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メインクエスト16

 一瞬の浮遊感の後、すぐに自由落下が始まる。

 だが大丈夫だ。ブサメンたちの下には、藁を積んだ荷車を牽く馬車があるのを確認している。


 「きゃああああああ!?」


 「星の呪縛よ、ひと時の休息を――いずれに天に至る浮遊(ハイグレンダー)!」


 藁の山に落ちる寸前に、浮遊魔法で自分とロゼちゃんの身体を浮かせて落下速度を殺し、ばさっ、と藁の中に身を沈めた。


 即座に博物館の二階を見上げると、割られた窓の内側からガラハドがこちらを見下ろしていた。目出し帽から覗く目は、激しい怒りが渦巻いているようだった。


 「逃がすか! 追うぞ! お前は先に行け!」


 ガラハドたちは、仲間の一人をその場に残して、館内に引っ込んだ。


 残った一人――おそらくパーティーでは斥候役なのだろう――身軽な装いの男が、ブサメンたちの後に続くように二階から飛び降りる。斥候は元々身軽な奴がやる仕事だ。だから二階から飛び降りても大丈夫と判断したんだろうが……魔法使いでもないのによくやる。


 「チッ」


 ブサメンは藁の中に沈めていた身体を起こし、馬を操る御者のところへ。


 「ひぃ、な、なんですかあなたは! か、金目の物など持っておりませぬ!」


 「俺は強盗でもなんでもない! むしろ俺が犯罪者に追われている側だ!」


 そう言ったとき、斥候の男が地面に着地する音が聞こえた。

 その音に後ろを注視した御者は、目出し帽をかぶっているという如何にもな恰好を見て、ブサメンの言うことが正しいと感じたらしい。


 「な、なんですかあの人たちは!」


 「強盗だ! 捕まりたくなければ走れ!」


 「ひいい、なんであっしがああ!」


 御者は馬に鞭を入れ、のんびり走っていた馬車が一気にスピードを上げた。通りを歩いていた市民が慌てて道を開ける。


 「待て!」


 斥候の男が追ってくる。だがいくら身軽な斥候とは言え、さすがに馬の方が速い。

 これなら逃げきれる、そう思ったが、甘かった。


 「おおおおおおおおお!!」


 後ろから聞こえてくる斥候の男の雄たけび。

 それに反応したロゼちゃんが彼の方を見て、顔をひきつらせた。


 「ちょ、マジですか!?」


 斥候の男の身体が、メキメキと異音を立てながら肥大化していったのだ。


 筋肉が膨れ上がり、服を引き裂きながら露になった肌は、しかし人間の肌ではなく、黄色に体毛に包まれており、そこには黒い斑点模様が浮かび上がっていた。さらに、雄たけびを上げる口の中には鋭い牙が並び、手にはククリナイフのようなかぎ爪、尻からはひょろ長い尻尾。これは――。


 「獣化!?」


 獣人種にのみ許されたスキル。その名の通り、獣の特性をより濃く発現させるスキルだ。


 この男はチーターの獣人のようだ。となれば獣化によって引き出された特性は――速さだ。

 ドンッ、と地面を抉るような踏み込みで二足歩行のチーターと化した男は馬車を追ってきた。


 ブサメンたちとチーター男の距離はみるみる間に縮まっていく。


 「イケメンさん、このままじゃ追いつかれます!」


 「わかっている! これでも喰らえ!」


 ブサメンは荷車に積んであった藁を抱え上げて、チーター男に投げつけた。


 「ぐあ!?」


 藁の目つぶしだ!


 「なるほど!」


 とロゼちゃんも藁を抱えて次から次へと投げつける。


 「ああ!? ちょっと困りますよ! そんな藁でも大切な荷物なんだ!」


 「ええい、喚くな! 捕まるよりマシだろう!」


 「追われているのはあなたであって、あっしではないのでは!? 別にあっしに危害は加えられない――」


 「強盗がそんな細かいことを気にするわけないだろう!」


 「そ、そんなあああ!」


 御者の苦情を聞き流す。斥候の男はどうやらモロに藁の山を頭から被ったらしく、視界を潰され前後不覚に陥っている。と、そこへ、横から別の馬車が突っ込んできて、チーター男は跳ね飛ばされてしまった。


 ぐしゃあ!


