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メインクエスト3

 ブサメンがバザールでの買い物を終えて、孤児院まで戻ってきた時。それとほぼ同時に、孤児院の門の前に蠍の紋章が刻まれた豪華な馬車が停まった。この町の領主、男爵家の馬車だ。


 そこから大柄な騎士と紳士服を身に纏った品の良い二人組の男性が降りてきた。騎士は、全身鎧ではなく、腕や胸、脛などを局所的に守った暑い国特有の鎧を身に纏い、腰には大きく反った曲刀をぶら下げている。


 鎧が覆っていない部分からは褐色の筋肉が見え、そこに刻まれた傷跡と兜の奥から覗く剣呑な目つきからは歴戦の戦士といった雰囲気が伝わってくる。


 こちらの男性の名はラズール。男爵家に仕える騎士団の団長である。ムキムキマッチョマンだ。変態ではない。たぶん。


 一方で紳士服の男性の方は、柔和そうな顔と理知的な瞳が印象的な優男で、腕や指には腕輪や指輪なんかの煌びやかな装飾具をつけている。


 見た目はまだ三十代。まだまだ若いはずだが頭には髪の毛の一本もなく、不毛の大地が広がっていた。


 まるでシェヘラザード王国に広がる砂漠のようだ。彼こそが、この町の領主にして孤児院の出資者、カシム・イフリート男爵その人である。


 本来、孤児が貴族に話しかけられることなどありえないが、この男爵はその辺はあまり気にしないお人らしい。彼はそこに居合わせたブサメンに遠慮なく話しかけてきた。後ろで護衛のラズールがため息をついている。


 「やぁ、シンクゥ。調子はどうだい?」


 この「調子」、というのは別にブサメンの身体のことを気遣っているわけではなく、たぶん魔法と宝具の研究はうまくいっているかとか、そういうことを訊いているんだろう。


 貴族の相手をするときは言葉の裏を読むべし。


 ちなみに今やっている宝具の研究はちっとも順調じゃない。もちろん出資者にそんなことを馬鹿正直に言ったりしない。だってそんなことしたら研究資金減らされるから。前世でも経験がある。


 だから嘘の報告をして資金をがっぽりもらっていた。


 (最悪じゃないか)


 研究者ならみんなやってるよ。特にブサメンの仲間はみんな。


 (類は友を呼ぶってことわざ知ってるかい?)


 しらなぁい。


 「宝具の研究はどうだい? 今造っているのは確か……雷鳴剣、だったかな。順調かい?」


 ……貴様、さては文系だな? 理系の諸兄ならば知っていると思うが、研究には時間も金もかかる。


 けれども文系のやつはそれがわかっていないのだ。だからこうしてさっさと研究を進めろ成果を出せと言外に言ってくる。


 はーやだやだ、研究のなんたるかをわかっていない文系はこれだから。新しい物の開発ってさ、そんなサクサク進むもんじゃあないんだよ。


 とはいえ、だ。スポンサーにネガティブなことは言えないブサメンは今日も今日とて嘘を吐く。


 「当然だ。誰にものを言っている」


 ちなみにブサメンはたとえ貴族を相手にしても敬語は使わない。だってそうだろう。権力に媚びる飛〇を誰が見たがる? 


 ブサメンは御免だね。だからブサメンも敬語は使わない(意味不明)。権力に屈し、媚びを売るのは、我がバイブルに書かれていたイケメン像に反するのだ。


 (確か君、そのせいで男爵様と初めて会ったとき処刑されかけたんだっけ?)


 そんなこともあったな。あの時はブサメンがまだ幼い子供だったのと、シスターリリーが必死こいて謝ってくれたから事なきを得たんだ。


 で、その時の勢いのまま、ため口で話している。男爵様も子供のやることだからと、今更咎める気はないみたいだし。


 (リリーさんに嫌われてる理由って、それじゃない? 顔関係なくない? 自分が必死に謝ってとりなしたのに、君が全く反省する様子を見せないからじゃない?)


