12話 土地を探していたら領主様に会うことになった
遊園地を作るための土地探しを商業ギルドに頼んでから数日。
そろそろ進展がないかと様子を聞きに行ったライガだったが――。
商業ギルドに遊園地を作るための土地探しを頼んでから、五日が経った。
その間、俺もただ銀の小鹿亭で待っていたわけではない。
冒険者ギルドへ顔を出しては、Fランクでも受けられる依頼をいくつかこなしていた。荷物を運んだり、倉庫の整理を手伝ったり、街の近くで簡単な採取をしたりと、どれも最初に受けたヒール草の採取ほど大きな報酬ではない。
それでも、今の俺にとっては大切な収入だ。
遊園地を作るには金がいる。
土地を手に入れるにも金がかかるだろうし、建物やアトラクションを作るための材料だって必要になる。実際にどれくらいの金額になるのかは、まだ想像もつかない。
だったら、今は少しずつでも稼いでいくしかない。
幸い、この五日間はホーンウルフと遭遇したときのような危険もなく、平穏に過ぎていった。
冒険者ギルドまでの道にもすっかり慣れたし、安く食べられる屋台もいくつか覚えた。夕方になると混雑する通りや、目的地まで少し早く行ける細い道も分かるようになってきた。
この世界に来たばかりの頃は、リーベルのどこを歩いても知らないものばかりだった。
それが今では、ほんの少しだけれど、この街で暮らしているという実感が湧くようになっている。
それに、牧場の柵を直してからは、街を歩いているときに建物へ目が向くことも増えた。
以前なら何となく眺めて通り過ぎていた店や家も、今ではどういう構造になっているのか気になってしまう。
遊園地を作るためには、まだまだ知らなきゃいけないことが多そうだ。
そんなことを考えながら大通りを歩いていた俺は、ふと足を止めた。
「……そういえば、土地探しってどうなったんだろう」
商業ギルドへ相談してから五日。
もちろん、条件に合う土地がそんなに簡単に見つかるとは思っていない。
それでも、何か進展があったかくらいは聞いてみてもいい頃だろう。
「よし。行ってみるか」
今日は受けていた依頼もすでに終わっている。
俺はそのまま進む方向を変えて、商業ギルドへ向かうことにした。
◇ ◇ ◇
商業ギルドの建物へ入ると、今日も中では大勢の人が行き交っていた。
荷物を抱えた商人らしい人が職員と話していたり、書類を手に順番を待っている人がいたりする。冒険者ギルドとはまた違った賑やかさにも、少しずつ慣れてきた。
俺は空いている窓口を探そうとして、前回土地について相談した職員の姿を見つけた。
「あの、すみません」
声をかけると、職員もすぐに俺に気づいた。
「ライガ様。こんにちは」
「こんにちは。前にお願いした土地のことなんですけど、何か進展がないかなと思って」
「ああ、その件でしたら――」
職員はそう言いかけると、少しだけ表情を明るくした。
「ちょうどよいところへいらっしゃいました」
「え?」
「ご希望の条件に近い土地が、一ヶ所見つかっています」
「本当ですか!?」
思わず大きな声が出た。
近くにいた何人かがこちらを見る。
「あ……すみません」
「いえ。お喜びになるのも無理はありません」
職員は小さく笑ってから、手元にあった書類を取り出した。
「まだ正式に利用できると決まったわけではありませんが、候補地としてはかなりご希望に近い場所かと思います」
「どんな場所なんですか?」
気になって、思わず身を乗り出す。
職員は書類を確認しながら説明を始めた。
「まず、リーベルからそれほど離れていません。徒歩でも向かえる距離ですし、近くを街道が通っていますので、馬車での行き来にも大きな問題はないでしょう」
「街道に近いんですね」
それは大きい。
遊園地を作ったとしても、そこまで行くのが大変では客を呼びにくい。
この世界では、遠くから来るなら馬車を使う人も多いはずだ。将来的には馬車を停める場所や、馬を休ませる場所だって必要になるだろう。
街道から行きやすいというのは、俺が土地を探してもらうときに伝えた条件の一つだった。
「広さについても、以前ご覧いただいた街中の土地とは比べものにならないほどあります。正確な範囲については現地で確認する必要がありますが、ご希望だった大きな施設を建てる余地は十分にあるかと」
「おお……」
それを聞いただけで、頭の中に色々なものが浮かんでくる。
大きな入口を抜ければ、その先には広場がある。
そこから道がいくつにも分かれて、色々なアトラクションや店へ続いていく。
子供が楽しめる場所もあれば、大人でも思い切り楽しめる乗り物もある。
疲れたら休める場所があって、腹が減ったら食事ができる。
朝から来ても、一日中楽しめるような場所。
まだ土地を見てもいないのに、想像するだけで少し楽しくなってきた。
「それから、地形も比較的平坦です。近くには水を確保できる場所もあります」
「水もあるんですか?」
「はい。ただし、実際にどれほど利用できるかについては別途確認が必要です。近くに水があるからといって、自由にいくらでも使えるとは限りませんので」
「ああ……なるほど」
そういうところは、やっぱり俺にはまだ分からない。