 生々しい音がした。


 いつの間にかブサメンたちは道路の交差点にまで出ていたらしく、その馬車は飛び出してきたチーター男を避けきれず轢いてしまったようだ。


 ……まぁ、仮にも冒険者だし、獣化してたし、馬に撥ねられたくらいじゃ死なないだろう。

 とは言え、しばらく行動不能くらいにはなる、そう思っていたのだが、こちらの予想に反して斥候の男はすぐに起き上がってきた。


 「どうやら、轢かれる直前で、自分から横に飛んで威力を逃がしたようですね」


 「チッ、器用な真似をする」


 「随分お怒りのご様子ですよ」


 チーター男はすぐさま走り始めた。気のせいだろうか、追ってくる姿に先ほどよりも迫力を感じる。


 「ええい、しつこい奴だ!」


 もう一回目つぶしでも喰らえ!


 「光よ、」


 ブサメンが魔法を使おうとする素振りを見せると、さっとチーター男は腕で顔の前にかざした。

 そう何度も同じ手は通用しないか。


 こんな人通りの多い所じゃ、攻撃魔法は使えないし。

 今も道行く人々が何事だと目を丸くしながらこちらを見ている。


 (でもこのままこの馬車にいても、捕まるのは時間の問題だよ)


 他に逃げ場は……。馬車から降りて走って逃げるか? チーターの獣人相手に? 無理だな。


 (魔法で身体能力を極限まで強化すればもしかしたら……。いや、待って、仲間が追い付いてきたみたいだよ!)


 どこで調達したのか、ガラハドとその仲間が馬に乗って追い縋ってきた。そのうちの一人が弓を構えている。相当いい腕をしているらしく、激しく揺れる馬の上から放たれた矢は、しかし寸分たがわずブサメンの眉間を射抜くコースだった。


 だがそれを空中でつかみ取るように横から腕が伸びてきた。

 ロゼちゃんだ。矢キャッチできんのかよ。すっげ、かっこよ。


 とかなんとか考えていた時、ブサメンたちが乗っている馬車の隣にもう一台馬車が並んだ。別の道から合流してきたらしい。貨物を乗せる馬車ではなく、貴族を乗せている屋根付きの立派な馬車だ。


 こりゃいい、とブサメンとロゼちゃんはその馬車の屋根の上に飛び移った。


 もう一度矢を射ろうとしていた冒険者が、僅かに躊躇する。それはそうだろう、なんたって貴族の馬車だ。万が一乗っている貴族に当たったら大問題だ。


 (まぁ、その貴族の馬車を土足で踏んづけているのが君なんだけどね)


 だが矢を射れなくなっただけで、相変わらずガラハドたちは追いかけてきている。

 こんな時、空でも飛べれば、と上を見上げる。


 そこには、通りを挟んだ家と家の間にロープがかけられていて、そのロープに住民たちの洗濯物を掛けられていたり、国旗がかけられたりしている。


 ……あれをうまく使えば、撒けるか? どうせこのままじゃジリ貧だ。やるか。


 「おい、銀髪。俺が魔法を使ったら、アレに捕まれ」


 「はい!」


 「来たれ風の眷属、舞い上がれ桜吹雪――風花乱舞(シルフリード)


 魔法を唱えた瞬間、ブワァ、とものすごい風が巻き起こる。そしてここは砂の国。巻き起こった強風は小さな砂粒を大量に巻き上げ、ガラハドたちに襲い掛かった。目つぶしだ。


 奴らの視界が塞がれている隙に、ブサメンとロゼちゃんは馬車の屋根の上でジャンプして、ロープから垂れ下がった洗濯物に捕まった。そのままよじ登り、ロープからナマケモノの如くぶら下がりながら移動して、家屋の上へ。


 ガラハドたちからすれば、目を開けたら、いきなりブサメンたちがいなくなったように見えたはずだ。

 これで逃げ切れる……そう思ったが、目つぶしから復活したチーター男がすぐさまブサメンたちを発見して、なんと家の壁をよじ登って追ってきたのだ。


 クソ、なんだこいつ、なんでこっちの居場所が分かった!? 追跡系のスキルでも持ってるのか!?