 ……そうかな。そうかも。でも今更キャラ変とかできない。それにほら、男爵様を見てみろよ。


 「そうか。それは楽しみだな」


 ブサメンの言葉を聞いた男爵は、嬉しそうに頷いた。ブサメンがため口を使っていることなんて、やっぱり気にも留めていない。ならもう、それでいいじゃないか。


 「それで、男爵。何の用だ?」


 「……君はなんというか、相変わらず肝が据わっているね」


 (いや、男爵様、呆れてるだけだよ、これ)


 いいや、ブサメンはこのままのスタイルでいく。たとえ処刑されかけようとブサメンは自分を曲げない。それがブサメンのジャスティス。


 「今日はね、宝具製造の進捗確認もあるけど、メインは別の用事なんだ」


 「ふん?」


 「実はね、近々この孤児院を卒業することになった子がいるんだ」


 卒業。つまり、年齢制限的な意味で孤児院を出て行かなくてはならなくなったか、もしくは里親が見つかって出て行くことになった、ということである。


 前者の場合、その卒業する子供はこれから先の人生も苦労することになるだろう。特に後ろ盾もなく、親もいなければ学もない孤児は碌な仕事に就けないことが多いからだ。


 一方で後者の場合、わざわざ養子を持とうとするのなんて金持ちな奴が多いため、それなりの生活水準が期待できる。今回は……。


 「ああ、安心していいよ。ちゃんと里親が見つかった」


 どうやら後者だったようだ。


 (よかったねぇ)


 と、クロロが嬉しそうにしている。

 まぁ、そうね。これで里親がいい人なら言うことはないだろうな。


 ちなみにブサメンを引き取ってくれる里親は見つかっていない。見つかる気配がない。いわゆる売れ残りの状態だ。もう孤児院卒業まで一年を切っているが、未だに誰からも声をかけてもらって……いない……。ブサメンがブサメンであるがゆえに。


 (でも君、別に里親なんて見つからなくても余裕で生きて行けるじゃないか)


 まぁ、魔法使いだからね。金には困らないだろう。今は収入の一部を孤児院や出資者である男爵に渡しているため手元にあんまり金は残らないが、卒業すれば稼いだ金はすべてブサメンのもんだ。


 「さ、こんなところでいつまでも話してないで、その子のところに案内してもらおうかな」


 かしこまりぃ。


 「それで、その孤児の名前は?」


 「ネフェル君だ」


 それは買い物に出る前、廊下ですれ違いざまにブサメンを馬鹿にした四人組の内の一人の名前だった。ピンク色の髪飾りが印象的な女の子で、なかなか可愛らしい容姿をしている。


 可愛い女の子が、いなくなってしまうのは少し残念だ。遠くから見てる分には何の問題もなかったのに。


 「いいだろう。男爵を迎えるために、全員食堂に集まっているはずだ」


 「わかった。では行こうか」


 そうして男爵を食堂に連れて行くと、やはりそこには孤児院の全員が集まっていた。シスターリリーが嬉しそうに男爵を迎える。ブサメンにはそんな顔向けてくれたこと一度もないのに……。


 ちなみにシスターリリーは町の男性からとても人気がある。可愛いし、スタイルもいい。シェヘラザード王国が暑いせいか、シスター服の生地も薄く、身体のラインが浮き出ているし、ノースリーブのシスター服とかいう漫画の世界でしか見ないような服装で、白い肩が眩しい。


 大変すばらしいと思います。

 そんな彼女が自分には見せない顔を他の男に見せているというのは……それはそれで興奮するな?


