メインクエスト26「古代の王の墓を暴け⑫」
「顔の傷は? 大丈夫か? 痛みは?」
そう声をかけるブサメンに、ロゼちゃんは微笑んで見せた。
「このくらいはどうということはありません。今までだって傷を負ったことは何度もありましたし、冒険者をしている以上、それは覚悟の上です」
「……そうか」
確かに冒険者なんて職業柄、傷が絶えないのはまぁ、仕方がないだろう。しかし……乙女の柔肌に傷をつけるとは……王の骸め。もう百万回くらい切り刻んでおくべきだったか。
「それより、これを持って帰る手段を考えませんと」
と、ロゼちゃんが、王の間に散らばっている財宝の山を見た。
「……それもそうだな」
これだけあれば、自分の工房を造ることができるだろう。だが、とてもじゃないが、抱えて持って帰れる量じゃない。10トントラックが5、6台は必要なレベルだ。さて、どうやって持って帰るか。
そう思った時。
ゴゴゴゴゴゴ、と王墓全体が揺れ始めた。
「な、なんですか。また地震ですか!?」
「いや、これは……」
地震じゃない。
戦闘の余波で天井やら壁やらを破壊したせいで、王墓が崩れ始めたのだ。
「ま、まずいですよ! このままじゃ生き埋めコースです!」
「チッ、まだ宝も何も回収してないというのに!」
「ど、どうします? この量の宝、一回じゃ持って帰れませんよ!」
え、じゃあ、捨ててくの? いやいやそれは駄目だ。せっかく苦労してボスを倒したのに、ご褒美なしなんてやってられない! でもこのままじゃ、崩壊に巻き込まれて命もお宝も瓦礫の下敷きになってしまう。
「いや、待て。俺に案がある」
ブサメンは王の骸が落としていった混沌の王笏を拾い上げた。
これを使えば、もしかしたら……あ、クソ、魔力が足りない。混沌の王笏の魔力バッテリーがほぼ空っぽだ。ええと、雷鳴剣からバッテリー抜いて、入れ替えて……よし。ええと、使い方は……あー、うーんと、解析解析。ああ、こうやって使うのか。よし、これで……ワープホールの接続先を、宿屋に設定して。これでいいはずだ。起動!
ブォン、と黒い穴が空中に開いた。
で、できた。試しにそこに顔を突っ込んでみると、その向こう側は、王都にある『英雄たちの宴亭』のブサメンが泊まっている部屋だった。
「銀髪、この中に財宝を放り込め!」
「了解!」
わっせわっせ、と両手で金銀財宝を掴んではワープホールの中に放り込んでいく。
「あ、これ! そうだ! イケメンさん、まずいですよ!」
宝をあらかた回収し終えた時、ロゼちゃんが焦った声を上げた。
「今度はなんだ!」
「これ、この鍵! もしかして牢屋の鍵じゃないですか!?」
そう叫んだ彼女の手には、粗末な鍵束が握られていた。
「下の階のあの人たち……牢屋に入れられた冒険者さんたちの! 助けるの忘れてました! このままじゃあの人たちもぺちゃんこです!」
あ、ガラハドたち……。
っていうか、牢屋の鍵が財宝の山の中に放ってあったのか。あの王様、部下の首とか牢屋の鍵とか、財宝と一緒に置いとくなよ……いや、まぁ、お墓の中に他に物をしまう場所なんてないのかもしれんけど。
「チッ、どこまでも手間をかけさせる連中だ。行くぞ」
ブサメンたちはすぐさま走り出すと、王の間を出て、王妃の間を通り抜けようとした。
そこには王の骸が消滅したことで、死霊の指輪の効果が切れ、ただの骸となり動かなくなった王妃たちの遺体があった。その内の一体の前に跪くと、その腕の中からそっと引き取る様に、ダンジョンコアをもらい受けた。
「……依頼は完了した。報酬は、もらっていく」
それもワープホールで宿屋に送ると、混沌の王笏は、今ので最後の力を使い果たしたのか、オーバーヒートを起こして起動できなくなってしまった。魔力も空っぽだ。まぁ、雷鳴剣のバッテリーを使い回しただけだからな。
でも、やばいかも、これ。いざと言うときは、この杖の力で王墓から脱出しようと思っていただけに、どうしよう、ちょっと焦る。
「銀髪、混沌の王笏が使えなくなった。ここからはもう走るしかない」
「マジですか」
マジです。
王妃の間を出る。
今にも崩れそうな王妃の間を……そこで眠る骸を、一瞬振り返る。
「ゆっくり休むといい」
そう告げてから、再び走り出した。天井から落ちてきた瓦礫が、まるでブサメンたちを追いかけるかのように崩れ、降り注いでくる。
「ちょ、死ぬ死ぬ! ヤバいですって!」
「喋ってないで足を動かせ!」
数段飛ばしで階段を駆け下りて、二階まで戻ってきた。
そしてガラハドたちが閉じ込められている牢屋の前まで辿り着くと、鍵を開けて、パニックになりかけている彼らを外に出してやる。
「お、お前……なんで」
「文句を言いたければ後にしろ! だがこんな状況で足を引っ張るような真似だけはするなよ!」
何か言いたそうにしているガラハドたちにそう言って遮ると、一目散に王墓の出口に向かって走り出した。
「おい待て!」
なんだよもう、文句は後にしろって言ってるだろ! ブサメンの言葉を聞いていなかったのか、ガラハドがこちらを呼び止めてくる。渋々ながら振り返ると、そこには、獣化したガラハドたちの姿があった。
「お前らの足で走るより、俺たちに乗った方が速い」
……えぇ、そりゃ、獣人の身体能力ならそうだろうけど……君らに運んでもらうのぉ?
