26話 初めてコースターに乗ってみよう
ようやく完成した小さなコースター。
でも、一人では操作できないことに気づいた雷牙は、商業ギルドへ助っ人を頼みに行くことに。
今度こそ、初めてのコースターに乗ります!
翌朝。
俺は朝食を済ませると、遊園地予定地へ向かう前に商業ギルドへ立ち寄った。
昨日、【簡易コースター】は人を乗せる直前のところまで完成した。
重りを載せて何度も走らせ、安全バーも取り付けた。レールや支柱、車両にも強度と耐久性を高める付与を施してある。
あとは実際に人が乗って確かめるだけ。
最初に乗るのは、もちろん俺だ。
……そこまで準備しておきながら、一人では発車させられないことに気づいたのが昨日だった。
「乗ってる俺が操作盤を動かせるわけないもんな……」
考えてみれば当たり前だ。
安全バーだって、乗客が自分で解除できないようにした。乗り場へ戻って完全に止まったあと、外から操作して初めて解除できる。
つまり試乗するだけでも、操作してくれる人が一人は必要になる。
そこで頼ることにしたのが商業ギルドだった。
遊園地の土地探しから契約まで世話になっているし、俺が何を作ろうとしているのかも知っている。
ギルドの中へ入り、土地のことで何度も世話になった窓口へ向かうと、見覚えのある職員がいた。
「おはようございます」
「ああ、ライガさん。おはようございます」
向こうもすぐに俺へ気づいた。
「今日はどうされました? 土地について何かありましたか?」
「いえ、土地は大丈夫です。今日はちょっとお願いがあって来たんですけど」
「お願い、ですか?」
職員が不思議そうな顔をする。
俺はどう説明したものかと少し考えた。
「借りた土地で遊園地を作ってるじゃないですか」
「ええ」
「そこに、新しい乗り物が一つできたんです」
「もうですか?」
職員が目を丸くした。
「まだ小さいものですけど。動くところまでは確認できたので、今度は俺自身が乗って試したいんです」
「なるほど」
「ただ……俺が乗ると、操作する人がいなくなるんですよ」
「……はい?」
職員の表情が止まった。
「乗り物の横に操作盤があるんです。そこにあるレバーを動かさないと発車できなくて」
「つまり……」
職員が俺を見ながら、ゆっくりと言った。
「ライガさんが乗っている間、誰かにその操作をしてもらいたい、と?」
「はい。難しいことはありません。俺が説明した通りにレバーを動かしてもらうだけです」
「なるほど……」
職員は少し考え込んだ。
やっぱり、仕事中の人に突然頼むのは無理だっただろうか。
「もちろん、難しければ別の人を探します」
「ああ、いえ。そういうわけではないんです」
職員は首を横に振った。
「ただ……少し興味がありまして」
「興味?」
「遊園地というものですよ」
職員は少し笑った。
「土地の手続きで何度も話を聞きましたからね。人が遊ぶための場所を作るのだと」
「ああ……」
「正直に言えば、話を聞いただけでは今でもよく分かっていません」
「……まあ、そうですよね」
この世界には、そもそも遊園地がない。
乗り物に乗って遊ぶと言われたところで、それがどんなものなのか想像できなくても当然だ。
「少し待っていてください。確認してきます」
職員はそう言って席を離れた。
しばらくして戻ってくる。
「少しの間なら大丈夫です」
「本当ですか?」
「ええ。私も、その遊園地というものを一度見てみたいですから」
「ありがとうございます!」
これでようやく乗れる。
俺は職員と一緒に商業ギルドを出て、北門へ向かった。
◇
「ここです」
北門から歩き、遊園地予定地へ到着する。
俺にとっては見慣れてきた場所だけど、職員は草原へ足を踏み入れたところで立ち止まった。
「……あれですか?」
「はい」
視線の先には、二つの乗り物がある。
六頭の木馬が並んだ小さなメリーゴーランドと、その少し離れたところにある木製の【簡易コースター】だ。
職員はしばらく黙って二つを眺めていた。
「思っていたものと、ずいぶん違いますね」
「どんなものを想像してたんですか?」
「もっと……建物のようなものかと」
「まあ、建物もそのうち作りますけど、あれは乗り物です」
「乗り物……」
職員は最初にメリーゴーランドへ近づいていった。
円形の床に並んでいる木馬を、不思議そうに眺める。
「この馬は?」
「そこに座るんです」
「これに?」
「はい。それで、床ごとぐるぐる回ります」
「……それだけですか?」
「それだけです」
職員が俺を見た。
「何のために?」
「楽しむためです」
「…………」
納得していない。
顔を見れば分かる。