川や井戸が近くにあったとしても、それが誰のものでもなく、好き勝手に使えるとは限らないのだろう。
「周辺には現在利用されていない土地もありますので、将来的な拡張についても検討できる可能性があります」
「それ、かなりいいですね」
思わず顔が緩む。
聞けば聞くほど、俺がお願いした条件に近い。
もちろん、実際に見てみないと分からないことは多いだろう。それでも、本当に遊園地を作れるかもしれない場所が見つかったと思うだけで、自然と期待が膨らんでくる。
「そんな場所があったんだ……」
「条件だけで見れば、かなり有力な候補だと思います。ただ、実際に利用するとなれば、もう少し詳しく調べる必要があります」
「魔物とかもですよね?」
「もちろんです」
牧場で聞いた話を思い出しながら尋ねると、職員は頷いた。
「街から比較的近く、人の行き来もある地域ですので、森の中などと比べれば危険は少ない場所です。しかし、街壁の外である以上、魔物が絶対に現れないとは言えません」
「やっぱりそうですよね」
「周辺で確認される魔物の種類や頻度についても調べる必要があります。大勢の人を集める施設を作られるのであれば、なおさらでしょう」
「はい。それはちゃんと確認したいです」
そこは妥協できない。
遊園地は、人に楽しんでもらうための場所だ。
遊びに来た客が魔物に襲われるような場所では困る。
牧場で聞いたように、街の外でも巡回が行われている場所はある。何かあったときにすぐ対処できるのか、普段からどれくらい人の目があるのか。そういうことも確認しておく必要があるだろう。
「でも、聞いてる限りだとかなり良さそうですね」
「そうですね。ただ――」
そこで職員の声が少し変わった。
「一つ、大切なお話があります」
「大切な話?」
ここまで条件が良かっただけに、急に不安になる。
実はとんでもなく値段が高いとか、それとも土地そのものに何か問題があるとか。
そんなことを考えていると、職員は書類を机の上へ置いた。
「この土地は、個人や村が所有している土地ではありません」
「ということは……」
その説明には聞き覚えがあった。
前回、商業ギルドで土地について相談したときに教えてもらっている。
「領主様が管理している土地ですか?」
「はい。正確には領主管理地となります」
「やっぱり……」
街の外にある広い未利用地の中には、領主が管理している場所がある。
そして、そういった土地を購入したり長期間借りたりする場合、場所や利用目的によっては領主側の許可が必要になる。
そこまでは前回聞いていた。
「じゃあ、この土地を使いたいなら、領主様の許可が必要なんですよね?」
「はい。特に今回は、かなり広い土地をご希望されています。それに、建設予定のものも一般的な住宅や店舗とは大きく異なりますので、商業ギルドだけで判断することはできません」
「遊園地、ですもんね」
「はい。遊園地です」
改めて職員の口からその言葉を聞くと、何となく不思議な感じがした。
この世界には存在しなかったはずの言葉が、少しずつ俺以外の人にも使われ始めている。
まだ土地すら決まっていないのに。
「それで、領主様にはもう話が行ってるんですか?」
「はい」
「……もう?」
思っていたより早い。
「候補地が領主管理地でしたので、まず私から上の者へ報告しております。その後、ギルドマスターにも確認していただき、領主様側へ土地の利用目的を含めて話を通しています」
「ということは……遊園地のことも?」
「はい。お伝えしています」
「うわぁ……」
思わず声が漏れた。
「何か問題が?」
「いや、問題じゃないんですけど……」
まさか自分の知らないところで、遊園地を作りたいという話が領主にまで伝わっているとは思わなかった。
領主。
このリーベルと、その周辺を治めている人。
日本で暮らしていた俺には、まだいまいち実感の湧かない立場だけれど、この世界では間違いなく偉い人なのだろう。
そんな人に、
『最近やってきたFランク冒険者の少年が、遊園地という謎の施設を作りたがっています』
なんて話が伝わったわけだ。
「……怪しまれてません?」
「どうでしょう」
「そこは否定してほしかったんですけど」
俺がそう言うと、職員は少し困ったように笑った。
「ただ、少なくとも悪い意味で問題視されているわけではありません」
「そうなんですか?」
「はい。むしろ、非常に興味を持たれたようです」
「領主様が?」
「はい」
「遊園地に?」
「はい」
その言葉を聞いて、さっきまでとは違う意味で驚いた。
「……本当に?」
「はい」
「へえ……」
領主様が、遊園地に興味を持ってくれた。
そう思った瞬間、俺の中にあった不安より、嬉しさの方が少し大きくなった。
この世界に来てから、遊園地というものを知っている人には一人も会っていない。
街の人に聞いても誰も知らなかったし、商業ギルドで説明したときだって、当然ながらすぐに理解してもらえたわけじゃない。
そんな遊園地について、もっと知りたいと思ってくれた人がいる。
それも、この街の領主様が。