 (メンタル最強かよ)


 「男爵様、本日はどうされましたか?」


 この孤児院のボス、マザーが男爵に話しかける。


 「いい知らせを持ってきたんだ」


 と、男爵はネフェルちゃんに視線を向けた。


 「ネフェル君、君の里親が見つかった」


 「え!」


 男爵に告げられ、ネフェルちゃんの顔に驚きが浮かび、次の瞬間には喜びに変わった。

 彼女の周りにいた孤児たちが彼女を祝う。


 男爵曰く、ネフェルちゃんの里親となるのは、男爵の知り合いの、それなりに大きな商会を経営している夫婦なのだそう。


 その夫婦は長年子供ができないことを悩んでいたそうだが、男爵の紹介でこの孤児院のことを知り、少し前にここに見学に来ていたらしい。


 で、その時にネフェルちゃんとも面談をして、気に入ったそうだ。


 「先方が言うには、すぐにでも引き取りたいそうだよ。とは言え、お友達とお別れをする時間も必要だろうし、一週間後に引き取りということになった。それまでに出発の準備を済ませておきなさい」


 「は、はい! ありがとうございます!」


 一週間か。早いな。さらばネフェルちゃん。ネフェルちゃんルートに進むには好感度が足りなかったようだ。


 それから一週間。どうやら孤児院の中ではネフェルちゃんの送別会が行われたそうだが、ブサメンは誘われなかった。孤児院たちからは穴倉と揶揄される工房の中でずっと魔法と宝具の研究をしていたよ。


 そして一週間が経った頃、そういえばそろそろネフェルちゃんが出発する日じゃないのかと思ってシスターリリーに訊いたところ、もう出発したのだと言う。


 こうして気づけば彼女はいなくなっていた。最後の最後までブサメンは遠ざけられていたが、まぁだいたいいつもこんな感じなので、仕方がないといえば仕方がない。


 (……泣いてる?)


 泣いてない。


 ◇◇◇


 ネフェルちゃんが旅立ってから数日が経った。ブサメンは今日も今日とて工房に籠っている。ただし、今日は研究をしているわけではない。


 なんと現時点での魔法と宝具に関する研究成果を報告しろと男爵閣下からのお達しがあったのだ。ブサメンはこれに大慌てで資料を用意し、報告の準備をしているというわけだ。


 (ずっと前から言われてたのに、君が準備するのをずるずると先延ばしにしてたせいでしょ。普段から用意していれば当日になってこんなに焦る必要はなかったのに)


 お母さんみたいなことを言うなぁ、君は。


 (ほらほら、そろそろ出発する時間だよ)


 お、やっべ。


 ブサメンは資料を鞄の中に詰め込むと、孤児院を飛び出した。孤児院の前には、男爵が手配した馬車が停まっていて、それで男爵邸まで運んで行ってくれるようだ。


 至れりつくせりである。よきにはからえ。


 馬車に揺られること数十分。そろそろ尻の痛みが限界化してきたころで、ようやく男爵邸に到着した。


 砂漠に覆われた地であっても草木が生い茂る庭園があり、水が貴重なこの国において無駄の極みである噴水なんてものがあるこの屋敷こそがイフリート領領主カシム・イフリート男爵の邸宅である。


 何度か訪れたことはあるが、でかいな、ここは。確か屋敷の中には遊戯室とか、図書室とかもあったはずだ。いつかこんな屋敷に住んでみたいなぁとか思っていると、ブサメンを出迎えてくれた使用人の案内で、ブサメンは応接間、いわゆるサロンに通された。


 主を呼んでくるからちょっと待っとれい、と使用人に言われたブサメンは、鞄の中から研究成果を示す資料いくつかでっちあげを取り出し、説明の準備をしながら待つことに。


 気分は社長に対するプレゼンを行う一般社員のようだ。トイレ行きたくなってきた。

 そんなブサメンの気持ちを知ってか知らずか、男爵は何分もしないうちにサロンにやってきた。


 「やぁ、数日ぶりだね。シンクゥ」


 「……ああ」


 「ん? 顔色が優れないね……ああ、もしかして、ネフェル君のことが心配だったのかな? 大丈夫だよ。彼女なら里親のもとで健やかに暮らしているという報告があったからね。里親は私も知ってる信頼できる人物だから、虐待とかそういったことを心配する必要はないよ?」