「実際に動いてるところを見た方が分かりやすいと思いますよ」
「そうかもしれませんね……」
職員はもう一度木馬を見た。
でも、今日手伝ってもらいたいのはメリーゴーランドじゃない。
「今日乗るのは、こっちです」
俺は隣にある【簡易コースター】へ向かった。
職員も後ろからついてくる。
乗り場には、一人乗りの小さな木製車両が止まっている。
そこから伸びる二本のレールは、乗り場を出てから緩やかに上り、一番高いところで三メートルほどになる。
その先は坂を下り、小さな起伏を二つ越える。あとは地面に近いところを緩やかに曲がりながら走り、再び乗り場へ戻ってくる。
大きなものではない。
それでも、メリーゴーランドとは全く違う形をしているからか、職員は興味深そうにレールを目で追っていた。
「これは……荷物を運ぶものですか?」
「違います。人が乗ります」
「人が?」
「はい。今日は俺が乗ります」
職員が俺を見る。
それから三メートルほどの頂上へ視線を向けた。
「あの上まで行くんですか?」
「行きます」
「それから?」
「下ります」
「…………」
少し間が空いた。
「わざわざ?」
「わざわざです」
やっぱり、そこからなのか。
俺にとってはジェットコースターなんて説明するまでもない乗り物だったけど、この世界の人からすれば、自分から坂を上って下りる意味が分からないらしい。
「とりあえず、見ててもらえば分かると思います」
「……分かりました」
まだ納得はしていなさそうだけど、職員は頷いた。
俺はすぐに乗り込まず、まず車両を確認する。
車輪。
安全バー。
固定具。
魔石。
それからレールや乗り場手前のブレーキも見る。
昨日確認したばかりだけど、今日は初めて本当に人が乗る。
しかも、その最初の一人は俺だ。
確認しすぎるくらいでちょうどいい。
「操作は難しくありません」
一通り確認を終えてから、職員を操作盤の前へ呼んだ。
「こっちの大きいレバーが発車用です」
「これですね」
「はい。俺が座って、安全バーが固定されたのを確認してから倒してください」
次に、その隣にある小さなレバーを指す。
「こっちは安全バーを解除するためのものです」
「安全バー?」
「あれです」
車両の前にあるバーを指差す。
「乗っている人の身体を支えるためのものです。下ろすと固定されて、乗っている人からは外せません」
「なるほど」
「車両が戻ってきても、すぐには解除しないでください。完全に止まったことを確認してから、このレバーを動かしてください」
職員の表情が少し真剣になった。
「分かりました。完全に止まってからですね」
「はい。お願いします」
説明を終え、俺は車両へ乗り込んだ。
座席へ腰を下ろす。
「…………」
昨日はここまで来て、操作する人がいないことに気づいた。
今日は違う。
安全バーへ手を掛け、自分の方へ引く。
カチッ。
固定具が噛み合った。
念のため持ち上げようとしてみるけれど、動かない。
「固定されました」
「では、動かしますよ?」
「お願いします」
職員が発車用のレバーへ手を掛けた。
俺は前を向く。
自分で作ったレールが、目の前から伸びている。
何度も車両が走るところを見た。
重りを載せて試したときも、ずっと横から追いかけていた。
でも、座席から見るのは初めてだ。
少しだけ心臓が速くなる。
カチッ。
操作盤から音が聞こえた。
次の瞬間。
ゴロ……ゴロゴロ……。
「お……」
車両が動いた。
ゆっくりと乗り場を離れていく。
それだけなのに、自然と口元が緩んだ。
「動いた……」
いや、動くのは知っている。
昨日から何度も見ている。
それでも、自分が乗った状態で動き始めると全然違った。
車輪の音が、昨日より近い。
支柱の間を抜けながら、車両は最初の坂へ入った。
ゴロゴロと音を立て、ゆっくり上っていく。
少しずつ地面が遠くなる。
「……思ったより高く感じるな」
三メートルしかない。
元の世界で乗っていたジェットコースターなら、最初の上り坂の途中にもならないような高さだ。
でも、小さな一人乗り車両から見ると、下にいたときよりずっと高く感じる。
しかも、今乗っているのは自分で作ったものだ。
楽しみなのと同時に、昨日まで確認していた部分も気になる。
車輪から変な音はしない。
大きな揺れもない。
坂を上る速度も、重りを載せたときと大きく変わってはいなさそうだ。
「……よし」
頂上が近づく。
車両側の部材が、レール脇に取り付けた棒へ触れた。
カチッ。
魔石と車輪を繋いでいた部分が外れ、駆動が切れる。
車両は残った勢いで進み――。
頂上を越えた。
目の前のレールが下へ伸びる。
「おっ――」
ゴロゴロゴロッ!