「ライガ様から伺った内容については、私からギルド内へ報告しております。子供から大人まで楽しめる場所で、様々な娯楽や食事を一ヶ所に集め、一日を過ごせるような施設を作りたい、と」
「はい。そうです」
「その内容をもとに、ギルドマスターから領主様へご説明したのですが……私どもも実物を知っているわけではありませんので、詳しいところまではお答えできませんでした」
「ああ、それはそうですよね」
俺から聞いた話を職員がギルドの中で報告して、それをさらに領主様へ説明したのだ。
それだけで遊園地の全部を伝えられるはずがない。
「それで、領主様からいくつか質問があったそうなのですが、私どもでは答えられないものも多くありまして」
「例えば?」
「具体的に何を作るのか。なぜそれほど広い土地が必要なのか。どのように人を楽しませるのか、といったことですね」
「ああ……」
それなら確かに、俺から直接説明した方が早い。
というより、遊園地を知っている俺じゃないと説明できないことも多いだろう。
「それなら、俺が説明できればいいんですけど」
「実は、そのことなのですが――」
「はい?」
職員は一度言葉を切ると、少し声を落とした。
「本日、領主様がこちらへいらっしゃっています」
「…………はい?」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「領主様が」
「はい」
「ここに?」
「はい」
俺は反射的に商業ギルドの中を見回した。
もちろん、一階を見ただけで誰が領主なのか分かるはずもない。
「なんで!?」
「本日はもともと、当ギルドのギルドマスターとの話し合いのためにお越しになっています」
「あ、俺のためじゃないんですね」
「はい」
「ですよね。びっくりした……」
さすがに俺一人のために領主がわざわざ商業ギルドまで来た、なんて話だったらどうしていいか分からない。
職員によれば、現在リーベルを治めている領主は三十二歳。少し前に父親から家督と領主の座を正式に継いだ、ブルーローズ伯爵家の現当主なのだという。
領主となってまだ日は浅いものの、以前から父親のもとで領地経営に関わっていたらしい。正式に後を継いでからは、父親から受け継いだ領地を自分の目でも確かめようと、商業ギルドをはじめとした街の様々な場所から直接話を聞く機会を増やしているそうだ。
今日の来訪も、その一つだった。
「そこで、ギルドマスターが土地の件についてもご報告したところ、遊園地について改めて興味を持たれまして」
「それで、さっきの質問が?」
「はい。そして、もしライガ様がお越しになったら、直接話を聞いてみたいと仰っておられるそうです」
「俺から?」
「はい」
「領主様が?」
「はい」
「今?」
「現在こちらにいらっしゃいますので、ライガ様さえよろしければ」
「…………マジか」
思わず呟いてしまった。
まさか土地探しがどうなったか聞きに来ただけで、領主様と話すことになるなんて思ってもいなかった。
「どうされますか?」
「え?」
「領主様とお会いになりますか?」
聞かれて、俺は一瞬だけ考えた。
領主様と話す。
そう考えるだけで、さすがに緊張する。
でも、それ以上に気になることがあった。
領主様は、遊園地について知りたいと言っている。
この世界にはまだ存在しない、俺が作ろうとしているものについて。
「……会います」
気づけば、答えはすぐに出ていた。
「よろしいのですか?」
「はい。というか、会わせてもらえるなら俺も話してみたいです」
自分でも思っていたより、すんなりと言葉が出てくる。
「領主様が遊園地に興味を持ってくれたんですよね?」
「はい」
「だったら、ちゃんと説明したいです。俺がどんな場所を作りたいのか」
まだ計画なんて呼べるほど立派なものじゃない。
土地だって、今ようやく候補が見つかったところだ。
それでも、遊園地がどんな場所なのかは話せる。
俺がどんな遊園地を作りたいと思っているのかも。
「分かりました。それでは、ギルドマスターへお伝えしてまいります」
「お願いします」
職員が席を離れていく。
その背中を見送りながら、俺はこれから何を話そうかと考え始めた。
まずは遊園地そのものについて説明しないといけない。
ジェットコースターとか観覧車とか、メリーゴーラウンドとか。
それだけじゃなく、食べ物を売る店や、お土産を買える店もある。
季節ごとにイベントをやったり、パレードなんかも――
「…………あれ?」
そこまで考えたところで、ようやく別のことに気づいた。
俺、今から誰と話すんだっけ。
「……領主様だよな」
口に出した途端、急に現実味が増した。
この街と周辺を治めている人。
しかも伯爵。
日本にいた頃の俺なら、まず会う機会なんてないような立場の人だ。
そんな相手と、これから直接話す。
「……待って。俺、この格好でいいのか?」
自分の服を見る。
この世界へ来たときに着ていた制服ではない。リーベルへ来た日に買った普通の服だ。
冒険者として街を歩くなら何も問題はない。
でも、これから会うのは伯爵だ。
「というか、貴族への挨拶ってどうするんだ?」
頭を下げればいいのか。
それとも、膝をついたりするんだろうか。
そもそも、こっちから普通に話しかけていいのか?
