メインクエスト17
というわけで、再び博物館にやってきた。
しかし博物館の周りは衛兵だらけで、館内に入ることはできないようだ。
「あんな大騒ぎがあれば、封鎖になるのも当然と言えば当然ですか」
「チッ、奴らめ。どこまでも邪魔をしてくれる」
ガラハドたちが暴れたせいで衛兵が駆け付けたのだろう。建物の周りは厳重な警備に囲まれてしまっていた。
「あれ、あんたは……」
どうしたものかと、博物館の外で途方に暮れていると、ブサメンたちに話しかけてくる男がいた。
(あれ、手記を託してくれた職員さんだ)
「さっそく手記を返しに来てくれたのか!? よかった!」
違うけど。まぁそういうことにしておこう。文章も数字もメモってあるし、返しても問題はない。
「衛兵の人たちが、強盗犯が狙っていたその手記を見たいって言っててな。強盗犯の正体とか、どうして狙ったのか、とか、そういうことが分かるんじゃないかと思ったみたいだ。じゃあ、僕は中にいる衛兵に手記を渡してくるよ」
そう言って手記を受け取った職員が踵を返して、博物館の中に入ろうとする。ブサメンはそれを呼び止めた。
「おい、俺たちも中に入れないか?」
「え、あんたらも? なんで?」
「昨日はあの事件のせいで、満足に館内を見て回れなかったからな。改めて展示物を見たい」
「え? この状況で? さすがに今は無理じゃないかな」
そりゃそうだ。
「あの、なんとかお願いできませんか? あなただけが頼りなんです」
ロゼちゃんが、きゃるんと上目遣いで職員を見上げる。きれいな桃色の瞳に映し出された職員は、彼女の懇願するような蠱惑的な表情に、一瞬息を詰まらせる。
これだから男って。
(君が言うか?)
「ち、ちなみにどの展示物を見たかったんだ?」
そう尋ねる職員の言葉は、ブサメンに向けられたものよりも随分柔らかく感じる。
「あの石板です。古代の王国の」
「ああ、あれか! そうだな、手記を守ってくれたお礼もしたいしな。まぁ、のんびり見て回る時間はないけど、僕と一緒に入ってちらっと見て、すぐに出てくるくらいならいいんじゃないかな。僕と一緒にいれば不自然じゃないだろうし」
「はい! ありがとうございます! 頼りになる大人って、素敵だと思います」
「へへ、じゃあ行こうか」
そう言って職員が背を向けて歩き出すと、ロゼちゃんがニヤリと悪い顔で笑った。
「……」
いい性格してるなぁ。
「どうかしましたか?」
ブサメンが何とも言えない顔をしていると、ロゼちゃんがにっこりと笑いかけてくる。ブサメンは何でもないと答えて、職員の後を追った。
そして衛兵が現場検証をしているのを横目に通り過ぎて、石板の前までやって来た。
さっそく手記の数字と石板の文字を照らし合わせる。
一文字目は……2/36だから、2行目の36番目の文字だから……『あ』だ。二文字目は……3行目の7番目……『く』だな。次の文字は……と、地道に手記の数字と石板の文字を見比べて、暗号を解いていく。そして、すべての数字と石板の文章を照らし合わせたとき、一つの言葉が浮かび上がってきた。
『あくまのぼひょうはせいなるげっこうによってあばかれる』
「悪魔の墓標は聖なる月光によって暴かれる、か」
これが墓の位置を表すのか? ちっとも具体的な場所が書かれていない。
「また暗号、ですかね?」
「わからん。何か他にヒントになるようなことが、手記に書いてあったか?」
「そう、ですね……確か、手記には常人では辿り着けない場所に墓はある、と書いてありましたが……」
「……常人でない奴とは、どんな奴だ?」
「それは……何かすごい能力を持った人、でしょうか。そういえば……」
と、ロゼちゃんが何かを思いついたような顔をする。
「手記を書いた人って、魔法使いでしたよね」
「ああ。宮廷魔法使い、と書いてあったな」
!