「おおっ!」
一気に速度が上がった。
身体が前へ引かれる。
思っていたより速く感じる。
落差は大したことがない。
ものすごい速度が出ているわけでもない。
それでも、小さな車両で地面の近くを走っているせいか、横から見ていたときよりずっと速い。
風が顔に当たる。
そのまま一つ目の小さな起伏へ入った。
勢いを残したまま上っていく。
頂点へ近づいた瞬間、身体がふわっと軽くなった。
「これこれ!」
思わず声が出た。
頂点を越えて、もう一度下る。
続いて二つ目の起伏。
今度は来ると分かっている。
それでも、ふわっと身体が軽くなる感覚に笑いがこぼれた。
「ははっ!」
楽しい。
ちゃんと楽しい。
でも、楽しんでいるだけではいられない。
次は、昨日調整したカーブだ。
車両が地面に近いところまで下り、そのまま緩やかに曲がっていく。
身体が横へ振られる。
安全バーが身体を支えている。
変な衝撃はない。
レールから外れそうな感覚もない。
「うん……!」
もう一つのカーブへ。
こちらも問題なく抜けた。
大きなジェットコースターみたいな怖さはない。
絶叫するほどの速さもない。
それでも、坂を下る感覚がある。
起伏を越えたときの浮遊感がある。
カーブで身体が振られる楽しさもある。
「楽しいじゃん!」
自分で作ったから楽しく感じているだけじゃない。
少なくとも俺にとっては、ちゃんとコースターに乗っている感覚がある。
最後のカーブを抜ける。
乗り場が見えた。
車両が、乗り場手前に作ったブレーキの区間へ入る。
車輪へ少しずつ抵抗がかかり始めた。
ゴロゴロゴロ……。
速度が落ちていく。
急に身体が前へ持っていかれるような止まり方ではない。
ゴロゴロ……。
ゴロ……。
そして。
車両が止まった。
「…………」
短い。
本当にあっという間だった。
でも、俺はすぐには安全バーから手を離さなかった。
走っている間に感じたことを思い返す。
坂を上るとき。
頂上で駆動が切れたとき。
二つの起伏。
カーブ。
最後の減速。
少なくとも、乗っていて急に怖くなるような異常は感じなかった。
それを確認してから、ようやく息を吐く。
「……ちゃんとコースターだ」
自然と笑っていた。
俺は、この世界でコースターを作った。
そして今、自分でそれに乗った。
「ライガさん?」
「あ、はい!」
声を掛けられて顔を上げる。
職員が操作盤の前からこちらを見ていた。
「完全に止まっていますよね?」
すぐに解除せず、確認してくれたらしい。
「はい。大丈夫です」
「では、解除します」
小さなレバーが動かされる。
カチッ。
安全バーの固定が外れた。
俺はバーを持ち上げ、車両から降りる。
乗れた。
楽しかった。
今すぐそう喜びたい気持ちはあるけれど、その前に確認だ。
車輪を見る。
安全バーと固定具を触る。
車両の接合部分にも目を向ける。
それから走った直後のレールも見ていった。
「…………」
見たところ、大きな異常はない。
乗っている間にも、変な音や強い衝撃は感じなかった。
「よし」
そこでようやく、肩の力が抜けた。
「ライガさん」
「はい?」
「ずいぶん楽しそうでしたね」
「……そんなに?」
「途中で笑っていましたよ」
「…………」
聞こえてたのか。
急に少し恥ずかしくなった。
「いや、でも……楽しかったですよ」
「そうなんですか?」
「はい」
職員は俺ではなく、コースへ目を向けた。
坂を上り、そこから下って戻ってくるだけ。
ここへ来たときには「わざわざ?」と言っていた。
でも今は、そのレールをさっきよりじっくり見ている。
「…………」
しばらくして、職員が一人乗りの車両へ視線を移した。
「ライガさん」
「はい?」
「これ……私でも乗れるんですか?」
一瞬、意味を理解するのが遅れた。
「え?」
「その……」
職員は少し言いにくそうにしながら、車両を指した。
「今のを見ていたら、少し気になりまして」
「乗ってみたいんですか?」
「……はい」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が熱くなった。
俺から勧めたわけじゃない。
せっかく来たんだから乗ってみてください、と誘ったわけでもない。
この人が、自分から乗りたいと言ってくれた。
「……分かりました」
嬉しい。
でも、だからといってすぐに乗せるわけにはいかない。
「少し待ってください。もう一度確認します」
「はい」
俺は車両へ戻った。
今度は俺ではなく、他の人を乗せる。
さっき自分が乗って問題なかったからといって、そのまま「どうぞ」と言う気にはなれなかった。
車輪。
安全バー。
固定具。
車両。
レール。
乗り場手前のブレーキ。
自分が乗った直後の状態を、一つずつ確認する。
問題は見つからない。
「大丈夫そうです」
「では……乗っても?」
「はい。ただ、無理はしないでくださいね」
