メインクエスト7
さて、どうしたのもか。
殺し合いだ、とか言っといてなんだけど、勝てるビジョンが見えない。
ステータス差がありすぎる。子供と大人の喧嘩……いやそれどころじゃない、恐竜に挑む蟻の気分だ。クソが。
(そんなこと言ってないで何か考えないと、死ぬよ。僕も君も……ネフェルちゃんも)
……わかってらぁ。
(いいかい? 大前提として、あの悪魔は、確かに脅威だけど、正規の手順に沿って召喚されたわけじゃない。道理を無視したのであれば、そこに綻びが生じる)
……その「綻び」を突けばいいわけか。なるほどな。
召喚魔法の特徴として、無理やり呼び出した召喚獣には制限がかかる、という条件がある。具体的にはステータスの弱体化やスキルの一部制限だ。
バスカヴィルは、おそらくその状態だと思われる。だが、そんな弱体化状態にもかかわらず、ステータス情報が視えないほどに差がある、と。万全ならいったいどうなるんだろうな。
(今は気にしなくていいよ。どうせ真正面から戦っても勝てないんだから。対抗策を考えないと。魔法学校で学んだことを覚えているかい? 別の世界の住人を呼び出した場合、その現界を維持するには、なにかしらの「楔」が必要だって)
魔界の住人であるバスカヴィルは本来、人間界にいてはいけない存在だ。文字通り住む世界が違う。本来ここにいてはいけない存在が、人間界に存在し続けるには、人間界の要素を体内に取り込み続ける必要がある。それによって、世界そのものに、バスカヴィルはこの世界の、人間界にいていい生き物だと誤認させるのだ。
それが、魔力。人間の魔力だ。
その人間の魔力をどこからもらうのかと言えば……召喚主だ。
つまり、楔とは男爵の魔力そのもの。男爵が死ねば、バスカヴィルは魔界に強制送還される。バスカヴィルはその魔力をもらう代わりに、男爵に従うという契約を結んだのだろう。
結論、ブサメンがこの場で生き残るには、男爵を殺さなければならない。
…………。……いや、それはわかってるんだよ。そうじゃなくて、その手段を探さないといけないって話だ。ああ、くそ、頭が回っていない。
(落ち着いて考えよう。幸い、向こうは余裕ぶってすぐには攻撃してこないみたいだし。大丈夫、時間はあるよ)
ええと、どこまで考えたっけ……ああ、男爵を殺さないといけない、ってところまでだ。そう、それはいい。
だがその場合は……。
(バスカヴィルを出し抜かないといけないね)
そう。常識的に考えて、神話の中の怪物に勝てるわけがない、だったら弱っちい召喚主を狙った方がいい、というのは誰でもわかる。
当然、バスカヴィルも、ブサメンがそう来るだろうということは、読んでいるはずだ。あの悪魔は、それを許さないだろう。徹底して男爵を護りにくる。ブサメンはそのバスカヴィルの守りを回避して、男爵に攻撃をしなければならないわけだ。
(なんとかしてバスカヴィルを男爵から引き離さないと)
その方法が問題だ。
そんなことを考えていると、ブサメンの頭の中を覗いたかのように男爵が嗤った。
「君が考えていることはわかっているよ。バスカヴィルは無視して、私を殺そうっていうんだろ? 無駄なことだ」
……本当に余裕綽々だな、こいつ。なら……そう、こっちはその余裕を、油断を利用させてもらおう。
「ふん。馬鹿め。誰がそんな回りくどいことをするものか。そこのゴキブリのように黒い奴もきっちり始末してから、貴様を殺す」
「ふふ、好きに吠えているといいさ。さて、もう夜も遅いし、私はそろそろ寝たい。ここらへんで片をつけさせてもらうよ」
つい、と男爵の指がブサメンに向けられた。
「やれ」
命令が下される。来るか、と身構える――が、バスカヴィルは微動だにしなかった。
「……どういうつもりだい?」
男爵が声を低くしてバスカヴィルに尋ねるが、当然悪魔がその程度で怯むはずもなく、ブサメンに向けるのと同じ視線を男爵に向けた。すなわち、石ころを視る眼だ。