 別にそのことを気にしていたわけではない。まぁいいや。


 「さて、私も忙しい身でね。さっそくで悪いんだけど、研究成果を報告してもらおうかな。確か今研究しているのは、魔剣だったかな」


 「違う、魔剣ではなく魔法剣だ、男爵。間違えるな」


 世界に魔剣は数あれど、魔法剣を造ったのは、ブサメンが初めてなんだ。


 「え、あ、うん。ごめん」


 魔剣の刀身は普通の剣と一緒で、金属製だ。そしてその内部に魔術基盤が仕込まれていて、装備者の身体能力を上げたり、斬撃を飛ばしたり、色々な魔法効果をもたらす。


じゃあ魔法剣が何かって言うと、刀身自体が魔法で出来ているものだ。魔法で雷を剣の形にしたものだったり、炎の剣だったり、そういうのだ。魔剣と比べても圧倒的火力があるんだよ。見た目も性能も違うんだよ。一緒にしちゃあ駄目だ。


 (厄介オタクかな?)


 うるさいなぁ。


 「だいたいのことはそこの資料にまとめてあるが……今回俺が研究している宝具、その名も……」


 「雷鳴剣、だよね。名前は以前の報告で聞いたよ。雷が鳴り響く剣――なんとも物騒な名前だね」


 男爵に渡した資料には、その剣の設計図と名前がでかでかと書かれていた。細身の懐中電灯のような柄とその内部構造、使用する魔法とその術式、宝具の機構がずらっと書いてあるのだ。


 「これはどんな宝具なんだい?」


 「見た目は金属質の筒だが、起動すると、この先端から――」


 と、ブサメンは設計図に描かれている柄の先端部を指し示す。


 「雷の剣が出現する。魔術基盤には霊銀とアダマントの合金を使用し、現状で追及できる最大限の魔力伝導率を実現する。それによってエネルギーの効率化と威力の大幅な上昇が期待できるだろう」


 魔力にも電気のように物体によって魔力が通りやすいとか通りにくいとかがある。その伝導率が高ければ高いほど、低い魔力量で高い魔法効果を実現できるようになるわけだ。


 「……一応、私も魔法学校の出だけど、ここまで複雑な術式になってくると、なかなか理解するのが難しいな」


 と、男爵様が設計図を見ながら唸る。


 「雷鳴剣の魔術基盤には、異なる種類の雷系最上級魔法が七つとそれを制御するための制御系術式、計八つの術式を刻む予定だ。威力だけならば、文献に残るどの剣型宝具と比較しても頭一つ抜きん出ているだろう」


 「それは……それが本当ならすごいな。けれど、こんな小さな基盤に術式を八つも? それほどの魔法ともなれば術式量は相当なものになるだろうに……できるのかい?」


 「現状、魔術基盤に刻むことができるのは雷系最上級魔法が二つのみだな。これでも色々と省力して短くまとめた方だ」


 「私的には、二つ刻んだだけでも大したものだと思うけどね。これ以上は魔術基盤のサイズが足りないのかい?」


 「ああ。だが、これ以上魔術基盤を大きくしようとすれば、柄そのものも大きくなる。魔術基盤だけではなく、出力ユニットや電源等、他の機構も加えなければならないことを考えると、これ以上魔術基盤を大きくするのは現実的ではない。人間が握るのは不可能になる。それにあまり細かく術式を刻もうとすると、基盤が負荷に耐え切れずに割れるしな」