「分かりました」
職員が車両へ腰を下ろす。
少し緊張しているのが分かる。
「そのバーを手前まで下ろしてください」
「これですね」
職員が安全バーを引く。
カチッ。
固定具が噛み合った。
「一度、持ち上げてみてください」
「……動きません」
「それで大丈夫です」
俺は安全バーが固定されていることを自分でも確認してから、操作盤へ移動した。
さっきとは立場が逆だ。
「動かしますよ」
「はい」
俺は発車用のレバーを倒した。
カチッ。
車両がゆっくりと動き始める。
「おお……」
職員が小さく声を上げた。
そのまま最初の坂へ入る。
少しずつ高くなっていくにつれて、職員が横から地面を見た。
「……これ、意外と高く感じますね」
「俺もそう思いました!」
「下から見ていたときは、そうでもなかったんですが……」
やっぱり同じらしい。
やがて車両が頂上へ近づく。
車両側の部材が棒に触れ、カチッと駆動が切れた。
残った勢いで頂上を越える。
一瞬だけ、車両の動きがゆっくりになり――。
「うわっ!」
坂を下った。
職員の身体が安全バーに支えられる。
そのまま一つ目の起伏へ入った。
「おおっ……!」
頂点を越え、また下る。
二つ目。
「おおおっ!」
最初は驚いていた声が、少しずつ変わっていく。
怖がっているだけの声じゃない。
緩やかなカーブへ入る。
右へ。
続いて左へ。
職員の身体が車両と一緒に揺れる。
俺は操作盤の前から、その様子をずっと見ていた。
ちゃんと走っているか。
車輪に異常はないか。
安全バーは固定されたままか。
それを確認しているはずなのに、どうしても職員の顔にも目が行く。
「…………」
笑っている。
ほんの少しだけど、確かに楽しそうに見えた。
やがて最後のカーブを抜け、車両が乗り場へ戻ってくる。
ブレーキの区間へ入った。
ゴロゴロゴロ……。
少しずつ速度が落ちる。
俺は解除用のレバーには触れず、車両だけを見る。
ゴロゴロ……。
ゴロ……。
完全に止まった。
それを確認してから、初めて解除用のレバーを動かした。
カチッ。
「終わりです」
「…………」
職員はすぐには立ち上がらなかった。
「大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫です」
返事はすぐに返ってきた。
ほっとする。
でも、職員は座ったままコースを振り返っている。
「ただ……」
「ただ?」
「もう終わりなんですね」
「はい」
「思っていたより、ずいぶん短いですね」
「小さいですからね」
「そうですか……」
職員はもう一度レールを見る。
それから、安全バーが上がった自分の座席を見る。
何か考えているらしい。
「…………」
「あの、ライガさん」
「はい?」
職員が俺を見た。
「……もう一回、乗ってもいいですか?」
「…………」
今度は俺が黙る番だった。
もう一回。
確かにそう言った。
俺が勧めたんじゃない。
もう一度乗ってみませんか、と聞いたわけでもない。
この人が自分から、もう一度乗りたいと言ってくれた。
「もちろん!」
気づけば、思っていたより大きな声が出ていた。
職員が少し驚いたあと、笑った。
俺も笑う。
嬉しかった。
自分で乗って楽しかったことも嬉しい。
無事に一周して戻ってこられたことも嬉しい。
でも、それ以上に、この言葉が嬉しかった。
この世界で生まれて、遊園地を知らず、最初はコースターを見ても「わざわざ上って下りるのか」と不思議そうにしていた人がいる。
その人が一度乗って、自分から言った。
もう一回、と。
「じゃあ、もう一回いきましょう」
「お願いします」
職員がもう一度安全バーを下ろす。
カチッ、と固定された。
俺はきちんと固定されていることを確認してから、操作盤へ戻った。
発車用のレバーへ手を掛ける。
まだ小さなコースターだ。
隣にあるのも、屋根も飾りもない簡素なメリーゴーランドだけ。
俺が作りたい遊園地には、まだまだ遠い。
それでも――。
俺はレバーを倒した。
ゴロゴロと音を立てて、小さな車両がもう一度走り出す。
「…………」
それを見送りながら、俺は自然と笑っていた。
俺がこの世界で作った乗り物を、初めて誰かが楽しんでくれた。
しかも、一度では足りなかったらしい。
「……もう一回、か」
その言葉は、今まで聞いたどんな感想よりも分かりやすかった。
何もなかった草原に作り始めた俺の遊園地で。
初めて、誰かがもう一度遊びたいと言ってくれた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
ついに雷牙自身がコースターへ初乗車!
そして何より嬉しいのは、遊園地を知らなかった人からの「もう一回」。
小さなコースターですが、遊園地作りにとっては大きな一歩になりました。
次回も読んでいただけると嬉しいです!