だが言葉を話そうとはしない……いや、それでも言いたいことはわかった。どうして俺がお前なんぞに従わなければいけないのかと、そう目が語っている。
「……っ、私は召喚主だぞ。命令に、従え」
男爵が低い声で再度命じる。が、やはりバスカヴィルはそれを無視した。
これは……どういうことだ。
契約を結んでいる以上、バスカヴィルは男爵の命令には従わなければならないはずだ。だが、バスカヴィルはそれを無視してしている。
何人たりとも破ることはできないとされている魔法契約を無視できる……だと? バスカヴィルにはそれだけの力があるということか。
正しく化け物だな。
バスカヴィルは鬱陶しい羽虫でも見るような目で男爵を睨みつけた。
「!」
男爵が恐怖に顔を引きつらせ、息を呑む。
ブサメンは、その隙を見逃さなかった。バスカヴィルの視線が後方の男爵に向けられ、その男爵も恐怖で硬直している今がチャンスだと、一気にバスカヴィルの横を駆け抜け、男爵目掛けて、雷鳴剣を振り下ろした。
だが突如として、ブサメンの目の前に黒く長い爪が出現し、男爵の目の前で雷鳴剣と激突する。
バスカヴィルが軽く腕を伸ばしてブサメンと男爵の間に割り込み、剣のような爪でブサメンの剣を弾いてしまったのだ。
「チッ」
ブサメンはすぐさま壁際まで後退する。
速いなっ。完全に奇襲に成功したと思ったのに、あれに反応するのか!
それに雷鳴剣に触れておきながら、碌にダメージも追っていないようだ。常人なら蒸発してもおかしくはないのに。
(でも、完全に無傷ってわけでもないみたいだよ)
よくよく見てみれば、バスカヴィルの爪が、溶けたように形を崩している。バスカヴィルも少し驚いたような顔で自分の右手をまじまじと見ている。どうやら奴にとっても予想外の結果だったらしいな。
(たぶん、普通に魔法を撃っても、もちろん拳で殴っても、傷一つつかなかっただろうね。君とあいつじゃステータス差がありすぎる。その剣だからこそ、だ)
ただただ火力のみを追い求めた武器が雷鳴剣だ。
バスカヴィルを倒せるのは、この一振りのみ、か。
(それに雷鳴剣が直撃したのは、爪だ。もっと柔らかい、肉の部分なら、あるいは……)
ダメージを与えられそうだな。さて、そのためには近接戦闘を仕掛けないといけない。
おそらくあいつが本気で動けば、その動きを目で追うことは難しいだろう。だからこそ、こうして壁際まで下がったわけだが。
バトル漫画みたいになんかすごいスピードで回り込まれていきなり背後をとられる、なんてことはこれでなくなる。とは言え、バスカヴィルが本気で攻撃してくれば防御もままならないから、あまり意味はないかもしれないが。
「……ふ、ふふ、今のは驚いたよ。けれど、無駄だ。君ごときが、私を出し抜こうなどと」
と、少し引きつった笑みを浮かべる男爵。それから、ブサメンの右手に視線を注ぐ。
「それにしても……その剣、それが雷鳴剣かい? 悪魔にダメージを負わせる剣だって? はは、まるで聖剣じゃないか。いい、ぜひとも欲しいな」
「奪ってみろ。できるものならな」
男爵と言い合いながらも、ブサメンは脳内でクロロとバスカヴィル攻略の手段を話し合っていた。
(ちょっとやそっとの奇襲じゃ意味ないか。それにあの速さ……こっちも手数増やさないと対応できなくなるかも)
だな。クロロ、あれやろう。
(それしかないか。準備はいいかい? いくよ)
――来い、クロロ!!
念じると同時、メキメキと左の掌から異音がして、グバッと縦に裂けた。そこにできたのは、口だ。
「聞こえるかい、シンクゥ」
その口からはクロロの声がポソポソと聞こえてくる。バスカヴィルや男爵にバレない様に静かな声で。今までは脳内で会話するだけだったが、こいつを手に宿すことで、こうしてクロロも声を出すことができる。
つまり、クロロも詠唱することができるようになったということだ。
単純に手数が二倍になった。そのうえで、今まで同様、脳内で会話することも可能だから、秘密の作戦会議だってできる。
クロロ、魔法の詠唱を。
(どれを使う?)