【言語理解】があっても、こういう文化や礼儀まで勝手に分かるわけじゃない。
「……やばい。緊張してきた」
さっきまでは、遊園地について話せることばかり考えていた。
相手が領主様だということも、もちろん分かっていたはずなのに。
遊園地に興味を持ってくれたと聞いて、そっちに意識を持っていかれていたらしい。
しばらくして、さっきの職員が戻ってきた。
ただ、今度は一人ではなかった。
隣には、四十代くらいの男が立っている。
落ち着いた色合いの服を着ていて、派手な装飾品を身につけているわけではない。それでも、周囲の職員たちとはどこか雰囲気が違って見えた。
姿勢や立ち方だけでも、この場所で人の上に立つことに慣れているのが何となく分かる。
「お待たせいたしました。領主様がお会いになるそうです」
「はい」
返事をした自分の声が、さっきより少し硬い。
それに気づいたのか、職員が小さく笑った。
「先ほどより緊張されています?」
「今さら、これから領主様に会うんだって実感が湧いてきました」
「なるほど」
「笑わないでくださいよ……」
「申し訳ありません」
そう言いながらも、少し笑っている。
すると、隣に立っていた男が口を開いた。
「君がライガ・イチノセ君だね?」
「え? あ、はい」
「初めまして。私はロイド。このリーベルの商業ギルドでギルドマスターを務めている」
「ギルドマスター……」
思わず男を見る。
この人が、さっきから何度も話に出ていたギルドマスターらしい。
「君から相談を受けた土地については、こちらの担当から報告を受けている。今日、ブルーローズ伯爵閣下へ候補地について報告したのも私だ」
「じゃあ、遊園地のことを説明したのも?」
「ああ。もっとも、私も担当から聞いた以上のことは分からないがね」
「ああ……やっぱりそうですよね」
「だからこそ、伯爵閣下も君自身から話を聞きたいと仰っている。私も同席するから、案内しよう」
「はい。お願いします」
そこまで答えたところで、さっきから気になっていたことを思い出した。
「あの、その前に一ついいですか?」
「なんだね?」
「俺、この国の貴族への礼儀とか全然知らないんですけど……大丈夫ですか?」
「知らない?」
ロイドさんが少し意外そうな顔をする。
「はい。かなり遠いところから来たので……」
最近、この説明をする機会が増えた気がする。
でも、嘘ではない。
たぶん、この世界のどこよりも遠いところから来た。
「なるほど。土地の担当からも、君が遠方から来たことは聞いていたが、そこまで習慣が違うのか」
「たぶん、かなり違うと思います」
「そうか」
ロイドさんは少し考えてから頷いた。
「分かった。伯爵閣下には私から説明しよう」
「ありがとうございます」
「必要以上に心配することはない。あの方は、知らない作法を間違えた程度で相手を咎めるような方ではないからね」
「それなら少し安心しました」
「では、行こう」
土地を担当してくれていた職員とはそこで別れ、俺はロイドさんに案内されて、普段客が行き交っている場所から離れていく。
廊下を進み、階段を上がった。
二階には一階のような賑やかさはなく、いくつもの扉が並んでいる。商談や重要な話をするときに使う部屋なのかもしれない。
その中の一つの前で、ロイドさんが立ち止まった。
「こちらだ」
「……はい」
扉を見た途端、また少し緊張してきた。
土地がどうなったか聞きに来ただけだったはずなのに、どうしてこうなったんだろう。
いや、会うと決めたのは俺なんだけど。
遊園地のことを聞きたいと言われたら、そりゃ話したくなる。
俺は一度だけ息を吐いて、気持ちを落ち着かせる。
ロイドさんが扉を軽く叩いた。
「失礼いたします。ライガ・イチノセ殿をお連れしました」
「入ってくれ」
中から男の声が返ってきた。
ロイドさんが扉を開ける。
「どうぞ」
「……失礼します」
俺は少し緊張しながら、ロイドさんに続いて部屋の中へ入った。