 (あるいは……匂いで追われたのかもね)


 もしそうだとしたら、スキルの使い過ぎによる魔力減少は期待できないか。


 チーター男は、家の壁の僅かなヘリや段差に手足をひっかけ、スイスイと昇ってくる。


 いっそ、ここで迎撃するか。人のいない屋根の上で、敵が一人だけ、という条件なら、こちらにも勝機が……とか考えていたら、地上で立ち往生していたガラハドにも変化があった。


 チーター男と同様に、メキメキと音を立てて、獣化を始めたのだ。


 「そういえばあいつも獣化持ちだったな!」


 ガラハドの肌に黒い体毛が生え、筋肉が膨れ上がる。チーターのようなしなやかな筋肉とはまた違う。もっと暴力的な筋肉の……そう、これは。


 「ゴリラの獣人、か」


 ゴリラと化したガラハドは、チーター男と同じく壁の凹凸に太い指をかけ、どんどん登ってくる。

 そして、チーター男と並び立った。


 鋭い眼光でブサメンたちを睨みつけ、脅すように言う。


 「今すぐ手記を渡せ。そうすれば手荒な真似はしない」


 「ここに来るまでにあれだけ暴れた奴が何を言う」


 「その通りです。信用できません」


 この場にはあまりふさわしくないロゼちゃんの可愛らしい声に、ガラハドが眉をしかめる。


 「……おい醜男、その小娘は誰だ? ……いや、その特徴的な銀髪と桃色の瞳……まさかバハムートを倒したっていう冒険者か?」


 だが、すぐに彼女の正体に気づいたガラハドの目つきが険しくなる。そしてすぐに横にいたチーター男に警告を飛ばした。


 「ゼスト、気をつけろ。こいつらは、手強い」


 チーター男は、ゼストというらしい。


 「ギルドでお前の武器を破壊した醜男と、話題のバハムートを討伐した女、か」


 ゼストが爪を立て、牙をむきだしにして唸る。


 「だとしても、獣化した今なら、負けは――ない!!」


 空気を切り裂くような速度でゼストが近づいてきた。


 狙いは――ブサメンか!


 左手に宿したクロロに、こっそり詠唱してもらっていた殴殺刑に処す(アイアンズ・フィスト)の魔法を発動させ、鋼鉄化した腕で爪を受け止める。


 ギギギッ、と異音がなり、鋼鉄の腕と鋭い爪の間で火花が散る。


 「イケメンさん!」


 「お前の相手はこっちだ!」


 ロゼちゃんがこちらの援護をしようとするが、ガラハドが丸太のような腕を振り上げて、ロゼちゃんに殴りかかった。


 「くっ」


 武器のない彼女は両腕を交差させてその拳を防ぐ。小柄な彼女はそのまま後ろに飛ばされるが、ダメージはないようだ。ゴリラの獣人の拳を生身で受け止めてほぼノーダメージか。


 前に鑑定魔法で視たあいつのステータス、防御パラメータすごい表記だったしな。


 (でも、武器無しで倒すのはさすがに厳しいよね)


 ああ。それにこの獣人ども、思ったより冷静だ。


 正直、ギルドでの事があって、ガラハドはブサメンに報復することを望んでいると思っていた。だが実際には、魔法使いが苦手なスピードタイプのゼストをブサメンにあて、自分はロゼちゃんと戦うことを選択した。戦闘の相性、というものをよくわかっている。


 こいつらは頭のいい獣というわけだ。厄介な相手だ。


 (とは言え、だ)


 ああ。こっちもただの魔法使いじゃない。口が二つある魔法使いだ。スピードで翻弄されようが近接戦に持ち込まれようが、ブサメンが格闘戦に対処し、クロロに詠唱を任せてしまえばそれでゼストのアドバンテージはないに等しい。