「なるほど、そういうことか」
「はい。常人でない人間。あらゆる種族の中で、特別な能力を持った人間、つまり魔法使いのことではないでしょうか」
数ある種族の中でも魔人種のみの、さらに限られた人間しか使うことができない力、魔法。確かに魔法使いなら常人ではない存在と言えるだろう。
そして手記を書いた人物もまた魔法使いだった。おそらく常人では辿り着けない場所、とは魔法を使わなければ暴けない場所、ということなのだろう。
ということは、手記と石板を照らし合わせて浮かび上ってきたこの言葉を魔導言語に変換して、術式を作ってみればいいのか。
ブサメンたちはさっそく宿に戻り、翻訳作業を行った。これに関しては、さほど時間はかからなかった。なんせクロロの得意分野だ。翻訳はすぐに終わった。
『悪魔の墓標は聖なる月光によって暴かれる』、これを魔導言語に変換すると――『清廉なる女神の光、煉獄の炎となりて彼の者の罪を暴き出さん――月光は墓を荒らす』だ。
できた。確かにきれいに魔法の術式になる。この術式……呪文を唱えれば、おそらくどこに墓があるのか分かるのだろう。
「これは……もしかしなくても、本当に伝説のダンジョンに……かの『古き王の眠りし墓』に辿り着けるかもしれませんね!」
相当ワクワクしているらしいロゼちゃんが、ぐわんぐわんとブサメンの肩を揺らす。
お、おお。揺らすな揺らすな。
「早く呪文を唱えてみてください!」
「分かったから揺らすな」
深呼吸を一つ。
よし、いくぞ。
「清廉なる女神の光、煉獄の炎となりて彼の者の罪を暴き出さん――月光は墓を荒らす」
「……」
「……」
あれ?
「何も、起きませんね」
「ああ……いや、待て。そういえばもう一つの暗号を解いていなかった」
「そういえば。宝玉、ですか」
手記の中の秘文とやらは、解読できたとみていいだろう。あと一つ。宝玉がなんなのかがまだわかっていない。
「幼い王子に託して、イシュタリカに逃がしたと手記には書いてありましたね……つまり、現シェヘラザード王家がその宝玉を管理している、ということでしょうか……宝玉、宝玉」
そんな物あったかな、とほぼ無意識で小さく呟くロゼちゃん。
イシュタリカという都市に生き延びた幼い王子。そして現在のこの国の王都であるイシュタリカ。まぁ、この二つは同じ都市と考えていいだろう。イシュタリカに脱出した王子は、再びそこで城を建て、そこを……今まさにブサメンたちがいるこの地を王都とした。現王家の先祖が、その幼い王子だとするのならば、宝玉とやらも、シェヘラザード王家が管理しているかもしれない。
だとするなら、ここはロゼちゃんの記憶に頼るとしよう。
「あ」
「何か分かったのか?」
「これは知り合いに聞いた話なんですが、王族には代々伝わる宝石があるらしいのです」
知り合い、ね。ロゼちゃん本人のことだろうな。
それに、宝石と宝玉か。まぁ、同じような物か。
「その宝石は、国王が変わる度に受け継がれていき、いつからか、その宝石こそが王の証とさえ言われるようになったそうです。ただそれがどのくらい昔から受け継がれてきた物なのか、そもそもなぜ受け継がれなければならなかったのかは、これまで謎とされてきたのですが……」
「それが手記に出てくる宝玉だ、と?」
隠された王墓の手がかりであるからこそ、受け継がれてきた、か。
「確かに可能性としてはあり得るな。それで、その宝石、いや宝玉は今どこにある?」
「……頭です」
「は?」
「王様の頭です」
「なんだと? 貴様、何を言って……」
「何代か前の国王が、その宝石を王冠にはめ込んだんです。だから、宝玉は、国王陛下が被っている王冠にあります」
「…………」
「…………」
マ?
◇◇◇
室内には重い雰囲気が漂っていた。
宝玉は、国王陛下の王冠にある? そんな物、どうやって手に入れればいんだ。
「貴様の言う『知り合い』に頼んで、王冠を借りて……さすがに無理か」
「む、無理ですよ。その知り合いは、その、国王陛下とそんなに仲が良くないというか、いえ、それ以前にいくら仲がよかろうと王冠を借りてくるのは……」
娘の頼みでも無理か。そりゃそうだ。
え? じゃあ何? あきらめるの? ここまで来て?
……………。
………。
……。
「盗むか」
「は?」
(は?)
