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メインクエスト6

 ネフェルちゃんと別れ、屋敷の中を走る。


 夜も更け、使用人は眠りにつき、廊下には人気がなかった。目指す先は男爵がいると思われる工房、執務室、もしくは寝室だ。とりあえず行ったことがある執務室に行こうとしているが、賊が侵入した時の対策なのか、屋敷の中は複雑な構造になっていた。


 ブサメンは迷子になりかけている。

 走り回っている内に結局、エントランス部分にまで戻ってきてしまった。


 シャンデリアが吊り下げられたエントランスホールは、陽光が差し込む昼間なら煌びやかな空間だったのだろうが、今は鳴りを潜め、輝きを失っている。


 ブサメンは雷鳴剣の光を頼りに、静まり返ったエントランスホールを通り抜けようとした。

 その時。


 鋭い風切り音がブサメンの耳に届いた。それと同時に、視界の隅に金属質な反射光を捉えた。本能的に光と自分の間に雷鳴剣を挟み込むと、バチィッと雷鳴剣が何か重いものを弾く感覚が手に伝わってきた。


 ランタン代わりに雷鳴剣をかざすと、暗闇の中からぬっと、男が現れた。


 「ラズール……」


 「孤児風情が呼び捨てにするな。騎士団長、と呼べ。シンクゥ」


 鎧を纏った大男、ラズールだった。このイフリート男爵領において最も高いレベルを誇る騎士だ。その右手にはシミターが握られており、それで斬りかかられたらしい。ここでこいつが出てきたか……。


 「ふん、何が騎士団長だ。騎士の風上にも置けない屑め……なぜこんなことをする。なぜあの男爵に仕える? 貴様が騎士だと言うのならば、剣を向けるべきは俺ではなく奴のはずだ」


 「騎士が主に従うのは当然だろう」


 「犯罪者に仕える騎士か。笑えるな」


 「生意気な小僧だ……だが、答えなど分かりきっているのではないか? 男爵様に従っていれば富が手に入る、武器も、地位も、女も。ああ、そういえば、あの孤児院のガキを襲ったこともあったな。もしかしたらお前の初恋の相手とかもいたかもな?」


 ……救いようがないな、こいつ。


 「山賊のごとき下種が」


 「口には気を付けろ。この状況がわからぬほど愚かではないだろう、シンクゥ」


 互いが互いに、すでに剣の間合い。どちらかが動けば即座にもう一方も斬りかかれる距離で、ブサメンとラズールは睨み合う。リーチは、ラズールの方が有利か。


 「くっくっく、それにしても、私の予想通りだったな」


 「なに?」


 「小賢しいお前のことだ。まさか牢屋の中で大人しくしているわけはないと思っていたよ。だからこうしてお前を見つけることができた。とは言え、こんなにも早く脱走するとは、少々驚きだが」


 「予想していただと? ならば選択を誤ったな。一人で来るべきではなかった。貴様ごときが俺を捕らえることなど、できはしない」


 「無知なお前に人生の先達として一つ、教えておいてやろう。この距離の戦闘において、魔法使いでは騎士には、勝てない。ましてや――」


 と、そこでラズールはシミターを見せつけるように構えた。


 「この剣に斬られた、その魔法剣頼みのお前ではな」


 ラズールがそう言った瞬間、雷鳴剣の刀身がふっと消えてしまった。起動しようとしても、うんともすんとも言わない。


「チッ」


 案の定、こうなったか。


「くくく、そういえば、私の剣はお前が造ったものだったな。ならば我が魔剣の恐ろしさは誰よりもお前がわかっているはずだ」


 イフリート領の騎士団の装備は、ブサメン産の宝具で固められている。その中でもラズールの装備は特別強力だ。奴が持つシミター、「魔断剣」は、斬ったものの魔力を一時的に遮断する効果を持つ。

 

 たとえ掠っただけでもその効果を発揮し、たとえば犯罪者を捕まえる時も掠りさえすれば、相手はスキル、魔法が使えなくなり、無防備な状態になる。

 