 「手記をよこせ!」


 叫びながら攻撃してくるゼストの爪、蹴り、牙、そのすべての攻撃をブサメンが捌き、クロロが魔法を撃つ。


 「破滅をもたらす極光、打ち鳴らすは雷鳴。灰となりて散る者よ、その名を墓標に刻み込め――雷の如く撃鉄を落とす(ヴォルザーク)


 詠唱が完了するとともに、人差し指と親指を立て、銃の形にする。その先端に浮かんだ魔法陣から、強烈な雷の光線が放たれた。


 本能か、それとも電気で自らの体毛が逆立つのを感じたのか、ゼストは雷が放たれる直前で身を退き、ブサメンの攻撃を回避した。


 ゼストが距離をとったことで連撃が止まり、空白の時間ができる。


 「雷光、装填。集い来たりて敵を討て――雷の魔弾(ボルテックス)


 その隙に更なる魔法の詠唱をすると、ブサメンの周りに、雷で出来た拳大の球体が三十個浮かび上がった。


 「行け!」


 ブサメンの声に合わせて、魔弾が一斉に襲い掛かる――ただし、ガラハドに。


 まさか横から攻撃されるとは思っていなかったガラハドは、雷撃の弾丸を浴び、その場に倒れる。それを見たロゼちゃんが即座にガラハドに近づき、屋上から蹴り落とした。


 ……や、やることに容赦がなさすぎる。まぁいいや。


 「これで二対一、だな。まだやるか?」


 「く……」


 ゼストは鋭い牙をギリリと食いしばり、こちらを睨みつけてくる。

 が、やがて諦めたように屋上から飛び降りて、下で伸びているガラハドを担ぎ上げて去って行った。


 「逃がしてしまってよかったので?」


 ロゼちゃんがその光景を見下ろしながら訊いてくる。


 「捨て置け。こちらには武器もない」


 もう少しすれば残りの仲間も合流しかねなかったし、それに手負いの獣ほど恐ろしいものはないと言うしな。あれ以上やり合っていれば、どちらも無事では済まなかっただろう。


 本当なら衛兵とギルドへの通報もしたいところだが、それも後回しでいいだろう。事情の説明を求められたときに、伝説の王墓の情報を握っていると知られたら、情報をよこせとか言われるかもしれない。


 「それより今は、この手記だ」


 「そうですね。どこか落ち着けるところで読みたいですね」


 落ち着けるところか。


 (それに、人目につかないところの方がいいんじゃない? 君がその手記を持っていることがもし誰かに知られれば、面倒なことになりかねない)


 「宿の部屋に行くか」


 「……は? イケメンさんの部屋ですか?」


 冗談でしょう? みたいな表情をしているロゼちゃん。でも人目につかないで内緒話をできるところなんて他にないだろう。あの個室のあるカフェでもいいけど、さすがにあんなところで手記を読むのは、なんか違う気がする。


 「なんだその顔は。もしかして、俺が貴様に何か低俗な真似をするとでも? 寝言は寝て言え。貴様なんぞに興味はない」


 (本当は興味津々だけどね)