最初に目に入ったのは、大きな机と、その向こうにある窓だった。
そして部屋の中央には、一人の男が立っている。
思っていたより若い。
職員から三十二歳だと聞いてはいたけれど、実際に目の前にすると、領主という言葉から勝手に想像していた人物とはずいぶん違って見えた。
それに、宝石をいくつも身につけた派手な貴族でもない。着ている服は俺でも分かるくらい上質だけれど、必要以上に飾り立てているわけではなく、全体的に落ち着いた雰囲気だった。
けれど、その男を普通の人だと思うことはできなかった。
少し後ろには、腰に剣を下げた二人の男が控えている。
一人は四十代くらいで、もう一人はそれより若く見える。二人ともこちらへ敵意を向けているわけではないのに、俺が部屋へ入った瞬間から、その視線は静かにこちらを捉えていた。
……あれ、絶対に護衛だよな。
その二人を見て、さっきまで少し落ち着いていた緊張が戻ってくる。
そりゃそうか。
この人、伯爵なんだもんな。
ロイドさんが一歩前へ出た。
「伯爵閣下。こちらが、先ほどお話ししたライガ・イチノセ殿です」
「ああ」
男の視線が俺へ向く。
それだけで少し身体が硬くなる。
すると、ロイドさんが続けた。
「それと、先ほど本人から聞いたのですが、ライガ殿はかなり遠方の出身でして、こちらの貴族に対する作法には詳しくないとのことです」
「そうなのか?」
男の視線が俺へ向く。
「はい。すみません」
「謝る必要はない」
意外にも、返ってきた声は穏やかだった。
「知らない土地の作法まで知っていろとは言わん。今日は君の礼儀作法を確かめるために呼んだわけでもないからな」
「あ……ありがとうございます」
それを聞いて、少しだけ肩の力が抜けた。
ロイドさんが俺の方を向く。
「ライガ殿。こちらが、リーベルとその周辺を治めておられる、アイラ・ブルーローズ伯爵閣下だ」
「……はじめまして。ライガ・イチノセです」
作法については気にしなくていいと言ってもらえたとはいえ、さすがに何もしないわけにもいかない。
俺は失礼にならないよう頭を下げた。
「アイラ・ブルーローズだ」
落ち着いた声が返ってくる。
顔を上げると、アイラ様は穏やかな表情でこちらを見ていた。
「現在、このリーベルと周辺を治めている」
アイラ・ブルーローズ。
三十二歳にしてブルーローズ伯爵家の現当主であり、このリーベルを治めている領主様。
その本人が、今、俺の目の前にいる。
「よろしくお願いします」
「ああ。こちらこそよろしく頼む」
アイラ様は俺の挨拶に自然に応じると、少しだけ笑った。
少なくとも、挨拶の仕方でいきなり怒られることはなかった。
それだけでもかなり助かる。
「さて」
アイラ様の表情が、少しだけ真剣なものに変わる。
「私はロイドから、君がかなり広い土地を探していると聞いた。その理由についても、一通りは説明を受けている」
「遊園地のことですか?」
「ああ」
アイラ様の表情には、俺を問い詰めようとしているような厳しさはなかった。
むしろ、本当に何かを知りたがっているように見える。
「聞いた限りでは、私もこれまで見たことも聞いたこともないものだった。だからこそ、君自身から話を聞いてみたいと思った」
「はい」
さっきまであった緊張が、ほんの少しだけ別のものへ変わっていく。
この人は、俺が何者なのかを問い詰めるために呼んだわけじゃない。
俺が作ろうとしているものに興味を持っている。
それなら、俺が話すことは一つだ。
そしてアイラ様は、俺がこの部屋へ案内された理由を口にした。
「君が作ろうとしている――『遊園地』というものについて、聞かせてもらいたい」
土地探しに進展が!
そして、まさかの領主様とのご対面です。
遊園地に興味を持ったアイラは、ライガに何を聞くのか。
次回は領主様とのお話になりそうです。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!