 その状態でラズールに対抗するには、純粋に戦闘技量やステータス差で上回っていなければならない。これが、ラズールが領内最強と言われる所以である。


 さっき雷鳴剣と斬り結んだことで、雷鳴剣の魔力は遮断され、起動しなくなってしまったのだ。とはいえ、魔力が遮断されるのは、ほんの数十秒ほどだ。


 ……まぁ、戦闘中の数十秒って、結構長いのだが。


 「ふん」


 当たり前だが、この展開は、地下牢にいた頃から予想していた。魔断剣の対抗策を練る余裕がなかったのは、残念だが、予想ができていれば慌てることはない。


 ブサメンは忌々し気に鼻を鳴らし、雷鳴剣の柄をズボンのベルトの間に押し込んだ。


 「なんだ、武器が使えなくなっただけで、もう降参か? まだお得意の魔法を使っていないだろう?」


 「クソ戯け。誰が降参などするか」


 と、ブサメンは拳を握った。


 「……まさか素手でやり合う気か? くははは、恐怖で気でも狂ったか!?」


 ブサメンの罵倒に苛立たし気な表情をしていたラズールだったが、拳を固めて構えたブサメンを見た途端、奴は愉し気に嗤い出した。


 「品のない笑い方だ。犯罪者には……お似合いだな」


 「なんとでも言え。今のお前に何を言われたところで負け犬の遠吠えにしか聞こえん。お前に勝ち目は、ない」


 「勝ち目、か。一つ訊くが、貴様……魔法使いと戦った経験は?」


 「ない。が、魔法使いなんぞ、詠唱などという手間をかけなければ魔法を発動することもできない遠距離戦専門の芋虫野郎どもだろう。この距離で俺に勝てるものか。お前は、おとなしく死ぬまで宝具でも造っていればいい」


 「俺が貴様に負けたら、そうなるだろうな」


 「勝てるとでも?」


 「勝てる。朝飯前、というやつだ」


 言った瞬間、ピリ、と空気が痺れる。ラズールがピクリと目元を引きつらせ、ブサメンを睨む。


 「大言を吐いたな」


 「貴様こそ、俺に勝てる気でいるのか?」


 ボルテージが上がっていき、口撃は挑発的になっていく。


 「小僧……、その生意気な口、縫い留めてやる!」


 ラズールが吐き捨てる。


 「確かに貴様には、剣より裁縫針がお似合いだな。なにせ――」


 ならばブサメンはそれを。


 「貴様が騎士団長になれたのは、俺の宝具のおかげだからな」


 嘲笑う。


 「――孤児風情がぁ!!」


 「出来損ないの騎士風情が!!」


 互いの怒りは、最高潮に達した。

 ミシリ、と空気が軋み上げる。


 両者が放つプレッシャーに、空間が悲鳴を上げる。

 先に動いたのは、ラズールだった。


 電光石火の薙ぎ払いに、ブサメンは上半身を沈みこませ、回避――そのまま床を蹴ってラズールの懐へ潜り込もうとする。


 拳の距離になることを嫌ったラズールが後退しながら返す刀でブサメンの頭を真っ二つにしようとするが、ブサメンは奴の腕を絡めとり反転して後ろを向きながら自分の背中にラズールの身体を担ぎ上げ、ぶん投げる。


 「ぐ!?」


 ラズールは投げられた勢いに逆らわそうとせず宙で身を捻って着地すると、すかさず突進してシミターを突き出してきた。対するブサメンは前のめりになりながら足を踏み出し、顔を僅かに逸らす。顔面の横を駆け抜けていく凶刃を視界の隅で見送りながら、ラズールの右腕と交差させるように拳を繰り出した。


 グシャア、と奴の顔面にブサメンの拳がめり込み、倍くらいの体躯があるラズールはもんどりうって床を転がった。


 子供と大人、身長差と体重差、それらをすべて無視してダメージを与える。これがステータス差というものだ。この世界では、体格差よりもステータス差が優先されるのだ。


 我ながらいいのが入ったと感心したくなるパンチだった。自分の拳を見下ろしながらフンスと鼻息を吐く。


 「無様だな」


 そしてラズールを見下ろした。膝を着きながら体を起こした彼の目に浮かぶのは、困惑だ。


 「馬鹿な……こんなことが」


 「馬鹿なことなどあるものか」


 不思議でもなんでもない。これは、順当な結果だ。

 ラズールは魔法使いと戦った経験がないと言った。ならば知る由もないだろう。魔法使いは近接戦だってできるのだ。


 この世界の魔法使いは、とても貴重だ。魔人種の中でも魔法学校を卒業した者しか魔法を使えず、他の種族は一切使えない。種族特性として知力が高い魔人種のみにしか、スキルを解析できなかったからだ。