 クロロの声は無視して、ブサメンは続ける。


 「それに、別に貴様が来る必要はない。どうせこの手記も古代語で書いてあるに決まっている。貴様は読めないだろう。俺が解読してやるから、貴様はそれを待っていればいい」


 「ぐ、で、でも……読めなくても、なんと言いますか……古代の手記が解読されていくのをリアルタイムで見ていたいと言いますか……」


 彼女だって冒険者なのだ。こういったことにロマンを感じずにはいられないか。


 「ふん、おとなしく外で待っているか、付いてくるか、好きな方を選べ」


 まぁ、迷うのはわかるよ。いくらブサメンに変なことをする気がないって言っても、会って数日の男の部屋に一人で行くとか、嫌だろうし。


 「うぐぐ、ええい、女は度胸! 私も行きます!」


 そういうことになった。


 宿に戻る道中、ブサメンたちが街中で追いかけっこしたせいか、衛兵が忙しそうに馬に乗ってパトロールをしていた。


 お仕事ご苦労様ですと思いながら、自分の部屋に戻ってきた。


 「ふぅ、ただ博物館に行っただけのはずが、まさかこんなことになるとはな」


 「でも、収穫はありましたね。さっそく手記を見てみましょう」


 ロゼちゃん、なんか目がキラキラしてる。


 「いいだろう」


 そっと手記を取り出して、机の上に置く。

 ブサメンが椅子に座ると、ロゼちゃんが肩越しに手元を覗き込んできた。


 サラリ、と銀髪が揺れ、なんだかいい匂いがブサメンの鼻をくすぐった。おかしいな、ロゼちゃんだって動き回って汗かいてるはずなのに。


 なんだかちょっとドキドキしながらも、それを悟られないように表情を取り繕いながら、手記を保護している防壁魔法を解除して、ページを捲ろうとしてみる。


 しかし、思ったよりもこの手記は脆いようだ。ページを捲ろうとするだけボロボロと崩れていきそうな感じ。


 「おい助手。宿屋の主に言ってピンセットを借りて来い」


 「助手ではありませんけど、そのくらいはしましょう」


 と、さっそくロゼちゃんが借りてきてくれたピンセットで、そーっとそーっと、ページを捲り上げていく。

 


『2/36 おぞましい。我らが王は、あまりにもおぞましい。厳しくも優しい先王を討ち、新たなる王となったあの方は、もはや人ではない。自らの贅沢のために民から税を搾り取り、初夜権などというものを作り、女子供を穢し、もの足りなくなると他国へと侵攻を開始する。すべての財を、すべての姫を、己が手中に納めんとするために。逆らう者など、もうどこにもいない。王に意見する者は、すべて殺されたからだ。


 悍ましい。もはや王の名前を口にすることすら憚られる。その名を後世に残したくはないとすら思ってしまう。我々臣下の中にも、国王を排除しようとする動きさえあった。けれども、強力な宝具を持っている国王には、誰もかなわない。我々臣民は、ただただその圧政に耐えるしかなかった』



 「どうやらこの王はかなりの嫌われ者のようだ」


 「やってることがアレなので、当然なのでしょう。それより気になるのは、最初の数字なんですけど……これ、日付か何かですかね?」


 「かもしれんな。手記なら日付が書かれていてもおかしくはなだろう」


 2/36。1か月が30日以上ある……この古代の国の暦だろうか。


 気になりながらも、さらに手記を読み進めていく。

 そこには古代の王様の暴挙っぷりと、それに対する恨み言がこれでもかと書き連ねてあった。



 『3/7 ある日、王が言った。先の戦争で焼き払ってやった××国の有り様を見に行きたい、と。嫌な予感がしたが、命令に逆らうことなどできなかった。果たして私の勘は、当たってしまった。焼き払われた××国のとある村に到着した王は、その村の生き残りである兄弟にナイフを持たせて、殺し合えと言ったのだ。生き残った方に我が国の市民権を与えてやると言って。その結果がどうなったのかは……あまり、書きたくない』



『12/22 王が財源確保のために、新しい政策を開始した。スラム街から100人の浮浪者を集めて殺し合わせ、それを見世物にして、金儲けをする、というものだった。しかし、あまりにも惨たらしい殺し合いを見た国民は、心を弱らせていった。結果として、精神的な病を抱えるものが出て来たり、スラム街から逃げ出した浮浪者が、一般市民に危害を加えだしたりと、国内の治安は一気に悪化した』



 ……読み進めていくたびに、ブサメンたちの口は重くなっていく。

 これは……酷いな。正直、読むのが嫌になるレベルだ。


 そこからも、惨たらしい描写が続いた。

 だが、ある時から、王の様子がおかしいという記述が増え始めた。



 『6/13 最近、王の様子がおかしい。咳をよくするようになり、身体の痛みを訴えるようになった。医者に診てもらうも、原因はよくわからない』



 『15/28 王の体調はよくならない。寝ていることが多くなった。だが、皮肉かな、それとは逆に、どんどん国民の健康状態は、よくなっている』


 

