせてしまったという事実は変わらない。
父さんや母さんにもう会えないことも、友達のいる学校へ戻れないことも変わらない。
きっと異世界へ行ってからも、思い出して寂しくなることはあるだろう。
それでも、この人が本気で俺のことを考えてくれているのは分かった。
「……ありがとうございます」
「え?」
「こんなにいろいろ考えてくれたんですよね?」
「それは……もちろんです」
「だったら、ありがたくもらいます」
俺がそう言うと、女神様は驚いたように目を瞬かせた。
「せっかくもらったんだから、ちゃんと使いますよ」
「雷牙さん……」
「だから、もうそんな顔しないでください」
「……はい!」
女神様が嬉しそうに笑う。
初めて会ったときからずっとオドオドしていたけれど、こうして笑っている方がずっと女神様らしい。
「では、最後に一つだけ」
「まだあるんですか?」
「これは別枠です!」
「別枠って何ですか……」
結局増えるのか。
「スキルではありません。私から雷牙さんへ、個人的に加護を授けさせてください」
「加護?」
「はい。【女神の加護】です」
女神様が俺へ両手を向けると、今までとは違う金色の光がその手のひらに集まった。
「具体的には何が起きるんです?」
「少しだけ運に恵まれやすくなったり、成長しやすくなったり、命に関わるような危険を回避しやすくなったりします」
「それ、本当に『少しだけ』ですか?」
「少しだけです」
「怪しいなぁ……」
「本当です!」
ここまで来たら断る理由もない。
「分かりました。お願いします」
「はい!」
金色の光がゆっくりと俺の身体を包み込んだ。
これまで能力を受け取ったときよりも暖かく、どこか安心するような感覚だった。光はしばらく俺の周囲を漂ったあと、身体の中へ溶け込むように消えていく。
「これで終わりです」
「今度こそ?」
「今度こそです!」
「本当ですよね?」
「本当です!」
念を押すと、女神様は何度も頷いた。
どうやら本当に終わりらしい。
「それでは、雷牙さん」
女神様の表情が少しだけ真剣なものへ変わった。
「これから、あなたを新しい世界へ送ります」
「……いよいよですか」
「はい」
改めて言われると緊張してきた。
これから行く場所には、知っている人が一人もいない。文化も常識も違えば、魔法や魔物まで存在する。
不安がないと言えば嘘になる。
それでも俺は、もう一度生きると決めた。
「準備はよろしいですか?」
「はい。お願いします」
俺が頷くと、足元に淡い光が走った。
光は複雑な模様を描きながら広がり、やがて巨大な魔法陣となって俺の足元を覆っていく。
白い空間そのものが光に包まれ、女神様の姿も少しずつ見えにくくなっていった。
「雷牙さん」
「はい?」
「あなたの二度目の人生が、今度こそ幸せなものになりますように」
女神様はそう言って、柔らかく微笑んだ。
「……ありがとうございます」
俺も笑って返した。
「あ、それと女神様」
「はい?」
「ずっと俺のこと気にしなくても大丈夫ですからね」
「…………」
「今回のことを忘れろとは言いませんけど、いつまでも自分を責め続けてたって仕方ないですから」
「雷牙さん……」
「それじゃあ、行ってきます」
「はい!」
女神様は大きく頷いた。
「いってらっしゃいませ、雷牙さん!」
光が一気に強くなり、視界が真っ白に染まる。
身体が浮かび上がるような不思議な感覚とともに、俺の意識は光の中へと飲み込まれていった。
◇ ◇ ◇
頬を撫でる風の感触で、俺はゆっくりと目を開けた。
最初に視界へ飛び込んできたのは、雲一つない青空だった。
「……外?」
身体を起こして周囲を見ると、どこまでも広がる草原が目に入った。膝ほどの高さまで伸びた草が風に揺れ、まるで緑色の波が大地を流れているように見える。
遠くには深い森が広がり、そのさらに向こうには、薄く霞んだ巨大な山々が連なっていた。
見覚えのある建物も道路も、電柱もない。
そして頭上から聞き慣れない鳴き声が響いた。
「なんだ?」
顔を上げる。
遥か上空を、巨大な鳥のような生き物が飛んでいた。
かなり高い場所にいるはずなのに、その姿がはっきり見える。翼を広げれば、小型の飛行機くらいあるんじゃないだろうか。
「……でか」
あんな鳥は見たことがない。
いや、そもそも本当に鳥なのだろうか。
俺は立ち上がって自分の身体を確認した。服装は元の世界にいたときと同じ制服のままで、身体にも特に違和感はない。
ポケットへ手を入れると、スマートフォンも入っていた。
「これも持ってきたのか」
電源を入れてみる。
画面は普通に点いた。
しかし、当然ながら電波は一本も立っていない。
「まあ、そりゃそうだよな」
異世界でスマホの電波が入ったら、それはそれで怖い。
思わず笑ってしまったが、すぐに画面へ視線が落ちる。
ここでは、もう誰にも連絡できない。
父さんにも母さんにも、学校の友達にも。
少しだけ胸が締め付けられた。
それでも俺はスマートフォンの画面を消して、ポケットへ戻した。
元の世界に戻れないことは分かっている。
だからこそ、これからどう生きるかを考えなければならない。
顔を上げると、風に揺れる草原の向こうに、見たことのない世界が広がっている。
魔法が存在し、魔物がいて、人間以外の種族も暮らしている世界。
女神様からもらった能力が本当に使えるのかも分からないし、そもそも一番近い街がどこにあるのかさえ知らない。
不安はある。
けれど、それと同じくらい、この先に何があるのか知りたいという気持ちもあった。
「……本当に来たんだな」
草原を吹き抜ける風を感じながら、俺は小さく呟いた。
ここから俺の二度目の人生が始まる。
何をするのかも、どんな人たちと出会うのかも、まだ何一つ決まっていない。
この世界に、俺が大好きだった遊園地が一つも存在しないことも、このときの俺はまだ知らなかった。
お読みいただきありがとうございます!
大量のスキルを授かった雷牙は、ついに異世界へ。
次回から、いよいよ異世界での新生活が始まります。