ロゼちゃんとクロロの声が重なる。
「いや、言葉が悪かったな。借りるだけだ。借りて、また返す」
「え、ちょ、正気ですか?」
(っていうかそれ、ガラハドたちとやってること同じ……)
違う。断じて違う。あいつらがやろうとしていたのは、借りパク。ブサメンはちょっと借りてまた返す。全然違う。
「正気の上に本気だ。銀髪、貴様の『知り合い』に頼んでこっそり持ち出してもらうことは可能か?」
「!? できるわけないでしょうが!?」
ですよね。それに、ロゼちゃん一人に押し付けるわけにはいかない。
「ならば俺が王城に忍び込んで借りてくる。貴様も知り合いとやらに王城の構造を聞いておけ。道案内をしろ」
「ほ、本当にやるんですか!?」
「貴様、どうしても倒したい敵がいるのだろう。そのためにはなんでもやると言っていなかったか? 俺の武器が必要なのだろう? それとも、貴様の覚悟はその程度のものだったのか?」
「!」
唖然としていたロゼちゃんの表情が変わった。桃色の瞳に、決意が宿る。
「……わかりました。やりましょう」
……煽っておいてなんだが、ロゼちゃんのその『敵』に対する憎しみというか、絶対に倒すという決意は、王族を、自らの家族を敵に回すことも厭わないものらしい。
「道案内の他にすべきことは?」
「とにかく情報が必要だ。情報を集めろ。国王が王冠を外すタイミングはいつなのか、その時王冠はどこにあるのか。宝玉の見た目はどんなものなのか」
「わかりました。王冠のことは調べておきます。宝玉は確かエメラルド色の大きな宝石だったかと思いますが……」
「そうか。王冠から宝玉を外している間、代わりにはめておく宝石が必要だな。色だけ似ている宝石を調達しておいて、あとはその場で魔法を使って本物に似せればいい、か。よし、俺は代わりの宝石と王城潜入用の魔法を用意する。貴様も準備をしておけ」
「わかりました」
◇◇◇
そして次の日。
王城内の情報を集めてきたというロゼちゃんの報告を受け、ブサメンたちは再び宿屋の部屋に集まっていた。
「さっそくですが、まずは王冠の情報から。国王陛下は執務中、常に王冠を身に着けており、外すのは入浴の時か、就寝の時のみです」
「そうか。そうなると狙うタイミングが極端に少ないな……というか、王冠は執務中も被っているのか? 噂では、その王冠には百以上の宝石がついているそうだが、重くはないのか?」
首折れない? 肩こりとか、ひどそう。
「その宝石一つ一つが宝具らしく、国王陛下の身を護る術式が付与されているため、滅多に外すことはないらしいです」
……国王って、大変なんだな。じゃあ、その王冠から宝石一つぶんどって、国王陛下の首と肩を楽にしてあげよう。
「なるほど、な。ならば盗むタイミングは、入浴時か就寝時か。さて、どちらにすべきか」
「常識的に考えるのであれば、就寝時を狙った方がよさそうではありますけど」
「……俺のプランでは、透明化の魔法で王城に侵入した後、そのまま透明人間の状態、もしくは城内の人間……警備の兵士か使用人に扮して、王冠まで近づくつもりだった。だが、就寝時となると……おそらく国王の寝室の警備は厚いだろう」
「それは……はい。その通りです。基本的に国王陛下の護衛は、近衛騎士が行います。特に夜間ともなれば、警戒は強くなるでしょう。たとえ普段城内で働いている使用人であろうと、就寝時の国王陛下に近づくことは、彼らが許さないでしょうね」
近衛騎士か。厄介だな。こいつらは地球で言うところの特殊部隊的な連中だ。精鋭の中の精鋭。イフリート領のラズールなんか比べものにならないくらいの強さを持った騎士だ。
「つまり、変装をしたところで無意味か。魔法対策もしているだろうし、透明化の魔法もそいつらに効果を発揮するかは、わからんな」
噂に聞いた話では、近衛騎士は透明化のスキルを持った暗殺者を気配だけで察知して斬り殺したり、攻撃魔法を剣で斬ったりと、非常識な戦闘力を持った連中らしい。
「そんな連中に守られている寝室の中にある王冠を取りに行くのは……ふん、認めるのは忌々しいが、さすがに厳しいか。あるいはその近衛騎士の誰かに扮することができれば……いや、無理か。近衛騎士にそんな隙があるとは思えん」
「だったら宝玉を盗むチャンスは入浴時、ですか。確かにその時なら、夜間よりは可能性がありそう、です、かね?」
入浴時なら、国王の世話をするためにたくさんの使用人が、脱衣所や風呂を出入りするだろう。使用人が風呂に近づいても怪しまれることはないわけだ。
「ちなみに、近衛騎士は、すべての使用人の顔を記憶しているのか?」
もし覚えられていたら、服装だけ変装しても意味はないが……。
「さすがに、王族の入浴の世話をしたり、無防備な状態の王族の世話をするような役職の使用人は、顔も名前も覚えられています。ただ、脱いだ服を洗濯に持って行ったり、替えの服を脱衣所に運んだりは、それこそ日替わりで多くの使用人が行いますので、さすがに全員の顔を覚えているということはないでしょう」
「それに紛れるしかないな。よし、ならば宝玉を盗むタイミングは、国王の入浴時だ」
「国王陛下は、いつも夕方頃に城内の大浴場に入ることになっています」