 『9/34 王が逝去した。病死だ。それは我々にとっての奇跡であった』



 「ふははは! ようやく、くたばったかクソ戯けな国王め! 祝杯だ! 店主! 酒を持ってこい!」


 「この日を一人の阿呆が死んだ記念日にしましょう! 新しい祝日の誕生です!」


 その文を見た瞬間、ブサメンとロゼちゃんは盛大に喜んだ。人間の死をこんなに喜んでいいものかと思う自分もいなくもないが、自分の感情が誤魔化せない。悲しいことだが、この世には、死んだ方がいい人間がいるのだ。


 (はいはい落ち着いて。まだ続きがあるでしょうが)


 そうでした。



 『16/1 王は生前に自らの命令で造らせた巨大な墓に葬られた。世界中から略奪した財宝と死後も己の世話をし、護衛するための使用人と騎士、そして、王の妻だった各国の美姫たちと共に。王は、それらが自分の死後、他人のものになるのを嫌がったのだ。


 だから、生き埋めにするようにと、遺言を残した。そんな遺言に従う必要はないと、かつて王の部下だった男が言った。けれど、別の部下が、王の言葉は絶対だと言った。


 傲慢な王であったが、絶対的な存在であったがゆえに、慕う者がいたのも、また事実。

 さらに王の遺言によれば、火葬はせず、ミイラとして埋葬しろとのことだ。赤い月の光が当たるように。つまり、王は、アンデッドとして復活して死後もこの国を支配する気だ。


 断固としてそれを阻止したい我々改革派と、王の言いなりである保守派の対立が激化したのは、この頃だった』



 ……どうやらまだまだ不穏な時間は続くようだ。



 『7/40 王の信奉者である保守派は、生前の王から宝具を分け与えられていただけあって、強力な戦闘能力を持っていた。結果として、改革派は力に脅され、保守派が権力を持つようになった。当然、王の遺体は火葬されず、アンデッドとして復活することが前提で、ミイラとして王墓に埋葬された』



 「なんなんです保守派って!? はああああああああ!?」

 ロゼちゃんブチギレ。



 『10/32 そして恐れていたことが起きた。ある日、アンデッドの軍勢が都に押し寄せた。生き埋めにされた兵士や使用人のアンデッドだ。保守派の権力者たちは、王の使者としてアンデッドどもを迎え入れようとしたが……愚かなことだ。


 アンデッドは……つまるところただの魔獣だ。魔獣は本能的に人間を殺す。たとえ王のお気に入りであった保守派の貴族相手であっても、人間の言葉になぞ耳を傾けるはずもなかった』



 『16/17 都はアンデッドに埋め尽くされた。私は、宮廷魔法使いとして、最後の責務を果たさなければならない。砂の津波を起こす禁呪で、都を飲み込み、アンデッドを一掃する。

そして王のいる墓さえも飲み込み、その王墓ごと砂の下に封印してしまうのだ。赤い月光を浴びなければ、アンデッドは弱体化する。それで封じ込めることができるはずだ』



 ……。



 『17/3 今だから思う。王が死んでも、我々は王に捕らわれていた。死してなお、王の威光は強大だった。きっとこの時代に、王に敵う人間はいないのだ。


 だからこれから先の、未来への君へ。


 どうか私たちを助けてほしい。死後でさえ、欲にまみれた王に捕らわれ続けた愚かな我らを、我らの仲間を、どうか、救い出してほしい。墓荒らしから墓を守るため、王は常人では暴けぬ場所に墓を造らせた。それを暴いてくれ。そしてそこに封印されている王のアンデッドを討ってほしい。


 そうすることで、ようやく我らと、アンデッドと化したかつての仲間の魂は浄化される。そんな気がするのだ。


 どうかどうか、名も知らぬ君よ。どうか、頼む。墓の秘密は、幼き王子に託した。都が砂の津波に飲まれる前に、彼の母の故郷であるイシュタリカの地に逃した。


 これを読んでいる誰か。王墓への道しるべは、宝玉と秘文に記されている。いいか、王墓は、宝玉と秘文と共に眠る、だ。ふがいない先達を許してくれ。後を、任せる』



 ……気分が、気分が重い。ロゼちゃんもげんなりしている。

 しかし……。


 「これで王の墓が存在すること自体は、確定したな。それも、この王都の近くのどこかにあるということが」


 「はい。手記の中にもイシュタリカという名前が出てきていましたからね。ここからそう遠くないところにある可能性もあります。まぁ、それでも砂漠は広大ですし、どうやら砂漠の下に眠っているようなので探すのには苦労するでしょうが……そこでキーになるのが……」