とりあえず身体能力を上げないと話にならないだろうから英雄賛歌だ。
(了解、詠唱を始めるよ)
と、ブサメンとクロロが話し合っている間に、男爵とバスカヴィル側にも変化があった。
「バスカヴィル! いつまで呆けているつもりだ! さっさと殺せ! さもないと――」
「うるさい奴だ」
「「!?」」
バスカヴィルが、初めて口を開いた。
ガラガラとしわがれた声だった。だが弱弱しさは、まるで感じない。それどころか、聞いているだけ心臓を握り潰されそうな重苦しい声だ。
「いくら契約とは言え、お前のような輩に命令されるのは、耐え切れん」
「ひっ」
暗い目を向けられ、男爵は引きつった悲鳴を上げた。
別にブサメンが睨まれたわけでもないのに、背中に冷や汗が流れる。
「……男爵、悪いことは言わん。今からでもこの悪魔を送還すべきだ。そいつは……危険だ。召喚主さえ食い殺しかねん。悪魔と契約した人間がどうなったのか、知らない貴様ではないだろう。これが最後通告だ。それを送還して、大人しく罪を償え。そうすれば貴様が死ぬことはない」
悪魔に殺される可能性も、ブサメンが男爵を斬り殺すこともなくなる。
「……はっ、何をバカなことを。悪魔召喚の罪がバレた時点で、死刑確定だよ」
「悪魔召喚の大罪を黙っていろと言うなら……いいだろう、黙っていてやる。その大罪は俺が墓場まで持って行く。だからそれ以外の罪を償え」
それは、孤児を生贄にしたことを許容するという意味だ。そして、ある意味では、ブサメンが共犯になるということでもある。世間から見れば許さることじゃない。それでも……それでも、この人が死なずに済むのなら。
「男爵」
呼び掛ける。
「男爵!!」
しかし男爵は青い顔のまま、何も言わない。
「……」
男爵は、もはや言葉を交わす気はないようだ。バスカヴィルはブサメンと男爵のやり取りに、つまらなそうに息を吐くと、ギョロリとこちらに視線を向けた。
「そんな奴は放っておけ。それよりも、小僧、我はお前に興味がある」
なんだと?
「小僧、名は?」
ブサメンに名乗れって? は、冗談じゃない。
「悪魔に名乗る名などない」
「生意気な奴だ」
バスカヴィルがどこか愉し気に笑った。
怒るかと思ったが、割と話が通じるやつなのか?
そう思った瞬間。
「――身の程を弁えろ小僧。我は、名乗れと、言ったぞ」
空気が変わった。笑みを消し、悪魔が地獄の底から響くような低い声と共にブサメンを睨む。するとどうだ。ゾクリと強い恐怖を覚えたのも束の間、次の瞬間にはブサメンの意識に靄がかかり、口が自分の意思に反して勝手に開こうとした……名乗ろうとするのだ。まるで操られているかのように。
(まずい! 悪魔が使う魅了のスキルだ! 制限ありでこの効力なんて……シンクゥ! 意識をしっかり! 一度堕ちたら、戻れなくなる!)
相手の、言いなりに……なってしまう、スキル、か。ヤ……バい、頭、が……ぼん、やりと……。
バスカヴィルの言葉が耳を通り、直接脳に刻まれるような、意識を塗り替えられるような感覚に襲われる。
(しっかりするんだシンクゥ! 気を確かに!)
クロロの叱咤を耳に受けても、歯を食いしばろうとしても、徐々に口が開きそうになる。
「おれ、の……」
(シンクゥ!!)
「おれの、名は……」
(しっかりしろって、言ってるでしょう――が!!)
意識が塗りつぶされそうになった、次の瞬間、グシャア、と顔面からとんでもない音がした。クロロが、自身が宿っている左手を操って、ブサメンの顔面に拳を叩き込んだのだ。
――ッ!!! いっったぁ! おい、なんてこしてやがる! ただでさえ顔のこと気にしてんのに、骨が歪んだらどうしてくれんだよ!
(スッキリしたかい?)
……そういや、靄がかかったようになっていた意識がクリアになってる。
どうやら強烈な痛みで意識を引き戻せたようだ。
(お礼を言ってくれてもいいんだよ?)