「術式を減らすわけにはいかないのかい?」


 「今回の発明は、術式の複数搭載という難行と高火力の武器型宝具の発明というテーマに沿って行っている。術式を減らすのは、本末転倒だ」


 「そうか……」


 「だが、どこかで妥協は必要だ。だから俺は雷鳴剣の本命である雷系術式の数はそのままに制御術式だけでも減らし、その分の制御力を外部からの力で補えないかと考えた」


 「外部からの、力?」


 「ああ。そこで登場するのが、『猛火の鉄槌』という宝具だ。これは剣型宝具にのみ作用する宝具で、その効果は単純明快。この槌で魔剣を鍛えることで、その魔剣に込められた魔法の威力や制御力を高めることができるというものだ。つまり、制御術式なしで出力の安定が実現できる」


 「……ああ、この前1000万ゼニーで買わされたあれか」


 その節はどうもありがとうございました。


 「そうだ。だが、あくまで猛火の鉄槌が作用するのは魔剣だけで、魔法剣は対象外だったらしく、うまくいかなかった」


 それが最初にブサメンが工房でしていた作業だ。ハンマーで雷鳴剣をぶっ叩きまくっていた、アレである。


 「え、じゃあ私は1000万をドブに捨てたってことかい?」


 制御術式を排除した雷鳴剣は、刀身を形作っていた雷が不安定になり、力が分散、幾筋もの雷に分散してしまっていた。それをまとめあげ、制御すべく猛火の鉄槌で刀身を叩き鍛えていたわけだけど、うまくいかなかった。


 「聞いているかい? 私の1000万は?」


 「やはり制御系統は術式に頼った方が確実なのだろうが……そうなるとやはり術式量が問題だが……ふん、まぁいい。なんとかしてみせる」


 「ねぇ、私の1000万」


 話しているだけでうんざりするような報告だ。


 魔法学校の出身者ではあれど、宝具の製造は専門ではない男爵様に、丁寧に問題点を説明するのは面倒だ。そしてその宝具がまだまだ実現できそうにないという報告をしなければならない自身にもうんざりだ。


 そうして、男爵様への報告が終わる頃には、外はすっかり暗くなっていた。


 「もうこんな時間か。街中とは言え、外をうろつくには危ない時間だ。シンクゥ、君の夕食も用意させよう。今日はこの屋敷に泊まっていくといい。そしてそこで1000万ゼニーの行方を聞かせておくれ」


 やったぜ。高い飯がタダで食える。


 「そうさせてもらおう」


 そんなブサメンのクソみたいな受け答えに、男爵様は気分を害した様子もなく鷹揚に頷いて見せた。


 (一応、かなり失礼な態度だっていうのはわかってるんだね)


 当たり前だろう、クロロ。


 ブサメンとて、かつては年功序列と礼節を重んじる国に生きていたんだ。でもそんな価値観や倫理観よりもモテたいブサメンはちょい悪ボーイになり切るのだ。


 (この世界で貴族にため口使うって死刑まっしぐらだって身をもって知ってるだろうに。法律的には、もはや「ちょい悪」じゃなくて「極悪人」なんだけど)


 そうだね、貴族に舐めた態度をとるのはこの世界じゃ、殺人と同じくらいの罪だね。ごめんね。頑張って宝具造るから許して。


 「ほら、どうしたんだい? 食堂に行くよ。1000万」


 1000万ゼニーはもう戻ってこないんだ。男爵よ。

 ブサメンは心の中で土下座しながら男爵様の後をついて行った。

 


 ◇◇◇



 豪勢な夕飯を済ませ、風呂にも入り、綺麗さっぱりになったブサメンは、今日泊まることになる客室に案内された。


 ここまで案内してくれた使用人は、去り際に、夜は部屋から出ないようにとブサメンに言いつけると、明日の朝、孤児院まで馬車を出すことを約束して部屋から出て行った。


 なんでも、夜は屋敷の警備をする兵士が巡回を始めるらしく、もしそこに普段見かけない顔の人間がいたら騒ぎになるかもしれないから、とのこと。


 まぁ、そんなもんはただの建前だろう。なんせここは貴族のお屋敷。きっと見られちゃまずい物がたくさんあるんだ。だからブサメンを出歩かせたくないんだ。前に来た時も同じだったし。