 となれば、魔法の知識を奪うべく魔人種を襲ってくる奴もいる。そういう輩に対して、魔法使いは、自分と自分の有する魔法の知識を守るため、魔法学校で戦闘の技法や万が一捕まった時に、魔法に関する情報も漏らさないための、拷問に耐える訓練を受けるのだ。


 魔法の技術を習得するのはもちろんのこと、それらの訓練を受けて合格しないと、魔法学校から卒業させてもらない。卒業できない場合は、一生魔法学校の中で暮らすことになる。外の世界に出ることさえできなくなるのだ。


 そしてブサメンが、こうして学校の外に出られているということは、騎士モドキを相手にしても問題なく戦えるくらいには、強いということだ。


 「我が拳は鋼鉄の如く――殴殺刑に処す(アイアンズ・フィスト)


 ラズールが腰を抜かしている間に筋力と拳の頑丈さを上げる魔法を使った。魔法陣の光が両腕の拳を包み込み、ブサメンの拳が黒鉄の色に変わる。


 「立て。殴り足りん」


 「く、舐めるなぁあああ!」


 立ち上がると同時に突進してくるラズールを迎え撃つように前に出る。敵が一度剣を振る間に、左右の脇腹に二発の拳をねじ込み、悶絶したところで顔面にもう一発。


 「ごふ!!」


 床を転がるラズールに鋼鉄の拳を撃ち下す。だがそれは横に転がられたことで回避された。痛みに顔を顰めながらも飛び起き、バックステップで距離を取ろうとするラズール。


 「いいのか? 距離を開けて」


 魔法使いは近接戦もできるというだけで、一番得意なのは、やはり、詠唱がしやすい遠距離戦だ。だからそんな風に距離をとれば――。


 「咎人よ、その首を断罪者の前に差し出し給え――斬首刑に処す(ギルゾディア)


 ボッ、と空気が爆ぜるような音がして、見えない斬撃の魔法が飛んでいく。


 「!?」


 それをラズールが横っ飛びに回避し、またも床を転がる。


 「チッ、大人しく斬り落とされればいいものを」


 見えない斬撃を飛ばすこの魔法は、初見殺しもいいところなのだが……。確かにまったく斬撃が見えないわけではなく、斬撃は僅かに周囲の空間を歪ませるため、なんとなく見えないこともない。


 それを初見で見極めるとは、腐っても騎士団長ということか。

 とは言え。


 「咎人よ、その首を断罪者の前に差し出し給え――斬首刑に処す(ギルゾディア)


 距離があればこうしてのんびり詠唱して、いくらでも魔法を発動できるのだ。


 「う、おおおおおお!!」


 そしてラズールが、剣を盾にして、魔法を防ぎながら突っ込んでくれば――。


 拳を一閃。


 「ぶへぇあ!」


 結局また吹っ飛ばされるだけだ。


 「くそ……くそ……どうして、こんな孤児ごときに……っ」


 荒い息を吐きながら悪態を吐くラズール。痛みのせいか、起き上がる気配はない。

 なら、もういいだろう。


 「咎人よ、その首を……」


 「嫌だ! 嫌だ! 死にたくない!」


 「断罪者の前に差し出し給え――」


 「死にたくない!!」


 死への恐怖、それを燃料にラズールは、立ち上がった。そして憎悪に歪んだ目で、ブサメンを睨みつけながら剣を構えた。まだ諦めていないようだ。確かに魔断剣なら、こちらの魔法を防ぐことはできる。


 が、ならば、直接魔法をぶつけなければいいだけの話だ。


 「斬首刑に処す(ギルゾディア)


 魔法を放つ。

 だがそれは、ラズールにではなく、その真上にぶら下がっているシャンデリアに向かって、だ。


 「え?」


 天井とシャンデリアを繋いでいた部分が切断され、真っ逆さまに落ちてくるシャンデリア。ラズールは最期に間抜けな声を出して――絢爛なシャンデリアに押しつぶされて死んだ。


 粉々になったシャンデリアの隙間から、血がにじみ出てくる。だが不思議なことに、床に零れた血は、そのまま絨毯に吸い込まれる様に消えてしまった。絨毯には、血の滲んだ跡すらない。


 なんだ、今のは?