「早くしろ!」
わかったようもう! 男は度胸! 女も度胸!
ブサメンはチーターの獣人ゼストの中に飛び乗り、ロゼちゃんはガラハドの肩の上に乗った。
グン! と、一気に加速する。
さすが獣人と言うべきか、彼らの走る速度は、確かに自分の足で走るよりだいぶ上だった。おまけに、落ちてくる瓦礫をひょいひょいと躱してくれる。
お、おお、すごいぞ! その調子だ、走れ走れ!
だがそんな圧倒的身体能力を持つ彼らも、足場がなくてはどうしようもない。
「クソが! 足場まで崩れ始めやがった! お前ら、しっかり捕まってろよ!」
ガラハドが舌打ち混じりに吐き捨てた瞬間、床が崩落した。
内臓が浮き、浮遊感が襲ってくる。このまま一階まで落下して、瓦礫に埋もれてしまえば、一巻の終わりだ。
しかし獣人たちは、圧巻の身のこなしで、空中で体勢を立て直すと、華麗に着地し、即座に走り始めた。
結果的にではあるが、ショートカットに成功したブサメンたちは、このチャンスを逃すまいと、王墓の中を出口に向かって一気に突き進む。王の骸が死んだ今、グールを恐れる必要はないし、ダンジョンコアがなくなり、ダンジョンへの魔力供給が断たれた今、トラップを気にする必要もないのだ。
だから、もう、ブサメンたちを妨害するものは何もない。ただひたすらに、出口を目指せばいい。
走る走る、ひた走る。
「戻って来たぞ!」
そうして、ようやく一階のエントランスまで戻って来ることができた。見覚えのある苦悶に満ちた顔のオブジェクトの横を駆け抜け、出口まであと一歩だ。
だが、その時。
轟音と共に天井の一部が崩落し、出口を塞いでしまった。
う、嘘だろおい! ブサメンもうあの瓦礫を破壊できるだけの魔法なんて使えないぞ!
「任せろ!」
頬を引きつらせたブサメンを、ガラハドが追い抜き、肩の上のロゼちゃんをゼストの背中の上に放り投げたかと思えば、丸太のような腕で出口を塞ぐ瓦礫をがっちりと掴み――。
「おおおおおおおおおおおおおお!!」
持ち上げた。
こめかみには青筋が浮かび、今にも血管がはちきれそうだ。
「早く行けぇ!!」
ブサメンたちは這うようにして瓦礫と地面の隙間を通り抜けると、今度はガラハドの仲間たちが四人がかりで瓦礫を支え、ガラハドを通らせた。
「馬に乗れ! 早く!」
王墓の入り口付近につなげていたトライホーンに飛び乗り、すぐさま王墓から離れる。
そしてついに、王墓は悲鳴を上げるようにけたたましい音を立てて、崩れ落ちた。
砂煙がもうもうと上がり、空高く伸びあがる。
まるで王墓に捕らえられていた魂が、天に上がっていくようだった。
……というのは、おセンチが過ぎるか。
まぁ、なんだっていいさ。これで満足してくれただろうか。ブサメンをこの王墓へ導いてくれた手記を書いた古代の人は。
願わくば、ブサメンがそうだったように、天国で優しい女神さまに会えるといいな。
あの女神さまなら、温かく迎え入れてくれるさ。なんせ、ブサメンにすら優しくしてくれたほどだ。
砂煙が晴れた頃には、瓦礫と化した王墓は砂の海に沈んでいくところだった。
初めて潜ったダンジョンが砂の中へと消えていく。
ダンジョンをクリアできたのだという満足感と、一つの冒険が終わったのだというほんの少しの寂しさが胸によぎる。
かくしてブサメンとロゼちゃんの冒険は終わった。
もうこのままトライホーンの背中の上に寝そべってしまいたい気分だが、そうもいかない。
(そうだよ。お家に帰るまでが冒険だ。彼らのこともあるしね)
クロロの言う彼らとは、そう、ガラハドたちのことだ。
助けてあげたはいいものの、彼らは直前までブサメンを敵視していた連中だ。今のブサメンとロゼちゃんに、彼らを相手取るだけの体力は、残っていない。
王墓を脱出する時はなぜか妙に協力的だったが……いざという時は、王都まで一気に逃げるしかない。
そう思い、トライホーンの手綱を握る手に力を籠めるブサメンとロゼちゃんに、ガラハドが遠慮気味に話しかけてきた。
「お、お前ら……」
「なんだ」
「財宝は、どうしたんだ?」
そう尋ねるガラハドはキョロキョロと辺りを見回している。
「あったんだろ? 王の財宝が。それとも、何もなかったのか? 伝説はただの噂だったのか?」
「……あったとも。金銀財宝の山がな」
「!」
ブサメンがそう答えると、ガラハドたちは目を見開いた。
「そ、そうなのか。だが、その財宝を持ってないところを見ると……つまり、そういうことなのか?」
ん? どういうことなのか?