それまでに城内に潜入して、入浴のタイミングまで待つ、と。
「……考えたんですけど」
とロゼちゃんが言う。
「もし何かヘマをして私たちの侵入がバレた時、どちらか一方が、もう一方をサポートできるように、別々に行動しませんか? もしイケメンさんがピンチになって、例えば兵士たちに追いかけられるような事態になったら、私が騒ぎを起こして、兵士を分散させる、とか」
「……いいだろう」
まぁ、そうでもしないと、ロゼちゃんもブサメンと一緒に使用人の服着て潜入することになっちゃうもんね。王族である彼女が使用人の服なんて着ていたら、それこそ、何事だと騒ぎになってしまう。
「それで、イケメンさんの方の準備は?」
そう問われ、ブサメンは用意していたエメラルドの宝石を取り出した。
「これが宝玉の代わりにはめ込む宝石ですか。確かに似てはいますが、サイズや質が違いますね」
当たり前だ。王冠にはめられるような物とそこらの店で買ってきた宝石を比べるな。これでもそれなりに高かったんだぞ。
「偽物とバレないように、本物の宝玉を参考に魔法で加工して本物そっくりに仕上げる。時間稼ぎくらいはできるだろう」
「わかりました。それで、王城に潜入するにあたって、最大の問題があります」
「結界のことか?」
「! 気づいていたんですか」
王城、この国で一番偉い人がいるところなんだから結界の一つくらいあるだろう思って、よくよく王城の周辺を魔法でサーチしてみたら、案の定、王城を包み込むように張り巡らされている結界があった。
「観察すればわかる」
王城に勤める宮廷魔法使いが張ったものだろう。目には視えないが、その魔力を感じ取ることはできた。
「その結界が厄介だということも把握している」
解析の結果、あらかじめ登録しておいた者のみを通し、それ以外の者が城内へ入ろうとすると、その侵入を拒むという効果があるのがわかった。この結界と見張りの兵士によるダブルチェックで、不審者の侵入を許さないわけだ。これをどうにかしなければ、ブサメンは城内に入ることができない。
「あの、もし結界を解くのが難しいようなら私一人で……」
「一日よこせ」
「え?」
「一日あれば結界をハッキングできる」
難しいのは、結界を破壊すればいいという話ではないことだ。結界が破壊されれば、何事だと王城の警備連中が殺気立つだろう。潜入も絶望的に難しくなる。だからブサメンがやるべきは、結界にブサメンが不審者ではなく王城に出入りしていい人物であると誤認させることだ。
「可能なんですか? この国最高峰の魔法使いが張った結界ですよ……それもたった一日で……」
「ふん。誰に向かって言っている。俺なら、できる」
国内最高峰。なるほど確かに宮廷魔法使いを言い換えれば、そういうことになるか。だが、そいつがこの国でトップの魔法使いでも、こっちはあの魑魅魍魎共が巣食う魔法学校を歴代最速で追い出さ……卒業した身だ。格が違うんだよ格がよぉ。
(普通は国でトップの方がすごいんだけどね)
けれど魔法使いに限って言えば、魔法学校での成績の方がモノを言う。歴代最速、つまり魔法学校の千年以上ある歴史で最も早く卒業できた魔法使いが、ブサメンなのだ。国のトップと千年の歴史の中でのトップじゃ、わけが違うのだよ。
まぁ、それでも一日はかかるけど。クロロの助けも借りてこれだからな。魔法の解析というのは、大変なのである。
「そこまで言うなら、わかりました。では、明日の日暮れ前に計画を実行する、ということでいいですか?」
「ああ。それまでには結界をハッキングし、全ての準備を終わらせておく」
「では、改めて宝玉を盗む手順を確認しておきましょう。まず、イケメンさんが王城を守る結界をハッキングし、私たちが侵入できるようにする。その後、透明化の魔法で城内に侵入」
「貴様の案内で城内を移動。使用人の更衣室で着替えを手に入れ、変装した後、別行動で大浴場に移動。護衛の近衛騎士の目を誤魔化し、王冠に近づいて宝玉と俺が用意したエメラルドを取り換える。その後は焦らず騒がず自然にフェードアウトする」
「……あとは高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に、ですかね」
「そうだ。高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に、だ」
こくり、と頷き合う。
「では、決行は明日。それまでに英気を養っておけ」
「はい!」
こうしてブサメンたちのオペレーション「スニーキング・ロイヤルキャッスル」が始まった!
(その作戦名、今考えたの?)
昨日からずっと考えてた。
(……)
……。
(いいじゃん)
でしょー?
Tips 宮廷魔法使い
王家に仕える、国でトップクラスの魔法使い。王城を包み込むほどの大規模結界魔法を行使できる確かな実力と国への忠誠心を持っている。魔法の技術を国に広めることができれば、より自国を豊かにできると考えているが、すべての魔法使いは、魔法学校を卒業するときに、魔法の知識を魔法学校卒業者以外に教えてはならないと契約魔法で誓わされているため、それができないことに歯がゆさを感じていたりいなかったりする。