 (君、お世話になっている人に対してよくもそんなことが言えるね。っていうか、男爵様はだいぶボカシて言ってくれていたけど、もし夜中に兵士が、君の顔を見たら魔獣か野盗と間違えて叩き斬っちゃうかもしれないから、大人しくててね、っていう意味じゃないかな)


 あ、なるほどね。すべてはブサメンの顔のせいか。ブサメンがブサメン故か。…………。……はああああ? むっかつくなぁ。よし、部屋から出よう。


 (頭狂ってんのぉ!?)


 狂ってないよ。でも、ほら、意趣返しというか、なんというか、そんなやつ。それに出歩くなって言われたら出歩きたくなるし、言いつけを破るちょい悪ボーイを目指すのがブサメンだから。


 でもさっきから扉の前に人の気配がする。どうやら兵士が部屋の前に張り付いているらしい。監視役だ。これじゃあ抜け出せない。いや……窓から抜けだして……念のため透明化の魔法も使っておけばなんとかなるか。


 (ええ!? そこまでするぅ!?)


 する。


 「夜半の月影、かくも覆いしは地上の星々、光は届かず、かくして惑い、帳は下りる――幽体天幕ザクラム


 スゥ、とブサメンの身体が透明になる。まぁ、よーく見れば若干、周囲の空間が人の形に歪んでいるからバレることもあるし、見えなくなるだけで実体はあるから触られてもバレる。


 そして「そこにいる」と認識されれば、魔法は強制的に解除されてしまう。それにさえ気を付ければ大丈夫だ。


 ブサメンは窓から抜け出すと、一度庭に出てから移動し、別の空き部屋らしき部屋の窓を魔法でこじ開け、そこから再び屋敷の中に入った。それから暗い廊下に出る。


 よし、探索開始だ!


 (ま、まずいってシンクゥ。戻ろうよ!)


 ああん? いい子ちゃんかてめぇ? 普段来れない場所なんだから、少しは楽しもうぜぇ。


 (ふ、普段お世話になってる人のところでよくもまぁこんな好き勝手出来るね、君!)


 まぁの!


 (胸を張るなよぉ……見つかったらどうするのさ)


 このブサメンの魔法だぞ、見つかるわけねぇだろうが!! 馬鹿がぁ!!


 (む、ムカつく……)


 とりあえず目指すは……図書室かなぁ。せっかく探索するんだし、なんかこう、いいものがあるところに行きたい。図書室なら、貴重な魔導書とか置いてあるかもしれない。


 というわけで、ブサメンはコソコソと移動を開始した。


 廊下の壁には肖像画や綺麗な絵画が掛けられている。あっちのは男爵の家族の絵だろうか。まだ髪がある男爵と、その隣に夫人らしき女性、そして彼女が肩に手を置いているのが、娘だろうか。会ったことはない。


 それからこっちの高そうな絵は……有名な僧兵が描いたとされる「モンクの叫び」! いくらするんだろうか……そう思いながら歩いていると、唐突にクロロが脳内で叫んだ。


 (あ、ほら、向こうの角から明かりが見えるよ!)


 見回りの兵士が来たらしい。廊下の曲がり角からランプを持った二人組の兵士がやってきた。ブサメンは慌てて廊下の隅に移動し、ぴったりと廊下の壁に背中に押し付け息をひそめた。


 兵士は段々とこちらに近づいてくる。ブサメンは透明。バレるわけはない、わかっていてもブサメン緊張。やがて兵士たちはブサメンの真正面まで来て――そのまま通り過ぎて行った。