「つまり、財宝よりも俺たちの命を優先してくれたってことなんだな?」
…………。
………。
……。
ははぁ、なるほど。王墓の崩壊という時間がない中で、ブサメンたちがガラハドたちの命を救うために財宝の回収を諦めたと、こいつらはそう思い込んでいるわけだな?
「……想像に任せる」
想像というか妄想というか。まぁまぁまぁまぁ。うん、ねぇ? ほら、彼らの命を助けてあげたのは事実だし。
「俺たちは、お前にあんなに酷いことをしたのに」
それだけは本当に反省しろ?
「それでも、お前たちは、自分の利益を無視して、俺たちを助けてくれたんだな……まるで、英雄じゃねぇか」
……。おん。
「すまなかった。本当に、すまなかった……俺たちは、大人しく罪を償うことにするよ。王都に戻ったら、自主するぜ」
「……好きにするといい。貴様がそれを正しいと思ったのなら、そうしろ」
「……ああ。出所したら、真っ先にあんたらに恩を返しに行くぜ」
それ、お礼参りって意味じゃないよね?
「とりあえず、王都までの護衛は俺たちに任せろ。道中の魔獣は、俺たちが全部片づけてやる」
え、本当に? ……なんだ、いい奴らじゃん。
(ちょろいかよ)
終わりよければすべてよし。万事オッケーまるっと解決。
こうしてブサメンたちは無事、王都に帰ることができたのだった。
◇◇◇
その日、王都の人々は新たなダンジョンの発見と攻略という報告に、大いに沸いた。
それは魔獣という悪の象徴のような存在の根城が一つ潰えたということであり、人類圏がまた一つ拡大されたということに他ならないからだ。
市民は、そのダンジョン攻略者、ロゼの名を高らかに呼び、喝采を送る。まるでお祭り騒ぎのようだった。中には、ロゼと話したことがあるという博物館の学芸員が、その可憐さと聡明さを朗々と語り、中にはその人はウチの宿に泊まってるんだと喧伝する宿屋の娘もいたそうな。
そんな喧騒に包まれた王都の中心地、王城ジグラッド。喧騒の中心でありながら、分厚い壁に隔てられた王城内部には、その騒ぎが僅かに聞こえてくる程度だった。
そして、その中の物置のような一室に、ロゼはいた。
彼女は自室の鏡の前に立っていた。
短めの銀色の髪に、桃色の瞳。このファンタジー世界でもなかなか見ることのできない神秘的な容姿だ。けれど、そんな桃色の右目の上、前髪の隙間から覗く額には、火傷のような傷跡が残っていた。王の骸との戦闘で負った傷だ。
(……ま、冒険者なんてしてれば、しょーがないしょーがない)
シンクゥにもそう言った。だから、自分にも言い聞かせる。
(自分で選んだ道だ。あの子を守るためなら、命を懸けるって決めたんだ)
だから、顔の傷なんて、どうってことはない。
(………)
ぐしゅり、と鼻が鳴る。桃色の瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれた。
「あ、あれ、おかしいな……こんなつもりじゃ、なかったのに……。こんな、傷くらいで……っ」
ロゼは、そのままふさぎ込むように、その場で縮こまってしまった。
Tips 回復スキル
この世界の治療手段は、回復スキルによる治療のみである。回復スキルに目覚める者は神を信仰する教会のシスター、司祭に多く見られたが、邪神と神々の戦争の際、教会が信仰する神々の大半が滅び、信仰先が失われたことで、回復スキルに目覚める者がほぼいなくなってしまった。それ以来、医療の発展は他の技術に比べて深刻なまでに遅くなり、現在は魔法使いが回復魔法を開発しているところだが、なかなか進展しない。なぜならば、スキルを解析し魔法を生み出した魔法使いは、スキルを神の贈り物と考える教会にとって、神の贈り物を実験道具にする異端者であるからだ。教会が異端者に協力することは、ない。
ひとまず一章終了です。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
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二章は来週あたりから投稿できればいいなと思っています。
引き続きよろしくお願いします。