……く、ぐ、納得いかない。なんで殴られて礼を言わないといけないんだ。
あー、いってぇ。口の中を切ったらしく、鉄の味が口内に広がる。
ぺッ、とその血をバスカヴィルの足元に吐き出した。
「ふん、人間様に歯向かうとは、躾けのなっていない駄犬だ」
分かりやすい挑発に、しかしバスカヴィルの怒気が膨れ上がる。
「……いい度胸だ」
次の瞬間、バスカヴィルの姿がブレた。反射的に雷鳴剣を体の左側を回す。それとほぼ同時に、剣を持つ右腕に重い衝撃が伝わってきた。コマ送りのような速さで移動したバスカヴィルが、ブサメンの左わき腹を爪で捌こうとしたのだ。
攻撃が……重すぎるっ。
雷鳴剣のおかげで爪の威力を相殺できたが、腕がもげるのではないかと思ったほどだ。雷の濁流のような剣に爪を弾かれたバスカヴィルは、男爵を守る様に元の位置に戻る。
「……我の動きが、見えているのか?」
完全に見えているわけではない。ただなんとなく動き出しが察知できるようになったのだ。ついさっき、バスカヴィルが男爵を脅していた間に、こっそりクロロに詠唱してもらっていた魔法、英雄賛歌のおかげで。その効果は、筋力、防御、敏捷パラメータを大幅に向上させ、英雄のごとき戦闘能力を発揮すること。
ブサメンの口が動いていたわけじゃないから、バスカヴィルも魔法を使われたことに気づかなかったのだろう。これがクロロに詠唱させる利点だ。相手からすればまるで無詠唱魔法のように見える。相手の意表をつける。
おかげでなんとか奴の動き出しくらいは目で追えるようになった。攻撃が来ること自体は察知できる。とは言え、基礎ステータス差が大きいせいで、いくらバフをかけても、バスカヴィルの動きすべて追うことはできない。
次はどっちだ? 右から斬りかかってくるのか、左から食らいついてくるのか、あるいは上から……。判断はできない。
だからそこは――。
もう一度、バスカヴィルの姿がブレる。
――頼む、幸運パラメータ!!
そう念じながら、今度は右側をガードした。
願いが通じたのか、またも雷鳴剣が爪を弾いた。
これぞ運の力。幸運パラメータがあるこの世界ならではの戦法だ。ブサメンの幸運値が高い(悪運が強い)から使える手段だ。
しかし、そう何度も続かないからこそ運なのだ。次も防げるかは、わからない。
だから見えていないことを、察知されるわけにはいかない。
「ふん、それが全力か? 止まって見えるな」
だからこそ全力でハッタリをかます。お前の攻撃は見えているぞ、と。速さにものを言わせた攻撃は無意味だ、と。これで別の攻撃手段に切り替えてくれれば……。
「……我の動きについてこれる、か。では、これはどうだ」
バスカヴィルが大きく口を開けた。鋭い牙と紫色の舌が禍々しく蠢く。その深い夜のような喉の奥から、何か赤黒いものがあふれ出してきた。それを見た瞬間、ゾワリとブサメンの肌に寒気が走った。
(来るよ!)
クロロの忠告が飛ぶと同時、バスカヴィルの口からレーザーのような熱線が解き放たれた。
回避は、不可。
防壁魔法、貫通される。
ならば、迎撃――あるのみ。
「雷鳴剣――解」
宝具のリミッターを一段階、解除する。瞬間、細身の直剣のようだった雷の刀身が強烈な稲光を発し、巨大化した。抑え込まれていた力が爆発するかのごとく、刀身は長大になり、轟雷を孕む大剣と化したのだ。
すかさず踏み込み、ジェットエンジンのような爆音をまき散らしながら迫りくるブレスに巨大化した雷鳴剣を叩きつけた。
工房内に凄まじい衝撃が走り抜ける。壁に罅が入り、実験器具は粉々に割れ、魔導書は熱波で燃え尽きる。衝突地点の床は溶解し始めていた。
「ぐ、お……!」
メキメキと剣を通して腕がもげそうになるくらいの力が伝わり、骨が軋む音がした。踏ん張る足元からも嫌な音が聞こえてくる。これは……床が抜けそうなのか!
だが床が崩れるより、ブサメンがぶっ飛ばされるのが先になりそうだ。
ブレスの勢いの方が強いっ……、押し切られる!
クロロ!