 眉を寄せ、顔を顰める。


 (……先に、進もうか)


 ……ああ。


 (急いだほうがいいよ。さっきから嫌な感じの魔力が漏れてきている)


 そうだな。どうにも粘着質な、ドロッとした魔力だ。その魔力は屋敷の中心部から流れてきている。おそらくそれを追っていけば、たどり着くのだろう。男爵のいるところへ。


 周りはほぼ全員敵。屋敷内に漂うおどろおどろしい雰囲気。まるでダンジョンのようだ。魔獣が跋扈し、踏み入る者を飲み込む怪物の巣窟。だとするならば、この先にいる奴は、もう、人ではないのかもしれない。



 ◇◇◇



 自分はそこまで優れた存在ではない。


 カシム・イフリート男爵は、そのことを自覚している。魔法の腕も、領地経営の腕も、人格も。劣等感は心の奥底で凝り固まり、性格はねじ曲がり、表では良い人面をしている。


 あるいは最初は、演技などではなく、その顔こそが本音だったのかもしれないが、どこかで何かが食い違って、裏では人を嘲笑うようになった。


 そんなカシム・イフリート男爵にとって、シンクゥという少年は一種の天敵だった。常に自身満々で堂々としており、他の孤児に見受けられる卑屈さや劣等感が一切感じられない。


 貴族である自分にも敬語を使うことはなく、それどころか、見下すような態度さえとる。己に対する絶対的な自信。どっからそんな自信が湧き出てくるんだと、思わず聞きたくなるような少年だった。


 その態度は、ハラワタが煮えくり返るくらいには腹立たしいものだったが、このクソガキは、なかなか頭が回る。どこから仕入れてきたのか、ある程度の学術的な知識を持ち、教えてやれば文字の読み書きや計算もすぐに覚え、試しに魔法学校の試験を受けさせてみれば、一発で合格。


 最年少とは言わないものの、何十年経っても卒業できない者がいる中で、数年で卒業し、工房を与えてやれば新しい魔法や宝具を次々と開発し、領地の発展に貢献した金のなる木だった。


 度し難い存在だ。

 自分よりも魔法の才能に優れている。そのせいで無下に扱うこともできない。


 けれども、その日、転機が訪れた。孤児を売りさばいていることが、シンクゥにバレたのだ。いい機会だと思った。この思い上がったガキに、現実を教えてやろうと思った。


 だが、あろうことか、シンクゥはさっさと地下牢から出たのだと言う。ラズール騎士団長に、捕獲に向かわせたが……シンクゥの魔力が段々とこの工房に近づいているのを感じる。


 どうやらラズールは負けたようだ、情けない、と憤りを感じるとともに、あの生意気なガキを自分の手で躾けられると思うと、口の端がつり上がった。ならば急いで「歓迎」の準備をしなくてはなるまい。


 もうすぐここに来るであろうクソガキは、変わらず自信満々な態度なのだろう。自分が負けるとは露ほども思っていないのだろう。その顔を、歪ませてやる。


 ――というのが、男爵から見たシンクゥの感想であるが、これをクロロ辺りが知ったら、シンクゥはそんなに自分に自信ないよ。童貞だし、虚勢張ってるだけだよ、と言っただろう。


 あるいは、シンクゥが心のうちを吐露するような素直な性格であったら、また別の道が拓けていたのかもしれない。



 ◇◇◇



 ももうすぐ男爵の下に辿り着く。

 あまり知られていない話ではあるが、屋敷の主、カシム・イフリート男爵もまた魔法使いである。


 魔法学校にも普通の学校と同じく幾つも学部学科というものがある。ブサメンが雷や炎と言った現象を操る詠唱魔法学部現象魔法学科だとするならば、男爵は召喚魔法学科だ。


 召喚魔法は、この世界、あるいは別世界から「なにもの」かを召喚する魔法である。召喚できる存在は様々だ。天使や神獣といった超常の存在を召喚したり、かつて神話の中の英雄が装備していた伝説の剣を召喚したりすることだってできる。