 ふぅ、やれやれだぜ。


 ブサメンはまたソロリソロリと移動を開始した。そんなブサメンの背中に、兵士たちの会話が届いてくる。


 「チッ、今日の巡回は別の連中の仕事のはずだったのによぉ……なんで俺たちまで駆り出されなきゃいけねぇんだよ」


 「ミーティングで言ってただろう。今日は余計な客人がいるからだよ」


 「チッ、邪魔くせぇ」


 お? なんだなんだ、ブサメンの悪口か? と、足を止めてしまう。自分の悪口なんて聞きたくないのに、人はなぜかそういったものに聞き耳を立ててしまうのだ。


 「何もこんな時に泊めなくたっていいだろうがよ」


 「俺だってそう思うがな。なんでも男爵様のお気に入りなんだと」


 「お気に入り?」


 「ああ、俺たちが使ってる鎧や剣、全部宝具だろ。誰が造ってるか知ってるか?」


 「んなもん知るわけねぇだろ……って、まさか?」


 「ああ、そういうことだ。こんな時に賊でも侵入して、その金の卵に何かあってみろ。男爵様ブチギレだぞ」


 あらぁ、どうやら男爵はブサメンのことを心配して見回りの兵士をいつもより増やしてくれたらしい。っていうか、それで、部屋の前にも兵士がいたのか。監視役じゃなかったんだ。なんかごめんなさい。


 「ま、金の卵君に、できるだけ好印象を持ってもらいたいって狙いもあるんだろうけどな」


 「で、そのとばっちり受けたのが俺らだと」


 大変申し訳ございませ――


 「そう言うな。念のためだ。それに警護とは別に、その客人を監視する意味合いもあるんだろうしな」


 ――……ん?


 「もし、地下のアレがバレたら事だからな。男爵様も破滅、俺らも破滅。いいことなんて一つもないだろ?」


 「それもそうか……しゃあない、念のため地下の確認もしとくかぁ」


 …………。え、まさか本当に貴族的に見られたらまずい物があるのか?


 (…………)


 よし、聞かなかったことにしよう。


 (駄目に決まってるでしょ!)


 いやでも、明らかにヤバい何かじゃん! 貴族の隠し事なんてろくでもないことに決まってるよぉ!


 (だから余計放っておくわけにはいかでしょ!? ほら、地下だって! 行くよ!)


 こ、こいつ、さっきまでと言っていることが……っ。また余計な正義感出しやがって!

 いや、でも……ま、待て、そうだ。あの優しい男爵閣下がやましいことなんてしてるわけないだろ? 


 (君こそさっきと言ってることが違うじゃないか! 君だって何かヤバいことをあの男爵様がしてるって思ったんだろ!?)


 お前そうやってすぐに人のこと疑うの悪い癖だぞ? はーやだやだ、これだから他人を信用できない奴は……。


 (く、屑みたいな性格の君にそんなこと言われたくはないけど……でももし万が一、男爵様が何かヤバいことを裏でしてるんなら、……恩返し代わりに、正しい道に連れ戻してあげないと)


 いやいやいや行かないよ。行かないって。行くわけないだろ。大人しく部屋に戻るよ! クロロだって部屋に戻ろうって言ってたじゃん!


 (そういう訳にもいかないでしょ! 男爵様が何か悪いことしてたら止めないと!)


 いーやぁだああああああ!!


 (行―くぅのおおおおおおおおおおおおお!!!)


 頭の中ででかい声出すなあああああ! 頭が割れるうううううううう!!


 (だったら行くよ! ほら!)