「了解! 大地よ、万物を繋ぎ止めよ――重圧鉄杭」
熱線を抑えきれずに吹っ飛ばされると判断したブサメンは、クロロに詠唱させた重力魔法を発動させた。自分の触れている任意のものに重力をかける魔法だ。対象は、ブサメン自身。
自重が重くなり、なんとかその場に踏みとどまる。だが、ブレスを押し返すには、まだ――足りない。ならば。
「彼岸に誘え、閻魔の王よ。我は死の導き手にして、紅き花の運び手なり。死に逝く者に、一輪の花を――紅蓮の徒花」
その魔法を使用した瞬間、雷鳴剣の背面部分からブサメンの身体に向かって爆発が起きた。
紅蓮の徒花。本来は敵に向けて爆炎を浴びせる魔法だが、雷鳴剣から逆噴射のように放出することで、それを推進力として使うことにした。
自身の身体に爆炎を浴びると言う代償を受けながらも、文字通り爆発的な勢いを得た雷鳴剣は、バスカヴィルのブレスを真っ二つに斬り裂いた。
枝分れしたブレスは工房の壁を破壊しながら屋敷の外へ突き抜け、地平線の彼方に消えていった。
息つく暇もなく、バスカヴィルに肉薄し、雷鳴剣を一閃させる。轟く雷鳴と共に、悪魔の肩から脇腹までを斬り裂いた。
「ガアアアアアアアアア!!」
バスカヴィルが悲鳴を上げる。
初めてまともに与えたダメージだ。相手は動揺している。
このまま、押し切る!
だが、手負いの獣ほど恐ろしいものはなかった。
バスカヴィルは斬られた傷跡から血液の代わりに黒い靄のようなものをまき散らしながら突っ込んできた。とどめを刺そうとしていたブサメンにとっては、不意打ち気味の反撃だった。
「ぐ!」
ブサメンはその突進をもろに受け、体勢を崩した。その衝撃で雷鳴剣が手からすっぽ抜け、そのまま床に押さえつけられてしまう。
バスカヴィルは覆いかぶさるようにして、自らの手足でブサメンの四肢を踏みつけ、身動きをとれないようにしてくる。
「放せ!!」
反射的に逃れようと藻掻くが、悪魔の膂力をはねのけられるほどの力はない。
それでも、今なら傷のせいで力が入らないはず、と魔法でバスカヴィルを弾き飛ばそうとするが、それより早く、バスカヴィルはブサメンの顔を覗き込むように前のめりになり、口を大きく開けた。
嚙み砕く気か!? ――いや、違う。
その奥にちらつくのは、赤黒い、光。
(まずい! ブレスだ! 逃げてシンクゥ!)
この距離で喰らったら間違いなく死ぬ。
ブサメンは必死にバスカヴィルを跳ね飛ばそうとするが、こちらの四肢を踏みつける手足の力は、緩められるどころか、いっそ踏み砕かんとばかりに圧力が強くなっていく。黒い狼の爪が手足にめり込み、ブサメンを襲う激痛が冷静な思考を奪っていく。
クソクソクソクソクソ! どけよ!!
(下だ!!)
パニックになる寸でのところで、クロロの声が響いた。その声に、ブサメンは反射的に詠唱を始めた。
「大地よ」
見上げる口腔内に毒々しい光が溜まっていく。
「万物を」
ブレス発射まで、もう数秒もない。だが。
「繋ぎ止めよ」
詠唱――
「重圧鉄杭」
完了。
間に合った!
強烈な重力を床にかけた。
ドゴォ!!
元々、これまでの戦闘の余波で脆くなっていた床は、轟音をあげながら崩落した。ガラガラと崩れるとともに、ブサメンとバスカヴィルも下の階に落ちていく。
おかげで拘束が弱まった。その隙を逃がさず、落ちながらもバスカヴィルを蹴り飛ばし、引き剥がした。ブサメンもそのまま階下に落下し、床に体を打ち付ける。
「かはっ」
一瞬息が詰まりながらも、魔法で強化された身体は頑強だ。すぐさま立ち上がり、手を伸ばす。
「――来い(オーダー)!」
引き寄せの魔法を発動させ、瓦礫に埋もれていた雷鳴剣を呼び寄せる。魔法をかけられた雷鳴剣は瓦礫を跳ね飛ばし、ブサメンのもとにすっ飛んで来ようとする。
雷鳴剣さえ手に戻れば、仕切り直せる。
だがバスカヴィルは、それを嘲笑った。
雷鳴剣なんて知ったことか、すべてを力で上回ってしまえばそれでいい、そう考えたらしく――ブレスの威力を二倍にすることにしたようだ。
ガパッと。
奴の頭が二つに分裂したのだ。
「は?」
一つだった頭が真っ二つに裂け、裂けた断面部分から影のような肉が盛り上がり、双頭を作りだした。
この悪魔……なんでもありか!?