 実のところブサメンが警戒しているのは、騎士や兵士よりも男爵の方だ。正確には男爵が召喚する何者か、だ。


 ここに来るまでに、もう何人もの兵士を斬り捨てている。男爵もこの騒ぎには気づいていて、既に迎撃の準備を……つまり召喚の準備を整えているだろう。


 男爵が何を召喚しているかは知らないが、できれば厄介な相手でなければいいと思いつつ、その願いは無駄になるだろうということも予想できる。


 だって屋敷に漂うおどろおどろしい魔力がそれを物語っている。足が回れ右して帰りたがっている。

それでも、ブサメンが行かなければ失われる命と尊厳がある。


 嫌だ嫌だと思いながらブサメンは魔力の発生源、男爵の工房の前に到着した。

 今のブサメンは、さながら出勤したくないと思いつつ、いつの間にか会社まで来てしまった社畜のような心境だ。


 だがそんな内面を敵に悟られるわけにはいかない。ブサメンは復活した雷鳴剣を一振りして、扉を破壊した。


 「……はぁ、まったく。なんとも、乱暴な登場の仕方だね。孤児らしく、品がない」


 そう言ってブサメンを迎えたのは、椅子に腰かけた男爵だった。


 ブサメンは思わず顔を顰めた。扉を破壊した途端、吐き気を催すヘドロのような魔力が空気に交じって肺に入ってきたからだ。じわり、と背中に嫌な汗が浮かぶ。


 だがそんな悪環境をものともせず、むしろ居心地がいいと言わんばかりに工房の主、男爵は机の上で手を組んでいる。


 ふてぶてしい態度だ。ブサメンのことなどまるで警戒していないかのような態度だが、それが傲りでも何でもなく、事実警戒する必要がないからだということが、嫌でもわかった。


 男爵の隣に、黒い狼がいたからだ。


 いや、狼のような何かだ。一切の光を反射しない影で形作られたような二足歩行の狼で、人間のような自然な立ち姿、山羊のようなねじ曲がった角、深い知性と残虐性を感じる黄金の瞳。この毒々しい魔力の発生源……男爵が召喚したのは、こいつだ。


 不気味で冷たい表情だ。ブサメンに視線を向けてはいるが、意識の中に入っていない。興味を示していない。路傍の石に向けるような、無機質な目をしている。


 男爵の余裕は、こいつが原因だ……何者だ? 鑑定魔法でステータスを覗いてみるか。


 「眼は開かれた、秘密は語られた、その荒野には、何もない――神秘解体(ネフロス)


 名前:jdsnfjsdbo

 レベル:nsdfbds

 種族:ashdb

 性別:hdbf

 体力:lasdmfa

 魔力:oijgrreop

 筋力:la[sfd

 防御:apkwep

 敏捷:jfdhhfss@f

 知力:nfdldjnf

 抵抗:fhsbdof

 幸運:jasbd

 スキル:kshiduheihrfw@oejfiorjfpoearjgiej@igvomkvnpugbpujasdfoasdbfp;asdknf@asdf


 ――っい、があああ!!??


 その情報を視た途端、頭が割れるかと思うほどの激痛が走った。


 な゛んだ、ごれは……っ、あ゛だま゛がわれる゛……!!


 流れ込んできた解析不能な情報に、脳みそが悲鳴を上げる。つぅ、と鼻血が垂れてくる。ブサメンはすぐに魔法を中断した。


 途端に激痛は消え、後を引くようなジクジクとした僅かな痛みだけが頭の奥に残る。

 これは……レベル差がありすぎて、情報が解析できなかったということか。こんな怪物どっから呼んできやがった。


 「鑑定魔法、か。その様子だと、何もわからなかったみたいだね。それはそうさ、君のステータスじゃ、ね」


 「……その化け物は、なんだ」


 「こいつのことが気になるのかい? 教えてあげてもいいけど、それだけで戦意喪失しちゃわないかい?」


 「……」


 このクソ野郎。


 「ははは、そんなに睨まないでくれよ。教えてあげるよ。こいつの名は――バスカヴィル」


 ……………。……おい、冗談だろ。勘弁してくれ。


 (シンクゥ、僕、吐きそうだよ)


 バスカヴィル。神話に出てくる悪魔の一体だ。


 悪魔は、人間よりも遥かに狡猾で、肉体的にも頑強、保有する魔力量も人間とはけた違いな魔界に住まう生き物だ。血と争いを好み、あらゆる生物が食べること、寝ること、交わることを本能とするように、悪魔は他の生物、特に人間に苦しみを与えて殺すことを本能とする。それが奴らの娯楽でもあるのだ。だから奴らは、自分の欲求を満たすことのできる人間界に来たがる。


 それでも人間界と魔界の距離は遠く、悪魔が人間界に出現することは滅多にない。少なくとも、ここ数十年、悪魔が出現したなんて話は聞いたことがない。


 悪魔はこのファンタジー世界にありながら、尚神話の中にしか登場しないような怪物なのだ。

 中でもバスカヴィルは、この世界の聖典に出てくる最悪の悪魔だ。


 いわく、月を噛み砕いたことがあるだの、神を食い殺したことがあるだの……なんにしろ、人間にとっては害悪でしかない。


 (でもシンクゥ。悪魔は確かに強大だけど、その召喚と維持には膨大な魔力と魔法の技量が必要なはずだよ。君にだって召喚できないような怪物だ。どうやって召喚したんだろう。こう言っちゃなんだけど、男爵に呼び出せる存在じゃないよ)