 「『宝玉と秘文』、だな。この暗号を解かない限り、王墓に辿り着くことはできなさそうだ」


 「でも、どうしてこんな回りくどい真似をするのでしょうか? お墓を見つけてほしいなら、はっきり位置を書けばいいじゃないですか。面倒くさい」


 「そう言うな。この古代の王とやらは、随分強力な宝具を持っているようだからな。雑魚が行けば返り討ちに遭うと考えたのだろう」


 「つまり、暗号を解けるだけの知恵と、強力なアンデッドが待ち受けているであろうお墓……ダンジョンを攻略しようと思えるだけの実力を持った人間を選別するために、わざわざ回りくどいことをしている、と」


 そういうことですな。


 「そして、それができるのが俺たち、というわけだ」


 「そこまで自信ありげに言うということは、何かわかったんですか?」


 「ふっ」


 ぜーんぜん。さっぱり。

 だがここで「わかりません」と言えばロゼちゃんの好感度はマリアナ海溝行きだ。

 何か……何か考えろ。


 「ヒントは、そう……この手記の中にあった」


 唸れ脳みそ。こじつけでもなんでもいいから何かひねり出せ。


 「ヒントと言うと、やはりこれですか。宝玉と秘文」


 「そうだ。宝玉の方はさておき、この秘文という単語……王墓への手掛かりを記した秘密の文章、隠された文章がどこかにある、と解釈できる」


 「となると、問題はどこにその文章があるか、ですが……」


 と、そこでブサメンは文章の始まりにある数字を指さした。


 「それはただの日付なのでは? 正直、途中から気にしてませんでした」


 「ふん、甘いな」


 手記に書いている数字をすべて抜き出してみるとこうだ。


 『2/36、3/7、12/22、5/4、6/22、6/37、14/4、10/17、15/13、7/11、8/25、16/15、4/20、8/19、15/28、16/22、4/36、12/12、6/13、15/28、9/34、16/1、7/40、10/32、16/17、17/3』


 確かに日付に見えなくもないが、それにしては数字がバラバラすぎる。例えば最初の数字が2月36日なのだとして、次が3月でその後いきなり12月に飛んでさらに5月。手記にしちゃ、日付が飛びすぎな気がする。


 (最初はマメに日記をつけようと思っていただけど、だんだん面倒くさくなった、みたいな?)


 ……まぁ、その可能性もなくはないだろうが。


 どうにも不思議な並びだ。それに古代の国の暦にしたって15月とか14月なんて、あるのだろうか。おそらくこの数字に何か意味があるのだろうと、ブサメンは考えた。


 (ううん、古代語のアルファベットの順番とか? それをつなげると文章になるとか)


 だとすると最初の数字は、スラッシュは無視するとして、古代語の236番目のアルファベットになる。でも古代語に236個もアルファベットないぞ。


 (じゃあ、座標とか)


 こんな無茶苦茶な座標、見たことないな。


 クロロー、お前、ささっと解読できないの?


 暗号解読といえばコンピューターの得意分野だ。つまり人工精霊であるクロロの得意分野だ。


 (僕は別にコンピューターじゃないんだけど)


 でも術式の演算とか得意だろう?


 (そうだけど……君こそ知力パラメータ高いんだから、こう言うの得意なんじゃないの)


 バッカおめー。一言に知力つっても色々あんだろーが。チェスが天才的にうまい奴もいれば数学の天才もいる。その二人は共に知力が高いと言ってもいいだろうが、じゃあチェスの天才は数学の天才なのか? 違うだろ? ブサメンが得意なのは魔法だけで他は割と苦手だ。語学とか。古代語覚えるのは、本当に大変だったんだぞ。


 (僕も術式演算に特化してる人工精霊で、それ以外の分野ってあんまり得意じゃないんだけど)


 はぁーつっかえなー。


 (君がそういうふうに設計したんだけどね!)