 なんだよぉ、わかったよぉ。

 というわけでブサメンは渋々兵士たちの後をつけることにした。


 兵士たちが向かったのは、屋敷の奥まったところにある、どうにもどんよりと陰気な雰囲気を放つ扉の先だった。


 兵士たちがその扉の奥に消えたのを見届けたブサメンは、鉢合わせするわけにもいかないので、外から扉の中の様子を知ろうと耳を澄ましていたが、兵士たちの話し声は聞こえてこない。


 どうやら扉のすぐ近くにはいないらしい。

 恐る恐る扉を開けてみれば、キィィ、と蝶番が軋みを上げる。


 おや? ……どうやらここは物置のようだな。


 古びた木箱が積み上げられ、埃を被った剣や鎧が放置されていた。たいして広くもない空間で、他に出入り口もないのに、なぜか兵士たちの姿が見当たらない。


 (! シンクゥ! 下、下見て)


 焦ったようなクロロの声に促され、足元を見る。だが、特に何もない。絨毯が敷いてあるだけだ。


 (そっちじゃなくて、そこの木箱の陰!)


 と、ブサメンがクロロの言う木箱の陰を覗き込むとそこには、この灰色の空間には似つかわしくない物が落ちていた。

 ピンク色のリボンだ。特に埃も被っていなければ、皺もない。

 どっかで見たことあるな。


 (……ネフェルちゃんがつけてたリボンだよ、これ)


 …………。……なぁ、……なんか、冗談で済まされる域を超えてきたような気がするんだけど。


 (そう、だね)


 「………」


 (………)


 ブサメンとクロロは無言で、自分の足元を見る。

 あの兵士たち、地下がどうのって言ってたよな。


 (言ってたね)


 ……帰ろうか。


 (馬鹿言ってないで、ほら)


 クロロに促され、仕方なく絨毯をまくり上げてみる。

 ……扉だ。


 絨毯に隠された床に、正方形の扉がはめ込まれていた。

 嫌な予感にため息を吐きながら、扉の窪みに指を突っ込み、引っ張り上げる。扉は特に抵抗もなく、すんなりとその口を開けた。蝶番が錆びついているわけでもない、普段から使われているようだ。


 そろりと中を覗き込んでみれば、予想通り、地下へと続く階段があった。

 ほげぇ、行きたくねぇ。


 (君、こういう隠し階段とか好きじゃないか)


 そりゃ、普段ならそうだけどさぁ。

 地下へと続く隠し階段……普段ならロマンを感じるシチュエーションだけど……。この状況で行きたいとは思わないんだよなぁ。


 こんな人が寄り付かなそうなところにある隠し階段。おまけにそれがあるのは貴族の屋敷で、ネフェルちゃんの物らしきリボンが意味深に落ちていて……?


 「チッ」


 思わず本気の舌打ちが漏れる。

 行きたくはないけど、行かないと大変なことになる、そんな気がする。

 ……仕方ない、行くか。

 ……暗い階段だ。明かりは、ない。


 「光よ、あれ(アンセム)


 ふよん、とブサメンの掌に魔法陣が浮かび、そこから野球ボールほどの光の球が現れた。

 光源は確保した。もし、兵士と遭遇したら誤魔化しは効かないだろう。


 ええい、ままよ!


 ブサメンはピンク色のリボンを拾い上げると、それをポケットの中に突っ込んでから、底の見えない暗闇に続く階段に、足を踏み出した。



 Tips シンクゥ


 褐色の肌に黄金の髪、赤い瞳の少年。ただし顔は不細工。圧倒的不細工。性格も不細工。前世では仮想世界を開発したが、天才というより狂人として周囲から恐れられていた。魔法やファンタジーに憧れを持っており、この世界では魔法に夢中。魔法学校を卒業し、男爵に工房を作ってもらってからは、毎日そこで魔法や宝具の研究に勤しんでいる。童貞。


 ステータス

 名前:シンクゥ

 レベル:25

 種族:魔人

 性別:男

 体力:要努力

 魔力: 多いぞ!

 筋力: 成績表で言うところの「可」

 防御: 拷問に耐えられるように学校で訓練されているぞ!

 敏捷: 逃げる時だけは速い

 知力:深淵を覗こうとしている

 抵抗:高いぞ!

 幸運:悪運は強い

 信仰:神様転生させてくれてありがとう

 スキル:なし

 装備:麻の服(上等)


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