ブサメンが右手にクロロを寄生させて口を二つにしたように、バスカヴィルは頭の数を二つに増やしたのだ。頭が二つになれば、なるほどブレスだって二つ撃てる。威力は、倍だ。
バスカヴィルの二つの口に、赤黒い光が溜まっていく。
そして一瞬の静寂の後、奴の口から放たれたブレスは、捻じれ、螺旋を描くように一体化し、ブサメンを貫こうと一直線に向かってきた。
「雷鳴剣――極雷剛」
すっ飛んできた雷鳴剣をギリギリのタイミングでキャッチし、それと同時にリミッターを完全解除して出力を最大へ。その瞬間、稲妻と雷鳴が炸裂し、大剣の域を優に超えた長大な剣へと変貌した。
それはもはや剣というより柄から本物の雷が発生しているかのようだった。異常なまでに巨大に伸びあがった刀身は、屋敷の壁を突き破り、内包する雷を辺り一帯にまき散らす。
最大出力の雷鳴剣の力は常軌を逸していた。片手では持っていられないほどに刀身内部の雷が荒れ狂い、ガタガタと狂ったように柄が揺れる。それを両手で握りしめ、何とか振動を抑え込み、制御する。
これは……切り札だ。雷鳴剣の内臓バッテリーにため込まれたすべての魔力を消費して発動させる雷鳴剣の最終形態、雷鳴剣・極雷剛。この一撃が空振りに終われば、もう雷鳴剣を起動できなくなる。
これが、最後の勝負だ。
ブレスが迫る。
ミシリッ、床が凹むほど力強く踏み込み、その足を軸に身体を大きく回転させる。
遠心力も、筋力も、雷鳴剣の力も、すべてを合わせて、身体ごと振り抜くように――。
ブレスを、斬り上げた。
ドッ―――!!
凄まじい衝撃が全身を襲う。雷鳴剣とブレスが激突し、その余波は空間を軋ませ、屋敷を大きく揺らした。
「お、おおおおおおおおおお!!」
全身全霊、持てる力のすべてを注ぎ込んで、ブレスをなんとか押し返そうとする。
らしくもなく雄叫びを上げ、皮膚を捲り上げる衝撃波と肉を焼く熱波に耐えながらも、筋肉と血管が千切れるほどの力を込め、しかし――それでも、振り抜けない。そしてブレスもまた、雷鳴剣を押し切れない。完全な拮抗。
「ぐ、おお……っ」
いや、僅かにこちらが押され始めた。
そこにクロロの声が響く。
「踏ん張れシンクゥ! 君が負けたらネフェルちゃんが死ぬ! 君の夢も途絶える! せっかく君が憧れたファンタジー世界に来たんだろう!! こんなところで終わりでいいのか!! 気張れ!! シンクゥ!!!」
「―――!!!」
カッ、と全身に熱が駆け巡る。
歯を噛み砕かんばかりに噛み締め、もてる力のすべてを注ぎ込む。その力は爆発力を生み、足から背骨へ、背骨から腕へと駆け巡り、全身をバネにし渾身の力で――雷鳴剣を、振り抜いた。
耳をつんざく音がした。雷の刀身が、ブレスの先端から根元まで叩き割るかのように斬り裂いていく。輝く刃はそのままバスカヴィルに迫り、奴の黒い体を黄金の雷で染め上げた。
Tips スキル
この世界の住人が保有する神秘の一つ。スキルは生まれながらに持つ場合もあれば、訓練によって身に着くこともある。後天性の場合、発現するスキルは本人の適性や意思、訓練の内容によって大きく変化し、自分が望むスキルを得られないこともある。なぜか魔人種だけは、一つもスキルを保有することができない。