 コンコン。

 ぎゃーぎゃーと脳内で騒いでいたら、部屋の扉がノックされた。


 「お客様、お酒をお持ちしました」


 「……なに? 酒だと?」


(君が勢い余って叫んじゃったやつだよ)


 ああ。そういえば。でもブサメン酒なんて飲めないんだけど。


 (注文しちゃったんだから、責任もって飲みなよ?)


 この国で飲酒年齢の規制はない。飲みたきゃ飲め。自己責任でな、というのがこの国の方針だ。

 仕方がない、ブサメンは扉を開けて酒を受け取った。


 酒。ビールだ。ビール……ビール?


 「……ビールと言えば」


 「? はい?」


 ぽつりと零した言葉に、ロゼちゃんが首をかしげる。


 「助手、貴様、オッテンドルフの暗号を知っているか?」


 「助手ではありませんし、オッテンドルフとやらも知りませんよ。なんですか、また知識マウントですか。ぶちころがしますよ?」


 「……ころがす?」


 「あ、いえ、殺すと言うのは、ちょっと品がないかなと思いまして」


 ぶちころがすも中々な言葉だけどね?


 けどまぁ、訊いといてなんだが、ロゼちゃんが知らないのは当たり前だ。


 オッテンドルフの暗号。別名、書籍暗号とも呼ばれる地球産の暗号の種類の一つだ。そのオッテンドルフの暗号を用いて作られたのが、ビール暗号。ビールは人の名前であって、酒のビールじゃないけど。


 「で、そのオッテンドルフとやらは、どんな暗号なんですか?」


 「詳しい説明は省くが、暗号文に書かれている数字が、何らかの文章や書籍に記載されている文字の位置を指し示している、という暗号だ」


 たとえば、2/36なら、何かの文章の236番目の文字……いや、スラッシュがついているからもしかしたら、2行目の36番目の文字、ということになるのかもしれない。


 「なるほど。試しに、この手記で数字通りの文字を探してみると……いえ、ダメですね。まったく意味が通らない文章になります。この手記の文章を参考にすればいいわけではなさそうです」


 「まぁ、暗号文と解読用の文章を同じにするのは、いくらなんでも暗号としてはガバガバだろう……少なくとも、この手記じゃない。もっと……何か重要な……そうだ、そもそもこの手記の最後の文章は、後世の人間に向けて書かれている。ということは、参照する文章も時代を越えて残るような物、とは考えられないか?」


 「時代を越えて、ですか……そうなると、何か歴史に残るような文章とか本、ですよね。この古代の王国に関連があって、歴史に残りそうな文章。長い年月、大切に保管される可能性のある……」


 「長い歴史の中で、戦争や災害があっても紛失しないように、それこそ宝物のように大切にされるもの。そしてこの時代、この国を支配していたのは、強欲な王であり、その信奉者どもだ。そんな奴らが大切にする文章。それは――」


 「「覇王による世界征服宣言」」


 ブサメンとロゼちゃんの言葉が重なった。


(なるほど、あの石板は、古代の王様が世界征服……らしきものをした時の言葉を記録したもの。そんな快挙を成し遂げた時の文章なら、古代の王様の信奉者が大切に保管するはず……手記を書いた人が、そう考えてもおかしくない。後世からすれば歴史的価値がある、ということにもなるから、やはり大切に扱うだろうと考えた)


 ああ、可能性は十分にあるな。


 となれば。


 「行くか。もう一度、あの博物館に」



 Tips 獣人種


 獣の特徴をもつ人類。獣の耳や尻尾、身体能力の高さを有する。獣人種特有のスキルとして、「獣化」のスキルを持つ獣人もいる。全員が全員保有しているスキルではないが、それ故にこのスキルを持つ獣人は同族の中では尊敬されるようだ。獣化を発動させると、身体能力が爆発的向上し、外見がより獣に近づく。戦闘民族である獣人は、冒険者や傭兵、各国の騎士団に所属して生計を立てていることが多い。


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