 それは……確かに。


 悪魔の住む魔界からどうやってこんなのを引っ張り出してきたのか。男爵の実力、魔力量じゃあ不可能だ。だが実際に召喚は成功している。


 となると……何かしら裏技を使ったな。そしてだいたいこういう邪悪な存在を強制的に呼び出すための裏技なんて、決まっている。


 「貴様、まさか……人間を生贄にしたのか?」


 「さすが。いい勘してる」


 魔力を命で補う、召喚魔法の禁忌。

 命を魔力に変換し、足りない魔力を補うのだ。もちろん、生贄の数は一人や二人では済まない。何十人、最悪何百人単位で必要だ。そうして得た魔力で、悪魔を呼び出した。


 「幸い、これでも領内の至る所で孤児院のスポンサーをしているからね。それにここは、交易の国だよ? 外から何人入ってきて、何人消えたかなんて、誰も数えてやしないよ」


 正気かこいつ!? 頭の中にちゃんと脳みそ入ってんのか!?


 「よくもまぁそんな真似ができたものだな……正気とは思えん」


 「正気だよ。今の君のように、いずれ私の秘密を知られれば糾弾する人も出てくるだろうと思ってね。そういう輩を排除して、私の富と命を守るために前々から準備していたんだ。そして今日、ようやく召喚に成功した。君のおかげでね」


 「なんだと……?」


 ブサメンのおかげだって? 


 「!」


 はっとして、ラズールの死に際を思い出す。血が床に吸い込まれるように消えていた。


 「この屋敷内で誰かが死ねば、自動的にそいつも生贄になるようにしていたのか!」


 「そういうことさ」


 聖典の一節によれば、悪魔どもに捕らえられた魂は死後も弄ばれ、決して終わることのない永劫の地獄を味わうという。


 「……仮にも、貴様の騎士だろう」


 「ただの駒だよ」


 「わかっているのか……、悪魔の召喚など、禁忌中の禁忌。国も、魔法学校も教会も……この世界に存在するあらゆる勢力を、文字通り世界を敵に回す行為だぞ」


 「構うものか。勇者もいない今のこの世界に、バスカヴィルに勝てる者など、いるわけもない。神さえ食い殺す怪物だよ? もういっそのこと、ちまちま稼ぐのなんて辞めて国盗りでもやろうかな」


 「貴様の戯言を聞いているだけで俺の頭まで悪くなりそうだ」


 「言うじゃないか。私はね、普段から君の物言いが気に食わなかったけど、バスカヴィルを前にしてそこまで言えることには、素直に賞賛させてもらうよ」


 「戯言はもういい。今すぐその悪魔を送還して、罪を償え」


 「はは、今ならまだ赦してくれるとでも言うのかい? それは面白い冗談――」


 「……ああ、そうだ」


 「!?」


 男爵の目が丸くなる。


 「贖罪の機会を、くれてやる」


 「これは……驚いたな」


 それはそうだろう。ここまでのことをしておいて、赦されるなど、男爵本人も思っていなかったはずだ。

 ブサメンだって、こんな奴を赦したくはないが……それでも……。


 「まさか君からそんな言葉が出てくるとは思わなかったよ。でも、まぁ――」


 ニタリと、男爵は邪悪に笑った。


 「お断りだけどね」


 「男爵……っ」


 「話し合いの時間は、もう終わりだよ」


 「……馬鹿が」


 ……話し合いは、成り立たない。

 落としどころは、ない。

 もう男爵は、ブサメンを生かして帰す気はない。ブサメンもまた、こいつを放っておくわけにはいかない。


 (シンクゥ)


 ああ、やるしかない。こいつはもう、魂まで悪魔に売り渡してしまったようだ。


 ここから先は――殺し合いだ。



 Tips ステータス


 この世界に存在する生き物には、ステータスが存在する。戦闘や筋トレをすれば筋力が上がり、勉強をすれば知力が上がる。本人の適性、才能に応じて上昇する場合もある。この世界の強さは、身長や体重と言った体格よりステータスの数値が優先される。また、知力パラメータは魔法の威力を左右し、抵抗パラメータは、魔法や精神攻撃からの防御力を左右する。


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